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妖物語 ~金色夜叉~  作者: 飯綱 華火
4/28

奇妙な二人/2

 ◇◇◇



「もう、バカ犬のせいで私が荒巻先生の授業妨害しちゃったじゃないっ」


 昼休み。

 いつものメンバーで昼食を囲みながら私は誰に言うでもなく怒鳴った。

 最後がどことなく沈んだ空気で終わったのも含めて全部、あのバカ犬の所為だ。


「まーね。レイコにしちゃ珍しかったけどさ、あたしとしちゃいい目覚ましにはなったよ」

「そんなの嬉しくないわよ。ったく、あのバカ犬め」


 ケンの事だけを意識して強調してしまう。それはミノリも同じなのか、荒巻先生の話題には触れてこない。

 気軽に蒸し返して良い話じゃなかった、そんな感想を、きっとこのクラスの誰もが思ったと思う。


「落ち着いてレイちゃん、そんなんじゃちっともご飯が美味しくないよ」

「え? あぁ、そうね」


 やつあたりするようにご飯をかきこんでいたらメグミに注意されてしまった。というかこれでは女子として問題だ。


「いやー悪かったなー大神」

「ん! バカ犬!」

「うお、なんだよ?」

「なんだよじゃないわよ、このバカ!」

「うわ、それひでー」


 大げさな仕草をしながらやってきたバカ犬はなぜかそのまま私の隣に座りお弁当まで取り出した。


「何やってるのよ」

「ん? 何って飯食うんだよ」

「そんなの見たらわかるわよ! どうして私の隣にいるのかって聞いてるの!」

「そりゃ一緒に食べようと思ってな。ま、いいじゃねぇか。仲良くしようぜ」

「よくない!」

「い、いっしょに食べたほうが美味しいよきっと」

「そうだな。鶴巻さんの言う通りだぞ大神」


 おっかなびっくり口をはさんだメグミに同意の声が投げかけられた。


「と、兎塚くんっ」

「隣に座ってもいいか、鶴巻さん」

「う、うん」


 やってきた兎塚くんはメグミに同意をとるとあっさりとその隣に腰を下ろした。

 で、お弁当箱を広げ出す。

 ついでに机まで持ってきてスペースを確保している辺りが抜け目ない。


「なんであなたまで来るのかしら、兎塚くん?」

「ナオヤと同じだ。一緒に昼食を取ろうと思ってな」

「ならバカ犬と二人でどうぞ」

「なんだ、ほんとに機嫌が悪いんだな。俺にまで当たるとは」


 言いつつお弁当を食べ始める兎塚くん。

 私の隣ではバカ犬がものすごい勢いで特大サイズのおにぎりをほうばっている。

 がつがつと無邪気に食べている仕草はただのおにぎりが無性に美味しそうに見えてしまうほど。


「ま、あきらめなってレイコ」

「ね。みんなで食べよう。そ、それにほら、と、兎塚くんも来てくれたんだし……」


 そこでなぜかまたぎくしゃくするメグミ。

 その顔にはほんのりと朱が差していて。


「……。そうね。じゃあ放課後まで我慢しようかしら」


 おもしろくない。

 本当はすっごくおもしろくないけれど、親友のそんな様子を無視できるほど私は冷たい人間だとは思いたくなかった。


「そうそう……って、ちょっとレイコ、まさか部活で憂さ晴らしするんじゃないでしょうね!?」

「なわけないでしょ。確かにそのつもりだけど私だけよ。公私混同したら昨日の佐々木先生の二の舞じゃない」

「ほ……、ならよかった」

「あ、でもミノリは付き合ってよね、練習相手。サンドバックがいないとつまらないじゃない?」

「ってやっぱり公私混同!? ってかサンドバックって言ったよね今!?」

「冗談よ、冗談」


 安堵した途端に悲鳴を上げたミノリを見ておかしそうに笑うメグミ。

 その顔は少しだけいつもより嬉しそうで。


「……昨日のお礼になったかな」

「ん? なんだよ大神。何か言ったか?」

「何でもないわよ、バカ犬」


 とりあえず残りのお弁当を食べることにした。



 ◇◇◇



 晴れのち曇り、というやつだ。

