03 大神の慧眼
大神は煙草を吸いながら、増えた仕事にげんなりしていた。
「異界に派遣された武神を同士討ちで殺したとは聞いてないんだけどね」
手に取っていた現人神の資料には確かに自分のところの武神の名前が書かれている。
しかも不名誉なことに先制したにも関わらず、倒せもせず同士討ちに持っていかれたと書いてある。
タイミングがすこぶる悪い。
先ほど2柱を下に降ろしたところだというのに。
「もとはといえば武神の不手際だというのに、なんで私が追い込まらねばならないのか。そこまで強くないのだから、あまりやたらめたら手をつけるなとさんざ言ったはずなのになあ」
現人神の資料を良く読まずに2柱を派遣したのは大神のミスで、元凶とはいえ武神に文句を言うのは八つ当たりだ。
大神自身八つ当たりと理解していたが八つ当たりの一つくらいしないとやっていられない。
「新しい、武神作らなきゃいけないし、現人神もどうにかしなければならない」
大神に久方ぶりに煙草がまだ半分も燃えていないが、すてて、新しい物に手を着ける。
すい始めの新鮮な煙が肺を充たして、いくらか気分が落ち着く。
現人神の討伐に行っている2柱に思いを巡らす。
「現人神の力は神3柱分。縛りのある奴らで行けるか」
大神は少し考えて結論を出した。いけるようなわけがない。
奇跡が五回くらい起こってトントンくらいだ。
「まあ、さすがに縛りで無理だてわかったら、自分たちで判断して縛りなんて破るし、ターゲットの強さも推測するでしょ。なんだかんだクレフ君上手くやりそうだしなあ」
自分の仕事が溜まっている上、盗神は大概、めちゃくちゃなことを言っても対処してくれるので何とかなるだろうという根拠のない安心感が大神から思考を放棄させてしまった。
暗い森の中、2柱の神はその暗闇よりもさらに暗い顔で立ちつくしていた。
理由は至極簡単なことだった。
ここがどこだがわからない。
先ほどまで森の中を歩いていたが、同じ場所に何度も戻ってきていた。
夜の森は人の方向感覚をマヒさせる。
神とて例外ではない。
「糞、権能が奪われたせいで【暗視】が使えない」
【暗視】は暗いところがよく見えるようになるというスキルである。
盗賊にとってはなくてはならないもので、盗賊のスキルツリーの一番下に位置付けられている。
今はそれが使えない。
クレフティスの盗賊としてのアイデンティティがゆらいでいた。
基本中の基本ができないなど耐えられない屈辱だった。
「そうだ。今から習得に行けばいいんだ」
「いや、木しか見えないのに無理でしょ……」
高貴神が少し疲れた声でつぶやく。
何時間も歩きぱなしだったので、生前から歩き慣れていない高貴神には負担になったのだろう。
いつも理性のかけらもないというのに、疲れて理性が生じ始めている。
「アリス、お前はそこで待ってろ。俺は民家を発見して、スキルを習得する」
「うん、もういいや。好きにしなよ」
高貴神に言い置き、森の中をかける。
一度止まり、風の匂いを嗅ぐ、かすかに食べ物の匂いがした。
風が吹いてきた方角に走って行く。
しばらくいたところで壁にぶつかった。
壁から離れて、周りを見るとそれなりに大きな家だった。
だが、貴族が住んでいる家のような豪奢さはなく、木の小屋をそのまま大きくしたような建物だった。 おそらく宿屋か何かだろう。
表の観音開きのドアを開こうとするがやはり鍵がかかっている。
数少ない上級スキルの【アンロック】を使う。
鍵が回された時のような音がする。
取っ手を引くと扉はやすやすと開いた。
中に入ると鼻を曲がらせるようなアルコールの匂いがした。
入口は食堂に面していたようだ。
手を伸ばして、あたりを探る。
手が木のザラザラとした感触を感じた。
目的はもう完了したようなものだ。
つかんだそいつを肩に担いで、ささっと、外に出る。
しばらく、かけた後に地面に置く。
真っ暗だった視界が、日中のように明るくなる。
【暗視】が習得できたようだ。
盗んだものが椅子なのでなんだかズルをしたような気分になるが、高貴神を待たせているので時間をかけている余裕はない。
来た道を音頼りに戻って来ると、高貴神はあおむけになって、いびきをかいていた。
道しるべとしては役に立ったが、人が四苦八苦している間に惰眠を貪ったと思うと腹が立て来る。
確かに疲れて、暇なら寝てしまうが、まだ5分10分しかたってない気がする。
もうちょっと頑張れそうだが。
「起きろ。また歩くぞ」
「もう無理、歩けないわ。令嬢なんで、おぶって」
乾ききったミイラのような声でのたまって来る。
怒りを通りすぎて呆れた。
こいつはもうだめだろう。
死ぬ前の仲間が決まってする顔をしていた。
おそらくもう気力が尽きている。
高貴神を肩に担ぐ。
担いだ拍子にメガネがずれたので片手で定位置に戻す。
見た目のわりに重い。
速く森を脱け出さないと、肩が外れそうだ。
どうやって町まで辿り着くか算段は立っているが、いかんせんどれだけかかるかはわからない。
下界の森の広さはピンからキリまであるのだ。
自分たちがいる場所が分からないのが痛い。
わかれば広さもおのずとわかるのだが。
魔物がでてこないのでそれほど広い森ではないと思うが、森は部分部分で魔物の多寡が異なるので大きな森ということもあり得る。
「迷てても、しょうがない。歩いていけばおのずとわかるか……」
盗神は途方に暮れながら、森の奥に歩いていた。
肩が壊れそうだ。
あれから遠くもなく近くもないような中途半端な距離を歩かされた。
荷車の車輪の後をたどって来たのである程度時間を短縮ができたと思ったがもう朝だ。
肩に担いだままだった高貴神を石畳に投げ捨てる。
高貴神は地面に仰向けにたたきつけられ、いびきが乱れたかと思うとむくりと起き上がった。
「うわ、まぶし。もう朝じゃん」
おそらく、落ちた衝撃じゃなく光のまぶしさによって、起きたのだろう。
落ちたことに気付いてないこともあり得る。
「俺たちに幸運をくれる街に着いたぞ……」
盗神は疲れた身体から声を絞り出す。
それを聞くと高貴神はきょろきょろと街を見まわした。
高貴神はあるところを顔をしかめて指さした。
「ああ、最悪じゃん。まず幸運ないでしょここ」
高貴神が指さした先には大きな妖精の像が立っていた。
それはここがどこであるか告げていた。
ここは妖精の国アルケーだ。