表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
首落ち椿  作者: 浮草堂美奈
4/9

四 七度殺して下さい

文久三年十二月

 川原でお恋が読むのは黄草紙。その中でも現代ではゴシップ紙と呼ばれるものだ。

「あに様、やっぱり書いてあるよ」

 見出しは「真に七度転生か」。千鶴が読んでいる瓦版の見出しも同じであった。

「策は上々だな」

 七日前。芝居小屋で火事があった。下手人は小屋の中で割腹自殺。自宅からその芝居から受けた感銘によって火を点けた、と遺書が見つかる。犠牲者は一人。芝居小屋の主兼芝居の脚本家である。彼は小屋で休憩に眠りこけている間に犠牲になった。

 芝居の内容とはこうだ。

 愛し合った男と女。なれど男は炎の化け物であった。女を抱けば女を炎で焼き殺してしまう。それでも女は誓うのだ。「何度でも焼いてください。生まれ変わってまたお会い致しましょう」。そして七度女は転生し、男に六度焼き殺される。七度めに死んだ時、彼女を憐れんだ仏が彼女の次の転生を、炎の神鳥朱雀にしてやる。そして炎の化け物と朱雀は結ばれる。

 タイトルは「妾は七度転生す」。

「宗教がデタラメだ」

 千鶴の感想はそれだけであった。正確にはそれだけしか言わなかった。

 それでも芝居は大盛況であった。火事が起こる前は。

 火事が起こった途端、人々は掌を反す。「あんな危険な芝居は上演すべきではない」。芝居は幕府ご禁制となった。

 千鶴はうっすらと口角を釣り上がらせる。

「大衆とはいと操り易きものよ」

 火事は千鶴達の仕業であったのだ。

 あの芝居小屋からは新撰組に多額の寄付があった。無論、代わりに芝居小屋に対する便宜を図る、という条件で。下手人、とされた男はその金の中でも裏金の運び屋。その男が芝居小屋に入っている時に、お恋達は侵入した。あっけなく男は斬り殺され、芝居小屋の主は慶庵の麻酔によって眠らされた。慶庵は陰陽師と表向き名乗っているが、実態は蘭学を学んだ医者だ。そして服に仕込んだ針には強力な麻酔が塗られている。針一つで人を昏倒させるなど造作も無い。芝居小屋に火を放つと、お恋達は脱出。

