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妖物語 ~金色夜叉~  作者: 飯綱 華火
9/28

動き出す影/1

「……もしもし、朝早くからごめんなさい。大神だけど」

『……おお、どうしたよ』

「ええ、ちょっと頼みたいことがあって」

『……いいぞ、何でも言えー』

「ありがとう。でもちょっといいかしら、あなたもしかして寝起き?」

『……お前の電話で起きた』

「……ごめんなさい、かけ直そうか?」

『どうしたよ、俺の事心配するなんて珍しい』

「あのね……。普段から気にかけてるわよ、一応」

『ははは、サンキュー。んで、頼みってなんだよ』

「ええ、それなんだけど……」



 ◇◇◇


 土曜日。

 週五日制のため土日の間の学校はお休み。代わりに部活の午前練習があるため私は朝早くに家を出た。

 冬の寒空のためか街全体はまだ眠りについていてとても静かだった。普段よりも早くに出たのだけれど、やっぱり早起きした価値はあったようだ。


 チチチ、と小鳥が囁いている。シン、とした底冷えする空気に上着の襟を持ち上げる。それでもこの透き通ったような冬独特の朝の透明感が私は好きだった。


 時間はあるので学校への道をのんびりと歩く。高校は私の地元にあるため他の市から来ている生徒のように電車で通う必要はない。だからこうして時間のある時はのんびりと学校まで歩いて行くのは楽しかった。



 学校に着いた。

 やはり休日の学校は人気が少ない。それもこんな早い時間なら尚更だろう。

 それでも日直の先生はすでに来ているようで、門は開いていた。

 校内に入り誰もいない廊下を歩く。朝の街と同じ澄んだ空気が校内を包んでいて、私の上履きの音だけが木霊する。

 夜の学校というのは不気味なイメージがあるけど、朝の学校はそういうイメージはない。むしろ独特の静謐ささえ感じる。

 朝日に照らされ透き通った青色で彩られた廊下を歩いて職員室に向かった。

 職員室は予想通りまだ誰もいなくて、点いている電灯はほんのわずかだけ。どこかへ出かけているのか、日直の先生の姿もなかった。


「……ん?」


 壁にかかっている武道館の鍵を取ろうとして気がついた。

 その壁には学校内のすべての鍵がかけてあるのに、一つだけ空白になっていた。

 それに首をかしげつつも、私は鍵を取って武道館へ向かうことにした。



 この学校はとても広い造りをしている。まぁ旧館がある時点でそれはあたりまえかもしれないけど。

 正門となる南門をくぐってすぐ右隣りにあるのが食堂兼合宿所。

 その反対側には大きなグラウンドがある。

 そして道なりにまっすぐ行くと見えてくるのが一号棟。その後ろには一号棟と渡り廊下でつながる二号棟がある。

 一号棟の奥には第一体育館とプールがあって、一号棟の真向かいには道を挟んで武道館が建ち、その奥には第二体育館が設置されている。

 武道館の後ろにはなぜか林があって、その中に隠れるようにしてひっそりと旧校舎が建っていた。

 そんなんだから武道館に行くのにもけっこうな時間がかかるのだ。

 そしてその道すがら、私は武道館のほうから歩いてくる人影を発見した。


「――――おはようございます、佐々木先生」

「大神か。こんな時間に何をしている?」

「なにって、部活動ですが。今日は休日なので午前稽古なんです。そういう先生こそどうしたんですか? 武道館に何か用事でも?」

「……そんなところだ。いいか大神、教師に余計な詮索はするな」

「そうですか。では最後に一つだけ。武道館に用事があるのなら、どうして鍵を持っていないんですか」

「……! 何を言っている。鍵ならここに」

「武道館の鍵はここです」


 右手を上げて先生に向かって鍵を揺らす。

 チャラチャラ、と音が鳴り、それに先生はちっと小さく舌打ちをした。


「これは余計なことじゃないですよね、先生?」

「……。ふん、学生風情が。まあいい。私は旧館に行っていたのだ」

「旧館に? でもあそこは荒巻先生が管理しているんじゃ……」

「ああそうだ。だがそうは言っても学校の所有物であることには変わりはないだろう。鍵は誰でも自由に持ち出せるようになっている」

 

 今度は佐々木先生が手に持った鍵を振った。武道館のよりもちょっと大きめの鍵が揺れる。

 さっきの職員室での事を思い出す。何かの鍵が一つなかったけど、あれは旧館の鍵だったのか。


「あそこは老朽化が進んでいて危険であるために荒巻先生が一人で管理をしているだけだ。だが一人での管理が義務付けられているわけではない。たまに岡崎先生も老朽化の進行具合を見るために旧館に行っている」

