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第147話 一時の別れ


 フェアリア皇国に滞在すること10日。ドラゴニア王国に帰る日が来てしまった。

 たったの10日なのに、濃密な時間を過ごした気がする。

 喋れないメイドと出会い、心を読む皇女と出会い、瀕死の重傷者を救い、公爵家に乗り込んで、婚約者が二人増えた。

 本当にいろいろあった。あぁ…出来れば帰りたくない。いや、帰りたいけど! でも、お説教は嫌なのです…。


「どうされました?」

「いえ、何でもありません、皇王陛下」

「何度も言っていますよ。僕のことはお義父さんでいいと。むしろ、そう呼んでください」


 何故そんなにノリノリなんですかぁ~! 公の場で言えるわけないでしょうがぁ~! 瞳をキラッキラと輝かせないでください!

 爽やかハンサムの皇王陛下が、スッと手を差し出してきた。その手を俺も握る。


「娘と姪を助けてくださって、本当にありがとうございました」


 俺はハッとある可能性にたどり着く。まさかこれは…。


「皇王陛下? もしかして、今回私を招待したのは…」

「ええ、そうです。シラン殿下なら二人を救ってくるのではないかと」


 皇王陛下が、少し離れた場所でティターニア皇王妃殿下やエフリ皇女殿下と楽しげに話すヒースとエリカを優しく見つめる。


「人を怖がり、人から怖がられて引きこもった娘が、ある時突然、遠く離れた地の、顔も知らないはずのシラン殿下の話をし始めたんです。それはそれは嬉しそうに。周囲の女性は多いけど、みんな笑顔で幸せそうだと。羨ましいと」

「そのためだけに夜遊び王子の俺を呼んだのですか?」

「そうですよ。女性好きで有名なシラン殿下なら、化け物と恐れられているヒースのことも幸せにしてくれるのではないかとね。ただそれだけです。僕は王失格です」

「俺がオダマキみたいなやつだったらどうするおつもりだったんですか…」

「聞きたいですか?」


 怖っ!? 笑顔で平然と述べる皇王陛下が滅茶苦茶怖いんですけどっ!

 たぶん、俺がオダマキみたいなやつだったら、地獄が天国に思えるような経験したに違いない。

 よかった…普通で。


「ですが、父親としては合格なのではないでしょうか? ………あっ、上から目線で申し訳ありません」


 別にいいですよ、と皇王陛下が爽やかに微笑む。

 ヒースとエリカの笑顔は可愛くて美しい。とても輝いている。


「シラン殿下のお世話係にエリカを配置したのは、ヒースとの接点を作るため。あわよくばエリカもと願っていましたが、まさか本当に二人を救ってくださるとは。感謝していますよ」


 眩しい笑顔の二人が俺に気づいた。ヒースが手を振りながら駆け寄ってくる。エリカもついてきた。


「シ~ラ~ン~さ~ま~! ぐえっ!?」

「姫様! 公衆の面前で抱きつこうとするなどはしたないですよ!」


 クールな表情でエリカが後ろからヒースの襟を掴んで止めた。首が締まっている気がするんだけど、エリカが気づいてる?

 プラ~ンと首根っこを掴まれたヒースは、ぶら下がったままブツブツと文句を言う。


「いいじゃんいいじゃん! 婚約したんだし!」

「だからこそ、しっかりしなければならないのです」


 二人の左手首には俺が贈ったブレスレットがつけられていた。エリカにもちゃんとプレゼントした。ブレスレットには金緑石(アレキサンドライト)が装飾されている。

 アルビノのヒースには日光が天敵だ。紫外線を遮る傘の魔道具をクルクルと回している。


「もう帰っちゃうの? もっとお話ししたかったなぁ」

「ヒースが夢魔の力を制御できるようになったら毎日会えるぞ、夢の中で」

「おぉ~! 私、頑張るね! 夢の中であんなことやこんなことをするんだからぁ~!」

「私がきっちり阻止させていただきます」


 エリカ酷~い、という非難の声は華麗に無視して、青緑色の金緑石(アレキサンドライト)を赤紫色に変化させる。感情が昂ると変化する綺麗な瞳だ。


「旦那様…帰ってしまわれるのですね」

「そうだな」

「最後に一つだけ申し上げたいことが…」

「なんだ?」


 若干寂しさが入り混じったクールな笑顔を浮かべる。


「ハンカチ」


 ハンカチ? それが一体どうしたのだろう?