 午後からは生憎の曇り空となった。

 寒いけれど晴れていた空は雲に覆われ、冬の空模様と相成ってその顔はどこかもの悲しそうに沈んでいる


 放課後。


 木製の武道館の中は天気の影響からかいつもより暗く影が落ちている。

 そんな中、はぁー、と吐き出す息がやけに白い。剣道着に着替えた私は寒さで体が硬くならないように入念にストレッチをしていた。


「レイコー、今日のメニュー何?」


 同じく剣道着に着替えたミノリが竹刀を肩に担ぐように持ってやってきた。


「まずは基本よ。いつもよりじっくりやって体を温めようと思ってるの」

「あれ、そうなの? あたしはてっきりめっちゃキツイメニューにすると思ってたんだけど」

「なんでよ? そんなことしたらみんな体壊すでしょ」

「お。やさしーねー、大神主将は。なーんか昼休み機嫌悪そうだったからヤバいかなーって思ったんだけど、平気だったみたいね」

「あたりまえよ、公私混同はしないって言ったでしょ。それともミノリだけ別メニューやる? 掛かり稽古一時間とか」

「うぇー、それはかんべんしてー」


 あわてて逃げていくミノリを笑いながら周囲を見ると他の部員たちがぎょっとした目で私を見ていた。


「ウソよ、ウソ。そんなメニューやるわけないでしょ」


 実際そんなことしたらみんな動けなくなって武道館に泊まるはめになるし、そんな練習は私だってあまりしたくない。

 そもそもそんな練習はもう練習じゃなくて拷問だ。超回復を目的とした過負荷の練習ならともかく、何の目的も意図もない負荷訓練など私の美学に反する。

 もし本当にそんな事をするのなら、それこそ長期計画を立てて徐々に負荷をかける形でやるべきなのだ。


「さて、そろそろ始めるわよ」


 ウソだとわかって安心したのか普段よりも明るい声が上がった。

 まったくもって現金な奴らめ。まぁ、それがみんなのいいとこなんだけどね。

 じゃ、始めるとしようかな。



 パンパンパン、と竹刀を打ち鳴らす音が木霊する。

 冷たく冷え切った武道館内をみんなの熱気が覆う。

 基本となる切り返し、面打ち、小手打ち、胴打ちを普段より短いローテーションを組む事によって回転率を上げて体を温める。

 失踪事件の影響で部活動の時間が短くなった今、強くなるには効率の良い練習が必要なのだ。


「次。応じ技をやるわよ! 攻め手側は鋭く速い面を打ち込みなさい。受けて側はそれを面、小手、胴のいずれかで返す。一番得意な技でいいわ。そのかわりにしっかりと決めなさい。攻め手はそれをわざわざ律儀にもらわなくていいわ、甘い打ち込みは容赦なく斬って捨てなさい! でも受け手はそんな隙を与えるな、一打一打を実践だと思って掛かりなさい! 最も得意な一打を絶対の必殺へと昇華させるつもりで取り組むように!」


 十分に体が温まったはずのみんなに指示を出す。

 こういう応用の練習は互いが本気で掛からないと意味が半減してしまう。


「はじめっ!」


 号令のもと、気合の声が上がる。それを確かめ私は目の前に立つ相手を見る。

 私が受ける相手は一年生の男の子。

 うちの部は一応男女に分かれてはいるけど練習においてその隔たりはない。基本的に男女平等だ。


「ヤアアッ!」


 互いに中段に構えあった状態で一年生が気合いを挙げる。それを一瞬見つめ、私は左足で強く床を蹴った。

 

「「メェーン!」」


 重なり合う気合い。

 繰り出された技は私の面打ちに真っ向勝負の相打ち面。

 竹刀と竹刀が空中で交錯する刹那、私の竹刀を払おうと一年生の竹刀が動く。が、


 パァーン!


 鳴り響く音は一つきり。

 一年生の振るった竹刀は空を切り、私の竹刀が面を捉えた。


「竹刀を払う力が少し足りなかったわね。タイミングは良かったからもう少し手首のスナップを効かせなさい」

「はい! ありがとうございます」


 注意と良かったところを指摘し再度構えて繰り返す。


 パァーン!


