果実
すっかり蝉の音も静まり、耳につくのは扇風機が忙しなく回る音だけだ。夜風は柔らかな生温さで肌を撫でる。
夕餉を終えて、ぺたりと床に素足を投げだし、一息。
娘の甲高い声が膝元でしきりに母を呼んでいる。
妻はそれに応えずに、傍で桃を剥いている。
さりさりと産毛のある皮を、包丁の先でなぞり、剥ぎ取る。艶のある白い実がゆっくりと覗かせ、妻の指を存分に濡らしていった。
甘露で湿ったその指も、随分と甘かろう。微かに感じる実の芳香が、夏の夜の匂いと交じりあう。
皮を剥きおわり、ぐずりとその実に刃が入れられる。流れ落ちるほどの汁が妻の手首まで流れて落ちた。一層香りが増す。
青みがかったガラスの中に実は揃えられ、妻は最後に現れた桃の真ん中を、娘の口元へ運んでいった。
大きすぎるのではないかと思った桃の種。しかし、娘は難なくそれを口に含み、頰を膨らませる。小さな唇から汁が一滴だけ落ちてしまった。
種の周りにへばりついた一等甘い実を、口いっぱいに頬張った娘は満足げだ。ころころと大きな種をいつまでも大切に口中に入れている。
差し出された桃の切れ端を、私も一つ頂いた。薄い繊維が歯に挟まらぬようゆっくりとその身を潰し、甘露をすする。
予想よりも渋みのある味に、少しだけ拍子抜けしながらも「ああ、夏の味」と飲み込んだ。