第2話
「……ただいま」
「何疲れた顔しているんだ?」
「……実際に疲れたんだよ」
部室棟の隅の部屋、マイナーな運動部の部室だったらしいのだが口が上手い幼なじみ新見学は教師や生徒会を丸め込み、その部室を奪い取り何でも屋業のようなものが始まっている。
元々、人当たりが良く交友関係も広いため、他人の頼み事を聞いていたら噂が広がり、次々と頼まれごとが溢れて教室だと邪魔になるからと言う救済処置らしいけど本当の事はわからない。
そして、人手が足りない時は半ば強制的に手伝えそうな依頼を俺や友人達に押し付けるのだ。面倒だとは思いながらも古い付き合いの事や手伝う事にメリットもあるため、時々、手伝っているが今回は先ほどの手帳の件が引っかかっている。
ドアを開け疲れたとソファーに腰を下ろすとまるで俺が戻ってくるタイミングがわかっていたかのようにアイスコーヒーが差し出されるのはどうなんだと思うけど気にしてはいられない。
「今日は別に疲れるような事じゃなかっただろ? お前が料理できるのはもう多くの人間が知っているんだし、もう騒がれるような事もないだろ? あいつの襲撃でもあったか?」
「曲がりなりにもアイツは料理部なんだからいてもおかしくないだろ。それにアイツの襲撃はいつもの事だろ」
「それもそうか……」
本日の手伝いは料理部の手伝いで1つ問題はあった物の然したる問題ではない、問題は制服の内ポケットに隠されている手帳なのだ。
ため息を吐いて見せるとガクは苦笑いを浮かべるもののその視線は真っ直ぐと手帳が入っている内ポケットの辺りへと向けられている。
……しまった。
察しが良すぎるガクの事だ。わずかな制服の膨らみにも気が付く可能性は十分にありうる。
この手帳に気が付かれるのは良くないと頭の中で警笛がなっているような気がするため、誤魔化すようにストローに口をつけアイスコーヒーを口に運ぶ。
「何があったか?」
「ナニモナイデスヨ」
「そうか? それならそれで良いか。それより、おかわりはいるか?」
動揺する事なく、答えられた。これならまったく問題ないだろう。
頷くガクの様子にほっと胸をなで下ろしたくなるがここでそんな事をしてしまうと絶対にばれてしまう。
誤魔化そうと思っているせいかのどが渇き、アイスコーヒーを飲み切ってしまったようでストローからは空気が吸い込まれる音が漏れる。
その音に一瞬、不味いと思う物の単純にのどが渇いただけと思われたようだ。
「悪い!?」
「で、何を隠しているんだ? ここに何を隠しているんだ?」
空になったコップを渡そうとした時、身体におかしな力がかかった。
何が起きたかわからずにいると俺はソファーに押し倒されており、ガクは俺の身体の上に乗っかると意地が悪そうな笑みを浮かべて内ポケットの上を指差して見せる。
……気づいていやがったか? なぜだ? 完璧に誤魔化せたと思ったのに、さすがは幼なじみと言ったところか。
こっちがガクの考えにある程度の察しがつくようにガクも同じだったようだ。
ただ、この危険物を見せるわけにはいかない。
「何も隠してない。避けろよ。重い」
「そうか? それなら調べても問題ないよな?」
跳ね除けようと試みるがガクはその行動は奴のドS心に火をつけてしまったようで楽しそうに口元を緩ませながら俺の制服のボタンを1つ1つ外していく。
何が楽しいのか俺にはまったくわからない。ただ、先ほどのホモおな内容を見てしまったためか不意に『ガクがホモだったらどうしよう?』と言う恐ろしい考えが頭をよぎった。
このままでは不味いと本能が告げている気がして必死な抵抗を見せるが……それが良くなかった。
抵抗して見せれば見せるほど奴のドS心に油を注ぐだけで制服がはぎ取られてしまう。
そして、タイミングと言う物は悪い物で俺が制服をはぎ取られた瞬間にドアが開く音がするのだ。
「あっ……ご、ご」
「お、落ち着いて」
ドアを開けたのは女生徒であり、俺達3人の空気は一瞬止まった。
女生徒はこの部屋で何が行われたのか完全に勘違いしているようで顔を真っ赤にして何か言おうとしているがすぐに言葉は出てきそうにない。
勘違いさせるわけにはいかないとガクを跳ね除けて彼女を落ち着かせようとする。
「ご、ごちそうさまでした!!」
「待って。おかしな勘違いしないで!? それにそれはおかしいから」
しかし、時すでに遅く女生徒は顔を赤らめたまま、勢いよくドアを閉めて行ってしまい、俺の魂の叫びだけが空しく響く。
「こんな物を隠し持っていたのか? 確かにあまり他人に見せられた物じゃないな。安心しろ。俺はお前が腐男子だろうと俺に実害がなければまったく気にしない」
「俺んじゃねえよ!? と言うか空気読めよ。完全に勘違いされているぞ!?」
「気にするな。女子はみんなホモが好きだと迷言を残した偉大な人もいるんだ。些細な事だ」
女生徒におかしな勘違いをされた事に心が折れそうになっている俺に向かいガクはまるで何事もなかったかのように危険物に目を通す。
それどころか妙に生温かい視線で手帳が俺のものだと決めつけるのである。
この泣きたい状況にどうにかしろと声を張り上げるがガクはあまり興味がないと言った様子で手帳のページをめくっていく。
……あいつ、なんでこの状況であの危険物を読んで行けるんだ?