第100話 呪い
《ジャスミン視点》
痛い。身体が痛い。心が痛い。私に異物が侵入してくる。私じゃない何かが溶け込んでくる。
嫌! 止めて! 来ないで! 嫌ぁ!
『クカ…クカカ…我ニ従エ…』
私の顔を掴む皇子リッチからねっとりとした闇が溢れる。その闇が私の身体に染み込んでくる。体と心を蝕む呪いだ。
「あぁぁぁぁあああああああああああ!?」
猛烈な痛み。想像を絶する激痛。全身の血が沸騰している。細胞が熱い。熱い熱い! 痛い痛い! お願いだから止めてぇっ!
口から絶叫が迸る。
侵食された部分から湧き上がる怒り、殺意、憎悪。ありとあらゆる負の感情。どす黒い感情が私を染め上げていく。
「ジャスミン様!」
「ジャスミンさん!」
シャルさんとアルスさんは助けようとするけど、皇子リッチが私を盾にする。彼女たちは攻撃できない。
『クカカ…クカカカカッ! 人間ハ実ニ愚カダ…ダカラ我ハ魔物ニ堕チタ!』
皇子リッチから放たれる呪いの闇が、シューシューと嫌な音と煙をあげながら、私の身体を黒く染めていく。もう左手は真っ黒だ。力が入らない。
心がバラバラになりそう。身体から力が抜けていく。私という存在も消えていく。
視界が徐々に真っ暗になった。意識が闇の中に沈んでいく感じがする。
骨の手によって顔を掴まれたまま、ダラーンと力が抜けた。
皇子リッチの言葉が、心に直接響いて染み渡る。
『クカカ…怒レ! 憎メ! 恨メ! 絶望シロ! 殺戮ノ心ニ身ヲ委ネ、殺スノダ! 殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ!』
そうね…怒って、憎んで、恨んで、殺戮の心に身を委ねて、殺せばいいのね。殺し尽くせばいいのね。簡単じゃない。とっても簡単なこと。どうして今まで我慢してきたのだろう。
「あはっ! あはははははははは!」
私の口から狂気を孕んだ笑い声が溢れ出す。笑いが止まらない。
あまりにも可笑しくて笑い続ける私の心の中に、どす黒い炎がメラメラと燃え上がる。
「ジャスミン様! 気をしっかり持ってください!」
「ジャスミンさん、負けちゃダメ!」
シャルさんとアルスさんの声が僅かに聞こえた気がした。
でも、負の感情に染まる私には効果がない。
「あははっ! そうよ! 私は怒ってたのよ! 恨んでたのよ! 憎んでたのよ! ずっと殺したくて殺したくて堪らなかったのよ!」
『ソウダ…殺スノダ!』
「………ええ。だから死んで」
ずっと右手で握りしめて離さなかったボロボロの剣を、皇子リッチの心臓の辺りにぶっ刺した。抵抗なくスッと突き刺さる。
『グフッ!? ナン…ダトッ!?』
「私はね、デートを邪魔したアンタらが許せなかったのよ! ロマンティックな最後をぶち壊して、一体何なのよ! これから二人っきりで愛を育むところだったのに! ふざけんじゃないわよ! 《空爆》ゥゥゥウウウウ!」
『グァァアアアアアアアッ!?』
怒りと共にゼロ距離から放たれた爆風が、皇子リッチの体内で爆発する。
暴風が吹き荒れ、私と皇子リッチは吹き飛ばされた。身体に力が入らず、地面に身体を強く打ち付けて転がる。
シャルさんとアルスさんが駆け寄ってきた。でも、視線で訴えて二人の動きを制止する。
今の私には黒い靄が纏わりついている。呪いだ。これに触れたら二人も呪われる可能性が高い。
「ジャスミン様! 大丈夫ですか!」
「ええ。大丈夫」
刃は欠け、罅が入った剣を杖代わりにして、ヨロヨロと立ちあがる。
私、全身ボロボロね。左手は真っ黒だし。服で見えないけど全身に広がってるわね。
「洗脳は? 呪いは!?」
「洗脳は大丈夫。逆に利用してやったわ。本っ当にムカつく! デートを邪魔した恨みは酷いんだから!」
「えぇ…嘘でしょ…すごっ…」
「愛の力ってすごいですね…」
なんか二人が呆れとか称賛とか入り混じらせながらドン引きしている気がする。
私、おかしなことでも言ったかしら?
「呪いに関しては………あらっ?」
シューシューと白い煙を上げていた呪いが、ゆっくりと消えて始めている。肌が徐々に元の色に戻り始めた。
なにこれ? どういうこと?
「皇子リッチの呪いが…徐々に消えてる? 浄化されてますよね、これ」
「どういうこと?」
「私に聞かれても…」
よく観察すると、呪いが侵食して白い煙を上げているのかと思ったら、呪いに対抗して上がっている煙だった。肌が薄っすらと白く輝き、シューシューと音を立てながら黒い呪いを弱めて消滅させている。
浄化のスピードは徐々に速まり、黒い呪いが消えていった。
嫌な感覚はもうしない。力も入るようになった。完全に呪いが解けている。
「えーっと…よくわからないけど、ナイス! 身体も魔力もなんか回復した!」
シャルさんとアルスさんが訝しげにじーっと観察してくる。
「……ジャスミン様って人間ですか?」
「魔物に変わってない?」
「失礼ね! 私は人間よ!」
私も、本当に人間?ってちょっと思ったけど!
『……許サヌ』
地獄の底から響いてくるような冷たい声が轟き、膨大な魔力が吹き荒れる。魔力の風が吹き荒れ、空間も陽炎で揺れている。
吹き飛ばされた皇子リッチがふわりと宙に浮かび上がった。眼窩の炎を憤怒と殺意で激しく燃え上がらせている。
『許サヌ…許サヌ許サヌ許サヌ許サヌ! 人間ノ娘ェェェエエエエエエ!』
皇子リッチが怒り狂って咆哮した。周囲に百を超える魔法が展開される。それが一斉に私たちに放たれた。
「私だってデートを邪魔したアンタを許さないわよぉぉおおおおおおお!」
身体の内側で燃え滾る膨大な魔力を噴き出し、全ての魔法を弾き飛ばす。私たちの周囲に魔法が着弾する。
私の魔力と皇子リッチの魔力がぶつかり合い、ゴゴゴッと空間が震動して軋む。
皇子リッチをキッと睨みつける。
『《地獄ノ業火》!』
「《台風》!」
私たちが放った魔法が轟音を響かせてぶつかり合った。
お読みいただきありがとうございました。