「そうなんですか?」

「ああ。岡崎先生はこの学校で唯一の数理系のエキスパートだからな」

「……へ?」


 思わず変な声が漏れてしまった。

 岡崎先生ってそんなにすごい人だったんだ。というか、あの佐々木が自分を差し置いて岡崎先生を理数のエキスパートと呼んだ。

 無駄にプライドだけが高いこの人が、仮にも同じ分野の人をエキスパートと呼ぶなんて……。


「もういいだろう、これで気はすんだか?」

「え……えぇ、はい。引きとめてしまって申し訳ありませんでした」

「ふん、かまわん」


 そういうと佐々木先生は私になんか見向きもせずに校舎のほうへ歩いていく。

 そういえば理由を聞き忘れたけど、いいか。あの様子では教えてくれそうにないし、そこまで興味があるわけでもない。


「大神」


 私も行こうとしたとき、背後で声がかかった。

 振り返る。佐々木先生が私をじっと見ていて、


「その詮索癖、なんとかしないといつか泣きをみるぞ」

「……脅しですか?」

「忠告だ。教師に対する態度を改めろ」

「これでも優等生で通っているんですが?」

「ふん、女得意の厚化粧だろう。化け皮なんてすぐに剥がれ落ちるのが関の山だ。他は騙せても俺の眼は誤魔化されん」

「へぇ、先生がそんなにも私の事を見ていて下さったなんて光栄です。ええ、なら……考えておきますね、先生」


 踵を返す。

 振りかえらずに武道館へ向かう。

 中に入るまでの間ずっと、ねっとりとした佐々木先生の視線が背中にこびりついていた。

 ああ、嫌だ嫌だ。きっと相当粘着質な性格に違い無い。

 というか、まったく何なんだいったい。

 せっかくの朝の気分が台無しになってしまった。



 ◇◇◇



 アップを兼ねて竹刀を振るう。

 しばらく没頭するようにこなす動作は作業と同じだ。もしくは八つ当たりという。

 まぁ物に当たっていないから正しくは無いけれど、とにかく別の事に集中して気分を切り替えたかった。

 そうしてほどなく、気がつけば部員が集まってきた。

 一年生は部長である私が一番最初にきていることに驚いてあわてていたが、単なる気まぐれだと知るとほっとしたような表情を見せた。


「どうしたのレイコ、早いじゃん」

「おはよう、ミノリ。ちょっと今日はそういう気分だったのよ」

「ふーん。昨日の今日だからまた情緒不安定になったりはしてない?」

「大丈夫よ」

「ならいいや。で、今日は何やるの?」


 ミノリの質問にみんなが私に注意を向けるのがわかった。感心なさげなふりをしている子もいるけど耳だけはしっかりと向けている。練習内容いかんで午後をどう過ごすかが左右されるんだから当たり前だろう。誰だってせっかくの休みの半日を筋肉痛の悲鳴で終わらせたくはないだろう。


「残念な知らせよ、ミノリ」

「えっ?」

「今日は監督が来るわ」


 監督とはいわゆる顧問の事だ。

 この部の顧問を担う近藤(こんどう)(いわお)監督はこの学校の先生じゃない。

 うちの部を強くするために外部から雇い入れた人で、そうとう御年配の方だ。

 けれど一見してそうは見えないほど精力漲る近藤監督は古豪と呼ぶにふさわしい貫禄と実力を兼ね備えたいわゆる達人で、私は秘かに心の師と仰いでいたりする。

 何でも学生の頃は全国大会の常連も常連、ベスト4は当たり前でそれ以上を争うのが常であり一度はその頂点にまで上り詰めたというのだから凄まじい。

 今は警察官のかなり偉い人の様で、そのため仕事の忙しさとやはり年齢もあって顔を出すのは休日だけで、それもかならず毎週という訳にはいかない人だった。


「マジで?」


 ミノリの顔が青ざめる。他の部員たちも声にならない悲鳴を上げていた。

 監督はうちの部を強化するために呼ばれた人だから普通は平日でもくる義務がある。

 だけどそれを免除されているということはつまり監督の指導が非常に効率的だということと、一回の練習で指導内容を叩きこむくらいスパルタということだ。

 しかも昔堅気の選手であり、それで近藤監督自身が強くなった経験を持つのだからそれはもう非常にストイックかつ厳しい稽古を授けてくれる。

 その結果私たちが練習後にどうなるかはいわずもがなだ。あとには死屍累々の山しか残らない。

 そしてその恐怖を実体験として知っているみんなは、これから待ち受ける地獄絵図に対して顔を青ざめていた。


「安心しなさい、普段通りにやれば大丈夫だから」

「いやでもさ、あれはハンパないって……」

「あのねぇミノリ、幹部交代してからどれくらい経つと思っているのよ」

「えっと、三カ月くらい……?」

「あらちゃんとわかってるじゃない。ならそれだけあれば全体の体力強化くらいはできるわよ」

「へ?」

「だから、監督の練習に対する対策は立てているっていう話しよ、私なりにね。気が付いていないだろうけどみんな以前よりもだいぶ基礎体力が上がっているわ。だから安心しなさい」

