片鱗 ~秘めし者~/5
◆◆◆
びゅう、と冷たい風が吹き抜けた。
木枯らしだ、とたわいもない事を思う。
天に星、落ちた闇の中、糸のように薄く瞼を開く金色の瞳。
まるで呪いの塊のような地底を抜けて、私は漸く地上へと戻って来た。
「――――――はぁ」
零した息が白く溶けていく。夜空に煌めく星を見上げて、ぽん、と肩を叩かれた。
「お疲れ様、レイコ。かなり異様な場所だったし、疲れたんじゃない?」
「……正直に言えば、かなりあそこの空気に中てられました」
「うん、素直でよろしい。ま、そんなもんよ。あそこにいて正常な神経を保とうとするのはかなり精神力をすり減らすからね。ごめんね、付き合わせちゃって」
「いえ、それはいいんです。私だって高見さんを見つけたいですし、ミナトさんの力になりたいですから」
「ありがとう。でも、気持ちだけ受け取っておく」
コートのポケットに手を入れて、ミナトさんは背を向けた。
「もうあなたは帰りなさいレイコ。これ以上付き合う事は無いわ」
「……それは、どういう意味でしょうか?」
「言葉通りよ。もう充分に助けてもらったし、それに疲れたでしょレイコ」
「むしろ疲労が蓄積しているのはミナトさんのほうではないですか? それに、まだ何も終わっていません」
「……言う様になったわね、レイコ」
振り返ったミナトさんは呆れたように私を見る。
腕組みをしたその姿には疲労が滲みでていて、
「ま、ずけずけ物を言うところは始めっからか」
「私、誰であろうと容赦しませんから」
「ねぇそれ、嫌われない?」
「友人は多い方だと自負していますが?」
一瞬の静寂。無言の睨み合い。
真っ直ぐに見つめ合う瞳の奥には、お互いの姿しか映らない。
「…………はぁ。何を言っても無駄ってことね」
深いため息が沈黙を破った。
ミナトさんは、降参よ、と手を上げる。その後に浮かべた表情は何かを諦めたようで、それでも何かスッキリしていた。
「ソウジくんはさ、私にとっては弟分。それにあなたと同じ弟子だから私が心配するのは当然よ。でもレイコがここまで付き合う必要はないっていうのは本当なのよ?」
「それは間違っていますよミナトさん。高見さんがあなたの弟子なら、私にとっては兄弟子です。なら、妹弟子の私がその身を案ずるのはむしろ当然じゃないですか」
「ったく、レイコって本当に一本気で義理堅いわ。まっすぐに物を言って絶対に仲間を見捨てないとかどこの少年漫画の主人公よあなたは」
「一応、女の子なんですけど?」
「正義漢って意味よ。ってかあなたって下手な男の子よりかっこいいわ。ねぇ、レイコってバレンタインには後輩の女の子からチョコ貰う口でしょ? それも大量に」
「…………」
あまりにも図星すぎて黙ってしまった。
なんか今の言われ方だと女の子として不安になってくるじゃないかばか。
「ま、いいじゃないの。今年は貰う方からあげる方でしょ。それも本命に」
「――――ッ!?」
「ちょっと、そこで驚かないでよ。ってか顔真っ赤にしちゃって、レイコも可愛いとこあるわね。でもさ、ついさっき自分の恋人ですって犬養くん紹介してくれたばかりでしょ。忘れちゃったら可愛そうよ、彼」
「わ、わすれてなんかないです……」
「ふふん、否定するところがそこだなんてますます可愛いわね。ま、いいわ。また下がりかけてた調子も戻ってきたし、じゃあレイコ、ソウジくん探しに行くわよ」
「ひ、人の事使って調子を戻さないでください」
「あら、私の弟子ってつまりそういう事よ? ソウジくんが行方不明なんだもの、ならレイコに代わりになってもらうしかないでしょ?」
「…………」
