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20 竜騎士の邂逅




 目の前にあり得ない光景が広がっていた。

 大神テオスのみを正統とする、教会の信徒たちが一人の女の前でひざを折り、祈りをささげていた。



―数時間前にさかのぼる―



 女は何の予兆もなしに薄汚れた羊皮紙を出して、

 

「あたしは大神テオスの朋友。あんたたちあたしをあがめ、祈りを捧げなさい」


 そんな文言を言った。


 するとまばゆいほどの光が羊皮紙からあふれた。






 そして現在の状況に至った。


「あんたたち、喉が渇いたわ。紅茶を持ってきなさい」

「神から啓示が下された!ものども街からありとあらゆる紅茶を集めてくるのだ!」

「ハ!」

 

 女が命を出すと、テオス教の信徒たちは三三五五に散らばっていった。


 竜騎士、パガトリー・クロスはまだ自分の頭が今の状況を理解できずにいた。

 どういうからくりなのかも、何を使ったのかもわからない。

 だが、はっきりと女が超越した存在であることは理解できた。

 自分の父の竜神以外にあんな芸当ができるものをしらない。

 神なのではとふっと思ったが、それはないだろうと否定する。

 神がおりてくることなどめったにない。

 

 「あ、あんた、竜騎士じゃん。やっぱ捕まってたの。まったくしょうがないなあ。あたしが出してあげるよ」

 

 女は軽薄な態度で手枷を引きちぎり、檻を素手でこじ開け、こちらに近づいていた。

 手首の根元につけられた手枷を壊した時、自分の目には狂いはなかったと確信した。

 自分の壊せなかった手枷を壊している。

 確実に筋力のステータスはクロスを越えているのだ。

 やはり神なのではないかという思いに駆られる。

 

 「お主は何者だ?」


 クロスは警戒を交えた少し低い声で相手に尋ねる。


「ああ、あたし?あたしは高貴神だけど」


 女はあっけからんと言ってのける。

 

 「ほ、本当か?」


 クロスは喉がカラカラになりそうにながら尋ねる。


 「マジ、ほんとにマジ。信じらんない?ステータス見せよっか」


 先ほど出した羊皮紙とは異なる、見慣れた羊皮紙を取り出す。

 そこにはしっかり種族の欄に神と明記されていた。


 「本物か……。どうしてここに?」


 クロスは純粋な疑問を口にする。

 

 「へえ、あんた、プライド高いてきいてたから。自分より偉い存在だと気づいたら機嫌悪くすると思ったけどそうでもないみたいだね」


 高貴神は遠慮もなくクロスに失礼なことを言ってくる。


 しかし、これは自分の愚兄らのせいでそういった見方をされているというのもあり得るのでしょうがないと割り切った。


「そこまで、我はくだらないことにはこだわらん。位などどうでもよい」

「あんた、変なしゃべり方するね」


 高貴神はケラケラと下品な笑い声をあげる。

 クロスはさすがに目の前の女が本当に高貴の神であるか怪しくなってきた。

 どちらかというと、魔神のような感じがする。


 ばたんと、教会の門が開けられる音がした。


 「匂う。匂う。異端の神のにおいがします。こんなに散漫に匂いがしているという事は牢から出ましたね!」

 

 遅れて、女の高いヒステリックな声が聞えて来た。

 

 クロスが一度、会い、二度と会いたくないと思った狂気に取りつかれた女の声だと分かった。

 女は事あるごとに神の名をあげ、それを免罪符のように使う様は狂気にも見えたがクロスには、神に縋るだけの卑屈で矮小なものにも見えた。

 クロスは自信がない奴―誇りを持たない者―が大嫌いだった。

 自分のことを棚にあげて、甘えているだけにしか思えなかった。

 

