第138話 殴り込み
完全に治癒したエリカに羽織るものを差し出して立ち上がらせる。
彼女は恐る恐る足に力を入れ、しっかりと地面に立った。そのまま懇願するように、俺の服にしがみついたまま寄り添っている。
不安と心配でどうにかなってしまいそうな顔をしている。
俺は即座にイルに連絡を取った。
『イル』
『主様か。あの女子はどうなった? 助かったか?』
『ああ、何とかな。危ないところだった。ギリギリ間に合ったよ』
『そうか…』
ホッと安堵したイルの声が心に響き渡った。
『すまぬ、主様。あの男の心を読むことが出来なかった。吾の失態だ』
イルの謝罪と反省と後悔が心に直接伝わってくる。
心を読み、操る力を持つ夢魔のイルであっても、突発的で衝動的な行動は予見することが出来ない。読もうと思っても、その読む心がない。相手は何も考えず反射的に行動してしまうからだ。
いくら強力な力を持っていても限界がある。イルは治癒魔法を使うことはできないし。
『調子に乗っていた友を懲らしめようとは思っていたが、ここまでのことは吾も望んでいなかった。すまぬ…』
『謝るのは俺じゃなくてヒースに謝れ。俺も一緒に謝るから。それよりも今は、ヒースを助け出すことが先だ。イルはヒースの傍にいるんだろ?』
『うむ。気絶したヒースの肩に乗っている。まだ手は出されていない。というか出させぬ。今は馬車の中だ』
『向かっている場所はわかるか?』
イルは数秒間沈黙した。どうやら、近くにいる人の心を読んでいるらしい。
すぐに返答があった。
『わかったぞ。屋敷に戻るらしい。ウンディーネ公爵家の屋敷だ。ふむ。近いな。もう着いたようだ』
『そうか。すぐに行く』
『吾が今すぐ何とか出来るが?』
『いや、そのままヒースの傍に居てくれ。今の状況なら俺が動ける。徹底的に潰す』
『承った』
他国だから今まで自由に動けなかったが、今なら自由に動くことが出来る。屋敷に乗り込んでヒースを助け出すことが出来る。他国の王子の俺が介入すれば、公爵と言えど、罰を受けることになるだろう。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「シラン王子殿下。そこのメイドを引き渡してください」
フェアリア皇国の騎士が武器を構えながら述べる。
エリカは城の敷地内で暴れていた。状況がわかっていない騎士たちからすると、エリカは危険人物だ。拘束して事情聴取を行いたいのだろう。
職務に忠実なのは褒めるべきことなのだが、今は時間がない。事情聴取をして、乗り込むために部隊を編成していたら手遅れになるだろう。
「断る! エリカはもう俺の庇護下にある。皇国の騎士が俺の従者を拘束するのか?」
「くっ!」
嫌な言い方をしてしまったな。なんか申し訳ない。
命を貰う発言をしていてよかった。エリカはもう俺の従者だとみなされる。
他国の従者を取り押さえるということは、国際問題に発展する可能性がある。最悪は戦争だ。それに外交特権もある。一介の騎士には判断できないだろう。上に連絡して、判断を仰ぐはずだ。
まあ、俺にも責任が及ぶのだが、仕方がない。あとで皇王陛下に説明と謝罪しなきゃ。
「それに、いつまで俺に剣を向けている!」
普段は抑えている覇気を纏いながら、職務に忠実な騎士たちを叱責する。
気圧されて、一、二歩後退った騎士たちが、威圧に呑まれて慌てて剣を鞘に納めた。
よしっ! 今のうちだ。
「エリカ。ウンディーネ公爵家の屋敷の場所はわかるか?」
「はい。徒歩でも10分かかりません」
「馬車よりも走ったほうが早いか。エリカ、案内してくれ」
金緑石の瞳を輝かせて、エリカは力強く頷いた。
「王国の近衛騎士たちよ! ついてこい!」
そう叫ぶと、俺とエリカは同時に走り出した。威圧して、皇国の騎士たちの包囲に穴をあける。そこを俺たちは駆け抜けた。背後から近衛騎士や使い魔のソラやハイドもついて来る。