なんだろう、高見さんが行方不明になったのってもしかして敵にやられたんじゃなくて単にこの人から逃げたかったかじゃないだろうか。
とにかく、彼には一刻も早く戻ってきてもらわないと私が危険だ。主に精神面で。
「あ、そうそうレイコ。ちなみにあなたまだ他にソウジくんがいそうな所に心当たりってある?」
「え? え、ええっと、はい。一応は」
「わぉ。やっぱり優秀ねレイコって」
「まぁこの学校で妖しい所って言えば、という憶測でしかないですけど」
「なるほどね。ちなみに、この学校でっていう条件に絞った根拠を教えてもらえる?」
唐突に真面目になるミナトさん。ったく、人を散々からかって素に戻るとか止めて欲しい。こっちの調子が狂うじゃないか。
心の内だけで愚痴って切り替える。
一度だけ深呼吸、そして。
「旧館の地下室の存在はきっと私たちの敵にとっては重要な物だったと思います。秘かにあそこに行方不明者を隠し実験を行い、それを佐々木に管理させていたことからも明らかです。
そして敵にとって一昨日の私と佐々木との戦闘は予想外の事。
だからこそ大急ぎで行方不明者の居場所を移した。
そしてそれを誰にも気づかれずに実行するとなるとその時間も範囲も限られてくる」
「なるほど、だから学校が妖しいってわけね。大勢を短時間で移動させる、しかも気づかれずにとなると確かにこの敷地内で新たな場所を作る方が手っ取り早いものね」
「その通りです。それを踏まえて考えれば、今日、いつもなら起こらない事が起きていました」
「へぇ。それはなに?」
「女子の体育授業の中止です。理由は、体育館が使えなくなったから」
「わぉ、なんとも怪しんでくれって言っているようなタイミングだこと。今までに比べてあまりにも稚拙すぎだけど、よほど切羽詰まって立ってわけか」
「あとは、罠っていう可能性もありますけれど」
「きっとその両方でしょうね。でも、ならそれは真正面から打ち砕きましょう。ああレイコ、あれだけ格好つけてくれたわけだけど、怖気づいてる?」
「まさか。着いて来て下さい。案内しますから」
「ふふ、それでこそレイコね」
不敵に笑うミナトさんに笑みを返す。
業腹ではあるが、彼女はこうでなくっちゃいけないと思う。
きっと高見さんがミナトさんのからかいの的になっているのもきっと、こういう彼女の事が好きだからなんだろう。
一見クールに見えてその実かなりのおっちょこちょいで感情の起伏が激しくて不安定。傍で支えてあげないといけないと思わせるような人だ。なのにすごく頼りになってすごく格好良いと思わせる反則クラスの魅力の持ち主。
同じ女性として、純粋に憧れを抱いた人は始めてだ。
だからこそ、早く高見さんを見つけ出してミナトさんには本調子に戻ってもらないと。
疲労の残る身体に鞭打って、私は力強く地面を蹴った。
◆◆◆
「あ、そういえば――」
体育館を目の前にして、私は致命的なミスに気がついた。
とうの昔に陽は落ちて校内どころか学校の敷地内に私たち以外の人はいない。ならば当然に体育館は施錠され、入口は固く閉ざされている。
「ミナトさん、鍵を」
「どうやらその心配はいらなそうよ」
「え?」
取りに行かないと、と言いかけた私の言葉を遮って、ミナトさんは真っ直ぐに体育館を見つめて呟くようにそう言った。
「人払いの術式に、簡易結界。どうにも古臭い術式、でもどれだけ張り巡らそうとこうして目の前にすれば何の意味もないか。レイコ、どうやら今回も当たりのようよ」
「前半の言葉の意味がまるでわかりませんが、ここに何かある、という事ですね?」