 刃物と石がこすれるような音が近づいてくると、クレイモアを持ったシスターが現れた。

 高貴神の姿を確認すると、目を見開いた。


「高貴神の狂信者!やはり、あなたが脱獄しようとしていたのですね。胸騒ぎがして、一度帰還して正解でした。これも母なる神、テオス様の導きです」

「いや、テオス様、煙草すってるだけでなんもしてないから。あの人」


 シスターは怒髪天に達したのか、頭にかけてあったウィンプルが吹っ飛び、逆立った白髪が露になる。


「神を愚弄する気ですか!?やはり、異端者は害悪です。殺さねばなりません」


 シスターは跳躍し、高貴神に踊りかかる。


「チョ、人間のくせに早!神クラスじゃん!【女王の勅命(バシリッサ・エントリ)】守って」


 高貴神は先ほどの光る羊皮紙をシスターの顔に押し付けると、大剣に吹っ飛ばされ、壁にたたきつけられた。

 ずるりと、地面に落ちて動かないところを見ると高貴神は気絶したようだ。


 一方のシスターは大剣を手から落とすと、羊皮紙を顔に張り付けたまま静止した。

 静止したまま動かなくなったかと思うと、羊皮紙を跳ねのけて、高貴神に駆け寄った。


 「おお、神よ!私は何てことを!」


 滂沱の涙を流しながら高貴神を揺さぶり始めた。


「ああ、気絶してすぐ起こされるとキツ……!吐きそう……」

「おお、神よ!目を覚ましましたか。私の阻喪、神の供物になることで償いますっ!」


 シスターは大剣を自分の首に突き付け、首を断ち切ろうとし始めた。


「いやいや、供物とかいいよ、あたし気にしてないし」

「ははあ!ありがたき言葉、このピラー・イエレウス、至上の喜びです」


 高貴神を見上げ、ピラーは今にも天上に上りそうな顔をしている。


 しばらくすると、教会の信徒たちが樽を何個も抱えて帰って来た。


「ただいま、紅茶を持って来ました。この町にいる商人たちから紅茶を譲り受けてまいりました」


 人に疎いクロスにも、さすがにこの言葉は嘘だと分かった。

 おそらく無理やり奪ってきたのだろう。


「サンクス」

「ははあ!ありがたき幸せ!」


 高貴神の適当な感謝の言葉に、信徒たちはむせび泣く。


 信徒の泣き声がうるさい中、教会の扉が開かれる音がした。


「もう外に出ておる者はおらぬはずだ。侵入者だ。警戒せよ」


 先ほどまでむせび泣いていた偉そうな男が、人が変わったように激しく檄を飛ばす。


「あなたたちは下がっていなさい。あれは私の客人です」


 ピラーが、信徒に下がるように言いつけ、大剣を拾い上げる。

 通路の向こうから、若い男女と少女が現れた。


「おい、巡礼者様。嫁と娘を匿ってくれるて本当か?」


 茶髪の杖を持った男が訝し気な顔をして、ピラーに尋ねる。


「はい本当ですとも。あなたの奥方と娘さんはこちらが保護します。ですが、異教徒であるあなたにはここで死んでいただきます」

「そう来ると思ったよ!」


 茶髪の男とピラーが一歩踏み込む。


「紅茶飲んでるし、その子あたしのお気に入りだからケンカはやめてよ」

「いや、この者は、異教の……」

「たまには例外もあるよ」

「はあ、そう神がいうのなら」


 ピラーは納得してなさそうな顔をしていたが引き下がった。


「あんた、竜騎士の手下の一人か……」

「なんのことだ」


 クロスは人と人の諍いなので傍観しようと思っていたが男の言で思わず声を出してしまう。

 男はすっとんきょんなことを言い始めた。

 高貴神が自分の手下?

