第5話
手帳の落とし主の視点になります。
……やっぱりない。どうしよう? あれが誰かに見られたら終わりだよ。
私は昨日、家に帰った後に絶望をした。
昔からの趣味(BL)を書き止めていた手帳がカバンの中から消えていたのである。
きっと、教室の机に忘れてきたのだと思い、いつもより早く登校して机の中を確認するが目的の物は影も形もない。
どこかに落とした……んだよね?
落とし物の可能性も確かに考えた。だから、1番初めに昨日、カバンをひっくり返してしまった場所には朝一で足を運んだ。
だけど、目的の物は存在しなかった。
教室にないとなると落とし物で職員室? 生徒会? それとも誰かの手に渡っている?
……最悪。
絶望に足元がふらつき、倒れ込むようにイスに腰を下ろしてしまう。
問題ない。私への痕跡が残るようなものはないはず、落とした時の事を考慮して名前などもちろん書いていない。
筆跡鑑定などされればわからないけどそんな物は高校生ができるわけはない。だから、仮に見つかっても私へとつながる証拠などないはず……そう思いたい。
現実逃避と言われかもしれないけどそう思わないと生きていけない。
「大丈夫。絶対にばれない。きっと、あれを拾った人はあまりの禍々しさに焼却炉に投げ込むはず。持ち主を探すような事はしない。手帳は残念だけど、これで解決……」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。そんな私の姿はまるで神様に祈るように見えるだろう。
ただ、願っている事が無くした手帳の消滅と言うのはどこか情けないものだけど仕方ない。それほど、外に出ては私の尊厳が亡くなる物……同級生が題材の妄想BLなのだから。
「……次は名前をいじります。そして、読み直す時に脳内変換します。だから、あれを落とす前まで時間を巻き戻してください」
「おはようございます。羽美、今日は早いですね」
「ひゃう!?」
自己反省をしていたなか、突然、後ろから声をかけられ、変な声が出てしまった。
「お、おはよう。スズこそ早いね」
「うん。少し授業始まる前にやりたい事があったので部室に行ったんですけど、カギしまっていまして」
慌てて挨拶を返すけど、いつもの彼女ならこんなに朝早く登校してこなかったはずです。
いつまでも手帳の事を考えていてはボロが出てしまう。話を変えるためにも当たり障りない事から始めよう。
「カギ? それは閉まっているよね」
「良い構図が思いついたんですけど残念です」
彼女が所属している美術部の顧問は鍵の管理はしっかりとしているようで部室は開いてなかったらしい。
しかし、朝から我慢できないくらいに描きたい構図? よほど、良いものを思いついたんだろう。
少し残念そうに笑う彼女に何かを作り出すことを楽しみにする同志として応援してあげたいけど、1生徒の私が部室の鍵をどうにかできるわけがない。
何かできないかな? そうだ。
「スズ、これあげる」
「ありがとう。クッキーですね……いつも通り、美味しいです」
昨日、手帳がないと言う事実に気づき、自分を落ち着かせるために焼いたクッキーの事を思い出した。
何かいろいろと詰まって良そうだけど味も形も問題ない。むしろ、出来は上々だと思う。
スズはラッピングを開けるとクッキーを1枚口に運び、笑顔で感想をくれる。
……今、きゅんとした。ダメ、女の子同士なんて不健全だし。落ち着け。私は腐女子。女の子同士の絡みになど興味はない。それも自分がネタになるなんてあって良いわけがない。
良い出来のつもりではいたけど良い反応があるとやはり嬉しいもので彼女の笑顔にちょっと危ない暴走をしてしまいそうになる。
「羽美はお菓子が作れて羨ましいです……私なんて、クッキーを焼くと岩が出来上がりますからね」
「な、なれてないだけだよ。練習すれば上手くなるよ」
「……眠い」
妄想が暴走しそうになり、何とか押しとどめるとスズはかわいらしく口を尖らせる。
そんな様子に理性のタガが外れそうになった時、ドアが開き眠そうな顔をした男子生徒が教室に入ってきた。