06 相反する二神
2柱の神は、竜騎士に参加者と思わせるために狩を行った後、ギルドに寄った。
イノシシからはぎ取った素材を換金して、路銀を得るためだ。
武器も防具もつけていない姿は、まわりの者たちからひどく浮いており、奇異のまなざしで見られていることに当の本人たちは気づいていない。
「あんたたち、変な奴らだな。武器も待たずにどうやって倒したんだい」
カウンターの受付の男が訝し気な目で2柱の神を眺める。
「スキルで殺した、こう見えて俺たち剣士なんだ」
本当は素手で叩いて殺したが、十中八九信じるわけもないので適当な嘘をついておく。
ギルドの受付が神のステータスが人と隔絶していることを知るわけもないし、こちらが神だと主張した時点で頭のおかしい奴と思われるのが眼に見えている。
「そうは見えねえけどな。まあいい、イベント期間は参加する奴は誰でもOK、素性不要ということになてるからな。だがな、これからここでクエストを受注するのなら、会員登録してもらって、素性をはっきりさせてもらうぞ」
男はくぎを刺して、すごんでみせるがまだ若く貫禄がないのでどこか間が抜けて見える。
「あたしたち、冒険者だからたったとこんな鄙びた場所、出て行くから大丈夫」
「じゃあ、いいんだがな」
「お兄さんもあたしたちと来ない?」
高貴神が珍しく自分から誘惑する。
盗神はその様子を珍しそうに眺める。
神界で男神たちが、猛アタックしても靡かない女神がこの男に興味を示したのだ。
気にならないほうがおかしい。
「ああ、俺には家族がいるから無理だ。他あたってくれ」
「あらそ、残念」
高貴神は返事を聞くと、興味を失ったように踵を返して、受付から離れていく。
あまりに自然な所作に、ついていくことを忘れて、つい見入ってしまった。おいていかれていることに気付いた盗神は慌てて追いかける。
「どうして、アイツを誘おうとしたんだ?」
盗神は追いつくと同時に高貴神に尋ねる。
「【観察眼】で見たら、いい感じの魔術師だったから」
高貴神は盗神の知らないスキルの名を述べた。
話の流れから人のステータスを盗み見るスキルのようだ。
「どうしていい感じと思ったんだ」
「エンチャントと珍しい攻撃魔法を使えるところ」
並みの魔術師にしては確かにエンチャントと攻撃魔法が使えるものは珍しい。
大概はどちらか一方しか魔術師は習得していない。
理由は簡単でどちらか一方に振り切らなければ器用貧乏になって力が弱くなってしまうからだ。
だが高貴神が眼をつけたということはその例外だったのだろう。
2つのものを習得してなおどちらとも深奥に至った魔術師。
確かに珍しい。
「確かに珍しいが、俺たちには必要ないだろ。エンチャントはステータスを強化できるが、倍率はたかが知れているし、攻撃魔法がなくてもなぐれば俺たちはすむからな」
盗神が滔々と魔術師の不必要性を語ると、高貴神は呆れた顔をして、ため息をついた。
「大事なのは必要か、不必要かじゃなくて、珍しいか、面白いかどうかでしょ。必要な物ならあっちからやって来るけど、珍しいものは自分からとりたいと思わないとやってこないんだもの」
高貴神の言は盗神には理解できなかった。
まず必要なものはあちらからやってくるものじゃない。
自分が望んで、持っているものから奪い取って初めて手に入る。
望まなくてもあちらからくるというのは想像できない。
何が起こったら、そんなことが起こせるのか皆目見当がつかなかった。
さらにその上に必要性のない珍品を手に入れようとすることなど異界の文化を聞かされた時と同じような気持ちにさせられた。
「なるほど。確かにそうだな」
理解できないことを理解している人間に、文句を言ってもこじれるだけでいいことはない。
わかったふりをして、流す。
「先輩もたまにはわかるじゃん」
高貴神は言葉とは裏腹に失望したような顔をした。
夜の帳の中、家々の明かりがオレンジ色の光で街路を照らし出す。
宿屋の前、心を落ち着ける優しい光の中で盗神はイライラしていた。
「料金が高すぎるだろ!」
宿屋の前に立てかけられた、ポップを睨みつけて、吠える。
料金は換金した50カタロンを越え、70カタロンと書いてある。
その上、ギルド会員であれば、20カタロンと書いてあることがさらにイライラを募らせた。
旅人に対してだけ明らかにふかけている。
それでも止まるしかない旅人の足元を見てやっていることがまるわかりだ。
「あ~これ、ギルドとめちゃくちゃ癒着してんじゃん。アルケーも発展したもんだわ」
盗神とは異なり、高貴神は感慨にふけるようなことを言っている。
「感心してる場合か、宿なしになるぞ」
盗神は別に野宿でそこらへんに転がって寝てもべつに構わなかったが、その場合に発生するだろう高貴神の癇癪が嫌だった。
街路のど真ん中で喚き散らすのが眼に見えている。
そんなものを高貴神が寝つくまで食らったら精神が崩壊する。
なんとしてでも宿は確保しなければならない。
「仕方ない、久しぶりにスリでもするか」
盗賊のスリスキルが使用できないので、勘のいい奴にはばれるが、背に腹は借りられない。
「ちょっと待てよ。そんな事する必要ないて。お金がなくても止めてくれるから」
人波の中に突っ込んで行こうとする盗神を高貴神が慌てて引きとめる。
「そんなバカな話があるか。本当だったらとしたら、スラムなぞ存在しないだろうが」
「まあ、そこで大人しく見ててよ」
そういって、高貴神は暖色の光の中に入っていた。
「おじさん、二人で頼むわ、料金はもちろんいいよね」
入口から見えるカウンターで仁王立ちするムキムキの男に気楽な声をかける。
「嬢ちゃん、ふざけったこと抜かしてんじゃね……」
男が高貴神を鬼のような形相になって見下ろし、凄む途中で目が驚愕に染まる。
「お、オーラがチゲえ。是非ともうちに泊ってくれ、永住しても構わねえ。もちろん料金はいらねえ」
先ほどまでの剣幕は嘘のように、大男は高貴神に縋りつくようにして泊るよう頼み込んでいる。
そのあからさまな態度の変化にスキルを使った事は明白だ。
宿の中に入って高貴神に詰問する。
「お前、スキル使っただろ。なんだあのスキルは」
「スキルなんて、使ってないけど。ただ単にあたしのオーラが輝いて見えただけでしょお」
調子に乗ってめちゃくちゃなことを言う。
少し腹が立ったので部屋に入れてやらないことにした。
部屋に入るために鍵を受け取ると、開けてからすぐ閉めて。
高貴神だけ廊下に置き去りにした。
「チョ、先輩、開けて~。ひどいひどいあんまりだって、いいことした後にこれはないわー」
焦ったような声で高貴神が扉をたたき始めた。
「ああ、わかった。わかったてスキル教えればいいんでしょ。名前は【黄金の波動】。効果は他人にすごい奴と思わせること。教えたじゃん、開けてよ」
もうほっとこうかと思ったが、高貴神に心酔した宿の旦那の事を思い出してのでやめた。
騒がれても面白くない。
鍵を開ける。
「先輩ひどすぎでしょ。スキル一杯持ってる後輩への嫉妬とかこわすぎなんだけど」
開けた扉を閉めて、鍵をかけた。
奴はこのまま部屋に入れなくてもいいだろう。