第142話 罰の続き
精神世界から戻ってきた。あの後もオダマキを苦しめ続け、恐怖が魂にまで刻みつけられただろう。イルの力で心が壊れて廃人にならないようにしている。あの男には安らぎはない。
ついでに、嘘をつけないようにしておいた。これから皇国のほうで事情聴取も行われるだろうから、役に立つはずだ。
あの世界で起こった出来事は、俺とイルしか知らない。
現実世界はほとんど時間は経っていない。ほんの数秒だ。あれは一種の夢。時間なんて関係ない。
全員で床に倒れ伏したオダマキを見下ろして、ふぅ、と息を吐く。
ランタナはまだ冷たく警戒しているけど。
「これにて一件落着かな。ヒースは無事か?」
俺は捕まっていたヒースに視線を向けるが、エリカの背中に隠れて見えない。彼女がエリカの身体に回した腕だけが見える。その手は青白い。手首には縛られた痕もある。
こそっと治しておこう。
「姫様は一応大丈夫のようです、旦那様。小さく頷いています」
ヒースはエリカの背中に顔を押し付けたまま頷いているのだろう。
赤紫色の瞳のエリカが、小刻みに震えるヒースの手を撫でながら代弁した。
そっか。良かった。
エリカもホッと安堵している。
「さてと、この男にはちょっとお仕置きしとくか」
さっきのは精神的なお仕置きだ。今度行うのは肉体的なお仕置きだ。
この男は処刑されるかもしれないけど、それまでの間、笑い者になるがいい!
「殿下! いけません! 近づいてはダメです!」
俺がオダマキに近づこうとしたら、近衛騎士のランタナが遮った。それでも近づこうとしたら、抱きつかれるようにして止められた。ふわっと甘い香りが漂う。
「ちょっとだけ。ちょっとだけだからな?」
「なんですか、その信用できないセリフは」
えっ? そんなに信用できなかった?
「気絶してるから大丈夫だって! ほんのちょっとだけだから」
ランタナは逡巡すると、深いため息をついた。
「はぁ…わかりました。少しだけですよ」
さっすが! ランタナは話が分かる!
俺から決して離れないように、ピトッと密着するように護衛している。いつでも俺を抱き上げて離れるためだろう。
うつ伏せで倒れているオダマキを足で仰向けにして、俺はある薬が入った瓶を取り出す。
「その薬は…?」
「『インポッシブル』っていう薬。子供を作れなくするする凶悪な薬さ」
一粒取り出してオダマキの口の中に入れる。即座に溶けて身体に吸収されていった。
これで二度と女性を襲うことはできなくなっただろう。
ランタナが恐ろしそうに『インポッシブル』を見つめている。
「何という恐ろしいものを…」
「コイツの子孫を残してもいいのか?」
「一粒で足りるのですか? その瓶の中の薬を全部飲ませても良いと思います!」
何という手のひら返し。ランタナはオダマキのことが余程嫌いらしい。
そりゃそうか。女性を無理やり襲おうとする女の敵だからな。
『どれ。吾もお仕置きしておこうか』
イルが俺だけに囁いた。小さな妖精姿のイルが、オダマキに人差し指で指さす。
『何したんだ?』
『んっ? この男の女性に対する関心を小さくして、男性に対する関心を強くしてみた。ついでにお尻もな』
うわ~お。処刑されずに終身刑になったらどうなるだろうな。関心は変わったけど、好意は変わんないんだよな。いや、関心が高まったから、そのうち好意も変わるかもしれない。
男性を好きな男性も一定数いるから、別に俺は偏見はないのだけど、オダマキには頑張れとしか言えない。
うん、これ以上考えないようにしよう。
さてさて、お次に行きましょう。
「今度は手袋なんかしてどうされましたか?」
「素手で扱うには危険な薬を塗ろうかと。じゃじゃーん! 永久脱毛クリーム!」
まずは眉毛にぬりぬり。あっという間に毛が抜け落ちる。
ビュティ印の薬は効き目が早いなぁ。