 そして。

「布石は上々だ」

 千鶴はまた言った。お恋は黄草紙を読み続ける。同紙に書かれている猟奇殺人の記事が気になるらしい。悪趣味な娘である。

「氷――っ」

 突如した声に思わず顔を顰め、ぼそり、と「悪趣味繋がりか」と吐き捨てる。

 現れた美丈夫はエロティックな視線を向けて寄って来た。……新撰組の隊服のまま。

「土方。貴様何のつもりだ」

「お前はぶらぶら散歩をしていたら、偶々自分が落とした象牙の櫛を見つけても拾わねえのか? 普通拾うだろう。いや、拾う以外にあり得ない」

 何処までも自分勝手に突っ走る男に、いっそ海まで突っ走って言って入水自殺しろ、と睨みつける。

「新撰組は隊服のままぶらぶら散歩をするのか。随分と生温い組織だな」

 嫌みである。新撰組の局中法度では「士道に背きし者、切腹」。

「いや、隊服のままぶらぶら散歩している訳じゃない。たった今まで市中見回りだったんだが、お前を見つけた途端、奴隷を辱めながら散歩するご主人様に切り替わったんだ」

「勝手に切り替えるな。しかもお前はご主人様ではない」

「ほう……反抗的な態度だな。躾が必要か」

「人の話を直線で聞け。歪めるな。曲げるな。貴様の基準を捨てろ。むしろ命を捨てろ」

「この道に入ってから命は捨てたも同然だ。三回女から刺された」

「士道で命を捨てろ。色恋の道で命を捨てて如何する。後、三回も差されて何故死なぬのだ貴様は。死ねば良かったものを」

「ご主人様に奴隷が刃向かっても高が知れている。と、いうわけでお前に逃げ道は無いぞ」

「逃げる気はないが徹底的に刃向かうつもりだ。確実に仕留める」

「いや」

 土方の瞳が嗜虐的に細まった。

「お前に俺を殺すことはできない」

 嘲笑で返す。

「……何を根拠に?」

「お前に俺が近付けば、お前は必ず怯える。そんなに俺が怖いか? それとも……」

「黙れ下郎!」

 怒鳴ってから、動じた事を恥じる。

「ほら、やはり怯えている。氷、逃げる気は、本当に無いのか?」

「……無いな。貴様が如き輩から何故この私が逃げねばならぬ」

 だんだらの羽織が背を向けた。

「俺がこの趣味に目覚めてから何年経つと思っている? また会おうぜ、俺の氷」

 ひらひらと手を振るのに舌打ちで返す。

「あに様……大丈夫?」

「案ずる必要はない」

 腕に立った鳥肌は着物で隠れている。

「それより……今宵から出るぞ。火の玉が」

「うんっ」


 最初に火の玉を見たのは寺の子坊主であった。

「うう……行きたないな」

 そうは言っても出物腫れものところ嫌わず。夜中にでも厠には行きたくなる。嫌なのは厠に向かう途中に墓地が如何しても見えてしまう事だ。

「まだあの仏さん、そのまんまやねやろな」

 新仏とは先日の火事で死んだ芝居小屋の主だ。

「嫌やなあ……」

 子坊主は死体が苦手であった。理由も何も無くただ怖いのだ。寺の者に臆病者と笑われるが、それでも怖いものは怖い。

「大体和尚様かて、蛇が苦手やないか」

 ぼやく事で気を散らした。外は月光のみだ。

「寒いなあ……。……何や!?」

 急に見えた明るいものに子坊主は大声を上げた。その明るいものは例の新仏の上で光っており、その形状は丸く……。

「ぎゃーーーッ火の玉ーーーーッ」

 大声を聞きつけた寺の者が駆けつける。そこに火の玉は無く、子坊主が気絶していた。

 二回目は住職が見た。

 気絶した子坊主を馬鹿な事を言うなと叱りつけ、そんなものいないと証明してやると、弟子達と四人で新仏の墓で夜明かしをした。

 寅の刻。

「そろそろ夜が明けますね」

 弟子の一人の言葉に鷹揚に頷く。

「ほれ、やっぱり何も……」

 起こらん、と言う事はできなかった。新仏の上の土がバンと音を立てて舞い上がったのである。

「な、何や!?」

 土くれが舞い上がった場所から、赤い球体が浮き上がってくる。一人が叫んだ。

「ひ、火の玉やあっ」

 泡を食って逃げ出そうとする弟子達を制し、住職は経を詠み始めた。経が続くにつれ、火の玉は回転乱舞する。炎に火照った住職の顔が闇に浮かぶ。経が終わる頃、火の玉は消えた。

 翌日は噂を聞きつけた野次馬が五人連れでやって来た。酔っ払った勢いで季節外れの肝試し、という訳だ。新仏の墓の前で「まだかなあ」「出るかなあ」等と言い合っていた。実質誰も信じてはいない。誰かが「寒いから帰ろう」と言うのを待っているのだ。

 体が完全に冷え切った頃、ようやく一人が言った。

「わし風邪ひいたみたいや。帰ろ」

 ほっとして墓に背を向ける。

「やっぱりデマやったんやな」

「しょうもない事してしもたわ。うう寒」

 バン。

 破裂音と同時に愚痴は途切れた。背後にはめらめらと火の玉が浮かんでいた。

 四日目、墓は見物人で埋め尽くされていた。

「また出るかな」「怖いわあ」「芝居小屋の祟りやで」。

 口ぐちに騒ぎ立てる人々で溢れ返った寺。その隣の料亭の一室に彼らは居た。

 珍しく千鶴が下座に座っている。その隣に赤燕。そして目前には、小柄で細面に醤油顔の男が座っている。肘掛けに腕を預けた姿に何処か倦怠感を漂わせていた。その隣にはぽってりした唇の女。こちらも倦怠感を漂わせているが、男とは別の雰囲気だ。