 どうしてそうなる。

 イベント会場で出会っただけの知り合いだ。


「いや、だって、お前の所にこいつが盗品を運んで……」

「ああ、なんか誤解があったみたいだね。ちょっと三人で話そうか」


 高貴神はそう提案するとこちらの牢をこじ開けてきた。





 ベッドと大剣と修道服のみがある部屋。

 ピラーの部屋に男女五人が車座になって座っていた。

 面子はクロス、茶髪の男、高貴神、ピラー、男の娘。

 当初予想の三人を二人ほどオーバーしている。

 だが、言い出しっぺの高貴神はなにも言わない。

 気にもしていないようで、娘と戯れている。


「うーんとね。アーツ。あれはあたしと上司が勝手にやっただけだから竜騎士は関係ないよ」

「じゃあ、なんで竜騎士の家に盗品なんぞ、運ぶんだ」


 アーツが疑り深そうな目で高貴神とクロスを見る。


「ああ、これ言ってもいいのかなあ」

 高貴神は少し考えるような顔をする。


「まあいいや。いやね、竜騎士に竜神の元に連れていてほしいから、ちょっとごますろうと思って」

「なぜ、お前が父上に用があるのだ?」


 竜神が高貴神とかかわりがあるなどと聞いたことはない。

 竜神が言う神の名は、大神か魔神だけだ。


「それはね。上司がへまをしちゃって、ちょっとヤバめの人が竜神の命を狙ってるのよ」

「左様か!何故それを我に早く言わない?」

「いやさ、そんな事情言われて信じた?」

「……」


 今は高貴神のステータスを見て、信じられているが、いきなり訳の分からない人間にそんなことを言われたら、信じないだろう。

 こちらを仲間に入れるための方便だとしか思わない。


「ほらね。竜騎士、たぶん機嫌損ねてどかに飛んでいくでしょ」

「……」


 確かにそうだったが、この女に言われると何か癪で肯定したくなかった。


「図星だね。でもいいや、先の口ぶりだとこっちを竜神の元まで連れていてくれるんでしょ」

「我もどこに父上がいるかわからぬ。たとえ、神といえでも我の厳しいだろう旅に同行させるわけにはいかんその代わりに父上を見つけたらそちらに真っ先に伝えよう」

「意固地だなあ。まあダメならそれでいいけど」


 高貴神はもう興味を失ったような口調でそう言った。


「アーツ。あんたこちに来ない」


 高貴神は獲物を変えたようで次はアーツを勧誘し始めた。


「俺は家族を養う必要があるから無理だ」



 アーツはきっぱり断った。


「家族を養う必要も守る必要もなくなったら」

「それでも大黒柱が家族にはいないとダメだろう」

「世界がめちゃくちゃになるとしたら、家族も何もないかもしんないけどね」


 高貴神は思わせぶりな事を口走る。


「家族がいなくなっても大黒柱はできんの?」


 高貴神はこちらを誘った時とは異なり、アーツに脅すような口調で畳みかける。


「なくなる?どういうことだ、てめえ!」


 アーツが高貴神に近づこうとすると、右側に座っていたピラーに遮られた。

 アーツの腕はピラーにつかまれ、それでもじりじりと前に進む。


「ヴォイド・アーツ、あなたの神に対する態度は不敬です、慎みなさい」


 ピラーの叱責とアーツの歯ぎしりする音が聞こえる。


「お父さん、お姉さんがかわいそうだよ」


 娘の声でアーツはやっと止まった。

 平静に戻ったのだろう。


「……理由を話せ」


 アーツは低い声で云い捨てる。


 高貴神は、現人神とそいつが何をしでかすかわからないことを話した。

 竜神の命が狙われてることも、現人神がおりてきたことも何故言わないのか。

 少々神々は猜疑心が強すぎるような気がする。


「なるほど、確かに、よその神をいきなりぶった切る狂犬だ。この世をめちゃくちゃにすることもあり得ない話でもない」

「なに、含みがあるじゃん、まだ不安なの?」


 アーツの疑念を感じさせる言葉に高貴神が噛みつく。


「いや、確定事項じゃねえからな。家族ほぽって行くようなもんでもないだけだ」

「家族のことがそんなに心配ならあたしが、いろいろとやってあげよう。あんたがいない間、家族が金にも警備にも困らないようにしてあげるよ」

「うれしい、申し出だがなあ」


 アーツは娘を見つめている。

 娘のことが心配らしい。


「お父さん、勇者様になるの見てみたい」

「見てみたいかあ、じゃあしょうがないな」


 アーツは緩んだ顔でそんなことを言う。

 クロスにはダメな親父の典型例に見えた。


「ああ、これで話はお開きにしよっか。竜騎士もアーツもあたしと同行したいみたいだし」

「神よ、私も謹んで同行させていただきます」


 ピラーが高貴神に意思表明する。


「ええ、アーツの家族守ってもらおうと思ったのに」

「大丈夫です。神よ。私がおらずとも教会の面々はテオス様の加護により何人たりとも敗北は喫しません」

「ならいいけど」


 高貴神は適当なことを言っている。

 というよりもクロスは同行するなどといった覚えはない。







 だがクロスはなし崩し的に高貴神の軍門に下った。


 







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