08 盗神の本業
それは高貴神アリストクラテスが神としての生を受けて、幾何も立たないときであった。
高貴神は大神とともに神々の元に挨拶周りをしていた。
アリスは神々達と共にやっていける気がしなかった。
大神は飽きることなく煙草をふかしているし、武神は襲い掛かってくわ。
智神は神殿に入るなり、怒鳴り散らして来るわ。
神界は変人の巣窟だった。
だから大神から今度は盗神だときかされた時、身ぐるみをはがされるのではないかと戦々恐々とした。
「盗神は真面目で、おとなしい子だから心配することないよ」
と大神は言うが信用できなかった。
大神からはこの間嘘をつかれたばかりだった。
「ここの神々達は愛想がよくて、気さくな奴ばかりだから期待していいよ」
といったのに言とは異なりあの有様だったのだ。
絶対に信じないと決めていた。
盗神の神殿の中で高貴神は警戒しながら慎重に進む。
「だから、大丈夫だってそういう手合じゃないから」
大神が紫煙を吐きながら、呆れたように言う。
そういわれても警戒を解くことはアリスには不可能だった。
この前、武神が神殿の壁を突き破って強襲された恐怖が、まだ消えず。
大丈夫と念じても身体が勝手に警戒してしまっている。
だが、警戒は杞憂に終わった。
玉座に辿り着いた時、相手は船を漕いでいた。
褐色の肌に。
燃えるように赤い髪。
どことなく粗野な感じがしたが。
似合わない眼鏡と船を漕ぐ姿でいくらか緩和されていた。
「恥ずかしいところを見せてしまってね。クレフティス、起きろ!激務だとは言え、仕事中に寝るのは感心しないぞ」
大神の声を聞くと、盗神は飛び起きた。
引きつった作り笑いを浮かべる。
「申し訳ありません。大神様」
恭しく、大神に謝意を表明すると、こちらに気づいて
「ああ、君が新しい神。僕は盗神クレフティスと言います。よろしく」
と紹介をしてきた。
信用していなかった大神の前情報どおりの神様だと思った。
高貴神たちは、昨夜宿で建てた作戦を実行し、結果は惨敗に終わった。
収穫として、かつて竜騎士はパーティを組み、解散した後は誰とも組んでいなという情報が手に入った。
状況はすこぶる悪い。
竜騎士が前のパーティに入れ込み、仲間にならないと決意しているかもしれないからだ。
人の決意を1週間で覆すのはかなり難しいと思う。
それを貫き徹してきた年月もわからない。
同じことを長いこと続けていると可塑性がなくなってくる。
年月が長ければ絶望的だろう。
高貴神のですわ調のようなものだ。
神になってから本人はやめようと思ったが、激情にかられるとつい口から出てしまう。
何百年単位の時間をようしてもこれなのだ。
一週間がんばる成果など霧霞に近いに違いない。
そんなこちらの、考えを斟酌しているだろうに、高貴神の真面目な先輩はまだあきらめていない。
それどころか、今現在、高貴神の目の前でベクトルの間違った真面目さを披露している最中だった。
深夜、人が寝静まった頃合いで、盗神は家の中に音もなく忍びこみ、めぼしいものを盗んできていた。
「ダメもとだが、今とれる手段は、奴の欲しそうなもので釣るのみだ。そのためにも、ここら一帯の目星のありそうなものを夜が明けるまでに盗む必要がある」
盗んできた木彫りのクマを片手でもてあそびながら、盗神は高貴神を説得するように、言葉を並べる。
そして、勿体つけるように一度切った。
言わずとも、盗神の云う事を予想できた。
「お前もそこで見てないで、手伝ってくれ」
予想した通り、強盗を教唆する文言を並べた。
もちろん。
「やだよ」
答えはノーだ。
「お嬢様にふさわしくない行為で、スキルにペナルティ入るんだから。強盗やったらほぼ無効化じゃん」
高貴神の、高貴のスキルツリーは上品であればあるほど褒賞で状態異常に掛けられる確率が上がる。
逆に下賎な行為をするとペナルティで確率がさがる。
大概のものごとがそうであるように、ペナルティの倍率の方が褒賞よりも大きい。
そしてペナルティは犯した物事で、振れ幅が大きく異なる。
高貴神の場合、言葉遣いと態度でペナルティがすでに入っており、お嬢様が絶対しないような強盗などしようものなら今までの褒賞は消え、倍率はほぼゼロになるだろう。
つまり、高貴神にとって、盗みは、スキルをすべて失うことと同義だ。
褒賞でリカバリーするには最低三日はかかるだろう。
高貴神は冗談で言ったことだが、盗神がスキルを持っている自分に嫉妬しているのは案外当たっているのかもしれない。
「どうせ今回は使う機会ももうないだろうし、いいだろ」
盗神はどうでもよさそうにそんなことをのたまう。
おそらくこの神は他人のことなどどうでもいいのだろう。
少し理が通っていることが無性に腹が立つ。
確かに今回、竜騎士に無効化されて、高貴神がスキルを使う機会などない。
だが、それとこれとは別だ。
何故通用する望みが低い策にスキルのペナルティを受けてまでやらねばらないのか。
「だから、やだって、先輩の作戦成功率低そうだもの」
「日中、成功率低そうなお前の作戦のフォローしてやったのに冷たい奴だ」
スキルの情報を引き出すために、部屋の外に置き去りにして、眉一つ動かさなかったくせによく人に冷たいなど言う。
「先輩に言われたくない。ペナルティだけはごめんだし、絶対にやんない」
「ペナルティなんか気にするな。おそらくもうかかっているから」
高貴神は虚を突かれたように、衝撃を受けた。
急いでステータスウィンドウを呼び出した。
何処からともなく出現した羊皮紙を奪い取るようにとる。
そこにはペナルティが表示されていた。
倍率70%マイナス。
かなり大きい倍率だ。
おそらく、盗みに加担しているとカウントされたのだろう。
それにしても大きすぎる。
加担しただけでこれか……。
もうどうでもよくなってきた。
「わかったよ。やってあげるよ、いしょに」
「そうか、そうか。わかってくれたか」
盗神はかみしめるようにうなずくと、手をかざしてきた。
何をするのかと警戒する。
「【ノイズキラー】をお前に掛けた。これで音は出ないはずだ。だが気をつけて欲しいことがある」
長たらしい前口上が始まりそうなので、聞きたくないという意を伝えようと口を開ける。
「……!?」
声が出ない!?
「こいつを使うと声までも出せなくなることと、12時間は効果が継続される」
掛ける前に言えと高貴神は内心で毒づく。
おおよそ昼までしゃべれないことを想像すると高貴神はげんなりした。
だがまあいいだろう。
いらいらも限界だし、せいぜい初めての強盗でも楽しませてもらおう。
八つ当たりに一番大事そうなものを盗んでやろうと内心ほくそ笑む。
高貴神は暗闇の中を盗神と共に駆ける。