第113話 お土産
ランタナたち近衛騎士団に護衛されながら、俺とジャスミンとリリアーネは王都の孤児院にやってきていた。
建物が再建されて十年ほど。当時は今にも倒れそうなくらいボロボロだった。ちびっ子たちの掃除や、国からの給付金で建物や敷地は綺麗に保たれている。
近衛騎士たちがぞろぞろと中に入っていって、安全を確認してから俺たちが入る。
ちびっ子たちが不審そうな目で騎士たちを睨んでいる。
初老の女性が出迎えてくれた。
「これはこれはシラン殿下。ようこそお越しくださいました」
「院長さん、こんにちはー。遊びに来た。んで、この二人が俺の婚約者。ジャスミンとリリアーネ」
「「ごきげんよう」」
ジャスミンとリリアーネの公爵令嬢としての挨拶。放たれる気品と華やかさと美しさで、周囲の空間が明るく輝いた気がした。
院長さんは二人の雰囲気に呑まれることなくおっとりと微笑んだ。
「あらあら。お美しいお嬢さんだこと。初めまして。この孤児院の院長をしておりますセンカと申します」
すると、ちびっ子たちの中から、トテトテと駆け寄ってくる少女がいた。水色の髪に藍玉のように透き通った水色の瞳のレナちゃんだ。思いっきりダイブする。
「おにいたん!」
俺はレナちゃんに衝撃を与えないように抱きしめる。
「きゃー!」
「こらこら。飛び込んだら危ないだろ?」
「ごめんなしゃーい!」
全く反省した様子はない。腕の中でキャッキャッとはしゃいでいる。
まあ、他の人にはしてないみたいだし、大丈夫かな。
レナちゃんはとても可愛い。癒される。レナちゃんを見てると、子供が欲しくなるなぁ。
ジャスミンとリリアーネに気づいたレナちゃんは、にぱぁっと笑顔で小さな手を振る。
「おねえたん!」
「「レナちゃん!」」
俺の腕からレナちゃんが消え去った。いつの間にかジャスミンの腕の中にいる。
一体何が起きたんだ!? 全然気づかなかった。
ジャスミンとリリアーネは、歓声を上げながら、トロットロに蕩けた笑顔でレナちゃんを抱きしめ、ぷにぷにほっぺをツンツンしている。羨ましい。
俺の服がクイクイって引っ張られた。視線を向けると、ちびっ子たちが俺の周りに集まっていた。しゃがんで子供たちと視線を合わせる。
「なあ兄ちゃん」
「何だ?」
「達者でな」
「はっ? どういう意味だ?」
子供たちが同情と憐みの視線で俺の頭を撫でてくる。ポンっと肩も叩かれた。
意味が分からない。
「兄ちゃん捕まったんだろ? 何したんだ? やっぱり婦女暴行か? 合意なしに襲ったか?」
「いやいやいや! 俺は何もしてないぞ! なんでそんな発想になるんだ? それにやっぱり婦女暴行って何だよ!」
「だって、兄ちゃんが騎士たちに連行されてきたんだぜ? 犯罪をしたって思うだろ?」
ちびっ子たちが全員、うんうん、と頷いている。
そんなに信用ないのか、俺…。
「俺、この国の王子なんだけど…」
全員がキョトンとして、う~ん、と悩み、そしてやっとポンっと手を打った。
「あぁ! そうだったな! すっかり忘れてたぜ! いつもお菓子をくれる都合のいい玩具って思ってた」
酷くね!? 俺王子だよ! 王子なんだよ! 冗談だよね!?
「お兄ちゃんって王子様の感じがしないんだよねぇ。庶民的だし」
「物語に出てくる王子様みたいにかっこよくねぇーし」
「白銀龍に乗った王子様…………ぶふっ! ウケる。似合わねぇー」
「言いたい放題だな! 折角お土産を買ってきたのにあげないぞ!」
お土産と言った瞬間、子供たちの瞳が輝く。そして、一斉に俺の身体に飛び掛かり、よじ登って『くれくれコール』を始める。
耳元で叫ぶな! うるさいだろうが!
「わかった! ちゃんとあげるから! 叫ぶな! 降りろ! ちょっとランタナ助けて!」
助けを求めると、ランタナは頭を抱えていた。
「殿下…毎回こうなのですか?」
「そうだぞ」
「子供たちに好かれるというのは良いことですが…いえ、なんでもありません」
なんだよ。俺がちびっ子たちと混じっても違和感がないと言いたいのか? 精神年齢が変わらないって言いたいのか? 俺はこいつらよりも大人だ!
俺の身体によじ登っている子供たちがじーっとランタナを見つめる。
「兄ちゃんの女か?」
「また増えたか。よっ! 女誑し!」
「ヤッた? もうヤッた? 詳しく教えろ!」
「私はまだ手は出してないと見る。でも、そろそろソノラお姉ちゃんが本当に泣くよ? 責任取るべき」
子供たちは言いたい放題だ。
もうワチャワチャして大変。バシバシ叩くな! 引っ張るな! 大声で叫ぶな!
「あぁもう! お土産渡すから大人しくしろ!」
鬱陶しくなったから、俺はちびっ子たちを宙に浮かべる。子供たちは慣れた様子で空中浮遊を楽しみ始めた。クルクルと回転したりしてはしゃいでいる。
「院長さん。お土産渡したいんで、奥を借りてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。ご案内しますね」
院長さんの後を追って孤児院の奥へ向かう。
ランタナもついて来る。子供たちは空中を泳いでいる。
ジャスミンとリリアーネは、レナちゃんを抱きしめ、女子たちに囲まれているから放っておいていいか。
「ほらほら! さっさと歩け!」
「お土産が待ってる!」
お土産渡さなくてもいいかな?
そう思ってしまった俺でした。
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