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妖物語 ~金色夜叉~  作者: 飯綱 華火
8/28

黄昏色の分かれ道/3

 ◆◆◆



「さ、おごってあげるから好きなもの頼んでいいわよ」


 ミナトさんに連れられてやってきたのは近くにあったファミレスだった。

 週終わりの金曜の夜。

 仕事終わりなのだろうか、かなりの人で賑わいをみせている。


「あのー、センパイ……」

「ん? どうしたのソウジくん、もしかしてお金の心配してる? だったらそんなのいらないわよー」


 ミナトさんは一人楽しそうにメニューを見ている。それに高見さんは絶句。やっぱりこれから話を聞くには大っぴらな場所すぎると思っているみたいだ。


「センパイ! 話をしに来たんですよね!? それって僕たちの秘密ですよね!? ならこんな場所じゃなくてもよくないですか!?」

「んー、なにをいってるかなー、このおバカさんは。こんな場所だからこそでしょうが。いい、こういうところはいろんな人が出入りして集まる場所よ。なら普通はこんなところで内緒の話なんてしてると思わないでしょ。だからこそこんな場所でやるのよ。それに、誰かが聞き耳を立てていれば私たちなら気がつくでしょ。そうでない普通にお客として来ている人たちにとっては私たちの会話なんてBGMと同類よ。なら聞かれたって右から左、流れておしまい。記憶にすら残らないわ」


 わかった? と目で訴えてミナトさんはメニューに視線を戻す。

 それはとても説得力のある言葉だったし態度だったんだけど、絶対メニュー選びを邪魔されるのが嫌だったんだと思う。


「ほら、レイコも選びなって。意外とこういうお店っていけるんだから」

「え、えぇ」

 高見さんと同意見だった私はそれでも意識をメニューに向けることにした。

まだ会って一時間くらいしか経ってないけれどそれでも十分にミナトさんはすごい人だと感じていた。

なら、その彼女が言うなら問題ないと思ったのだ。


「むぅー」


 もっとも、本当に真剣にメニューとにらめっこしてる今の彼女からはそんなことはちっとも想像がつかないけれど。



 しばらくして頼んだ料理がそれぞれ運ばれてきた。

 ちなみに私がスパゲティのミートソースで、ミナトさんがグラタンとサラダ。高見さんがB定食にクリームパスタにハンバーグ。どれだけ食べるんだこの人。


「さて、じゃあ食事もきたし食べながら話そうか」


 そう言って嬉しそうにサラダにフォークを伸ばす。

 その様はまるでお子様ランチを目の前にした子供のようだった。


「しぶっていた割には随分と軽く話すんですね」

「まーね。来る時も言ったけどこれは私達との心理戦に勝ったあなたへの正当な報酬よ。だから話すと決めた以上はきちんと話してあげる。ただね、あまりに突拍子もない話なんだけど信じられるかしら? なんかレイコって幽霊とか超能力って絶対信じないタイプに見えるんだけど」

「それで合っています。基本的にそういう類のものは一切信じませんから。でもこの目で確認して認めたモノなら信じます。それがどんなに突拍子のないものでもね。だからあなたたちの話は信じるわ。昨日すでに味わっているもの、あなたたちの力と対峙するものが人外だってことくらいはわかっているつもり。それが本物だってことも」

「……驚いた。じゃあレイコはそこまでわかった上で私たちを捜していたのか。うん。これじゃ負けるわけだ。最初から立ち位置が違ったんだもの」


 満足げにうなずいてミナトさんはグラタンを口にした。私もパスタをフォークに巻きつけて口にする。完全にはぶかれた高見さんは一人もくもくと箸を進めていた。


「じゃあ、私たちの事について話すけど、いい?」


 確認してくるミナトさんに私は無言で頷いて先を促す。高見さんは動かしていた箸を止めた。


「まず私とソウジくんについての話になるんだけど、私たちはある機関に所属しているエージェントだと思ってほしいのよ。いわいる秘密組織的なね。と言っても別にやましいことをしているわけじゃない。ただ本当に世界の裏って言うか、今あなたが知っている世界を表と仮定するなら、私たちが属しているのは決して知ることのない裏側ってことになるの。ようは世間から認知されていなければ存在さえ知られていない組織ってとこ。でもそれでも表で生きて行かなくちゃ裏では生きていけないから表向きの顔って言うのがあるわけで、ぶっちゃけて言っちゃえば神社仏閣がそれに当たるのよ」

