02 盗神の憂鬱
新しく新調した眼鏡をかけるとサイズはぴったりだった。
さすがに創造の神であるだけにしてものづくりに関して右に出るものはいない。
割った眼鏡は、前報酬ということで大神がその場で新しい眼鏡と交換してくれた。
とんでもない依頼をこなす報酬として安すぎるが、元々は自分が原因なので文句は言えない。
大神から命を受けたのにかかわらず、まだクレフティスが神界にとどまっているのは理由がある。
ある神をこの仕事の道連れにするためだ。
その神は眷属作りをする必要がなく、異界の闘争にも性質状の問題から参加しない。
それゆえ、連れていたとしても誰も文句は言わない。
今現在弱体化しており、猫の手も借りたいクレフティスにとっては連れて行かない手はない。
大神の神殿の庭を進んで、大きな魔法陣の中に入る。
「ポート7」
魔法陣に行き先を告げる。
体が浮遊感に包まれたかと思うと、花に囲まれた庭から一転し、白一色の白亜の神殿の中にいた。
「アリスちゃん、また俺の神殿に来ない。転生者が教えてくれた人生ゲームて遊びもできるよ」
「おい、お前。やめろよ。アリスちゃんが困ってるだろ。アリスちゃんは俺といっしょに朝までネクタルをがぶ飲みする先約があるんだよ」
「うるせえ、お前がやめろ」
「お前ら喧嘩はやめろ!アリスと俺とお前らで筋トレすればすべてが丸く解決するだろうが」
三人の神が玉座の前でもみ合っている。
一人だけ目的が違う気がするが新手か何かだろう。
「あーあ。なんかめんどくさいし、この中で生き残った奴があたしと遊ぶてことでいいでしょ」
玉座から火に油を注ぐような言葉が投げかけられた。
「アリスちゃん、さすが、天才だぜ」
「最高」
「筋肉」
男の神たちは玉座の主を三者三様にほめたたえると、権能と神器を使い喧嘩をヒートアップさせ始めた。
高々遊びの約束だというのに喧嘩には鬼気迫るものを感じた。
玉座の前にいる連中に要はないので、避けて玉座の主の元に向かう。
「ああ、先輩ですか。相変わらず眼鏡に似合わないですねえ。というか首から下の肌白すぎでしょ受ける」
目の前の女神はケラケラと下品に笑う。
これがクレフティスが道連れにする予定である神、高貴神アリストクラテスだ。
高貴という名が嘘かと思うような軽薄さだが、偽物でなくちゃんとした高貴神である。
相変わらず人の触れてほしくない所を遠慮せずについてくる癖は変わっていない。
今は機嫌がいいようなので、損ねない内に話を切り出すことにする。
「転生者を下界で討伐することになった。今の俺はそいつに権能を奪われて、まず俺だけでは討伐は不可能だ。お前の助けが欲しい」
自分にできるだけの紳士的な態度で高貴神に頼む。
高貴神は見るからに嫌そうな顔をした。
「ええ……、いきなりそんな事言われても、あたしにも色々とやることがあって……」
高貴神は神界の者なら嘘だと確実に見抜けるような嘘をつく。
少しイラつく。
もっとましな嘘がつけないのだろうかこいつは。
「そういうな。これは大神様からの命なのだから。断ると後が恐ろしいことになるぞ」
高貴神は大神という単語を聞いたことでいやそうな顔から苦虫をかみつぶしたような顔になった。
大神の命など適当に言った口から出まかせなのだが。
「はあ、大神様の命かあ。確かに断るともっとえげつないのがまわって来るからなあ」
大神の命という言葉が効いたのだろう。
ため息を吐きながら、確実に頼みを受けるほうに傾いている。
これも命の悪辣さのおかげだ。
これを聞いて断る者はほとんどいない。
何故なら断ると、もっとえげつない命が拒否権なしで送られてくるからだ。
単純なことだが、効果的なことだった。
実際、大神の命を無視しているのは魔神くらいだ。
魔神は大神の寵愛を受けているゆえの例外だし、実質はすべての神は断れないといっていいだろう。
クレフティスは落ちたと確信した。
「あ、大神様じゃん。ちょうど……」
愉悦に浸りかけた心が一気に恐慌に染まる。
慌てて、高貴神の口をふさぎ、振りむいた。
確かにそこには大神がいた。
いつからそこにいたんだ?
まずい、大神の名を騙るのに使ったなどばれれば、神器を没収された上、下界に強制送還されることも間のがれない。
大神が思ったよりも近くにいたためクレフティスの顔に大神がはいた紫煙が直撃する。
「君たちなに話してたの?」
「いやつまらん世間話ですよ、ハハハ」
煙のせいで涙目になりながらも、ごまかしの言葉を吐く。
「ふーん。まあいいや。それよりも君たちには仕事について話があるんだよ」
大神は特に興味のなさそうに返事をすると、話を切り替えた。
危機が過ぎ去り、内心、盗神は胸をなでおろす。
気を抜いたせいで、高貴神から口封じの手をはねのけられた。
「ちょ、先輩。何するんですか。窒息するじゃないですか」
どうやら、口だけと思ったら鼻まで抑えつけていたらしい。
高貴神は激しくむせている。
悪いことしたと思うが、しばらくしゃべれなさそうだし、結果オーライかもしれない。
「悪かったよ」
一応謝罪の言葉を述べて置く。
気づくと大神様が気を使ってか話を止めしまっていた。
「すいません。大神様続きどうぞ」
大神を促し、高貴神が復活して変なことを言う前に話を進めることにする。
「うん、そうだね。話しかったことはアリス君がクレフ君と一緒に仕事に行ってもらうこと、下界に降りてまずしてもらうことの変更だ」
大神はむせている高貴神に目を止めながら話す。
大神が言い出したことは、願ってもないことだった。
嘘が本当になった。
だが、大神がそれを打診したことはクレフティスの胸に不安を喚起した。
「いきなりこんなことを言うから不安になったかな。仕方ないし、順番に話そう」
大神はそういうと区切りを入れるように大きく紫煙を吐いた。
「クレフ君に命を言いつけた後、少し気になって、君の所に来た転生者のリストを見たら大きな思い違いをしていたことに気付いた。クレフ君、君なら何なのかわかるんじゃないかな?」
もちろんわかるよねと言った大神の調子に少し気遅れしたが、転生者と接した時の所感を口にする。
「あの転生者は人間ではありませんね」
「その通りだ。私は接していなかったから、あれを単純に神殺しの人間か何かが行ったことだと勘違いしていた。だが、あれは人間などでなく現人神だった。つまり私達と同じ神だ」
大神がふざけているのでないかと思った。
転生者が神だった?
