第10話
「どうした?」
「……どうしたじゃない」
俺が肩を落としている理由がまったく理解できないと言う表情をするガクにため息しか出ない。
しかし、容疑者が増えたと言う割には……何かが引っかかる。
普段はドSと言う本性を隠して生きているガクがあまりに落ち着いている事が妙に引っかかった。
少なくともあの諸悪の根源にネタにされているのは俺や宇木達だけじゃなく、ガク本人もいるのだ。
ドSなガクがあの手帳の持ち主に復讐を考えていないわけがないのだ。
「……背筋が寒いな」
「ん? ホットが良かったか?」
ガクが冷静に見えるのは何か考えがあるのではと思った時、背中に冷たい物が伝う。
ただ、当の本人は俺の心配をよそに良く冷えたアイスコーヒーを手に首を傾げている。
「いや、そうじゃないけど……それで容疑者が増えたとは言っていたけど、その中でお前が怪しいと思った人間はいたのか?」
「ほう……」
よく考えてみればガクは手帳から容疑者は同じクラスにいると判断をして、朝の行動に移したんだ。
元々、クラスに手帳の持ち主がいるのではないかと注意深く観察をしていたに違いない……そう確信が持てる俺もどうかと思うがその質問をぶつけた時、ガクの口角が上がるのが見えた。
「……お前、よくその本性をクラスで隠しきれるよな」
「罠を仕掛けるにはちょうどいいだろう」
「それじゃあ、朝の件で罠に引っかかった人間はいるのか?」
……罠って、確かに人当たりの良い姿を見せればそれに騙された人間が近寄ってくるけどそれを言うのはどうかと思うんだ。
ただ、ここでその問答をしていても時間の無駄なため、罠にかかった人間はいないかと聞く。
こいつの事だ。絶対に手帳の持ち主にダメージを与える手段を考えているに違いない。
「そうだな。まず、鼻血を流したり、ガッツポーズをしたりと言った明らかに動揺を隠せなかった人間は犯人から除外した方が良いだろう」
「どうしてだ?」
「この手帳の持ち主は手帳に自分につながる手がかりを残していないんだ。そんな人間が朝からエサをぶら下げられて簡単に食いつくと思うか?」
……確かに、少なからず、ガクの話を信じれば手帳には持ち主の名前は書かれていなかった。あの手帳の持ち主だってあの手帳が世に出てしまえばかなりのダメージを受けるはずだ。
そう考えると……誰が犯人だ?
「……食いつくとは思わないけど、正直、誰が犯人かは想像が付かない」
「お前は見ていなかったんだから仕方ないだろうな」
俺は朝にクラスに容疑者がいるなんて考えてもいなかったんだ。誰がどんな反応をしていたかも見ていない。
と言うかガクは容疑者が10人もいた中でその中の何人かに当たりを付けて観察していたと言うことなのか?
そうだな……信じられないけど、こいつの事がしっかりと観察していたんだろうな。
「で、犯人は誰だよ。さっさと終わらせようぜ。正直、もういろいろと疲れたから早く終わらせたいんだ」
「そうあせるな。果報は寝て待てと言うじゃないか」
「……いや、それ違う気がするからな」
なんとなくだけど、ガクは容疑者がかなりの数いると言っていても同じクラスの人間だと確信している気がする。
そう考えると犯人が見つかるまで背中にずっと冷たい物を感じながら生活するのは辛い。だから、はっきりさせたいと思うのは仕方ない事だろう。
それなのにガクは何が面白いのかと口元を緩ませているのだ。その様子に何かイヤな予感がする物のきっと被害に遭うのはあの手帳の持ち主だと割り切ろう。
「何、そうとも限らない。ほら、罠にかかった人間が来たかも知れないぞ」
「……いや、そう簡単に来ないだろ」
その時、ドアを叩く音が響いた。
ガクは手帳の持ち主が来たかもと言うけど、いくらなんでもそう簡単に尻尾を出さないと思うんだけどな。