「は……?」


 思わず、そんな言葉しか出てこなかった。


「うん、キミの気持ちはわかるよ。いきなりそんなこと言われても困るし第一意味不明だしね」

「あ、なによソウジくん。私の説明が悪いみたいな言い方しないでよ!」 

「別にそんなこと言ってないですよ! 誤解ですって。ただぶっちゃけすぎというか、飛ばしすぎだからしょうがないなーって思ったんスよー」


 必死になって弁解している高見さんに今だけは同情する。

 だって私自身意味がわからない。

 いきなり神社仏閣と言われても…………ん? 

 まった、もしかすると、


「あの、ひょっとして、なんですけど。二人はもしかして退魔とか悪魔払いとかそういうことをしていたりしません? それでテレビとか雑誌でたまに取り上げられるようなああいうインチキに隠れてそういうことを本当に行ってるとか……」


 言っていてだんだん自信を無くしてきた。

 なんかこれではあまりにも突拍子すぎだし、第一子供じみすぎている。


「……」

「……」


 固まってぽっかーんとする二人。あ、本当に間違えた……


「ほーらみなさいソウジくん! やっぱりちゃんと伝わってたじゃない!」

「まさかそんな……。あれでわかる人がいたなんて……」


 大喜びのミナトさんに項垂れる高見さん。

 なんだ? いったいどういうことなわけ?


「やっぱり頭いいわねレイコ。ソウジくんとは大違いだわ」

「え? じゃあ二人は本当に……」

「ええそうよ。私たちは退魔師(たいまし)。あなたが想像している通り、悪霊に取り憑かれた人々を救う者よ」


 そう言ってミナトさんは得意げにニッと笑った。


「いい、レイコ。この世にはね。人外のモノであふれているのよ。それは国や地域によって色々な呼び方があるけど、日本では『妖怪』って呼ばれているわ」

「……妖怪って、あの?」

「ええそうよ。あなたが何を想像したかは知らないけど、一般に知られている鬼や天狗、河童とかいったそういうモノよ。それらは実際に存在している。今もこの国のどこか、それこそこの街の一角でね。で、ごくたまになんだけど妖怪が人に取り憑いて悪さを起こすっていうのが起こるわけ。私たちはそれを調査、退治するためにいるの。大昔は頻繁に妖怪が人に取り憑いていたからそれなりに有名だったけど今は完全にゲームの中の住人よね、私たち。でもそれは一般に認知されていないだけで実際にこうして実在するの。それはつまりそういう被害が今も絶えないからよ。そして、気づいていると思うけど私たちがこの街にやってきたのは今この街で起きているある事件が妖怪の関連性ありとみなされたからよ」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 私はあわててミナトさんの話を中断する。

 あまりにも突飛過ぎて頭がついて行けない。

 言い当てといてこんなこと言うのはあれだけど、全く想像だにしていなかったことだ。

 人外の事であるとは思っていたけれどそれが身近に知っている事柄と関係したとしても、妖怪なんてものがでてくるだなんて思ってもみなかった。

 

 ――話を整理しないといけない。

 

 まず、ミナトさんと高見さんは退魔師とかいう妖怪退治を生業とする人たちらしい。

 その目的はあの夜私を助けてくれたみたいに人々を助けること。妖怪というのは人に取り憑いて悪さをする、というのがその理由だ。

 そして彼女たちは組織ぐるみで動いているらしく、どうやら二人がやってきたのはその組織(おそらく上の人)がこの街のある事件に妖怪が関係してい、と判断したかららしい。


「それが連続失踪事件、という訳なんですね?」


 話をまとめて落ち着いた頭で、私はそれを訪ねた。


「ええそうよ。ここに来る前にあなたも言っていたもんね。連続失踪事件。未だ何もつかめていないというのはおかしすぎるわ。警察が隠蔽しているだけかもしれないけれど今回に限ってはそれもない。ちゃんと警察の人から話しを聞きだした事だからこれはほんと。で、その隠蔽性・特殊性から(かんが)みて何かしらの関与があるんじゃないかってなったのよ」