そんなことがあり得るはずがない。
神であれば転生者としては召喚されない。
転生者としての条件を満たすことができない。
「大神様。さすがにそれは無理なんじゃないですか。神はまず人でないし、不死であるから、人であり、死者であるという転生者の条件を充たせませんよ」
大神様は頭をかいて、出来の悪い弟子を見る師のような目でこちらを見る。
「だから現人神といっただろうに……」
先ほど盗神が特に気にしなかった単語だ。
神の種類程度だと思っていたが重要な意味を持っていたらしい。
アラヒトと訊いても、どういう意味なのか分からない。
大神は知っていて当たり前というニュアンスであるし、どこかで聞いたことがあるかもしれない。
記憶を探るが出てこない。
「いや、あたしたち現人神ていわれても、知らないから」
高貴神はあがく盗神とは異なり、素直に進言した。
大神はその言葉にショックを受けたように口に咥えていた煙草を落とした。
「これがジェネレーションギャップか……」
ぼそりと何か言うと、気分を入れ替えるように大神は咳払いをした。
「そういえば、君たちは知らなかったな。現人神は人であり、神である神だ」
「なる」
大神の説明により、現人神がどういうものか分かったが、転生者として神が呼び出される説明にはなっていない。
人である条件が、純粋な人でなくてもいいのなら、半神半人も転生者として呼び出せることになるが、半神半人は転生者として呼び出されたことはない。
高貴神はなるほどと返事をしたが特に深く考えてないだろう。
「転生者として、純粋な人でなくても呼び出されることなどあるのですか?」
「ああ、説明が悪かったね。君たちは半分神で半分人間と訊くと、半神半人の方を想像しちゃうよね。現人神は生きているうちは人間であり、死んで神に昇華するものなんだ。つまり彼らは死んだ直後は、純粋な人間としてカウントされる。それゆえ、転生者としてここに呼び出されたんだろう」
そんな不思議存在がこの世に存在しいていたとは驚きを隠せない。
転生者のシステムを作ったのはこちら側だが、それをわざわざすり抜けるために生まれたような神がいるとは。
此の世も広いものだ。
自分の想像を超えたものがいる。
どうして、嫌な事はこうも想像を越えることが多いのだろうか。
「なるほど。確かにそれならいけるでしょう。話の腰を折ってすいません」
自分の好奇心で話しを逸らしてしまったので、謝罪をいれる。
大神は特に気にした様子でもなく煙草に手を伸ばす。
「まあ、いいよ。ちょうど現人神の注意を促すついでになったし」
大神は煙草を吸いながら器用に笑みを創った。
煙草を手に取ると話の続きを始める。
「話を本題に戻そう。
先説明した通り、ターゲットが権能を盗んだ人間から、権能を盗んだ神に変った。それゆえ、相手側の力の想定が神2柱分にかわって、アリス君にもお願いする羽目になった。
話してないことは何で竜神との合流を最優先にするかだったね。理由は至極簡単だよ。竜神とターゲットが先に合流すると竜神がやられてターゲットの力が3柱分になるから。そこで君たちには先に竜神に合流してそれを阻止してほしいわけだ」
大神様はそこまで言い終わると煙草を口に咥えた。
成り行きと目的の説明が終わったようだ。
盗神はもうすべてを放棄して、どこかに逃げたくなってきた。
竜神は今現在使い物にならないのにそいつを拾って、防衛しろというのは、高貴神をいれたメリットに有り余るデメリットだ。
「ええー……。あたし嫌ですよ。あたしと先輩で神2柱分ていったて、先輩力9割うしなってるんですからカウントしちゃダメでしょ」
「文句を言わないでくれ。君たち以外に空きがないんだからしょうがないでしょ。これ以上の増員は出来ないし、これで十分だ。竜神と合流すればどちら道、2柱分にはなるのだから」
「屁理屈じゃないですか……」
文句の声が小さくなっていく。
高貴神は抵抗むなしく、丸め込まれたようだ。
盗神は少し期待した分げんなりした。
しかも、新参の高貴神は竜神のことを知らず、まんまと口車に乗せられている。
こいつは自分が最低最悪の仕事をしに行くことに気付いてない。
「まあいいだろ。お前暇そうだし、死ななければいい暇つぶしなるだろ」
これからの仕事のパートナーだ。
気の毒な同行者に慰めの言葉をかけて置く。
高貴神はこちらをぎろりと睨むとそっぽをむいてしまった。
逆効果だったようだ。
前途が思いやられる。
「占いのスキルを使って、君たちがまず降りるといい場所が分かった」
大神がいつも勝手に行けというだけなのに、今回は嫌に親切だ。
何かいやな予感がする。
脳内で役立たずな警鐘が鳴り始めた。
「じゃあ、早速行て貰おうか、下界に」
大神は降り立つ地も告げずに、2柱の神を下界に落とした。