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妖物語 ~金色夜叉~  作者: 飯綱 華火
27/28

鬼と呼ばれし者/2

 ◇◇◇


 次の授業は体育。でも今朝のお達しの通り自習となった。

 あいにくの空模様の為男子も合わせて静かに自習、という訳もなく、みんなそれぞれいくつかのグループに分かれて固まっている。

 私のもとにはお決まりのメンバーが勢ぞろい。なんというか、もはや定番すぎて何も言うべき言葉が見つからない。


「さて、レイコ」


 さっそく、とばかりに口を開くミノリ。始めっから自習をする気がまるでない彼女はもはや好奇心の虫だ。

 私とナオヤの事について聞きたくて仕方がないと顔に書いてある。


「ごめんなさい兎塚くん、あとは任せたわ」


 機先を制し立ち上がる。今いるメンバーになら惚気話ならいくらでも聞かせて上げれるけれど、今この場ではない。というか、クラス全員が聞き耳立ててるのに口を割ると思うなよ。


「どうかしたか、大神?」

「ええ、ちょっと調べ物をしたくて。昼休みは部長会議で呼ばれちゃってるから」


 そのまま自習担当の先生の元へ行く。

 自習の時間を使って調べ物の為に図書室に行きたい旨と、他の時間では無理な理由を伝えるとあっさりと了承された。やっぱり普段から優等生の仮面を被っておくとこういう時に便利に使える。


「ちょ、レイコ逃げる気ー!」

「大丈夫よミノリ、ナオヤを置いて行くから」

「は!?」


 ミノリの文句をウィンクで撃墜する。唐突な発言に目を丸くするナオヤ。

 ごめんね、私の為に生贄になって。

 心の中でだけ謝って、私は悠々とクラスを後にした。



 薄暗い図書室はとても静かで不気味だった。

 壁際に設置されたスイッチを押し電気を付ける。パッと灯る黄色い光がどこか心をほっとさせた。

 静寂が痛いほどに音の途絶えた室内を私はゆっくりと見回した。


 ――些細な思いつきであるけれど、妖怪について知っておこうと思ったのだ。


 静まり返った空間でどうしても私は忍び足のように足音を殺して歩いていく。

 向かう先は民話・伝承のコーナー。

 妖怪、あるいは鬼と言ったワードを頼りに本を取る。

 目次から内容を推察し、関連のページに目を通す。確認を終えたらまた次を探し目を通す。

 地道で単調な作業を何度か繰り返す。

 幸いなことに私はこういう作業が得意だった。取捨選択と内容把握。佐々木を兎塚くんと懲らしめた時とまったく同じ手法。あれに比べれば自分のペースで本を代わる代わる読み進めるのは簡単だ。

 そうしてしばらく作業に没頭。

 パラパラとページを捲る。



 『追儺(ついな)』とは大晦日の宮中の年中行事であり、平安時代の初期頃から行われている鬼払いの儀式。鬼やらいとも呼ばれる。



 ふと、そんな一文が目についた。

 鬼やらい、この言葉は確かあの夜にミナトさんが――



 ――『鬼やらい』ができれば一番良いんだけどさ、そう世の中上手くないし。あとは浄化で妖気ごと消し去るくらいね――



 そう、そんな言葉を言っていたっけ。

 あの時はなんの事かわからず、それ以前に質問しているどころではなかったけれど、あの言葉はこの事を指しているのだろうか。

 なんだかその言葉がひどく気になって、私は本を手に取ると机に向かう。自習スペースも兼ねた机は広く大きい。木製の椅子を引き腰かけた。

 どうやらこの本は、古来より伝わる儀式や行事について記されているらしい。


 追儺、と書かれたページを捲る。


 追儺というのは元々唐代の儀式が伝わったもので、記述によれば方相(ほうそう)()と呼ばれる人が妖魔を払うための儀式なのだとか。

 この妖魔、という言葉。これはそのまま妖怪の事だろうか。だとするならこの方相氏と呼ばれる人はまるでミナトさんや高見さんと同じ妖怪と戦う存在。つまり、退魔師、という事なのだろうか。