「その調査のためにやってきたのが僕とミナトセンパイってわけだ。わかったかい、レイコちゃん」


 最後に高見さんがしめた。

 それにミナトさんは少しむっとした顔をするが日頃の仕返しのつもりなのか高見さんは少し嬉しそうだった。

 でもとりあえずこれで経緯はつかめたと思う。

 わからないことだらけだけれど一応理解はできた。

 ただ、これは思っていたことよりずっと大きなことらしい。


「怖気づいたかしら?」

「まさか」

「強がらなくてもいいわよ。もし嫌ならもうここでお終いにするだけだから。区切りとしては一応調度いいんじゃない?」

「そうね、でも結構よ。確かに調度いいかもしれないけどそれじゃあ中途半端だもの。全部知らないとかえって怪我するわ」

「ふふ、確かにね。ここにきてまだ冷静でいられるなんて、想像以上にすごいね」


 そういってミナトさんはスプーンを置く。

 話しながらでもきっちりと食べていた彼女は気がつけばすでに完食していた。


「続きは食べ終わってからにしようか。じゃないとせっかくの御飯が冷めちゃうもんね」

「あ、はい」


 頷いてあわてて食べだす私と高見さん。

 一度箸を止めた彼も私と同じように減っていなかったのだ。


「すいませーん。食後にコーヒー三つお願いしまーす」


 食べ終わった彼女だけが呑気にコーヒーを注文していた。



 ◆◆◆



「さて、続きを話そうか」


 食事を終え、頼んでいたコーヒーが運ばれてきたところでミナトさんが口を開いた。


「一応私たちの事に関しては話したもんね、今度は何を話そうか、ソウジくん?」

「決めてなかったんですか。……アヤカシについて話したらどうですか。結局何が原因かわからないと意味ないじゃないですか」

「それもそうね」


 はい決定、とミナトさんは手を叩く。

 でも私はまたも知らない言葉に首を傾げるだけだった。


「さっき妖怪が人に取りつくって話はしたでしょ。言ってみればその妖怪が私たちの戦うべき敵なのよ。で、その妖怪ってのはレイコも知っての通りの鬼だったり幽霊だったり、または物や動物が姿を変えたりしたものまであって数、種類ともに千差万別なわけよ。だから私たちはそれらを総称して『(アヤカシ)』って呼んでるわけ。ここまではいいかな?」

「ええ、大丈夫です」

「よし、じゃあ次ね。その妖はさっきも言ったように人に取り憑くんだけど、それだけじゃないの。人に取り憑く妖っていうのは基本的に幽霊とか人魂っていった実態を持たないものなの。それ以外、たとえば鬼なんかは実態を持っているから人に取り憑くことはほとんどない。でもほとんどってことはやっぱり取り憑くってことがあるわけで、そういう場合は決まって何か明確な目的があるのよ」

「……目的って、その、アヤカシ側にですか?」

「そう。妖は私たちみたいにきちんと知能を持っているわ。もっともそれは実態を持っていてなおかつ高位の妖のみだけど。あとは何百年と生きて妖化した動物なんかもね。そういうモノたちは自らの意思を持って人に取り憑く、あるいは他の下位の妖を取り憑かせるの。でもそれは妖側の一方的な行為だけじゃなくてね、人間から妖に近づくこともあるんだ」

「人間から?」

「そうよ。あなたみたいに私たちのような裏側の者と関わるか、もしくは何らかの事情で裏側の事を知ってしまった人間が妖の力を利用するために彼らを受け入れるのよ。妖の力っていうのは人間にはない強大なものよ。それは普通の人じゃとてもじゃないけど太刀打ちできないくらいのね。だから言ってみればその力を手にできれば他にはない特殊能力が手に入るのよ」


