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episode1-2

 どうも不思議なこと思いつくもんだとも思うが、縁の柵から身を乗り出して手を伸ばしみる。


 だがやはり届かない。


 相手は雲だ。届くはず無い。


 しかし、捕まえられそうに思って掴めない、その形が分からなくて掴めない、そんなもどかしさを具体的に感じて、そういう感覚がしたことに、今の私は少し満足したようだ。


「あーあ!なにかすぐそこにあれば悩まないのになぁ」




「じゃあ私の手を取ってみますか」




 いきなりかけられた声に今度は驚愕を隠せず振り向いてしまった。


 校舎の中の生徒に聞こえたら恥ずかしいから気を付けながら叫んだのに、ついさっきは誰もいなかった屋上の入り口に、一人女子が立っている。


 肩まで降りた黒い髪、ほっそりとした、贅肉も筋肉も少ない手足、長いまつ毛に大きな瞳、小さい口、佇まいだけでもどこか上品さが匂う。


 いつからいたの、なんなの、私が問いかける前に彼女はまた口を開いて聞いてきた。



「どうしたんですか?」


「いや、なんでもないよ……」


 思いもよらない処を見られてしまい、顔から火が出る気がしたが、生憎私の体はそんなこと出来るようには作られていない。


 彼女が此方へ歩いてくる。私はそれをただ見てしまった。私まであと数歩で止まる。


 え、何、私、この子に何かしたの、クラス違うし、多分面識無いし、突き落とされたりしないよね、いやほらちょっと受験期に思考が浮ついてるだけで世の中から逃避したいわけじゃない――頭ばかり働いて、動揺してただ茫然としていれば、彼女は少し口元を緩めて言う。



「退屈なんですよね」


「、は」



 ろくな返答ができない。



「なんかちょっと飽きちゃって、受験勉強が、というより、ただ単になんとなくなく。贅沢だとはわかってるつもりなんですけどね」



 ああ、同類さんか。少し安心したが、私は返事はせずに聞いた。 彼女が返事を求めていなさそうだった。


 彼女は風に靡いた髪を手で抑えた。



「いままでほとんど行ったことない屋上にいくと、少しすっきりするのかなって、ほらよく物語でもあるじゃないですか。それで来てみれば貴女がいた」



 彼女の大きく、黒深い瞳が私を貫く。視線と視線が重なる。


 数秒の沈黙。


 言葉を返そうにも、出てこない。彼女が静寂を破る。


「ちょっと私に付き合ってくれません?」


 彼女の口元がまた緩み、目元まで緩ませて云った。


 私は呆気にとられて発する言葉が無い。


 チャイムがなる。


 あと十分で午後の授業が始まる。


 彼女は踵を返す気配などなく、あの瞳は私の瞳を離さない。


 私も黒い瞳を見続けるしかない。


「ちょっとした退屈しのぎに、どうですか。あなたも私とおんなじでしょう?」


「え、ああ、うんそうだね……」


「お名前は?私は椎名真奈美」


「柏木冴です…… あ」


 名乗ってしまった。随分自然に名前を聞くもんだなと少々感心する。


 聞いた彼女は、今度は口元だけ微笑む。


「また明日会いましょう、屋上で」


「え、待ってそれだけ!?」


 それだけ云って、彼女は身体を反転、歩いてきた方向へ戻りだし、そのまま階下へ続く階段に姿を消した。



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