「――――え?」


 次いで捲った先。昔の物と思われる挿絵が載せられたそこには、赤い面に金色に輝く四つの瞳を記した仮面を付けた人が描かれていた。

 その仮面には頭部に角が描かれ、その姿はまるで鬼そのもの。赤ら顔に角のある絵はそのまま赤鬼を連想させた。

 どういう事だろうか。

 もしこの仮面を付けた人物が方相氏と呼ばれる者だとしたら、退魔師どころかむしろその姿は敵である妖怪に近しい。

 いや、そもそも記述によればこの方相氏と呼ばれる者は元々鬼を払う者であったのに、その恐ろしき姿から次第に鬼と同一化された、とある。


 つまり、鬼を追う立場から追われる鬼そのものに成り果てたという事だろうか。


 でも、確かにこの挿絵ではどう考えても方相氏は鬼そのものだ。

 私はその事に、ひどく違和感を覚えた。

 何かが違う気がするのに、その何かがわからない。

 きっと私は既にその違う何かを知っている。そんな確信が確かにあって、けれどそれがわからない。

 もどかしく、口惜しい。

 でも同時に、その何かを理解した瞬間に、私の中の何かが変わってしまうような、そんな得体のしれない恐怖もあって。


「――――」


 ゆっくりと本を閉じた。ゆっくりと深呼吸。

 内容には一通り目を通した。きっとこれ以上の事はここからは読みとれない。

 なら後はミナトさんに聞こう。

 きっとこの追儺や方相氏というワードは退魔師と関係があると思うのだ。なら、これ以上先はその道のプロに聞くのが筋だろう。

 本を仕舞う為に席を立つ。

 本音を言えば、ちょっとだけ気持ちを落ち着かせたかった。

 元あった場所に戻し、気分転換に今までとは違うコーナーに目を移す。何気なく背表紙を流し読む。

懐かしいタイトルが目についた。


『泣いた赤鬼』


 本の背表紙にはそう書かれていた。

 自然と手が伸びその一冊を手に取った。

 それはもういつだったかも覚えていない幼い頃。お母さんに読み聞かせてもらった御伽噺。



 とある山の中に、赤鬼が住んでいました。

 赤鬼はずっと人間と仲良くなりたいと思っていて、ある時家の前に立て札を置きます。

『心の優しい鬼のおうちです。どなたでもおいで下さい。おいしいお菓子がございます。お茶もわかしてございます』

 しかし人間たちは誰一人として赤鬼の家に遊びに来る事はありませんでした。

 赤鬼は悲しんで、信用してもらえない事に腹を立て、立て札を引き抜いてしまいました。

 けれどそこへ友達の青鬼がやってきます。青鬼は訳を聞いて、悲しむ赤鬼にこんな事を言いました。

「僕が人間の村へ出かけて大暴れをするから、そこにキミが現れて僕をやっつけるんだ。そうすればきっと人間たちもキミが優しい鬼だという事がわかるはずだよ」

 けれどそんな事をするのは青鬼に悪いと断る赤鬼を、しかし青鬼は無理やり引っ張って村へと出かけて行きました。

 そうして計画は大成功。赤鬼の元へは毎日毎日村から山へ人間たちが遊びに来るようになりました。

 こうして赤鬼には人間の友達ができました。

 けれど、赤鬼には一つ気になる事があります。

 それは、あの日以降、訪ねてこなくなった青鬼の事でした。

 ある日、赤鬼は思い切って青鬼の家を訪ねてみました。けれど青鬼の家の戸は固く閉ざされていました。そして、そこには一枚の張り紙がありました。

『赤鬼くん、人間たちと仲良くして暮らしてください。もしぼくがこのままキミと付き合っているとキミまで悪い鬼と思われるかもしれません。だから僕は旅に出ます。でも僕はいつまでもキミを忘れません。さようなら、赤鬼くん。身体を大事にしてください。