 すごいでしょ、なんて言ってミナトさんは笑ったが私にはとてもじゃないけど笑っていられなかった。

 今どうしてミナトさんがこの話をしているのかを考える。

 それはやはりこの話が重要だからで、なおかつ関係があるからだ。

 そう、つまりは、


「ミナトさん……」

「ええ、あなたの懸念通りよレイコ。この街で起きている連続失踪、これはもしかしたら誰かが妖を使って人為的に起こしている可能性があるわ」


 ……ごくり。

 唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。

 からからに乾いた喉を潤すためにコーヒーを一口飲む。


「安心しなさい、レイコ。人為的って言ってもまだ確定じゃないし、そもそも妖に取り憑かれてその力を自由に操れるって人はごくわずかしかいないのよ。

 そもそも私たちと妖っていうのは存在そのものが違う。そんな二つが一つになったって上手くいくはずがないのよ。で、たいていの場合は力の強い妖に人間が操られちゃうわけ。レイコを襲ったあのサラリーマン、あれも妖に取り憑かれた人よ。あの人は餓鬼と呼ばれる下位の妖に取り憑かれていたんだけど、たいていの場合はあんな感じで言葉もまともにしゃべれなくなって自分の意識も失うのよ。しかも取り憑いたのが餓鬼みたいなのじゃあ知能とかも全くなくてああいった人をただ襲うといった単純な行為しかできないのよ。ああいう輩は一人で立ち向かうのは大変だけど人数をそろえれば簡単に一般人でも対処できる。だからごくたまに薬物中毒者として捕らえられることもあるわ」

「……」

「だから妖に取り憑かれて自我を保てるような人はごくわずかってわけ。私たちはそういった取り憑かれた人たちを『(アヤカシ)憑き(つき)』って呼んでるわ。あなたがソウジくんを手玉に取った時に使った言葉よ」

「蒸し返さないで下さいよ、ミナトさん。あれ、けっこうへこんだんですから」

「そりゃそうよねー。ソウジくん、女子高生にしてやられちゃったんだから」

「だーかーらー」


 高見さんは必死になってミナトさんに弁明している。それをおかしそうにミナトさんが茶化していた。


「……」


 ほんの一時の中段。

 その間に私は頭をフル稼働させる。

 なにか引っ掛かるんだ。

 ミナトさん曰くこの事件はまだ詳細がつかめていないという。

 アヤカシの仕業か、あるいはアヤカシの力を利用した人間の仕業か。

 まだピースが不足しすぎているせいでこれ以上はわからない。

 でも、何か引っかかる。

 そう、これは、


「あの、ちょっといいですか」

「ん、どうしたのレイコ?」


 ミナトさんが振りかえる。つられて高見さんも私を見た。


「アヤカシの仕業か人為的なものかっていうことなんですけど、これは人為的なものじゃないんですか?」

「……どうしてそう思ったの?」 

「ええ、この連続失踪事件なんですけど、世間じゃ現代の神隠しって言われていますよね」

「ああ、それは妖が関係してるからだよ。妖の特殊能力ならそういうことはわけないからね」

「ええ、それには納得できますし、それならアヤカシが関係してるっていう言葉にもうなずけます。でも問題はその後なんです」

「つまりレイコは妖がさらった人間をどうしているのかって言いたいんでしょ?」

「はい」


 そう、その通りだ。この事件の論点はさらわれた後なのだ。

 あの夜私を襲ったあのサラリーマン。

 あの人はアヤカシに取り憑かれていたわけだけど、私に危害を加えるっていうよりは私をさらおうっていう意志のほうが強かったように思える。

 そうだとするならアヤカシは何か明確な目的があって人をさらっていることになる。

 ならその後はどうしているのか? 

 さらわれた人たちは未だ発見されていない。

 だからその理由や用途はわからないけど、逆にそれがわかれば人為的かそうでないかがわかる気がするんだ。

 それに、


「私を襲ったサラリーマンに取り憑いていたのは餓鬼っていうアヤカシなんですよね? あなたたちが言うところの下位のアヤカシ。知能がないというならまずそのさらおうという発想が浮かばないと思うんです。アヤカシが何のために人をさらうのかなんてわからないけど、そうする以上はそこに何かしらの理由、用途があるはず。ならアヤカシだけの単独とは思えない」

「人が絡んでいる可能性があるってわけね」

「ええ」 

「でもレイコ、それ、ちょっと理由としては弱すぎないかな?」

「わかってます」


 頷いてコーヒーを口に運ぶ。

 まだ情報が混乱しているけど何とかまとめないと。


「連続失踪が神隠しって呼ばれてるのはアヤカシが関与している以外にも目撃者が一人もいないってことが原因だと思うんです。いくらアヤカシでも目撃者を完璧になくすなんて難しいじゃないでしょうか」

