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第137話 叫び

 

主様(ぬしさま)よ! 今すぐエリカと言う妖精の女子(おなご)の下へ向かえ!』


 エリカが走り去って数分後、植物園の温室の一つの案内が終わった丁度その時、突然、直接心にイルの切羽詰まった声が響き渡った。

 身体が即座に動き出す。イルの声から、悠長に説明を聞いている暇はないと判断した。


「で、殿下っ!?」


 ランタナが焦った声をあげたが、俺は何も答えずに走る。

 さっきエリカに何か報告があって、メイドであるにもかかわらず、走り去った。余程のことだったのだろう。姫様という言葉。もしかしたら、ヒースに何か関係が…。

 そこで思い出したのは、あのオダマキ・ウンディーネ公爵。いや、まさかな…。

 ちっ! あの時、エリカの後をすぐに追えばよかった。王国じゃないから動きづらい!

 植物園がある場所からヒースが住む塔までは距離がある。もしかしたら、城にいるのかもしれないが。

 塔の入り口が見え始めた時、轟音が鳴り響き、地面から振動が伝わってきた。喧騒が聞こえる。

 皇国の騎士たちが慌ててその音の方向へ群がっていく。

 賊が侵入して暴れているのか?


「直ちに抵抗を止めろ!」

「大人しくしろ!」


 しかし、光が爆発し、騎士たちがあっさりと吹き飛んでいく。ただ吹き飛ばされただけだ。大きな怪我を負った者はいない。

 爆発の中心にいたのは、身体が斬り裂かれ、血で濡れたメイドだった。鬼気迫る表情で、赤紫色の瞳の瞳を燃やし、ヨロヨロとふらつきながらゆっくりと前に進んでいる。肌は青白い。

 そのメイドはエリカだった。

 彼女は、まるで不死者(アンデッド)のようにおぼつかない足取りで進み、襲ってくる騎士たちを魔法で吹き飛ばしている。

 俺は、慌てて駆け寄ろうとするが、ランタナ達、王国の近衛騎士に阻まれる。近づきたいのに近くに行けない。


『エリカ! 大丈夫か!?』

『……ヒース…ヒース…ヒース!』

『ヒースがどうかしたのか!? それより傷を見せろ! すぐに…』

『私の邪魔をするなぁぁぁあああああああ!』


 血で真っ赤に染まった片手を進行方向の俺たちに向け、光の魔法を放つ。光速で放たれた光の玉が迫りくる。

 それにいち早く反応したのはランタナだった。エリカとの距離を一瞬で詰めながら、腰に差した細剣(レイピア)を抜き放ち、光の玉を上空に弾き飛ばす。そのまま疾駆し、レイピアでエリカの眉間、首、心臓の三か所を穿とうとする。エリカを敵と認識したのだ。


「ランタナ! 止めろ!」


 俺は咄嗟に叫んだ。

 空気を斬り裂いていたランタナの細剣(レイピア)の切っ先が、エリカの眉間を貫く寸前で止まる。

 風圧でエリカは倒れ込んだ。必死に手を地面につくが、身体に力が入らないのか、上手く起き上がれない。

 俺は近衛騎士を振り払って、エリカに駆け寄るが、ランタナに抱きしめられるように阻まれた。


「いけません、殿下!」

「エリカ! しっかりしろ! 離せランタナ!」

『……でん…か? ヒースが…ヒースがあの男に…今すぐ助けなくちゃ…』


 限界が来たのか、念話で届く声は弱々しい。

 身体の傷は深い。明らかに致命傷。でも、その割に出血は少ない。

 いや、そうではない。もう既に体内に血が残っていなのだ。肌が青白いのはそのせい。

 ここまでこれたのは奇跡だ。気合と根性、それとヒースへの愛情と忠誠心が身体を動かしていたのだろう。

 もはや起き上がる力もないエリカは、赤紫色に燃える金緑石(アレキサンドライト)の瞳だけが力強い。這ってでも前に進もうとする。

 俺はランタナを突き放して、エリカの傍に跪く。そして、虚空からビュティ印の霊薬を取り出した。


「これを飲め! 早く!」

『…殿下…ヒースを…どうかヒースを…!』


 血まみれのエリカの手が、あり得ないほど強く俺の胸ぐらを掴んだ。縋りついて懇願する。


『お願いします…ヒースを…ヒースをお助け下さい…貴方様なら…!』

「いいから飲んでくれ!」


 無理やり飲ませようとするが、口を堅く噛みしめているから飲ませることが出来ない。口をこじ開けようとするが、顎の力はとても強い。

 死んでしまうまであと一分、いや、30秒もないだろう。


『殿下に…忠誠を誓いますから…どうか…どうか姫様を…ヒースを!』

「簡単に差し出す忠誠心なんかいらん! そんなことはどうでもいいからこれを飲め!」

『…では、それ以外の全てを…私の命を対価にヒースを…お助け下さい…!』


 この頑固者! 他の場面なら従者として尊敬に値するけど、この状況は馬鹿としか言いようがない。死のうとするな!


「あぁわかった! もうそれでいい! エリカの命は俺が貰う。だから、これを飲め!」


 霊薬を無理やりエリカの口に押し付けた。

 武器を構えて周囲を囲んでいるフェアリア皇国の騎士たちがどよめいた。


「まさか…毒…!」


 いや毒って…。どう見ても回復薬なんだけど。

 俺の言質を取ったエリカは、血まみれの手を俺の胸ぐらから離し、霊薬を握る俺の手を包み込んで、躊躇なく一気に飲み干した。

 エリカの身体が光り輝き、あらゆる怪我が一瞬で治癒する。身体の深い傷も、失った血液も、喉にあった痛々しい傷跡も。

 恐る恐る目を開けるエリカ。青緑色の金緑石(アレキサンドライト)の瞳が俺を捉え、次に自分の身体を見る。傷は一切残っていない。斬り裂かれたメイド服からはエリカの透き通るような素肌が覗いている。大きすぎず、小さすぎない胸のふくらみも際どい。


「…えっ? 死んで…ない? 生きてる?」


 クールで凛とした美しい声がエリカの口から漏れ出た。念話で聞こえていた綺麗な声だ。

 彼女は、自分が死んでないことに驚き、手足を動かす。少し遅れて、自分の口から声が出たことにハッと目を見開いて驚く。喉を触るが、傷跡はない。


「こ、声が…傷が…なんで? 私は毒で死んだはずじゃ…」

「エリカまで毒だと思ってたのか! ただの回復薬だ!」


 死にかけの人に毒を飲ませようとするなんて、どこの異常者だ!

 『命を対価に』とか、『水色の液体』とか、咄嗟に言った『命を貰う』発言とか、それだけなら毒と思うかもしれないけどさ、状況的に回復薬でしょ。

 俺ってそこまで信用ないの? ちょっと心が傷ついた。


「そんなの後回しだ! ヒースがオダマキって男に攫われたのか!?」

「そ、そうです!」


 ハッと我に返ったエリカが、再び俺の胸ぐらを掴む。

 泣きそうになりながら縋りつき、美しい声で叫ぶ。


「お願いです! あの子を…ヒースを助けて!」


 俺はエリカの手を優しく包み込み、金緑石(アレキサンドライト)の瞳を見つめて、安心させるように力強く一言だけ告げた。


「任せろ」


お読みいただきありがとうございました。

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