第12話
「浅見さん、こんな魔窟に何か用? なんか困った事でもあった?」
「ま、魔窟?」
浅見羽美さんだったよね? あんまり話した事のない子なんだよな……確か、笹井さんとかと一緒にいる子。
手作りのお菓子作ってきたり、自分の席で絵を描いたり、静かに本を読んでいるタイプの物静かな女の子って印象なんだよな。
マカロンを遠慮がちに頬張る浅見さんに女の子だと思いながらも彼女がここに来た理由を聞いてみる。
魔窟と聞かされて部室内を見回す彼女は凄く新鮮に見えた。ここでガクが何でも屋のような事をしているけど依頼人の多くは固定で初依頼の時はだいたい固定客の付き添いがいる。
守秘義務は守ると言ってはいるものの1生徒が勝手にやっていることなのだから当然、警戒するからだと思う。
彼女が1人で部室のドアを叩いた時によほど困った事に巻き込まれたんだと考えるのは普通だと思う。
だから、警戒して部室内を見回すのは当然だと思うんだ……ただ、そこを見るのは止めて欲しい。俺だって、そこに存在している物は本当に現実世界の物か悩んでいるんだ。
浅見さんは部室内を見回した後に一画にある禍々しい妖気を発している個所で目を止めた。
それは気になるよね。いきなり、部室内にお札を張り、禍々しい妖気を発したものを封印している場所があるんだ。
知らない人が見たら、学校の七不思議的な何かを想像する。そんなものがあるここに近寄るわけがない。
「あ、あの。あれって何?」
……聞いて欲しくない質問が当然出てくる。どうするべきだ? 素直に答えるのは俺やガク、いや、多くの男子生徒の尊厳が失われてしまう。
頭によぎる疑問にガクへと視線を向けるとガクの目はまるで俺に任せておけと言っているように見える。
ただ、ガクの性格を知っている手前、もの凄く不安になるのは気のせいだろうか?
「ああ。昨日、エンが廊下で拾ってきた物なんだけどな。あまりの禍々しさにお清めとお焚き上げをしないといけないと思っているものだ」
「禍々しさ?」
……さすがに内容は伏せているけど、あの言い方は逆に気にならないか? 浅見さんも苦笑いを浮かべているぞ。
「そ、それで浅見さんはどうかしたの?」
「えーと? 少し、新見くんがやっている事に興味があって」
うん。話を変えよう。浅見さんみたいな女の子女の子したタイプの子が触れてはいけない存在だ。
あれに毒されてはいけない。あんな男の子の憧れのような女の子が腐女子なんかになってはいけない。
そう考えて改めて、ここを訪れた理由を聞くと返ってきた答えは予想とはまったく違う物だった。
「……ガクに興味がある?」
確かにここの依頼人にもガクのファンがいる事は知っている。ただ、目の前で可愛い女の子が幼なじみに告白などいろいろと負けた気がして泣きそうになる。
なんで、こいつだけ、俺だっていろいろと手伝っているじゃないか。俺だって手伝いに行ったところの女の子にきゃあきゃあ言われたいんだ。
「ち、違うよ」
「話を聞け。おかしな勘違いをするな。興味があってと言う事はここの手伝いをしてみたいって事か?」
へ? そ、そうだよな。いくら何でも俺がいる前で告白なんて……か、悲しくないぞ。だけど、浅見さんが手伝ってくれる?
顔を赤くして首を横に振ると彼女とガクに自分が盛大な勘違いをした事を思い知らされる。
浅見さんがなぜ、ここを手伝ってみたいと思ったかは謎だけど、あまり接点がなかった女の子とお知り合いになれる?
それはこの灰色の学園生活に色を付ける事が出来る素敵イベントだ。もちろん、2つ返事で頷くべき案件だ。
「ほんと!?」
「う、うん。私、部活に入ってもいないし、何か楽しそうな気がするなって思ったんだけど」
「……」
ここを手伝っているのは俺を含めて悲しくなるけど全員が男だ。力仕事もあるし、仕方ないとは思うんだけど女の子がいれば良く駆り出される料理部の手伝いにも人手が増える。
女の子とのラブイベントだってエンカウントするかも知れない。
これは絶対に受けるべきだとガクへと視線を移す……が、なぜか、あの男は難しい顔をしてスマホをいじっている。
「おい。ガク、返事は?」
「そうだな……浅見、悪いけどちょっと急ぎの案件が出来た。10分くらいで戻ってくるから、待っていてくれ。エン、行くぞ」
「へ? ちょっと待て!? 引っ張るな!? と言うか、そんな物より、浅見さん優先だろ!?」
「えーと、いってらっしゃい?」
ガクに了承しろと意味を込めて語尾を強くして言ってみる。
ただ、ガクは依頼が来たと言うと俺の首根っこをつかみ、歩き出して行く。
そんな俺達の様子を見て、浅見さんは苦笑いを浮かべながら手を振って見送ってくれる。
女の子がいるだけで頑張れる気がするのはなぜだろう? よし、早く終わらせて浅見さんとお近づきになれるようにするんだ。
……そう。ここを出る時はそう誓っていたんだ。