 今度も面を捉えたのは私の竹刀。真っ向唐竹割りで斬って捨てる。

 隣でミノリが「あっちゃー」なんて言ってるけど知ったことじゃない。

 一年生の手首のスナップ具合はさっきよりも良くなっていたけどまだまだ甘い。だから遠慮なく打ち込んだ。

 ここで私が手を抜いたら彼のためにならない。あえて手を抜いて教えるというやり方もあるけれど、それはミノリたちの仕事だ。

 私は主将として常に強く厳しく、絶対に打ち勝てない巨大な壁で在るべきなのだ。


 だから。


 順を重ね、繰り返す度に私の背後に連なるは死屍累々。

 学年を問わず、誰一人として私から一本を決める事ができずに散っていく。

 そして、


「お願いします」


 巡り巡って私が受ける側。幾順かのローテを終えて、対峙する相手はこれも巡ってミノリ。

 一礼し、竹刀を構えて裂帛一声。

 互いの機を捉える為に竹刀の剣先を互いに喉元へと向けて威嚇する。

 同じ学年同士というのもあるけれど、今まで打ち合ってきた部員全てと比べても構えに隙がないのはさすがミノリと言うべきか。

 私が努力と戦術の剣士とするのなら、ミノリは天賦と直感の剣士だ。

 彼女ほどスポーツ万能という言葉が似合う人を私は見た事がない。


 じりっ、と歩を進め間合いを侵食。


 剣先は相手を牽制し自分の優位性を得るために互いに激しく鬩ぎ合う。

 裏腹に、視線は相手を見据え、一瞬たりとも逸らさない。

 時間にしたら僅か数秒。その数瞬を何倍にも凝縮し、


 竹刀が触れ合う、その直前。

 一足一刀の間合いまで、あと半歩。


「メェーンッ!」

「――――ドォオーッ!」


 互いの間合いが重なり合った刹那、まるで突き刺さるかのような面打ち。

 その下をかいくぐって閃く横一文字の抜き胴。

 斬った、という感触と。

 一瞬「く」の字に折れるミノリの体。

 一切合切の容赦なく、真っ二つに胴を斬り捨てる。


「こ、この鬼主将……」


 敗者の泣き言は霞に消える。

 常に厳しくが私のモットーだ。



 ◇◇◇



「おつかれさまー」

 口々に言い合って部員たちが帰っていく。

 部活終わり。

 そんなみんなを見送って、私は一人、居残った。


「うわ、ほんとに残るのレイコ」

「当たり前でしょ、一度口にしたことは守るわ。それにまだちょっと練習したいから」

「アンタどんだけ自分に厳しいのよ。でもさ、相手がいなくていいの? なんならあたしが相手するけど」

「ありがと。でも平気よ、一応練習相手はいるし、正直に言うと若干暴れ足りないだけだしね」


 なんて、軽口を口にすればミノリの顔が引きつった。

 どううやら本気にしたみたい。


「冗談なんだけど?」

「そう聞こえないとこがレイコの怖いとこね」

「やっぱり相手になってくれないかしら」

「や、遠慮しますっ」


 あわてて間合いを離すミノリ。

 ちぇ、逃げられた。


「まー、でもほどほどにね。いくらレイコでもバレたら怒られるんじゃない?」


 そういってミノリは革靴を履く。トントントン、とつま先が地面をノックする。


「じゃ、さき帰るね」

「ええ、さらわれないように気をつけてよ」

「はははっ、レイコもねー」


 朗らかに笑いながら去っていくミノリに手を振ってから武道館に戻る。

 人気の絶えた道場は沈黙が肌に痛い。

 夜の帳の深まりと共に影を増した室内の、その中央。ポツンと佇む影を前に一礼し歩み寄る。

 軽く跳躍して、相手を見た。そこには防具をつけた人形が一体。

 打ち込み用としてあるこの人形は私愛用の自主練相手だ。


「さてと、もうひと頑張り」


 抜刀して中段に構えて人形を睨む。

 精神統一のための深呼吸をひとつ、だというのに。

 呼吸の深まりと共になぜかそれがバカ犬の顔に見えてきて、


「ヤアアッ!」


 裂帛一喝。

 武道館内に私の気合いが轟いた。


~次回~

第二話 奇妙な二人/3

11/11(金) 18:00更新

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