 

 みんな呆然としている。

 私が何を言っているのか呑み込めていないのだろう。

 まぁいいわ、やればわかるだろうから。


「ほら、いいから体を温めときなさい。柔軟をしっかりとすること!」


 檄を飛ばす。そうすればみんな各々で動き出した。

 さて、あとはどうなるかはみんなしだいだ。



 ◇◇◇



 練習が終わり監督が帰って行く。それをみんなで見送った後、みんな驚いて私のもとへとやってきた。


「主将! 今日の練習そんなキツクなかったんですけどどうしてですか!?」


 キツクないならそれでいいだろうに、なぜか理由を聞きに来るみんな。わけがわからない。


「ねぇ、これも朝に言ってた対策ってやつなわけ?」

「そうよ。幹部交代してからの約三カ月、徐々に練習量と密度を上げてたの。おもに基礎体力面を重視してね。今日のはただその成果が出ただけよ。別に練習自体はいつも通り」

「すげぇ! それってめっちゃすごいじゃないですか!?」

「そうでもないわ。だってあなたたちがそれだけ頑張ってきたって証拠でしょ。何事も頑張ったならそれに見合うべき恩恵が得られるものよ。頑張ったのに報われないなんて、そんなの嫌でしょ?」


 おぉーっとなにやら感動している一年生諸君。とりあえず私の壮大な作戦は功を奏したわけだ。


「でもすごくない、レイコ。まさかあたしたちの体力を上げるためのメニューを今まで組んでたなんて知らなかったよ」

「まぁ言っちゃえば実験だったしね、だからちょっと言いずらかったのよ。物は試しの実験体(モルモット)になってました、なんてゾッとしない話でしょ? でもなにはともあれってとこ。上手くいってよかったわ」


 言いながらシャワー室に向かう。

 いくら冬場の練習といっても汗はかなりかく。さすがに汗をかいたままで歩くことはしたくない。

 それに今日はこれからが本番なのだ。だからさっさと上がらないと。


「あ、そうだミノリ。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら?」


 脱衣所で道着を脱いでシャワー室に入る。

 本当にこの環境は最高だ。練習で汗を掻いた道着から、温かいお湯で汗を流してそのまま制服に気がえられるのは女の子にとってはものすごくありがたいことだ。。

 きゅっきゅっとノズルをひねれば勢いよく湯水が飛び出してきて、熱いシャワーのお湯が疲れきった体に心地いい。


「ん? なに?」

「ええ、旧館の噂話あったでしょ。あれを詳しく調べてもらいたいのよ」

「いいけど、どうしたの急に。幽霊とか人魂って信じてないんじゃなかったの?」

「えぇ、そうよ。だからこれはちょっとした興味本位。急に知りたくなったのよ」


 ふーん、とい言ってミノリはじっと私を見る。

 それを私は見返す。

 ほんの少しの間、シャワーの音だけが響き渡る。


「……ま、いいや。理由は聞かないどいてあげる。どれくらい知れべりゃいいのよ?」

「わかる範囲でいいわ。無理もしないでいい。それで十分だから」

「ん、りょーかい。じゃ、月曜までにはある程度まで調べとくよ」

「ありがと、助かるわ」


 お礼を言って、さっさと汗を流してシャワーを止める。それでもきちんと身体を清める事には手を抜かない。

 さて、すぐに着替えてしまおう。


「悪いけどミノリ、今日はもう上がるわよ」

「どしたの?」

「ちょっとこれから用事があるのよ」

「……ケンとデート?」

「なわけないでしょ! まったく関係ないわよ」

「はいはい、そんなむきになんなくてもいいって」

「なってないわよっ!」

「はははっ。どーだかねー」


 ミノリの笑い声がシャワ―室内に反響した。

 なんだかわかってますといいたげなミノリの態度が気にくわない。

 けど今日は無視することにする。


「じゃ、あと頼んだわよ」

「はいよー」


 ノズルを振り回して答えるミノリ。

 私は被害を受けないようにドアを閉めてシャワー室を後にした。


~次回~

第四話 動き出す影/2

12/04(日) 18:00更新

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