第10話 ヴェリタス公爵の領都へ (改稿済み)
バーンッと勢いよく扉が開いた。
開いたドアから近衛騎士団の鎧を着た美少女が入ってきた。
短い金髪に紫色の瞳。ジャスミンだ。
「シランはここにいる!?」
ここは普段シランが住んでいる王都にある別邸。
ジャスミンがシランを探して乗り込んでくるのはいつものことなので、家で働く者は平然としている。
丁度通りかかった背中から羽の生えたメイドが淡々と答える。
「ご主人様なら朝早くに出かけましたけど」
「ど、どこ!? 護衛もつけずにどこに行ったの!?」
「さあ? 行先はお告げになりませんでしたね。ちょっと傷心旅行に行ってくるそうです」
「はぁっ!? なによそれ!? 馬鹿じゃないの!?」
「馬鹿ですねぇ~」
ケラケラと笑うメイド。
話を聞いていた従者たちもクスクスと楽しそうに笑っている。
全員そういう馬鹿なところも大好きなご主人様LOVEのシランの使い魔なのだ。
シランの護衛であるジャスミンは、怒りを込めて天に向かって叫んだ。
「シランのばかぁああああ! 帰ったらただじゃおかないわよぉおおおおお!」
▼▼▼
「うおっ!? ブルッときたぁ! これは絶対ジャスミンだな」
俺は馬車の中で身震いをした。毎日のように感じている悪寒。
俺がいなくなっていることにジャスミンが気づいて、怒り狂っているに違いない。
日が昇るよりも早い朝に俺は王都を出発した。
馬車は一応俺専用の王家の馬車。馬車を引くのは、俺の使い魔の純白の一角獣のピュアと、漆黒の二角獣のインピュアだ。
意気揚々と足並みをそろえて走っている。
不自然なまでに振動しない馬車の中。お尻が痛くならないし、酔うこともない。
俺はソラに膝枕されたまま目的地に着くまでゆっくりしている。
周りの景色は飛ぶように後ろに流れていく。
ピュアとインピュアが空間を歪めて高速で走っているのだ。
「目的地のヴェリタス公爵領まであと一時間ほどだと思われます」
優しげに頭を撫でてくれるソラが口を開いた。
「普通の馬車で三日の距離を数時間ね。流石ピュアとインピュアだな」
『えっへん!』
『ほ、褒めたって嬉しくなんかないんだからね!』
ドヤってるのがピュアで、ツンデレなのがインピュアだ。
ユニコーンとバイコーンの可愛らしい双子の姉妹。
ちなみに、純潔を司るユニコーンのピュアがエロエロで、不純を司るバイコーンのインピュアが純真なのは何故だろう?
ちなみに、ピュアは呪いが得意で、インピュアは回復が得意。
種族的には逆だろうと思うのは俺だけだろうか?
不気味なほど揺れない馬車に揺られること一時間、とうとうヴェリタス公爵領の領都が見えてきた。
馬車のスピードが落ちる。
都市に近づくほど道に人が多くなる。だから、普通の馬車のスピードまで落としたのだ。
徒歩の人たちを追い抜きながら馬車が進んでいく。
白い壁で覆われた巨大な都市。王都に比べれば小さいが、それでも規模は王国の中でも上位の都市だ。
王家の馬車なので都市の中にスムーズに入った。
馬車の窓を開けると活気のある街並みが見える。賑やかな街だ。
そして、俺の馬車に注目が集まっているようだ。
美しくて凛々しい一角獣と二角獣が引く馬車だからな。そりゃ目立つだろう。
それに、王家の紋章も描かれているし。
「あの馬車は何だ? 幻獣が引いているぞ。どっかのお貴族様か?」
「あの紋章は……?」
「馬鹿! 王家の紋章だぞ!」
「本当かい? じゃあ、幻獣が引く王家の馬車ってことは第三王子殿下ね」
「第三王子? もしかして、毎日娼館に通っているという夜遊び王子で有名な?」
「無能王子でも有名なですよ。ですが、何故ここへ?」
「もしかして、姫様がお目当てだったりして……」
「なに!? 我らが姫を求めてだと! あの無能王子が!? 許さん! 例え王子でも俺が許さん!」
「いや、あんた何様だよ。それに姫様がお目当てと決まったわけじゃない!」
とか何とか、耳の良い俺には人々の会話が聞こえてくる。
ヴェリタス公爵領の姫、リリアーネ・ヴェリタス嬢は人気者らしい。
報告では、護衛の騎士を多く引き連れ、よく街にお忍びになっていないお忍びをしているらしいからな。慕われているようだ。
