18 眷属の更生①
「死のう……」
高貴神の眷属、ピティー・ラヴァーは死を決意した。
一夜のうちにかけがえのないものを失ったためだ。
朝起きると扉の前に手紙を置いて在り、見てみると
『親愛なるピティーへ
お前は友人としてはいい奴だが、パーティーのリーダーとしては不適任だ。
アーさんに再三、忠告を受けたのに、正当な報酬を受け取らない。
おれたちが言っても、聞き入れない。
仲間を信用できない。
リーダーとして一番やってはいけないことだと俺は思っている。
お前の卑屈さは正直言って、異常だ。
そのおかげで俺たちは生活をするのにもかつかつな上、お前は一向に改善するどころ
か、その傾向を強めていている。
はっきり言って失望した。
これ以上お前といたところで、貧乏で苦しむことが眼に見えている。
すまないが、お前にはもうついていけない。
俺たちはパーティーを抜けさせてもらう。
だが、お前はかけがえのない友だ。
俺たちはお前が助けを求めれば、それにこたえる。
長い間世話になった、いつかまた会おう。
あなたの友より』
という文言がつづられていた。
急いで、パーティメンバーの部屋を確認すると、もぬけの殻だった……。
そして、ピティーはこの世界で生きていくことが不可能になったことを悟り、今に至る。
刃渡りの短い、いつもは魔物解体に使うナイフを喉に突き付ける。
心は節くれだっているのに、手はまったく震えることもなく、脳から送られる命令を忠実にこなす。
腕が
まだ味方をいるよ
とささやいてきているような気がする。
だが、普段なら励ましと受け取る言葉も今のピティーには安ぽい同情にしか感じられなかった。
手に力を込めて、首に刃を入れ―
―られなかった。
確かに手に持っていた刃が消えてしまったからだ。
「あなた、ナイフで何をしてたの?」
見知らぬ女が、ピティーのナイフを片手で弄びながら、尋ねてくる。
どこから、入って来たのか?
どうしてここにいるのか?
そういう疑問出て来てもいいはずなのに、今はただただ女をうっとしいと感じた。
「……」
「ふーん、返事なしね。まあわかってて聞いたからおあいこにしよう」
その言葉で女の性格が悪いことは理解できた。
それから女は一方的に自らの素性と何故ここに来たのかをしゃべり始めた。
女の名はクレフティス。
自称、ギルド管理局員。
ピティーのパーティが解散したので、その確認とパーティメンバーの斡旋のために、ピティーの元を訪れたらしい。
少し気になったので、べらべらと、自分は元冒険者で盗賊なんだりと言っているのを遮って質問した。
「クレフさんはなんで、私が死のうとしてたのに驚いてないんですか?」
クレフティスは何処か遠いところを見るような眼をした。
「パーティ解散をした奴らは、よく死のうとするから、そのせいだよ」
その声は淡々としていて、感情を感じさせない。
だが、自分以外にも自殺しようとした人間がいるというのはピティーの心を落ち着かせた。
クレフティスはこちらが落ち着くのを見計らってか、改まった口調でメンバーの斡旋の話をし始めた。
「イベント会場に一目見てわかるような大男が立っています。今日1日その人と組んで、パーティを組むかどうか考えてください。いいようであれば、ギルドにパーティーの申請をしてください」
「私はもうパーティを組みたくありません。どうせまた迷惑を掛けます」
もうごめんだった。
またどうせ解散するのが関の山だ。
「いいじゃない。迷惑をかけても」
ナイフを弄びながら、どうでもよさそうに言う。
さすがに腹がたった。
他人事だとは言えあまりにも適当だ。
こちらは苦しんでいるというのに。
「そんなわけないでしょ。相手の気持ちが考えられないんですか。私と時間を過ごすだけ相手を不幸にするんですよ」
女は興味のないものを見る目でピティーをみる。
「相手なんて、どうでもいいでしょう。貴女が幸せなら相手が犠牲になってもしょうがない」
クレフティスは最低の言葉をためらいもなく口にした。
「話にならない。貴女は間違っています」
ピティーは自分はこの女よりはまだ真っ当だと確信した。
「自分の事もままならないのに、他人の事を気にするあんたに間違ってるとは言われたくないな」
