07 二神の策謀
それなりの弾力のあるベッドに腰を下ろす。
安ぽい宿屋だというのになかなかいいものを使っているようだ。
先ほどの宿屋の旦那の様子からすると自分たちの居住空間をこちらに差し出したかもしれない。
あちらは困るかもしれないがこちらは困らないのでどうでもいいことだが。
「先輩、それ、あたしのベッドにしようと思ってたんだけど、一声かけてよ」
先ほど給仕が持ってきたティーカップに手を掛けながら、高貴神が不平を言う。
部屋の外に追い出されたことを根に持ってるようで、愚痴ぽくなっている。
盗神は自業自得と思っているのでとりなすことはしない。
「ベッドなんてどれも変わらないだろ、もう一つある奴も同じベッドなんだから」
「これだから貧乏人は。景観というものを知らんでしょ。そのベッドの近くの窓ならちょうど王城と街の様子がいい感じに見えるじゃん」
窓から王城と暖色に染まる街を見る、特に芸術の素養がないクレフティスにも確かに綺麗なものだと感じた。
「確かにこうして見てみるといいもんだが、こんなのずっと見てたら、すぐ飽きるだろ」
「嘆かわしい」
高貴神はティーカップをソーサーにおくと、頭に手をやる。
所作の一つ一つが盗神をイライラさせる。
「無意識に見て、ふっと美しさを感じるものなの。つまり景観はいつまでいても飽きがこないもののわけ」
高貴神の言っていることは相変わらず理解ができない。
飽きるものは飽きるだろうに。
「お前の云う事はよくわからんが、景観がいいものて事はわかった」
不本意だが、賛同の意を述べておくことにする。
これ以上ねちねち責められるのも避けたい。
「まったくしょうがない。ものを愛でる侘び寂びをあたしが先輩にレクチャーして上げよう」
肯定されたことで高貴神が勢いづいてしまったようだ。
そんな実用性のない物のレクチャーなんて勘弁してほしい。
苦難が去ったと思ったら又苦難だ。
「それはまた暇なときにするとしよう。今は竜騎士をどうやってスカウトするか考えないといけない」
竜騎士の話しを持ち出し、受難を回避する。
仕事をこなし、かつ興味のない話を退けられた。
われながら少しいいやり方だと思った。
「でも、今日結構長い時間一緒にいてスカウトまがいのことを何度もしたけどダメだったし、もう無駄なような気もしないこともないんだけど」
だが、高貴神は乗り気ではないようだ。
竜騎士といた時に掛けたスキルがことごとく無効化されたのが結構堪えたのだろう。
「お前はな。神のくせに神とすこぶる相性が悪いからな」
高貴神はスキルツリーがほぼ状態異常系のものしかないため、大概、状態異常無効を持っている神とは相性が絶望的に悪い。
神と戦うことができない神だった。
「スキルに頼るのは望みが薄い、辞めることにするか」
スキルを多用する神々としては苦渋の決断だった。
だが、こちらは九割スキル損失し、可能性のあるスキルが使用不可。
高貴神は状態異常無効でスキルがほぼほぼ無効化される。
現状では諦めざるを得ない。
「スキルの他の手段なんか存在するんですか?」
高貴神がわざとらしく敬語を使い、こちらをジト目で見つめてくる。
嘲るような口調に腹が立つが確かにスキルを使用しないで何とかしろと言われても思いつかない。
「欲しい物でつるとかは、どうだ」
盗神は何も思いつかず、愚にもつかないことを言う。
「それ、欲しいもの分かってないと無理でしょ」
いつになく冷静な高貴神に却下される。
確かに竜騎士が欲しいものなど知らないし、想像もできない。
一番メジャーな金が在るが。
そんなものでつろうものなら、プライドを傷つけた、挙句逆鱗に触れそうだ。
「確かにあいつが欲しそうなもの何ぞ、見当がつかないな」
「でしょ。言い出しぺなんだからもっとまじめに考えてよ」
真面目に考えた結果がこれだと小言を言いたくなったが、また不機嫌になられても困るので飲み込む。
妙案が浮かばず、黙考していると、乗り気ではなかった高貴神がなにか考えているようだ。
その眼はティーカップの湖面をただじっと見つめたまま動かない。
「いいこと思い付いた。あいつ、友達いなさそうだし、あたしらが友達になってあげたら、仲間になし崩し的になるんじゃない」
確かにそんな雰囲気を出してはいるが、そうとは限らない。
盗神たちと会う前にも竜騎士というネームバリューに惹かれて友達になろうとしてきた奴らなど腐るほどいっただろう。
それでも現在竜騎士がパーティも組まず単独でいることを考えると望み薄だ。
気が変わる可能性もあるのでしないわけでもないが。
「試してはみるか。あまり期待しない方がいいことに変わりはないが」
盗神の言にむっとして、高貴神は睨みつけるが、盗神は窓の向こうを眺め素知らぬふりを決め込む。
ちょっとしたことですぐに噛みついてくるのでさすがに盗神も疲れがたまて来ていた。
「友達がいいなら、お前が竜騎兵を彼氏にしてもいいと思うけどな」
つい皮肉を言ってしまった。
高貴神はティーカップを持つ手をプルプル震わせて、中にあるお茶がぼとぼとこぼれる。
あれほど慎重を喫して、触れないように努めた逆鱗に触れてしまった。
「あんまりですわ!先輩が不甲斐ないばかりにフォローしているというのにこの仕打ち……。生前であれば、皮をむいて、串刺し刑にしていたところですわ!」
キレて、ですわ調になった高貴神がわめき散らす。
高貴神のキレた時の所作にはいつになってもなれなかった。
神界で様々な神によって俗に染まったが、根はまだお嬢様で、キレると令嬢に戻るのだ。
その態度が盗神の劣等感は煽る。
まるで自分は下賎なお前とは違うと言外に言われているようで、嫉妬せずにはいられない。
自分でやったことに黒い感情をたぎらせながら、後悔する。
高貴神の怒りは止まらず、ティーカップを盗神に投げつけてくる。
ですわ調の涙声で自分の不運を嘆き、わめき始める。
もう作戦会議どころではない。
結局、高貴神の癇癪は本人が疲れて眠るまで続き、盗神が避けたかった野宿の場合と同じ結末となった。
盗神はお茶で汚れてベッドが使えないので椅子に座ったまま寝た。