でも、改めて思うけど、俺って相当嫌われてるんだなぁ。ちょっとショックだ。
「ご主人様。この地を滅ぼします」
『やったるでー』
『あたしも手伝ってあげる。べ、別にあんたのためじゃないんだからね!』
馬車の中でゆらりと怒気を放出するソラ。
それに伴い、馬車を引くピュアとインピュアも怒気と殺気をまき散らし始める。
威圧された領民たちがバタバタと気絶したり、顔を青ざめたりして馬車から離れ始めた。
周囲に尋常じゃない魔力がまき散らされる。
「ちょっと待て! 滅ぼそうとするな! ソラさん? ピュアさん? インピュアさん? お願いですから止まってください! 魔力を抑えて!」
「何故止めるんですかご主人様? ご主人様の悪口を言うゴミどもを焼却処分するだけですよ?」
『そうだそうだー!』
『あたしがやってあげるって言ってるのよ。光栄に思いなさい!』
「俺にとっては愛する国民だから! 三人ともやめて!」
むぅ、と不満そうにしながらも止まってくれた三人。
俺を馬鹿にする人を殺してたら、この世界からほとんど人がいなくなるではないか。
「あれ? ジャスミンはいつも俺を馬鹿にするよな? なんで怒らないんだ?」
「ジャスミン様はツンデレというか、不器用というか、素直じゃないというか、全てはご主人様に対する愛情表現の一つですからね。そこらのゴミどものように心では馬鹿にしていません。それに、ジャスミン様は他人が言うことは許さないじゃないですか」
『インピュアと同じだぞー』
『だ、誰がツンデレよ! 私はデレたりなんかしないんだからね!』
「いや、インピュアはデレッデレじゃないか」
『う、うるさい! 黙って!』
「じゃあ、夜に呼ばなくていいのか?」
『そ、それは…嫌というか……困る』
インピュアは可愛いなぁ。
二人だけになると、もっとデレッデレの甘えん坊になるのだけど、それがまた可愛くて可愛くて仕方がないんだよ。
インピュアのことを考えすぎたことで、目の前のソラと、馬車を引くピュアが機嫌を損ねる。
「むぅ!」
『マスターがインピュアのことばかり考えてる。私たちを忘れるな―!』
「ごめんごめん。じゃあ、取り敢えずさっさと娼館に行くか」
「ご主人様は私たちがいるのに娼館に行くつもりですか?」
ソラが、よよよ、と悲しみの涙を流すふりをする。目から本当に涙が流れる。
彼女の演技力はすごい。本当に泣いているみたいだ。
たぶん、水の魔法で目の端に水滴を作っただけだけど。
ただ、長い付き合いの俺にはわかる。俺を揶揄っているだけだ。内心では微笑んでいるだろう。
そのソラの演技にピュアとインピュアが乗る。
『マスターの色欲魔!』
『最っ低!』
「……インピュアさん、その本気で蔑んだ冷たい声は止めてください。物凄く心に突き刺さります」
『あっ、ごめん』
「それに、暗部の本拠地が娼館に置いてあるから仕方ないだろ!」
「ふふふ。知ってますよ」
クスクスと綺麗に笑うソラ。ピュアとインピュアも楽しそうに笑い始める。
使い魔たちは俺を揶揄うのも大好きなのだ。
ちょっと悔しかったからやり返す。
「折角娼館に着いたら疲れを癒すために甘えようと思ったんだけどなぁ。嫌なら普通の宿に泊まるか。娼館のあの部屋は厳重に秘匿されているから何をしてもいいんだけどなぁ」
「っ!? ピュア、インピュア! 急ぎなさい!」
『っ!? 全速前進!』
『っ!? わかってる! 全力で行くわ!』
急にやる気を出す三人娘。ピュアとインピュアが全力で走り出そうとする。
しかし、こんな街中で全力を出されても困る。
空間を操っていないから、衝撃波で周りが吹き飛んでしまう。
早く止めなければ!
「ちょっと待てぇぇえええええ! ピュアさん、インピュアさん、ゆっくりでいいから! いや、ゆっくりじゃないと俺は可愛がってやらんぞ! だからゆっくり行け! 周りが吹き飛ぶからぁ!」
ぶつくさ文句を言ったけど、ピュアとインピュアはなんとか速度を抑えてくれた。
どうして俺の使い魔は周りのことを考えないのだろう。
止めるほうは大変なんだぞ。
その後、周りの人や建物を吹き飛ばすことなく、暗部が裏で操る娼館にたどり着くことができた。
お読みいただきありがとうございました。