「殿下! これは一体何事ですか?」
俺を守るように隊列を組ませたランタナが、俺の隣を走りながら問いかけてきた。
他国の王子という身分を使って、無理やり城の外へと駆け抜ける。
ひたすらエリカの案内に従う。
「ヒース皇女殿下がオダマキ・ウンディーネ公爵に攫われた」
「まさかっ! 乗り込むおつもりですか!? いけません! 他国に干渉しては…それも公爵家に乗り込むなど!」
「ヒース皇女殿下と一緒に俺の使い魔も攫われた」
ランタナの琥珀の瞳が見開かれ、沈黙した。
普通なら、俺は他国に干渉してはいけない身分だ。でも、使い魔のイルも一緒に攫われた。
オダマキはそんなこと知らないだろうけど。
他人の使い魔を攫い、奪うことは大罪である。それは世界共通だ。
他国で自由に動けない俺でも、今の状況なら、自分の使い魔を助けるためなら、自由に動くことが出来る。他国の公爵家に乗り込むのも王子の俺ならギリギリ可能だ。それなりに責任は取らなくちゃいけないけど。
「なるほど。殿下の目的は使い魔の救出だと」
そう。あくまでも表向きは使い魔の救出だ。イルと一緒にヒースを救えば、公爵も言い逃れはできないだろう。
「それならば、我ら近衛騎士団も自由に動けますね」
流石ランタナ。話がよくわかる!
「頼りにしてるぞ。責任は俺が全部取るから」
「いいえ。私も一緒に責任を取ります」
キッパリと、そしてあまりにもあっさりと、一瞬の迷いもなく述べられ、俺は驚いて振り向いた。隣を走るランタナのその横顔は、ハッとするほど美しかった。
「どうしました?」
「いや、何でもない…」
「そうですか。というか殿下。殿下は運動音痴ではなかったのですか?」
「俺はやる時はやるんだよ。普段はしないだけで」
「はぁ…普段から真面目にして欲しいものです。その覇気を纏ったお姿とか、とてもかっこ……いえ、何でもありません」
なんだよ。途中で言うのを止めたら気になるではないか。
問い詰めようと思った時、エリカが大きな門の屋敷を指さした。
「あれです! あの屋敷です!」
イルの気配もある。どうやらあの屋敷で正解みたいだ。門は閉じられている。
ランタナが細剣の柄に手をかけた。
「緊急ですよね? 門を吹き飛ばします」
「結界とか、呪詛返しとか施されているが?」
「全て吹き飛ばせば問題ありません」
時々、ランタナって考えが脳筋になるんだよなぁ。部隊のモットーも、殺られる前に殺れって感じだし。
門の前にはウンディーネ公爵家に仕える騎士たちが護衛していた。真っ直ぐに迫ってくる俺たちに、警戒心を露わにして、武器を構える。
「止まれ!」
「ここはウンディーネ公爵家のお屋敷だぞ! 止まれ! さもなくば斬る!」
俺たちは彼らの制止を無視する。止まらない俺たちを見て、騎士たちが殺気を放って襲い掛かってきた。ランタナが先頭に踊り出る。
「ランタナ。そいつらは無視して門を吹き飛ばせ!」
「はい!」
ランタナを止めようと、騎士たちが剣を振り上げる。
「俺たちの邪魔をしないでもらおうか」
俺は公爵家の騎士たちを威圧した。怒気や殺気、魔力が騎士たちだけに襲い掛かり、彼らは恐怖で脚が止まって武器を落としてしまう。ガタガタと震えて座り込む。
一瞬も足を止めなかったランタナは、騎士たちの間を風よりも早く駆け抜けると、膨大な魔力を込めた細剣で巨大な門を一突きした。
轟音が轟き、結界が破壊され、分厚い門の扉が簡単に吹き飛んでいった。
近衛騎士団の部隊長を任されるだけある。流石だ。
俺たちは、表向きはイルを助けるため、裏の目的はヒースの奪還のため、正面から堂々とウンディーネ公爵家の屋敷に乗り込んだ。
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