09 盗神の失望
太陽が中点に上る頃。
深緑がまぶしい太陽の光を吸収して、木漏れ日を作っていた。
夜と朝にはなかったすべてを抱擁するような優しい雰囲気がそこにはあった。
昨日と一昨日ここにいたはずだが、仕事に夢中になりついぞ感じ取れなかったものだ。
人々もイノシシ狩りという殺伐とした光景を展開しているが木漏れ日の元だとまだ健全に感じる。
高貴神に掛けた【ノイズキャンセラー】の効果が切れると、盗神たちは竜騎士に会うためにイベント会場『妖精が棲む森』へとやって来た。
結果のほどがどれだけのものか確認するためだ。
盗神は本分を充たし、生き生きとしているが、高貴神は罪悪感にさいなまれ、元気がない。
まるで盗神が高貴神から元気を吸収しているようだ。
「はああ、だるい。その場の勢いでやるんじゃなかった。民家から苦しみの声が聞こえるごとに精神が削れたわ」
「気にするな。もう二度目には何も感じることもないから」
盗神は高貴神のダルそうな顔を見て、フォローを入れておく。
高貴神は親の仇を見るような眼で盗神を睨みつけている来ると
「二度目はない!」
と大音声で否定を入れる。
参加者たちが何事かと後ろを振り向いてくる。
高貴神のせいで悪目立ちしてしまった。
フォロー入れても怒鳴るだけ、入れなければ機嫌が悪いまま。どうすればいいというのか。
人の波をかき分けて、盗神たちの元に近づいてくる気配がある。
もう誰だかわかった。
「お前ら、相も変わらず、騒がしいな」
竜騎士だ。
呆れたような顔をしているが、特にいつもと変わりがない。
盗神は察した。
今回の作戦も大して、効果はなかっただろう。
「クロス,今日の朝、変わったことがなかったか?」
ダメもとで尋ねる。
竜騎士は形のいい口に微笑を浮かべた。
「なるほど、あれをやったのはお前らの仕業か。よくよく考えれば、そんなかかわりがあるのはお前らくらいだしな」
プライドが高いので、施しを受けたと受け取られ、機嫌を損ねられることも考えていたが、この様子なら大丈夫そうだ。
前提条件はクリアした。
だが、本題がまだ残っている。
「どうだったあれは?」
わずかな期待が心で生じるが、声に出ないようにさりげなく尋ねる。
この案に反対だった高貴神も竜騎士の顔を神妙な顔つきで見る。
「ああ、そうだな」
竜騎士はいいにくそうに言葉を濁した。
もうこの時点で結果は見えた。
高貴神は興味を失ったようにイノシシ狩りの様子を見始めた。
「あれは確かにすごいものだったが、我は潔癖でな。他人のにおいがするものは無理なんだ」
感想が適当だ。
口調からしてたとえ潔癖がなくても無理だっただろう。
他人から施しを受けても感謝するタイプではなさそうだ。
「そうか、それは悪いことをした。適当に燃やすなりなんなりしてくれ。あれだったらこちらが処理しに行くが」
「そこまではいい。こちらで何とでもできる。さて、我は竜神様の土産を得ねばならん。さらば」
少しこちらに気を使ったのか、後を濁さずにイノシシの群れの中に消えていく。
通ったあとには血しぶきと死体の山ができていく。
こちらもギリギリ視認できるほどなので、周りの参加者には何が何だかわからないだろ。
竜神のことについてとやかく言っていたことが気になるが、どうせ又合うのであせらずともいいだろう。
「あいつが戻ってくるまで、しばらくここでイノシシを狩るか……」
高貴神に語りかけるために言葉を吐いたが、虚空に消える。
当の本人が姿を消していた。
特に探す必要もないが、どうせまた竜騎士と合流するまでは暇なので、高貴神を探す。
参加者が多いので、いい暇つぶしになりそうだ。
金髪にロングの女を探す。
意外に多い。
武器を所持している人間はすぐに候補から外すことができるが、無手で戦うことがある、格闘家や魔術師はなかなか紛らわしい。
しらみつぶしにそこかしこを探していると、光の奔流が顔をなぜた。
奔流は、大きなイノシシの中から こぼれ出ている。
イノシシと、厳かな光は結び付かなかった。違和感を頼りに、そこに近づいていく。
火に惹かれる蛾に行動が似ているようにも思えたが、忘れることにした。
直近に近づいた。
大きなイノシシの前には五人ほどの男女がいて、そのうちの一人が光をばらまいていた。
光の奔流の正体はこの女だった。
「よし、その調子、ガンバ―」
五人とイノシシを取り巻く集団の最前列から聞きなれた声が聞こえてくる。
高貴神だ。
こんなところにいた。
「はい、私弱いけど頑張ります」
光を体からほとばしらせる女は殊勝なことに、高貴神の声にこたえる。
女が手に持ったロングソードを構えると、周りの男たちが遮るように前に飛び出した。
「ピティー、俺らがやるそこで見ていてくれ」
そういい置くと、女以外の四人が一斉に剣を振り下ろした。
斬撃は、圧力の刃となり、イノシシを膾切りにした。
並みの人間ができる芸当ではない。
「さすがあたしの眷属、よくやったわ」
高貴神はハイジャンプして、身体全体で喜びを表す。
異様な強さの理由が分かった。
例の高貴神の眷属のスキルが作用してるからだ。
城があるときに味方の性能を十倍。
だから、ここの主であろう大きなイノシシを安手の剣で殺せるわけだ。
「神さま、何とか勝てました」
女が高貴神の元に歩み寄っていく。
あれがそうだろう。
青髪のポニーテイルの女、よく見ると整った顔をしている。
先ほどいいところを見たばかりなので補正が入ってるかもしれないが。
ふっとイノシシの亡骸の向こうを見ると、竜騎士が熱を帯びた眼で女を見つめていた。
目の先にいるものを殺しそうな眼力だった。