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19 眷属の更生②



 あれからテオスは欲望を持つ方法を教えくれた。

 しいては卑屈にならない方法を教えてくれた。


 それは至極簡単なことだった。


 自分の事しか考えないこと。


 たったそれだけだった。


 だがピティーにはそれが難しかった。

 どうしても、他人の事を気にしてしまう。

 自分より鮮やかな剣技が、自分よりもしなやかな身体さばきが、自分が劣っているといっているような気がする。

 いつも自分は卑屈にさせるのはこの劣等感だ。

 報酬を正当に受け取らなかったのも自分よりどう見ても、上の存在がいるというのに、自分が彼らよりも高い報酬を受け取れることが信じられなかったからだ。

 

 テオスと1日、接することで多少解消されてはいたが、卑屈さはまだべっとりと張り付いたままだ。

 自分のことだけを考える。

 それができれば克服できるとわかっている。

 だがどうしても他人の事を考えてしまう。

 ないがしろにした他人は怒らないか?

 だました相手は復讐にしに来ない?

 そういったことが頭を離れない。


 ぐずぐずとそんなことを考えながら、宿に続く帰路を歩いていると前方からよく知った男が歩いてきた。


「おお、ピティーか、久しぶりだな」


 この前、自分を糾弾したアーツだ。

 宿やギルドで事件の顛末を聞いて、しょうがないことだったとわかっているが少し苦手になってしまった。

 あの時のアーツの怒る姿はあまりに鬼気迫っていた。


「ああ、そうだな。前はすまなかった。娘がさらわれたとはいえ、お前に八つ当たりのような真似をした。

すまない」


 アーツはこちらの顔を見ると申し訳のなさそうして頭を下げた。

 自分がめちゃくちゃな事を言っていただけなのでアーツは悪くない。

 実際アーツの言葉はすべて的を射っていた。

 今、仲間に見捨てられた状態にあることがそれを如実に語っている。


「いや、いいですよ。私が全面的に悪かったし、今の私の状態はアーツさんが言った事を正しかったといっています。それよりもアーツさんはここで何をしてるんですか?」

 「うん?俺か。俺はパトロールしてる。まあ、あの盗賊もどきから街の住民を守るようにギルドから命令が出たからな」


 事件の顛末を知っているピティーは、アーツが何の気負いもせず言うので驚いた。

 やばい奴の矢面に立たされているのだというのに前とは真逆でアーツは穏やかだ。

 

 「でも、アーツさん。あの盗賊とめちゃくちゃ相性が悪いですよね?」

 「相性が悪いが、断れるもんでもないだろ。今のギルドから出せる最高戦力は俺だけだしな。それに命令がなくとも、家族を守らなきゃならないからな。どっちみち同じようになった」


 相性が悪くても、家族やみんなのために身を張るという。

 欲など皆無ではないか。

 あるべき生存欲求さえ無視している。

 だというのに自分のような卑屈さがないのはないのはなぜなのか。

 欲望を追い求め、自信が体から噴き出しているテオスとは、真逆だというのに。


 「どうして、欲がないのに卑屈じゃないですか?」


 いきなり前後の話の流れを無視して、そんな質問を投げかけてしまった。

 アーツも少し、虚を突かれた顔をしている。

 だがすぐ泰然とした表情になった。


「まずな。ピティー。俺は欲がないんじゃない。俺の欲が家族を守りたいていうだけだ。

 だから、俺は自分を誰よりも強欲だと思っている。自分のやりたいことをしてるんだ卑屈になる要素なんてどこにもない。たいそうなことを言っているように聞こえるかもしれないが、貴族が自分の財産を守ることと大して変わらん。財産が家族に置き換わっただけだ」

 

 テオスとアーツ、真逆の人間だと思っていたが、根底を貫通しているものは同じだった。

 彼らが卑屈じゃないのは、欲望を持っているからだ。

 アーツとテオスの話を聞くと欲望は理想のようなものだ。

 彼らはそれのみを見ているから他人の目が気にならないのだろう。

 他人の目など気にしている余裕などないのだ


 やっと、テオスがなんで自分に自分の事しか考えるなといった意味が分かったような気出した。


 自分のことしか考えない。

 もうすぐそれが自分にも出来そうな気がする。

 アーツの話で欲望が薄汚いものだけではないことが分かって抵抗がなくなった。


 もうすぐだ。

 もうすぐ、きっと克服できる。


「アーツさん、ありがとうございます」


 ピティーの言葉を聞くと、アーツはほっとした顔をする。


「おう、ピティー。役に立ったならよかったぜ」


 彼も内心は少し不安だったかもしれない。

 あけすけな話だししょうがないだろう。

 ピティーであればあそこまで腹を割れない。


「アーツさん、じゃあまた」

「じゃあな」


 アーツと手を振り別れる。









 自分の宿に戻った。


 今日の朝、自殺しようとした場所だ。

 もう自殺しようとは思わない。


 旅用の袋から何年も使っていない羽ペンを取り出す。

 くすんで少し茶色になった紙にペンを入れる。

 まずテオスとアーツの欲を並べる。


 テオス『金』

 アーツ『家族』


 テオスの欲は、持っていないもの。

 アーツの欲は、持っているもの。

 とりあえず欲望をこの2つに分けられるようだ。


 考える。


 私が持っていないもので欲しいものは?

 私が持っているもので守りたいと思うものは?

 考えればそれはすぐに見つかった。

 いや、考えずともすでにそれは提示されていた。


 それは仲間だ。


 今日の朝、自殺しようとするほどに守りたかったもの、失意の底で渇望したもの。

 自分の欲はきっとこれに違いない。

 これ以外にはあり得ない。



 ピティーは決意した、この欲は絶対に貫き徹すと。

 裏切られようが、辱められようが絶対におらない。


 もう卑屈になどならない、この欲の前では他人の目など気にならない。




 ピティー・ラヴァーは、この日、卑屈さを克服した。









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