「次は頭っと。エリカ~? なんか要望はある?」
俺はなくヒースを優しく抱きしめているエリカに声をかけた。
一番の被害者はエリカだろう。だから、エリカが決める権利がある。
エリカは元夫のオダマキのことを興味がなさそうに見る。
「その男はもうどうでもいいのですが…。でも、そうですね。全部脱毛させるより、少しだけ残しておいてください、旦那様」
「りょうかーい。横だけ残しておくか」
濁った青色の髪のオダマキ。その頭皮に永久脱毛クリームを塗っていく。
誰も俺の行為を止めない。ヒースはエリカに抱きついて泣いているし、エリカはもう心底どうでもよさそうだ。ランタナは見て見ぬふりをしている。
横だけ残して頭全体にクリームを塗り、水魔法で洗い流す。すると、髪が綺麗に抜けて、つるりと綺麗になった頭が輝いていた。
「ふむ。オプションでこの撥水コーティングでピカピカに」
水だけでなく、光まで弾く強力な撥水コーティング剤。
全てが終わったオダマキの頭は、ピッカピカに光っていた。
これくらいすればいいだろう。俺はスッキリした。
「誰か他にコイツに何かしたい奴はいるか? 今のうちだぞ」
問いかけてみるが誰も返事をしない。
まあ、一応オダマキも公爵か。手を出すのは憚られる地位にいる。
「エリカやヒースは何もしなくていいか?」
「姫様は…しなくていいそうですね。私は……一発殴っておきますか。これが最後になるかもしれませんし」
おっ。エリカは殴るのか。いいだろう。殴りやすいように魔法で操って、人形のように立ち上がらせる。
「旦那様。少しの間、姫様をお願いできますか?」
「俺はいいけど…」
「ぐすっ…ぐすっ!」
エリカから離れたヒースが抱きついてきた。むぎゅ~っと少し痛いくらい抱きついて、泣く顔を胸に押し付けてグリグリしてきた。
あーよしよし。怖かったな。遅くなってごめんな。
「う゛ん…ごわがっだ…」
「もう大丈夫だからな」
ヒースを抱きしめて、優しく頭を撫でる。うわ~んと大声で泣きはじめた。小さな妖精姿になったイルも、申し訳なさそうにヒースの頭を撫でている。
「姫様を泣かせるなんて…」
赤紫色の瞳を怒りで激しく燃やしたエリカが、操り人形のように立ち上がっているオダマキを睨む。
「これは私の分です!」
固く握った拳がオダマキの鳩尾に突き刺さった。メキメキとめり込んでいく。捻りが効いた良いパンチだ。
気絶したオダマキの口から、ゴホッと肺から押し出された空気が吐き出された。
「そして! これは姫様の分です!」
エリカは、メイド服のスカートを翻した。ボブカットの白みがかった黄色の髪もふわりと舞う。片足で器用に身体をひねったエリカは、綺麗な美脚で空気を斬り裂き、華麗な回し蹴りを炸裂させる。
俺から、スカートの奥の、ガーターベルトが装着された純白の布地が見えたと思った瞬間には、エリカの固い靴の爪先がオダマキの鼻を潰していた。
オダマキの骨折した鼻から鼻血がダラダラと流れ出す。
華麗な回し蹴りなどなかったことのように服を整えたエリカは、優雅に小さく頭を下げた。
「はしたないところをお見せしました。申し訳ございません、旦那様」
「いや、滅茶苦茶かっこよくて綺麗だったよ」
あれほど華麗な回し蹴りをすることが出来るのはエリカくらいのものだろう。一つの芸術のようにキレがあって美しかった。
近づいてきたエリカを、ヒースの細い腕が捕まえた。ヒースは俺とエリカを同時に抱きしめ、顔を埋めて泣く。
ヒースだけではなくエリカまで密着することになったが、エリカは気にしていなさそうだ。赤紫色の瞳で愛おしそうにヒースを抱きしめて撫でている。
俺も一緒にヒースを抱きしめながら、部屋の中にいる全員に向かって言った。
「そろそろ帰るか」
全員が小さく頷いた。
お読みいただきありがとうございました。
 