 いつまでもキミの友達、青鬼』

 赤鬼は黙ってそれを読みました。何度も何度も読みました。

 戸に手をかけて、顔を押し付けて、しくしくと涙を流して泣きました。



 ――――パタン、と本を閉じた。


 なぜだろう、私はこの本にひどく感情移入してしまった。

 人とは違う存在の赤鬼が、それでも人と仲良くなりたくて、同じ鬼である青鬼を懲らしめて仲良くなる御伽噺。

 けれど結局赤鬼は後になって気づくのだ。

 人間と仲良くなる代わりに、自分はとても大切なものを無くしてしまったのだ、という事に。

 だから最後に赤鬼は涙を流すのだろう。

 一番身近な存在だからこそ、それが当たり前すぎたからこそ気づかなかった、大切なものを無くしたという事を。


 だからこそタイトルは『泣いた赤鬼』

 それが題名で、確かにその通りなのだけれど、それでも私は思うのだ。

 本当の意味で泣いていたのは、赤鬼ではなく青鬼だったのではないだろうか、と。

 だって青鬼は犠牲者だ。

 赤鬼の為に自らが悪者になって、友達の元からも離れざるを得なかった。


 彼は何にも悪くないのに、

 ただ一人、悪者というレッテルだけを張り付けられて、住み慣れた世界から迫害される。


 それはなんという孤独。けれどその姿勢はとても尊い。

 自分とは違う誰かの為に、自らをなげうってでも与える最上の自己犠牲。

 でも、そんなものは自己満足で、結局のところ誰も幸せには成りはしない。


 本当は、ほんの少しでいいから誰かが優しさを示せば、きっとこの物語の結末は変わっていた。


 でもそれはものすごく難しい事で、勇気のいる事なのだろう。

 優しさとは思いやりという名の愛情だ。

 愛情を示すのは難しい。

 でもだからこそそれは尊く大切なことなのだと、そう思う。

 けれど、いつだって誰かの心を救うのは、そんな優しい愛なんだって、私はそう思うのだ。


「おや、めずらしい場所でお会いしましたね」

「――――え?」


 唐突な言葉に私は思わずそんな言葉で振り返る。

 一歩下がった後ろには荒巻先生。手を腰の後ろに回し、いつも通りの温和な顔で立っていた。

 でもそこは、私の間合いの、一歩中。

 私の初速が完全に殺される、完璧な間合い取り。


「先、生……」

「そう怯える必要はありませんよ、確かに今は授業中。本来なら大神さんがこの場にいるのはおかしいですが、それでもあなたなら何かしらの理由があるのだと思います。いえ、そう思わせてくれる生徒ですからね、あなたは」


 後ろ手に回した手を肩の高さまで上げて見せる先生。

 柔和な表情はまったく崩さず、自分が安全であるとアピールされた様な気がした。


「……すみません、ちょっと調べ物をしたくて自習担当の先生に許可をいただいてきました」

「そうでしたか。では返ってお邪魔してしまったかもしれません。私はちょっと通りがかっただけですが、電気が点いていたので気になってしまって」

「私の方こそすみませんでした、余計な気遣いをさせてしまって」

「いいんですよ、見回りみたいなものですからこういうのも仕事の一環です。まあ私の場合、年寄りの散歩に近いですがね」


 この学校で一番年配の先生の言葉に頷きかけて、慌てて収める。そんな私の努力に気づかないふりをして、荒巻先生は私の手元を覗きこんだ。


「懐かしい童話を見ていたんですね、大神さんは」


 赤鬼が泣いている表紙。児童向けの童話の挿絵。

 どう見ても私らしくないそれにうっと言葉がつまる。というか、調べものと言っておいて童話を持っている時点でおかしくは無いだろうか。


「昔、私もこのお話を読みました」


 そう告げて、私の手元から離れる本。

 懐かしそうに先生はそっと表紙に触れる。


「私の地元は北海道の田舎町でして、どうしても娯楽に欠けていましてね。特に雪で閉ざされると何もやる事がない。ですから昔の私はまさに本の虫でしたよ。このお話しもそんな時に読んだ一冊、どうしても心に残った物語です」