「木の葉を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中。よく考えたな。千鶴」

「……恐悦至極です。高杉先生」

 小柄な男は維新志士高杉晋作たかすぎしんさくであった。この男の配下に千鶴一派は従っている。今日、高杉と穏便に会えるよう千鶴は火の玉騒ぎを作り上げたのだ。

「で、あれは如何いう仕掛けなんだ?」

 高杉の瞳に好奇心が映る。膝をぐぐっと乗り出すと「如何なんだ?」とまた問うた。日頃の倦怠感はこの少年のままの好奇心の裏返しなのかもしれない。

「赤燕」

 頭を掻きながら、唯一大柄な男は説明を始めた。

「あれは燐ですよ」

「燐?」

「人間の体には燐というよく燃える物質が含まれてんです。で、死体のあちこちに火薬を仕掛けておく。それに金属片も」

「金属?」

「あの墓地の付近では以前にも火の玉が見られたという話があるんです。それも赤じゃなくて白い。これはプラズマという現象です。つまり、自然発生した電気の塊。要するに電気が流れやすい土地なんですね、あそこは。で、死体に入れた金属片に電気が通ると、その熱で火薬が爆発する。それをきっかけに燐も燃えだす。これが火の玉のタネです」

「そうか。そうか」

 高杉は何度も頷いた。面白い事がこの男は何より好きだ。火の玉のトリックは相当お気に召したらしい。

「そのプラズマの知識も英国人が教えたのか?」

 何の気なしに問うてからしまったと思ったのだろう。「あ、いや……」と口ごもる。

「高杉先生」

 案の定女が咎めた。

「ん……いや……すまん」

 ぐい、と膝を乗り出す。

「何だ。お前も清国人か?」

 赤燕の問いに女は頷く。

「やっぱり訛りで分かるな。何か懐かしい感じだぜ。故郷に帰ったみてえだ」

 女は俯いた。

「あなたの故郷は……まだあるの?」

「……無えよ。英国人に取られちまった」

「あたしもよ」

 阿片戦争。英国からの阿片の売買を清国が断った事から始まった戦争である。最新式の軍備の英国に勝てるはずも無く、清国は大敗。半植民地状態となった。赤燕はその阿片戦争の際日本に逃げて来たのだ。

「まっせっかく会えたんだ。しんきくさい話はやめて一杯飲もうや!」

「貴様が仕切るな」

 ツッコミをものともせず、仲居を呼ぼうとする。

「おーい」

 返事が無い。

「おーい、酒ー」

 返事が無い。

「おーい、聞けえええ!」

 ついに怒鳴ったところで襖が開いた。

「遅くなってすみません」

 吉田と山崎である。そして何故か彼らの手に酒が。

「店の者は如何した?」

「また火の玉が出たって全員出払っているよ。こういうのを因果応報というのかな。おや、今日は初めて見る女性が」

 女がうっそりと笑った。

「子見南子 子路不説 夫子矢之曰 予所否者 天厭之 天厭之、ですわ」

「言ってくれるな」

「何て言ってるんですか?」

山崎が問う。

「『孔子が南子を見ました。子路それを喜びませんでした。夫子これに誓って曰く、我がすまじき事は天これ厭たん。天これを厭たん』ってさ」

「つまり如何いう意味なんですか?」

 赤燕はバリバリと頭をかいた。

「知らねえ」

「孔子が南子と会ったのが子路には面白くなかったが、孔子は誓いを立てて「私の行いに間違いがあれば、天が私を見捨てるであろう。天が私を見捨てるであろう」とおっしゃった。すなわち、因果応報という事だ」

 さらりと答えた千鶴は姿勢良く正座したまま、「で、それが如何した?」とでも言いたげだ。説明してくれるのはありがたいが、もうちょっと「優しく教えてあ・げ・る」みたいな雰囲気にはできないものだろうか。できない。断言する。