「そうだけどさ、でもそれはたまたまってことも」

「そんな都合のいいたまたまが十数人分続くわけないじゃないですか。むしろ人外の存在であるアヤカシならそんな世間一般的なこと、気にしないんじゃないですか?」

「……なるほど、それは考えてなかったな」

「? なにがです、ミナトさん?」

「うん、つまりね、ソウジくんはレイコに勉強を教えてもらったほうがいいんじゃないかなってことなの」


 疑問符を浮かべる高見さんに溜息をつきながらミナトさんは言った。それに高見さんはかなりへこんでる。


「ソウジくんの事は気にしなくていいから続けて。むしろソウジくんのために続けて」

「そんな……」

「つまり、世間の目を気にするのは人間だけってことです。目撃者がいないってことはそこに何かしらの隠蔽工作がなされた可能性がある。現にあなたたちは私を助けてくれたでしょう。もしアヤカシが人目を避けているなら最初から完璧に人目のないところでやったはずだもの。それがなかったってことはおそらくは後からそういう工作がされたってこと。アヤカシはそんなことしないんじゃないかしら。いつの世の中も人目とか後始末を気にするのは人間だけ、そんな気がするんです」


 言いたいことを言い終え、またコーヒーを飲む。

 気がつけばカップの中はもう空になっていた。


「なるほどね、レイコの言うことは一理あるわ。むしろ考えていないことだった。うん、経緯はともあれレイコに話して正解だったかも」

 

 ミナトさんは少しの間腕を組んで考え込んでいた。高見さんは高見さんで同じように考え込んでいたみたいだ。

 私にはこれ以上は情報不足で考えられないから少し脳を休めることにした。

 ここにきて突拍子もない話の連続で混乱している頭を少しでも休めないと。


「すみません――」

 

