プロローグ
12年前、南極に突如、「塔」と呼ばれる巨大建造物が出現。
「塔」は「バグ」と名付けられた戦闘機を無数に放出、人類の生存圏を脅かした。
バグの脅威に対抗するために設立された軍事組織、「UNAF」。
その最前線部隊とバグとの戦闘が、今まさに始まろうとしていた。
主な登場人物
市ヶ谷 吹雪 中尉、後に大尉。TAB-15所属、戦闘機パイロット。本作の主人公。
トミー ワイズマン 中尉。吹雪の初代フライトオフィサ。
館山 怜 少尉。吹雪の2代目フライトオフィサ。
ジェイムズ ボードウィン 少佐。TAB-15の司令官。吹雪の育ての親。
用語解説
塔・・・南極に突如出現した巨大建造物。誰が、なぜ、どうやって建造したのかは謎。
バグ・・・「塔」の繰り出す戦闘機。人間を攻撃対象とし、脅威度の高いものから優先的に排除する。その基本性能、武装は人間のテクノロジーに近い。
UNAF・・・「バグ」に対抗するため国連によって設立された常設軍。航空戦力を主体とする。
TAB-〇〇・・・戦術航空基地の略。主に前線部隊の基地をさす。対して、戦略上重要な大規模基地は
「SAB-〇〇」と表記される。
TFS-〇〇・・・戦術航空団の略。基本的に1個小隊をさすことが多い。
『ウィッチウォッチより、ウルフ各機。タイプ1、ボギーは5、いや6。磁気方位320よりマッハ2.1で接近中。接触まで200秒。オーバー』
『ウルフリーダ、コピー。こちらでも確認した。ウルフリーダエンゲージ』
『コピー、オーケーウルフリーダ。通達する。ターゲット増速。接触予想時刻更新。残り120秒』
高度3万フィートの空、高空の大気を排熱で歪めながら5機の戦闘機が飛ぶ。
「ウルフ」のコールサインで呼ばれたそれは、垂直尾翼に狼のマーキングを施し、主翼には「UNAF」という文字と「TFSー15」という所属を表すマーキングがある。
そしてその5機の上空には肉眼には見えぬ敵を探る早期警戒機が敵を捉え、眼下の味方機に誘導の無線を飛ばしていた。
『ウルフリーダ、ターゲットインサイト。シーカオープン』
F-15のコックピット、その計器盤にあるデジタルディスプレイに敵の位置が表示され、後席のフライトオフィサが武装の照準を合わせる。
「ターゲットロック。いつでもどうぞ」
「オーケー、ターゲットレンジオン。フォックススリー、ファイア!」
パイロットがトリガーを引くと、F-15の胴体両側部のパイロンに搭載されたAIM-7Eスパローが投下、直ちにロケットブースターに点火し、目標に向かって加速を始める。
現代の空中戦で避けては通れないもの、有視界外戦闘が始まった。と、同時に警告音が鳴る。
「警告!敵のレーダー照射を受けている」とフライトオフィサ。
レーダー照射を受けている、ということはつまり敵にロックオンされているということだ。
「チャフ散布」
「もうしてる、ブレイクしろ。スターボードだ」
「オーケー」
先頭のF-15、ウルフリーダのコールサインを持つ機が回避運動を開始する。エアブレーキとフラップを微妙に動かしながらエルロンとラダー、エレベータを使って左旋回。
敵のレーダー波を妨害するためチャフと呼ばれるアルミ箔をばら撒きながら編隊から離れる。
「ミサイル、敵機に命中。グッドキル、グッドキル!」
「後席、敵ミサイルは!」
「まだ食いついてくる。さっきやったのは発射元じゃなかったみたいだな」
「回避続行。どこに動けばいい?」
「ポート、待機。……ナウ!」
急激な右旋回。紙一重の差で、ミサイルがF-15を掠る。
「近接信管じゃなくて助かった。敵機は?」
「残り4機、僚機がすでにドッグファイトに突入」
「了解。戦闘に参加する」
操縦桿を引き、スロットルを上げて上昇。格闘戦に備える。
「前席、敵さんが気付いたぞ。1機こっちに向かってダイブしてくる」
「分かった。フォックスツー、スタンバイ。ファイア!」
右翼のパイロンに懸架されたAIM-9G/Hサイドワインダーが発射される。命中まで十数秒。パイロットはサイドワインダーの軌跡を目で追いながら、撃墜を確信した。
が、次の瞬間、敵機は突然の膨大な量の煙に包まれ、パイロットの視界から消失した。
急旋回による減圧により発生した水蒸気
パイロットがそう理解する前にフライトオフィサが絶叫する。
「敵機、真後ろだ!ブレイク、ブレイク!」
「クソッ!間に合わない!」
無線からも悲鳴が聞こえてくる。形勢は絶望的に不利なようだ。
『ウルフ3が喰われた!ウルフ3ダウン!』
『Maydey! Maydey! This is wolf5! I'm hit! I'm hit! I'm going down! I'm going down!』
「ウルフリーダより一方通信!ケツにつかれた、振りきれない!援護してくれ!」
後席が僚機に向かって無線に叫ぶ。
(援護など来るものか)
パイロットは、フライトオフィサの悲鳴を聞きながら、そう冷静に思った。
現に、コックピットのディスプレイに表示されている戦術データリンク欄は、生存する全機が「ENGAGE」、つまり交戦状態に入っていることを示している。そのうち2機、ウルフ3と5は「LOST CONTACT」の表示。撃墜されたということだ。
「ウルフリーダより再び一方通信!援護を求む、援護を求む!」
『ウルフ2、コピー。エンゲージ、フォックスツー』
刹那、真後ろにいた敵機が吹き飛んだ。
それとほぼ間を開けずに、キャノピーの外、機体のすぐ右を別のF-15がとてつもないスピードでダイブする。
それは、衝撃波でウルフリーダの機体を揺さぶりながらすぐに機首を上げ、ダイブのスピードをなくさぬうちに上昇、ガン攻撃でもう1機の敵機を墜とすと、こちらにその真っ白に塗装された機体を見せつけるかのように緩やかに旋回した。
「助かったよ、吹雪。空域はクリアだ。帰ろう。RTB」
『了解』
群青色の空の下、3機に減ったF-15が編隊を組み、彼らの基地に向けた針路をとった。
12年前、突如として「それ」は人類に対して宣戦を布告した。
「それ」は南極に「塔」と呼ばれる巨大建造物とともに出現し、「バグ」と名付けられた戦闘機を無数に放出。人類の各都市に向け、無差別攻撃を開始した。
それに対抗すべく、人類は、国連を主軸とした常設軍、「UNAF(国連空軍)」を設立。
国家、組織の枠を超え、人類史上初めて現れた「絶対敵」に対抗するための抵抗軍。
開戦からすでに12年。バグとその本体の目的も分からぬまま、バグとの戦いは膠着状態に陥り、南極海域からやってくるバグとの小競り合いに、人類は、徐々にその保有戦力と制空権を失いつつあった。