「心に残った、ですか……?」

「ええ、共感できてしまうんですよ、どうしても。この物語の鬼たちにはね」


 すっと線の細くなった眼差しは、どこか遠い過去を視ているようで。

 なぜかそんな彼の横顔がいつもとは別人に見えた。


「……先生?」

「――――。すみません、どうやら少しばかり感傷に浸ったようだ。調べ物の邪魔をしてはいけないですからね、私はここでお暇します」


 童話を本棚に戻し、先生は背を向ける。私はただそれを黙って見送って、


「ああそうだ大神さん、良かったら一つ、感想を聞かせて欲しいのですが。

あの物語の後、住処を終われた青鬼は、どうなったと思いますか?」

「――――」


 なんと言葉を返せばいいのかわからなかった。

 確かにこうあって欲しいという願いはあるのに、なぜか、それを言葉にできない自分がいて。


「では宿題としましょう。期限は設けませんから、もしよろしければ答えが出た時に、私に教えて下さい」


 言葉を待たず、来た時と同じように気配さえも殺して先生は立ち去った。

 静かに閉ざされる扉。

 トン、と。

 閉まりきる音を聞くまで、私は見送る事しかできなかった。



 ◇◇◇



 授業が終わるちょっと前、ミナトさんからメールが届いた。

 こっそりと机の下で覗き見る。高見さんの意識が戻ったというその内容にほっと安堵の息をついた。

 どうやら身体の方も問題ないらしく、学校が終わり次第合流して欲しいという事だ。

 指定された場所は駅前。きっとそこからファミレスにでも入って今後の打ち合わせでもするのだろう。


「――――こほっ、こほっ」


 後ろからメグミの咳が聞こえる。

 お昼休み以降時折聞こえてくるその音が、異様に私の心をざわつかせた。



「いよーし、終わったー!」


 終業のホームルームを終えて、ミノリがそんな吠え声を上げた。


「レイコ、メグミ、せっかくだからちょっと寄り道して帰ろうよ」

「あ、いいねそれ。レイちゃんもそろってみんなで帰るのってなんか久しぶりだし」


 ブラウンのセーターの上からブレザーを羽織ったミノリが鞄を片手で担ぐようにしてやってくる。エメラルドグリーンのマフラーがさっぱりとした性格のミノリらしい。

 対するメグミは網目模様の可愛い真白のセーター。ブレザーの袖口からセーターが伸び、手の甲まで覆っているのが愛らしい。クリーム色のマフラーを巻いて、口元を隠す様にして咳込んだ。