「旦那様にハンカチをお借りしたままでした。しかし、洗濯を失念していたのです」

「そんなこと…」


 そんなこと気にしなくていい、と言いかけて止めた。途中でエリカが言いたいことに気づいたのだ。

 ハンカチは持っておきたい、そして、次会った時に返したいということか。

 返すためには、俺とエリカが直接会わなければならない。

 これは、エリカなりの再会の約束だ。


「じゃあ、今度直接返してくれ」

「はい、旦那様」


 言葉と同時に胸の中に飛び込んできたエリカを抱きしめ、俺たちはキスを交わす。数秒間の柔らかさを楽しみ、ゆっくりと離れる。名残惜しいが、しばらくお預けかな。


「ちゃんと返しに行きますね」

「えっ? いや、エリカが返しに来るのか…?」

「ズル~い! 私もシラン様とキスするぅ~!」


 話しに割り込んで飛びかかり、ぶちゅ~っと唇を突き出してきたヒース。ぶちゅ~っとする前に、エリカによって阻まれた。あっさりと首根っこを掴まれ、ズルズルと引きずられていく。

 なんか扱いが雑だ。相手は一応主で皇女なのに。


「姫様には二年早いです。ほらほら行きますよ。ふふっ」

「あぁ~! 今、心の中でどやぁって言った、どやぁって! お姉ちゃんのバカやろぉぉぉおおおおお! あっちょっ! ごめんなさいごめんなさい嘘です冗談です。冗談だから許してぇ~! 助けてシラン様ぁあああああああああ!」


 美しい笑顔を浮かべたエリカに引きずられていくヒースに手を振って見送った。ヒースの顔が更に青く染まり、絶望する。

 嫌ぁぁああああああ、という叫び声が遠ざかっていく。


「娘が申し訳ありません…」

「いえ、可愛らしいかと…」


 そんな騒動もあり、準備がすべて整ったようだ。

 皇王陛下と別れの挨拶をして、ヒースとエリカを最後に抱きしめる。どさくさに紛れてキスしようとしてきたおませな女の子には、大人のお姉さんが制裁を下していた。

 馬車に乗り込み、窓から見送る人々に手を振り返す。

 婚約者となった妖精の二人は、最後の最後まで手を振っていた。その二人の左手には、光によって色が変わる金緑石(アレキサンドライト)と、極光(オーロラ)のような蛋白石(オパール)のブレスレットが輝いていた。



 ▼▼▼



 どこかの国の秘密の地下室。手術室、あるいは実験室のような部屋だ。

 厳重に秘匿された部屋には、ハサミやメスなどの手術器具や透明なチューブが乱雑に置かれていた。天井からは鎖のようなものも垂れ下がり、壁際には透き通った黄緑色の液体が入った水槽が、照明の光を反射して、部屋の中を不気味に染め上げている。

 壁や床には緻密な魔法陣が輝く。

 部屋の隅。アンティークの椅子に白衣を着た男が座っていた。足を組み、片手にはコーヒーが入ったカップを持ち、反対の手で新聞を広げている。所々に気品さが感じられる男だ。

 コーヒーの香りを楽しみ、カップを傾けながら、新聞記事を興味深そうに読む。


「フェアリア皇国の駒が消えましたか」


 その内容は、他国フェアリア皇国の公爵が病気療養のために当主から降りたということだった。大貴族の当主交代は、他国にまで伝わっていた。

 男は静かに熟考する。


「上手くいくかと思いましたが、あっさりと処分されましたか。やはり、王国のように下から崩さなければなりませんね。このまま皇国を……いえ、止めておきましょう。私の興味でやったことです。それに、あの御方の狙いは皇国ではなく王国。魔法を使わない洗脳は時間がかかりますし、まずは王国が先です」


