第134話 植物園
フェアリア皇国に滞在するのもあと3日ほど。初めは5日間の予定だったのに、何故か倍の10日になった。皇王陛下は一体何を企んでいるんだろう? 俺みたいな夜遊び王子をとどめておく理由は何だ?
いろいろと探ってみているけど、皇王陛下は積極的にかかわってこないし、ファナは楽しく微笑むだけだし、訳がわからない。
ギリギリまで探ってみるか。
あと3日で出来ることは………あっ。調査とは関係ないけど、城の植物園にまだ行ってない! 折角来たんだから一度は行ってみたいな。
「エリカさーん!」
『はい、何でしょう?』
傍に控えていた超有能完璧メイドが無表情で冷たく答えた。念話を繋げているから、エリカの声が直接響いてくる。
エリカは本当にすごいメイドだった。引き抜きたいと思ってしまったほどだ。
「城の敷地内に植物園があるよね?」
『はい、ございます。皇族の方々が代々管理されている植物園ですね』
「見たいんだけど、俺が行ってもいいのか?」
『ええ、皇王陛下の許可を頂いております。順路を外れず、植物に触れなければ、という条件がございますが』
やった! 皇王陛下ありがとうございます!
『シラン殿下はパートナーを連れずに、お一人で寂しく植物園を回るおつもりですか? うわぁ…』
可哀想、みたいな憐みの視線を止めてくれませんかね? 結構心に突き刺さるので。
仕方がないじゃないか。婚約者のジャスミンとリリアーネはここにいないんだから。それに、男でも植物が好きな人もいるんだぞ!
「じゃあ、エリカをパートナーにして…」
『ごめんなさい。無理です。勘弁してください』
即座の拒絶!? 酷い! エリカはそこまで俺のことが嫌いなのか…。ちょっとショックです。
無表情だったエリカの妖精めいた美しい顔が、フッと少し緩んだ。
『パートナーは不可能ですが、案内くらいはして差し上げましょう。可哀想ですので』
最後の言葉は余計だよ! それに上から目線! エリカらしいけど。
では、超有能完璧メイドのエリカさんに、案内してもらいましょう。
「エリカ、頼んだ」
『お任せを』
エリカがメイドの顔で優雅に一礼した。
んっ? 綺麗な金緑石の瞳が、一瞬だけ青緑色から赤紫色になった気が…見間違いか?
ランタナたち近衛騎士を引き連れて、俺はエリカの後をついて行く。緑の城と呼ばれる城の建物から出て、立派な庭園へ向かう。庭師たちが昼夜問わず管理している庭園の中に、皇族の植物園があった。どうやら、温室もあるようだ。
花の甘い香りが漂ってくる。
エリカが、入り口で立ち止まり、俺たちに軽く一礼する。
『では、これより先は、一切植物に触れないようにお願い致します。繊細な植物や、猛毒を持つ植物もございますので』
皇族が住む城の敷地内で毒を持つ植物を栽培していいのか、と一瞬思ったけど、ここで育てているということは、貴重な植物なのだろう。それに、毒は薬にもなるし。
近衛騎士たちにもエリカの言葉を伝え、あまり大勢で入らないほうがいいということになったので、数名だけ引き連れ、残りは周囲の警戒をしてもらうことになった。
植物園の中は、様々な植物で溢れていた。花が咲いた植木鉢の植物や、果実がなった樹など、綺麗に美しく手入れされている。
まるで大自然の中にいるかのように心地良い空気を感じる。安心する澄んだ魔力も漂っている。
『精霊、この地の言葉では妖精、が祝福した土地ですね』
頭の中にケレナの言葉が響いた。
なるほど。妖精は自然から生まれ、自然を司る存在。この場所は、自然そのものが祝福した土地なのか。だから、様々な植物が元気よく育っているのだろう。
俺が驚きで言葉をなくしていると、エリカの自慢げな声が念話で伝わってきた。
『フェアリア皇国で一番美しい場所です。どうですか?』
「想像以上だったよ…」
『ふっふっふ。どやぁ』
エリカは無表情だが、心の中では盛大にドヤってる。念話で全部伝わってくる。
あっ、口元が少し緩んでる。ドヤってるところとか、ちょっと顔に出るところとか、可愛いじゃないか。
『ここは、初代女王陛下が妖精と出会った場所と言われております。フェアリア皇国の始まりの場所なのです』
「ほぇ~」
『ここで愛し合った男女は結ばれる……』
「ロマンティックだな」
『という噂もありますが、完全にデマですね』
「えぇっ!? デマなの!?」
思わず声を荒げてしまった。ロマンティックだと思った俺の心を返してくれ!
エリカは、何を当然のことを、と無言で言っている。
『当たり前です。ここは皇族が管理する場所ですよ。入れるのは極々僅か。皇族や、専属庭師、あとは国賓の方々のみです。男女が愛し合えるわけがありません』
それはそうでした…。俺が馬鹿でした。
俺を揶揄って、反応を楽しんだエリカは、クスッと微笑み、ご機嫌で案内してくれる。
得意げなエリカが丁寧に植物の説明をしてくれる。俺の質問にも全部答えてくれる。物凄い知識量だ。どういう効果があって、どういう風に使われているのか、など。すごく細かいことも知っていて、俺も大変勉強になった。
エリカは超有能だ。
『次は温室へ参りましょう。寒いハウスもありますが。温かい場所でしか育たない植物や、逆に寒い場所でしか育たない植物が栽培されております』
「それは楽しみだな」
エリカの瞳に赤紫色の光がちらつく。微笑む回数も増えてきた。
美人さんだから、無表情よりも笑っていて欲しいな。
俺たちが温室に入ろうとしたその時、侍女の一人が早足で近寄ってきた。少し慌てている。俺に軽く一礼し、エリカに耳打ちをした。
何を喋っているのかわからないが、それを聞いたエリカは目を見開き、顔が真っ青になった。
『姫様ぁっ!?』
エリカは突然、走り出した。でも、すぐに止まると、俺に頭を下げる。
『申し訳ございません。急用が入りました。案内は彼女にお願いします』
早口で述べると、侍女にハンドサインをして、確認する前にクルッと背を向けて再び走り出した。
メイドはいかなる時も走ってはならないと言われている。そのメイドのエリカが走り去るなんて…。
俺は呆然と見送ることしかできなかった。
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