第106話 討伐
皇帝リッチが放った黒い死の波。即死系の呪いが凝縮した魔力の波動だ。普通の人なら触れただけで即死するだろう。でも、俺とソラは普通の人ではない。あっさりと無効化する。
『サア! 我ガ僕トナルガイイ!』
「いやいや。死んでないし」
『ナニッ!?』
勝手に俺たちを死んだことにしないでくれ。俺とソラも無事だ。ピンピンしている。
自分の攻撃に自信があった皇帝リッチは、黒い炎の瞳を動揺したように揺らした。瞼があったらパチパチと瞬かせたり、ゴシゴシと拭ったことだろう。
地面に倒れた皇女リッチは立ち上がろうとするが、身体を上手く動かせないみたいで、起き上がろうとするたびに倒れ込んでいる。
皇帝リッチはふわりと宙を舞って、俺たちから距離を取ると、豪華な杖を振った。周囲に膨大な魔法が展開される。
『死ネッ!』
魔法が発射された。火、水、風、土、闇など、様々な属性の魔法。流石魔法系の不死者だ。一つ一つの魔法が強力だ。
だが、俺は軽く払うように手を振って、全ての魔法を消し飛ばした。
こんな攻撃はぬるすぎる。速度も威力も俺の使い魔たちのほうが速くて強い。何度ストレス発散に付き合ってると思う。一発一発が街が消し飛ぶ威力なんだぞ。本当に手加減してほしい。
「これで終わりか?」
『クッ! ナラバ、コレハドウダ!』
皇帝リッチの眼窩の黒い炎が妖しい光を放って燃えた。杖を振るうと虚空をコンッと一突きする。すると、地面に倒れていた皇女リッチが苦しみだす。
『いやぁぁああああああああアアアアアアアアア!』
皇女リッチの魔力を無理やり操り、地面に大きな魔法陣を描いた。そこから這い出す大量の魔物たち。そして、上空には再び展開された大量の魔法。
下手な魔法も数撃ちゃ当たるってか?
残念ながら、俺たちには効かない。
「ソラ。雑魚は任せる。俺は魔法をどうにかする」
「かしこまりました。これが終わったら、私もご褒美をおねだりしても良いですか?」
「もちろんいいぞ」
ソラさんへのご褒美ね。いろいろとしてあげましょう。
皇帝リッチが杖を俺たちに向け、黒い炎の瞳で睨みながら、荒々しく魔物たちに命じる。
『コノ人間二人ヲ殺セ!』
「残念ながら、私は人間ではありません」
ソラの澄んだ声が響いた。普段抑えている力を解放する。
白い肌に白銀の鱗が浮かぶ。仮面の下の空色の瞳が爬虫類のように縦長になっているだろう。白銀のオーラがソラの身体から放たれ、一瞬にして魔物たちが消滅した。ついでに、俺が何とかしようとしていた皇帝リッチの魔法も消し飛ばした。
俺の活躍を奪ったソラに仮面の下からジト目を向ける。
「ソラさぁ~ん? 俺の仕事を奪わないで~」
「申し訳ございません。ご褒美のことを考えていたら、ついやりすぎてしまいました」
ご褒美のことを考えていたのですか。そうですかそうですか。可愛い理由ですね。許してあげましょう。
何が起こったのかわからず、呆然と固まっている皇帝リッチに視線を向ける。
黒い炎の瞳が動揺して激しく揺れている。
「おーい! これで終わりか?」
『何故ダッ!? 何故効カヌ? 何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダ何故ダァァアアアアアアアアアアア!?』
自分が最強だと思っていたんだろうな。残念ながら、上には上がいるんですよ。
もうさっさと終わらせよう。早く戻らないと抜け出していたことがバレてしまいそうだ。
『クッ!』
「あっ。逃げた」
皇帝とあろう者が俺たちに背を向けて逃げ出した。
時には逃げることも必要だ。だが、見逃すわけにはいかない。
俺は皇帝リッチの身体を魔力で覆って拘束する。皇帝リッチは、宙に磔にされた。魔力を操ってゆっくりと俺たちのほうを向かせる。
皇帝の黒い炎の瞳が恐怖で揺れている。
『マ、待テッ!』
「ご主人様。私が止めを刺してもよろしいでしょうか?」
「いいぞー」
俺たちは皇帝リッチの言葉を無視する。
ソラが皇帝リッチに片手を向けて、美しく微笑んだ。
死を操るからこそ、自分を襲う濃密な死の気配を感じ取ったのだろう。皇帝が魔力の拘束を振り払おうとするが、全く身体は動かない。
鱗が浮かんだソラの片手に白銀の光が集まっていく。
「先ほど遠くで感じた力。まだまだです。私がお手本を見せてあげましょう」
『ヤ、止メロ!』
「《龍の白銀》」
視界が白銀に染まった。ソラが放った白銀の光が皇帝リッチを一瞬で消し飛ばし、更に周囲の地形を壊滅させる。
光が晴れた時には、山がごっそりと抉り取られていた。
凄まじい威力。流石最強で最凶の使い魔のソラ。手加減してこれだ。でも、もう少し力を抑えて欲しかった。直すの大変なんだよ?
『本当に倒しちゃったノ?』
上位種であり支配種の皇帝リッチが倒されたことで、呪縛から解放された皇女リッチがゆっくりと起き上がる。皇帝リッチの痕跡が一切ない抉れた大地を呆然と眺める。
皇帝リッチが倒されたことで、魔法陣も召喚された魔物たちも全て消え去った。これにて一件落着だ。
あとは、彼女を勧誘するだけだ。
「言ったろ? 皇帝リッチなんか厄災でも何でもないって。俺の使い魔たちのほうがよっぽど厄災だ」
「ご主人様? その言葉、全員に言いますよ?」
「やべっ! ソラさんごめんなさい!」
悪戯っぽい声のソラに俺は深々と頭を下げる。全員に暴露されたら襲われてしまう。流石に全員を相手にしたら死んでしまう。吸い取られて干物になってしまう。
ソラがクスクスと笑った。どうやら許してくれるらしい。
やれやれ、と思いながら、俺は仮面を外す。そして、皇女リッチに微笑みかけた。
「君を縛るものはいなくなった。どうだ? 俺の使い魔になってくれないか?」
俺は彼女に手を差し出した。皇女リッチは赤い炎の瞳を揺らして迷っている。
今まで一人で封印し続け、死を願っていた少女だ。封印の役目から解放されて、突然使い魔になれと言われても戸惑うだろう。
でも、契約をしなければ、俺じゃない誰かが彼女を殺す。皇女リッチは恐れられる凶悪な魔物なのだ。
骨の少女の炎の瞳が激しく燃え上がった。そして、覚悟を決めてゆっくりと骨の手を伸ばす。
彼女の手が俺に触れようとした寸前、俺の身体が突き飛ばされた。
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