「メグミ、昼から咳が出ている様だけど大丈夫?」

「うん、ちょっとだけね。でも大丈夫だよ」

「ならいいんだけど。でも最近風が流行ってるから無理はしないでよ」

「あはは、それはわたしがレイちゃんに言う台詞だよ。でもありがとう。なんかね、ちょっとだけ身体が重いかもって感じなの。でも熱はないと思うんだ」

「だが大神の言う通り最近風邪が流行なのは事実だ。現に欠席者も目立ってきているしな。無理はよくない」


 いつも通り制服をピシッと着こなした兎塚くんが口を挟む。ワンループに巻いたマフラーが彼らしく様になっている。彼の言葉にメグミは恥ずかしげに頷いた。


「とりあえずみんなで帰ろうぜ。雨もやんでるみたいだしよ、また振りださねぇうちに行こうぜ」


 紺色のセーターにブレザーだけのナオヤが外の様子を窺う様に言った。確かに外は相変わらずの曇り空だけど雨はやんでいるようだ。


「ねぇナオヤ、あなたマフラーは? 今日すっごく冷えるのに寒くないの?」

「ん? あぁ、マフラーなら妹にやったんだよ。なんか昨日の帰り道に転んですげぇ汚したみたいでよ、ボロボロの泥だらけ。だからその代わりに」

「なに、あなたの妹さんてやんちゃなの?」

「いんや。むしろ大人しいくて人見知り。単純におっちょこちょいだからよく転ぶんだよ」

「なるほどね。なんだ、いいお兄ちゃんしてるじゃない」

「はいはーい、すぐあまーい雰囲気になるのやめてくださーい」


 会話を割るようにミノリが私とナオヤの間に立つ。


「なによ、別に普通の会話じゃない」

「はい(ギルティ)。頬がニヤけてるからね。ったく、まさかここまでレイコが豹変するとは思わなかったし。で、あたしはそろそろ惚気話を聞かせてもらえるのかな?」


 呆れ顔から一転、興味津々の瞳に早く聞かせろと顔いっぱいに書いてある。メグミまでどことなくそわそわし始めた。


「まぁ聞かせる事自体は全然いいんだけどさ、そう約束もした訳だしね。でもごめん、今日は無理」

「え、なんでよー。もしかしてこの後二人でデートとか?」

「そうじゃないわよ。ちょっとね、まったくの別件で用事があって」


 そっとナオヤに視線を流す。それだけでハッとしたように私の用事を悟ってくれた。


「ならとりあえずいっしょには帰ろうぜ。途中までは方向、おんなじなんだろ?」

「ええ、駅前に向かうから途中で別れるんだけどね。でもそれまでは、いっしょに帰りましょう」

「ちぇー。まぁレイコが無理ならしょうがないかぁ。でもせっかく久々にみんなで下校だったからちょっと残念」

「ええ、それは私もよ。だから、ごめん」

「仕方ないよレイちゃん。また今度機会があったらいっしょに帰ろうね」


 にこやかな微笑みで締めたメグミに頷く。ミノリとは部活の関係でいっしょに帰る事が多いけれどメグミとはもうそんな事は無くなってしまった。

 みんなの輪に混ざれない寂しさはあるけれど、それでも私にはやらなければいけない事があるのだから。


「ほれ、帰るぞレイコ」


 ナオヤに促され、みんなの後に続く様に私も教室を出た。



 強く振り続けた雨はやみ、代わりに芯から凍える様な冷気を残していった。

 黒に近い曇天は、まるで何か良くない物が降ってきそうな雰囲気で、けれどそんな空模様もみんなと一緒だと気にならない。

 通学鞄の他に居合刀ケースを担いだ私を、けれどあえてみんなは無視するようにそれに触れてこない優しさが心地良かった。


 ナオヤと兎塚くんを先頭に、私たち女子三人は並んで歩く。

 他愛のないおしゃべり。次の休日には久々に三人で遊びに行こうと約束をして、その行き先を話していたらあっという間に目的地に辿り着く。


 まったく、どうして楽しい時間はこうもあっという間なのだろう。

 できることならば、こんな時間だけがずっと続いてくれたらいいのに。


「――――じゃあみんなごめん、私、ここから別行動だから」


 駅前へと続く分かれ道。

 輪から外れる様に立ち止まり、そんな言葉を口にした。


「おう、じゃあ気を付けてなレイコ」


 誰よりも早く言葉をかけてくれたナオヤに胸がじんと温まる。


「ええ、ナオヤこそね。それと、メグミをよろしく」

「あはは、本当にいつもみんなありがとね。なんか送ってもらっちゃうのが当たり前になってきちゃってるね」


 本当はナオヤと兎塚くんも駅方面なんだけど、メグミとミノリを近くまで送るための遠回り。


「なに、物騒なのは確かだからな。だがナオヤ、なんならおまえは大神について行っても良いんだぞ?」

「そうそう、ていうかなんでそうしないわけ?」

「俺が行っても迷惑になるだけだからな。ならこっちにいっしょについて行くほうがいいだろ」

「なんだ、やっぱりあんたはレイコの用事ってやつを知ってたわけね」

「まぁな」


 本当は私は何も言ってはいないのだけど。

 ミナトさんの言う通り、ナオヤはこんなにも周りの空気に敏感だったんだ。


「んじゃあ俺たちはこっちだからよ。また明日学校でな」

「頑張ってね、レイちゃん」

「またな」

「ってか次こそは話し聞かせてもらうかんねー」


 それぞれに言葉を貰って、また明日、と笑顔でそれに応える。

 離れ難いその誘惑を断ち切るように、くるりとみんなに背を向けて。


「――――ナオヤ!」


 唐突に、振り返って私は叫んだ。


「ん? どうした?」


 数歩離れた先で不思議そうな顔で立ち止まる、そんなナオヤの顔をみて、どうしても気持ちがざわついた。


「え、えっと、その……」


 なんで振り返ったのか、どうして呼んだのかわからない。

 でも、どうしてもここでお別れは嫌だった。


「あ、あのさ。今夜、電話、してもいいかな」

「おう、いつでも良いぞ。何時だって待ってるからよ」

「――――うん。じゃあ、電話するね」

「ん、わかった」


 頷いて、片手を上げたナオヤは不思議そうな顔をしている三人を促す様にして背を向けた。

 まるで私の未練を断ち切ってくれるかのように。

 そんな優しさに、今度こそ本当に私もみんなに背を向けた。



~次回~

第八話 鬼と呼ばれし者/3

01/07(土) 18:00更新

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