クレフティスは、そう言って、嘲笑した。
悔しかったが、言い返す言葉が出てこなかった。
確かにその通りなのだから言い返せなかった。
クレフティスは踵を返すと
「先言った通り、イベント会場に行きなさいよ」
と言い置いて去っていた。
また自殺しようとしたが、ナイフがなかったからあきらめた。
なにもすることがないのでイベント会場に来た。
あからさまに大きい大男がいた。
巨人族か何かだろうか。
「おお、あんたが青の導きか。俺はテオス」
こちらを見つけると気さくな感じで声をかけてきた。
「私はピティー。青の導きはもうありませんから、そう呼ぶのはよしてください」
少し声がとがってしまった。
テオスは機嫌を損ねてしまったかもしれない。
「悪い」
テオスは申し訳なさそうに謝って来た。
悪い奴ではなさそうだ。
「あんたの職業は何だ?」
「剣士」
「意外だな。その細腕で剣を満足に振れるのか」
いつもは振れるが、男に言われると不安になって来た。
緊張をして振れないかもしれない。
「振れないかもしれません」
「おい、おい冗談はよしてくれ」
テオスは冗談だと思ったらしく、勘弁してくれといった顔をする。
いつもなら言い返すところだが、これでパーティ解散の原因になったのだ。
我慢する。
「あなたの職業は何ですか?」
「盗賊だ」
今日は、どうも盗賊と会うことが多い。
テオスは大男なのでどう見ても盗賊にはむいていない気がするんだが。
「盗賊は似合わない思っただろう?」
嘘をついても騙せる自信がない。
正直に話すことにする。
「はい。どうみてもその図体じゃ、泥棒に入ったらバレそうですもの」
「別に泥棒だから盗賊をやるていうもんじゃないだろうに。俺は冒険専門の盗賊だ。他人のことを考えずに自分の利益を優先するが、法に背くようなことはしない」
さらとクズなことを言っている。
仲間よりも自分の優先順位の方が高いといてのけた。
こんな奴とパーティを組んでやっていけるのだろうか。
おなじみのイノシシが私たちの前に飛び出してきた。
テオスはイノシシの前に出ると私の方に誘導してきた。
慌てて、牙の前に剣を挟み込む。
「ちょっと何するんですか!」
「そのまま抑えてろ」
テオスは、こちらの言を無視して、いつ取り出したのかわからない禍々しいナイフでイノシシ切りつけていく。
「何やってんの!?」
驚いたことにテオスはイノシシの素材を取るだけで、イノシシを攻撃していない。
爪、牙、皮といき、皮をはぎ始めると。
「プギャアア!?ブゥウゥゥウゥウ!」
イノシシは焦って逃げ始める。
「ちっ、半分はいけると思ったのにたったこれだけかよ!」
テオスは小さなイノシシの皮を見ながら悪態をつく。
こいつは根本的に間違っている。
「いや、素材回収は殺してからにしてくださいよ。あの逃がしたイノシシが村に被害を与えるかもしれないんですよ」
イノシシを殺さなければ自分たちのやっている事には何の意味もない。
「町の村の人間が襲われたところで、俺は困らん。むしろ、討伐報酬が上がるかもしれん。願ったり叶ったりだ」
テオスはナイフを弄びながら、さも、どうでもよさそうな顔をして宣う。
朝にあったクレフティスといい、テオスといい、盗賊はこんな奴しかいないのか。
「お前は欲が少ないな。人をだましても満たしたいと思わないのか?」
テオスはこちらを怪訝そうな顔をして眺める。
「そんなことしたら他人に迷惑がかかるじゃない」
「迷惑何ぞ生きてればかけるだろ。他人のことなど気にしても、卑屈になるだけだぞ」
卑屈。
その言葉がピティーの心に刺さった。
今日の朝の手紙にもあった文言だ。
「じゃあ、自分の欲望を満たそうとすれば卑屈にならないの?」
少し怒った声でテオスに詰問する。
「ならない。他者は自分の欲求を満たすための道具としか考えられなくなるからな」
淡々とした口調でテオスは応えた。
最低の考え方だが、今のピティーにとって最適な処方箋のような気がした。
「欲望を持つためにはどうすればいい?」
テオスはその言葉を待っていたように、愉悦に染まった笑みを浮かべた。
「簡単だ。俺の言うとおりにすればいい」




