05 竜神の気紛れ
竜騎士。
下界最速の存在。
瞬きの間に万里を越え、その姿を捉えられる人間はいないとされる竜騎士伝説が下界ではまことしやかに語れる。
誇張ではあるが、下界での竜騎士の立ち位置を良く表している。
下界の人々もそうだが、竜騎士の敏捷の高さは神々も認めている。
根拠として、個体によって敏捷が並みの神を越えるものがでることもあるが、やはり、一番としては竜神の子としての側面が大きい。
神界最速の竜神の子が速くないわけがないという理屈である。
竜騎士は竜神が気紛れに人の間に作った半神半人である。
半神半人を侮っている節がある神たちが、自分たちを越えていると認めるというのは異例のことだ。
それほどまでに、神々の間で竜神という名が大きな影響力を持つことを証明していた。
二対の竜を従え、男が空から降りてくる。
「……【翼竜転変】解除」
男がぼそりとつぶやくと、竜が光輝き、消えた。
かわりに男の耳に先ほどはなかったイヤリングが生じる。
その姿を見て、周りのものは、またアイツかなどと言っている。
どうやらここに来るのは初めてではないらしい。
「竜騎士とか、まじパナイ、先輩チャンス、チャンス」
「ああ、そうだな……」
テンションが一気に上がる高貴神とは異なり、盗神のテンションは低かった。
高貴神はうさん臭いものを見る目で盗神見つめる。
竜騎士は数も少ない上、下界最速のものだ。
最高の移動手段があちらからやって来てくれたのだ。
当然盗神ももろ手を挙げて喜びたい気分だった。
だが、これから遭遇する手間を考えるとそんな気持ちはすぐに霧散してしまった。
竜騎士はプライドが高く、なれ合うことを好まない傾向が強い。
これを仲間にするのはかなり面倒臭いことだった。
竜騎士を倒して、屈服させようとすれば、敵対者とみなされどちらかが死ぬまで戦うことになり、普通に交渉しようとしても、平然とつぱねられる。
唯一の手段は竜神が仲間になるよう頼んでくれることだが、竜神は今睡眠中でそんなことはできない。
それゆえ、盗神たちに竜騎士を仲間にする手段は存在しなかった。
だが逃がすことはできない。
二度と訪れない千載一遇のチャンスを可能性が低いというだけで。
何もせずに。
諦めることなどできるはずはない。
こちらはスラムから神にまでなりあがったのだ。
それと比べればたかがこれしきの事である。
「アリス、落ち着け、慎重に行くぞ」
盗神は自分を奮い立たせ、相方に呼びかける。
鬼気迫る盗神の表情にさすがの高貴神も察し、首肯する。
「ああ、すいません。そこの方」
さりげなく、竜騎士に声をかける。
「……」
竜騎士は、眉をしかめた顔でこちらを見つめてくる。
多分に漏れず、人嫌いのようだ。
「僕たちと仲間になりませんか」
月並みな文言を唱えるとともに【アンロック】を使用する。
閉じたいという念が込められたものを開けるスキルだ。
無意識で閉じていなければ、閉じた心も開けられる。
「まあ、お前らはまだましなもののようだが、我は仲間をとらない主義だ。取る必要がないからな」
ダメだ。心は開けられたが、それでも仲間の作らないと決意していた。
盗神のスキルではこれはどうにもできない。
高貴神に目配せする。
「そんな事言わないでて、仲間といると楽しいじゃん」
高貴神は最上位スキル【覇王のカリスマ】で言葉共に誘惑を掛ける。
「とらぬものは取らん、わかってくれ」
誘惑はかからなかった。やはり半分は神の血を持つだけあり、状態異常は無効化されるようだ。
ダメか?
「仲間はとらぬが、この祭りの間は我もここにおる。モンスターに苦戦するようなら手伝ってやろう」
盗神はほくそ笑んだ。
このイベント『妖精の羽ばたき』の開催期間はあと1週間在る。
今日を含めてあと七日、竜騎士を仲間にする猶予がある。
スキルの効果で感触も悪くない。
ついている。
運が間違いなくこちらに廻ってきている。
「そうか、助かるよ。ちょうどこちらも頭を悩ませていたころだから」
必ず落とす、これだけの奇跡が重なったのだ。
落とさないわけにはいかない。
竜騎士を前にして、2柱の神は執念をたぎらした。