「要するに火の玉騒動を起こしたせいで、酒にありつけないところだったという事か」

 高杉がげらげら笑った。細い体が思いっきり揺れる。笑う時はいつもこの癖が出る。

「ところで君は?」

 ようやく女の名前を聞いた。本当は直ぐ聞こうとしたのであろうが、こういう不器用さが吉田らしい。

「シャオメイ。小さな美と書きます」

「よろしく。ところで今日は何のために?」

 吉田に向かい、小美は握手を差し出す。

 握手が交わされると小美はサクランボのような唇で酒を口に運ぶ。赤い舌が唇を這った。

「佐幕派の連中を阿片で腐敗させられないかと考えまして」

 何でも無い事のように告げた瞬間。赤燕が怒鳴った。

「ふざけるんじゃねえ! あの悪魔の薬のせいで何人清国人が廃人になった!? 何故国を奪われた!? 俺達の誇りを汚すつもりか!」

 小美は嘲りの艶めかしさを見せる。

「阿片のせい? 笑わせてくれますわね。薬は常にただの粉。それを使うのは人。破滅するのは手を出した自分のせい。廃人には好んでなったようなものですわ」

「何だと!?」

「落ち着け。赤燕」

 冷静な口調で千鶴が問う。

「如何思われます? 高杉先生」

「幕府をぶっ壊すなら巧い手だ」

「高杉先生!」

 大声を手で制す。

「幕府をぶっ壊すなら、と言っているだろう。使えねえんだよ、その方法は。確かに佐幕派の連中に阿片を出回らせりゃ向こうは大打撃だ。けれど、それは確実に民間に流出する。日本が阿片中毒ばっかりになる。それじゃ元も子もねえだろうが。それによ」