 静かな地下室に男の独り言だけが響き渡って消えていく。


「失った王国の駒はまだ一つ。あれは確かルーザーでしたっけ? 王国が気づいたときにはもう手遅れ。じわじわと内側から蝕み、広がっていく。人の心は恐ろしい! これはもう呪いと言ってもいいでしょう!」


 自分の実験が順調に進み、興奮して声が大きくなる。男の瞳には、不気味な狂気の輝きが宿っていた。口が死神の鎌のように吊り上がる。


「スポンサーであるあの御方の依頼のため、そして、私の理想のため、ドラゴニア王国には壊れてもらいましょう!」

「………んぅ~」

「おや、起きましたか」


 興奮した男が冷静になり、コーヒーと新聞を置いて、呻き声のほうに近づいた。

 地下室には手術台のような台がいくつも並べられていた。その内の一つに、裸の女性が横たわっていた。耳が尖っている美しい女性。エルフだ。

 手足は金属の枷を嵌められ、猿轡をされている。男の大声で目覚めた女性はぼんやりと目を開き、少し遅れて恐怖で顔が歪む。

 逃げ出そうと暴れるが、金属の枷は外れない。


「そんなに暴れたら美しい肌が傷つくではありませんか」

「んぅ~! んぅ~!」

「大人しくしましょうね」


 男は液体で満たされた注射器を取り出すと、エルフの首に突き刺して中身を注入する。

 すぐに女性の身体が動かなくなった。しかし、顔は動く。どうやら首から下を動かなくする麻酔薬のようだった。


「貴女の肌は今から剥ぎ取って、私の可愛い”少女たち(ガールズ)”に移植するのですから、傷ついてもらっては困ります。あぁ! 手首のところが真っ赤に…!」

「っ!?」

「あぁ。ご安心を。貴女はしばらく殺しません。折角美しいエルフを手に入れたのですから利用しなければ。貴女の卵子からは美しい素体が生まれそうだ」

「っ!? んぅ~! んぅ~!」

「これならば依頼人は満足するでしょう。しかし、あのエルフの姉妹は極上でしたね。是非とも手に入れたい。ふむ、また今度樹国を攻めますか」

「んぅ~! んぅ~!」

「そうなると、美しい獣人も欲しいですね。先日死んでしまいましたから。今度は猫系がいいかもしれません。美しいものと美しいものを掛け合わせれば、もっと美しいものが生まれる! そう思いませんか? 私の自論なのですが…」


 男の問いかけにエルフの女性は答えることはできない。恐怖で目から涙が零れ落ちる。身体は動かない。魔法も発動しない。冷たい手術台の上で絶望することしかできない。


「手に入れられるように情報を流しますか。この前開発した禁呪も試してみたいですし、あの御方の依頼も遂行しなければなりません。それと同時に私の望みも叶えなければ。あぁ忙しい!」


 忙しいと言いながら、男は非常にゆっくりとした丁寧な動作で準備を整えていく。様々な手術道具に、不気味な液体、それを注入する注射器やチューブ。

 それが目に入るたびにエルフの女性の恐怖が高まっていく。


「近々祭りがありましたね。自分の目で確かめるのもありですね。偶にはそうしますか。でも、まず最初にすることはこれです」


 準備を整え終わった男は、鋭利なメスを手に、女性の顔を覗き込む。

 女性の瞳に、男のニヤリと微笑む姿が映った。


「貴女の美しさを分けてください。私の理想のために!」



お読みいただきありがとうございました。


これで、第四章が完結です。

変彩の妖精はエリカのこと。

第四章はエリカに大幅に偏ったダブルヒロインでしょうか?

次話は、第三章&第四章の人物紹介を予定しています。



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