 とりあえず空になってしまったコーヒーのお代わりをすることにした。



 定員さんが空になったカップにコーヒーを注ぎ足していってくれた。コーヒーのサービスはありがたい。

 しばらく私は今までの話を整理するようにゆっくりとコーヒーの香りを堪能する。

 濃くのある香りを楽しみながら脳の回転を緩やかにする。

 こうして落ち着いて考えてみるとまだ私はほんのさわり程度にしか彼女たちの事を知らないんだということに気がついた。

 でも、今日の私の脳の許容量としてはそろそろ限界かもしれない。


「さて、と」

「ん?」


 今まで黙っていたミナトさんが声を上げてぐぅーっと腕を伸ばした。どうやら考え事は終わったらしい。


「さて、じゃあそろそろ帰ろうか」

「「え?」」


 突然のミナトさんの言葉に私と高見さんの声が見事に重なった。


「ほら、一応だけど話はすんだでしょ。それに私たちとしてもレイコから有益なことを聞けたしさ、そろそろいいかなーって」

「確かに引き際ですけど……」

「あら、まだ納得できてない、っていうよりはここで諦めるのは嫌って顔だけど?」


 面白そうに笑っているミナトさん。

 なんだろう、何か企んでるんだろうか。

 まぁ、私としてはバッチリ心を読まれちゃったんだけど。


「ふふん。レイコの気持ちはよくわかるわよ」

「だけどこれ以上は無理って言いたいんですよね」


 ちょっと悔しくて私から先に言ってやる。

 これは何が何でも引き下がらないっていう私の決意でもあるんだ。

 だって、知ってしまった以上、みんなに危険が迫ってるかもしれないっていう以上、私はただ黙っているなんてしたくない。


「……。落ち着きなさい、レイコ。逆よ、逆」

「逆?」

「ええ、逆。あなたを関わらせないんじゃない、むしろ関わってほしいのよ」

「え?」

「ちょ、ちょっとミナトさんっ、何言い出すんですか!?」


 言葉が呑み込めない私に代わって高見さんが驚いてくれた。


「もう、ソウジくんはさっきまで何を考えてたのよ。説明してあげるからちょっと黙ってなさい」

「いや、だって……」

「黙ってるの。じゃないと撃ち抜くわよ」

「はい……」


 何かしらの脅しなのか、その言葉で高見さんはおとなしくなった。満足げにミナトさんは私に顔を向ける。


「今日ちょっとの間だけどいっしょに話してみてあなたはすごく頭がいいってことがわかったのよ。それに対応力もある。何も知らないのに私の話を聞いただけであそこまで考えられるんだもの、まるで安楽椅子探偵(アームチェア・デイクティブ)よ。それにね、よくよく考えてみれば私たちはここに派遣されてきただけでこの街に詳しくない。なら私たちの事を知ってしまったあなたはこの街における協力者として最適なのよ。それにその勇気と知恵もね。

 だからレイコ、私たちに力を貸してくれないかしら。私たちの協力者になってほしいのよ」


 ミナトさんは頭を下げた。それに思わず面食らう。高見さんも同じようだ。

 でも、それで私の心は決まった。

 もとからそのつもりだったけど、私の目的とは違う意味でミナトさんに協力をしようと思った。

 だってここまで簡単に頭を下げられる人はそうはいないから。

 だから、ミナトさんは尊敬できる人なんだと思えた。


「ええ、私のほうからもお願いします。みんなを守るために、私に協力させてください」

「ありがとう、レイコ」


 差し伸べた手は、きっと同時だった。

 しっかりと握手を交わす。

 頭を上げたミナトさんは嬉しそうに微笑んだ。


 こうして、ここに契約は成り立った。


 私は私の大切な人を守るためにこの人にできうる限りの協力をしよう。

 決意を籠めてた握手に、答えるようなその力強さが頼もしい。

 これは私とミナトさんとの師弟関係が成立した瞬間でもあった。



 ◇◇◇



「それじゃあ私たちはこれから調べることがあるから行くけど、気をつけてねレイコ」

「ええ」


 夜。

 気がつけば時刻はもう十時を回っていた。


「ソウジくん」

「了解、センパイ」


 ミナトさんの言葉に頷いて高見さんは地面に向かって中空で腕をかざす。


 闇が、揺らいだ。


「――――」


 最初は目の錯覚だと思った。

 でもそれは違っていて、揺らいだ向こうから真っ黒な犬が姿を現した。

 それは墨絵のような犬。あの時と同じ犬だった。


「これは『送り犬』といって僕の犬神憑きの能力の一部なんだ。こいつがキミを家まで送って行ってくれるから安心して。安全は保障するよ」


 そういってウィンクする高見さんはなかなかに様になっていた。


「ありがとうございます。でもこれは……?」

「犬神憑きって言ってね、退魔師としてのソウジくんの能力なのよ。これに関してはまた明日にでも教えてあげるわ。私の力といっしょにね」


 ミナトさんが黒犬を撫でると黒犬はくすぐったそうに鳴いた。


「ほら、ソウジくんと違って頼もしい犬だからボディーガードには最適よ」

「僕と違ってってどういう意味ですかー!」

「ははは、ウソよウソ」


 ふんふんと鼻を鳴らして黒犬が近寄って来る。

 おそるおそる撫でてみればくすぐったそうに鳴いた。

 得体のしれない獣のはずが、その仕草はとても可愛い。


「あら、気に入ったみたいね。じゃ、行こうか。ソウジくん」

「はい、センパイ」 


 今度こそ二人と別れる。

 もうだいぶ欠けた月を眺めながら私は帰路へとついていく。

 日常から離れてしまった今日一日。その出来事を振り返る

 街灯もまばらな夜の道。ふんふんと鼻を鳴らして着いてくる黒犬が心強かった。

 一日を振り返りながら歩く道。

 そういえば私はどうして。


 ――――ゥオン、ゥオン、ゥオン。


 黒犬がなく。

 気がつけば、家の前。 


「ありがとう」


 黒犬にお礼を言って高見さんから預かったものを渡す。

 それは小豆と草鞋。どうやらこれを最後にこの犬に渡すといいらしいのだ。

 そうして私は家にと入る。

 見届けるまでが仕事なのか、黒犬は玄関の前でじっとたたずんでいた。

 おやすみ、黒犬。



                                 第三話 黄昏色の分かれ道/了


~次回~

第四話 動き出す影/1

12/03(土) 18:00更新

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