 山崎から酒を取り、銚子からラッパ呑みする。

「面白くねえだろうが。そんな手使って幕府潰してもよぉ」

 銚子が卓上に置かれる。この論議は終わったのだ。

「さあて、明日はもう発たなきゃならねえ。今日はもうお開きだ。帰んな。あ、酒は置いて行け」

 畳の上にごろりと転がって再び銚子からラッパ呑みしている。

「はい。帰るぞ、赤燕。高杉先生、ご酒はほどほどに、という訳ですので」

 まだ酒の入った銚子を取る。

「これは没収させて頂きます」

「え? ちょっ待て千鶴! おい、持って行くな! おーい、千鶴ちゃーん!」

 懇願を聞き流しつつ外に出ようとする千鶴達の耳に中国語が飛び込んで来る。ひどく早口のそれは赤燕のみ理解できた。

「妾の転生は終わらない。芝居小屋の焼け跡で」


 しとしとと小雨が焼け落ちた材木を濡らしている。

「これじゃ自慢の火薬も使えないわね」

 小美は中国服から伸びるしなやかな足を組ませて待っていた。材木の上で。

「その服……覚悟ができてるのかしら?」

 赤燕も中国服を纏っていた。

「できちゃいねえさ」

 す、と芝居小屋跡を指差す。

「あの脚本、書いたのはお前だろう」

「あら、よく分かったわね」

「そりゃ分かるに決まってる。昔っからお前が書くのは女が死んで救われる話ばっかりだ」

「生れついての性かしら。それとも……未来を無自覚に予測してた?」

 中国服の胸元が開いた。

 胸からきっと下まで伸びている、痛々しい火傷の痕。

「ねえ。あたしはあなたを信じていたわよ」

 白い指が火傷痕をなぞっていく。

「何度生まれ変わっても、きっとあなたと結ばれるって思ってた」

「俺もだ」

「そう、じゃあ」

 中国服の襟が閉じられた。

「お互い馬鹿なガキだったのね。虚しいわ。愛しいわ。ねえ、火薬使いの赤燕さん」

 雨に濡れているのもお互い構わない。

「あなたはどっちを抱きたいの?」

 無言に指を振りながら続ける。歌うように。

「奸智に長けた狐さん? 人殺しが大好きな鬼のお嬢さん? ああ、でも狐さんだったらあなたは女を愛さない人ね。それだったら悔しいわ。ねえ……どっち?」

 声を絞り出した。

「抱きたいからあいつらについてるんじゃねえ」

 小美の顔が歪んだ。嫉妬と憎悪に。

「そう……そうなの……あなたは同志を再び得たのね。で、如何するの。また焼くの?」

「もう二度と……あんな間違いは犯さねえよ」

「間違い? 間違いで済ますの?」

 小美はヒステリックに笑う。

「あなたのせいで私の父さんも母さんも兄さんも弟も妹も、みーんな死んだのよ?」

 阿片戦争時、赤燕は少年兵として、火薬使いとして前線に立っていた。

「何年もかかったわ。あなたを探す時間は一生で一番長かったわ」

 その日は小美の家を借りて火薬の調合を行っていた。水を汲みに井戸へ出て、つるべを落としたのと同時だった。

 今まで入っていた家が爆発した。

「火薬はただの粉。破滅するのは使う人のせい。けれど、あたし達は使っていなかった。使っていたのはあなた一人よ」

 生存者は小美一人。そして赤燕は、逃げた。海を渡って日本へ逃げた。

「ねえ。如何してくれるの?」

 地に両手を付く。

「すまなかった。詫びる」

「詫びる? そんな事で詫びたつもり? ふざけないで」

 小美は短刀を赤燕に投げ渡した。

「死んでよ」

 短刀が雨に濡れる。

「死んでよ」

 濡れた短刀を掴む。手が滑るのは雨のせいだけじゃない。落とさないのは握力のせいだけじゃない。

「早く死んでよ!」

 短刀を真っ直ぐ喉に向ける。

「やっと死ぬんだ! あはは! あはは!」

 喉に刃の冷たい感触を覚える。次に感じたのは痛み。なれど、喉からではなく手から。

「何よあなた!」

 短刀を奪い取った者は薄紅の振り袖を雨に濡らしながら問い返した。

「君こそ、誰?」

「な……ッ」

 凛、と別の声が響く。

「随分と安い芝居の大根役者だな、赤燕。閑古鳥のみ客にして如何する」

「大根の上土まで付いてますね。如何するも何も如何しようもないんじゃないですか」

「お恋……千鶴……慶庵……」

「何なのよあなた達!」

「逆に問い返す。貴様は、何故私達を知らぬのだ?」

「な……」

 千鶴は淡々と

「赤燕は正式に高杉先生に就いている維新志士ではない。あくまで私に付いているだけだ」

「そ……それが如何したのよ」

「ならば何故高杉先生の方に先に赤燕を連れて来いという報が入る。高杉先生の事を赤燕が知っているとは限らぬのだぞ。逆もまた然り、だ。一言そんな奴は知らんと言われれば終わりだ。赤燕が京にいる、と知っているのなら、私を探すのが普通ではないか?」

「そ……それは……あなた達が隠れ潜んでいるから京の何処に居るのか分からなくて……」

「また矛盾だ。高杉先生は九月に奇兵隊総監を辞められたばかり。足跡を辿るのならば、京に居ると分かっている私達の方がずっと探しやすい」

「う、うるさい! 高杉の方に偶然先に会ったのよ! そう言う事ってあるでしょう?」

 千鶴の口角が釣り上がった。

「ついにボロを出したな」

「……どういう意味よ……?」

「私達は吉田稔麿を通して高杉先生の命令を受けている。私達の居場所は高杉先生は知らぬのだ。知っているのは吉田のみ。なれどあやつはこう言った「初めて見る女性」と」

 女の顔が青黒く変色した。

「そろそろ効いて来たようだな」

 ごぼり。

 女の口から大量の血が吐き出される。

「何を……」

「一服持った。慶庵調合の毒薬だ」

「な……あた……しが……本物だったら……如何する気だったのよ……」

 この上なく冷徹に千鶴は言った。

「維新に阿片を使おう等と申す無能者、本物だろうと偽物だろうと生かしておいて益は無い」

 女は倒れた。

「赤燕」

 全てをジオラマのように眺めていたのに、お恋が声をかけた。

「あのね、あに様があの女の人を偽物じゃないか? って思った理由、もう一つあるんだよ」

「……」

「自分がそんな目に遭わせた人を見て、赤燕が気付かないはずが無いって」

 赤燕の口元が緩んだ。

「あの芝居、七度めの転生は朱雀になるんだったな」

 短刀を手に取ると、焼けた材木を赤燕は彫り始めた。

 女の死体の周りに作られる、羽根、羽根、羽根。

「何処の誰だか知らねえが、これで転生は終わりだぜ。俺はまだ死なねえけど」

「赤燕……」

「ああ。気付いていたさ。この女の想いは」

 恋する女は朱雀となった。もう恋する者を殺す事は無い。

「間違えた振りをしたままの方が良かったか……?」

「良いわけないだろっ!」

 喰ってかかるお恋の頭をぽんぽんと叩く。

「そうだな。良い訳ねえ」

2006年ごろ初稿 2018年9月23日誤字脱字訂正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