「ええ。それどころかきっと行方不明者はここにいるわ。あなたの言う通り大勢を移動するには時間がなさすぎた。人目に触れたくなければ同じ敷地内に限られる。そして人を避けるための術式に結界が張ってある。これが当たりじゃないはずがないわ」
「じゃあ――」
「ええ、もしかしたらソウジくんもここにいる可能性があるわ」
まるで不夜城のように夜の校内に不気味に聳える体育館。
明かりの灯らない沈んだ建物は、ただそこに佇むだけで何故か不気味な気配を漂わせる。
「でもね、十中八九、罠よ」
「――――」
そんな言葉で、私の意識はすっと凍えた。
知らず、腰元のホルスターに手が伸びて、筒を四本、引き抜いた。
「どうやらだいぶ退魔師姿が板に付いて来たじゃないレイコ。ま、見習いとしちゃ上出来よ」
「それ、ありがとうございます、でいいんですか?」
「あら、誉められたら素直にお礼は言うものよ。そう学校で教わらなかったかしら?」
軽口に軽口が返ってくる。
良かった、今のミナトさんは元のミナトさんのようだ。
「じゃあレイコ、侵入するわ。私の後を少しだけ間を開けて入ってきなさい」
躊躇なく体育館への扉を開け放つミナトさん。
その言葉に従って、少しだけ間合いを離して後に続く。
体育館特有の横開きの扉が、重苦しい音を奏で口を開く。
開いた先は闇。
高所より射す、青白い月光。
僅か、照らされたその先。
まるで舞台の中心。
仄白く浮かぶ影法師。
それは、椅子に縛り付けられた人形。
「――――高見さん!」
思わず、私は駆けだしていた。
「レイコ!?」
高見さんは椅子に縛り付けられた状態でぐったりと俯いている。
暗がりと月光の加減の所為でその表情はわからない。
けれどピクリとも動かないその姿が嫌な未来を連想させる。
それに、私の心は逸って、
「止まりなさい、レイコ!」
だから、私は気がつかなかった。
ミナトさんの制止の言葉。それで漸く、きちんと高見さんを見据えて、
「ウォォォォォォォ――――オオオン!!!」
真っ赤にぎらつく眼を剥きだして、遠吠える彼の姿を見た。
「管狐――渦潮の陣!」
高見さんから黒い影が飛び出した。
そう気づいた矢先、私は金色の渦に包まれる。
次いで鳴き響くのは獰猛な犬の唸りと、高速で渦巻く轟音。
「レイコ、下がりなさい」
ぽん、と肩に手を置かれ、問答無用で後ろに引き下げられた。
「み、ミナトさん……」
「うん、どうやらソウジくん、敵の術中にハマっちゃったみたいね」
口調は軽やかに、けれどその表情は強張って、ミナトさんは金色の渦の先を静かに見据える。
「言ったでしょレイコ、罠だって。ま、あんな格好でソウジくんが捕まってればレイコの反応が正しいんだけど、命の危険に満ちた死地では愚行極まりないわ。この陣形も長くは持たないから、早めに落ちつきなさい」
「――――」
ミナトさんの言葉を受けて、漸く私は辺りを見回した。
今私とミナトさんを囲むのは彼女の管狐だ。数百もいる彼らが高速に回転し渦巻く事で何ものをも寄せ付けない壁と成って私たちを守っている。
…………そうか。私は捕まっている高見さんを見て、それで気が動転して駆けだした。
「……ミナトさん、高見さんはいったい」
「ここ、だいぶ妖気が溜まっているからね。きっとソウジくんはこの妖気に長い事中てられすぎたのね。
もともと妖気というのは普通の人間にとっては毒になる代物だけど、退魔師は霊力を用いることでその影響から逃れる事ができるわ。
でも、私とソウジくんの様な妖と共依存の関係にある憑き物師からしたらやっぱり毒なの。というより麻薬かな。
内に宿す妖が妖気の毒気に酔うのよ。そうすると暴走状態になって共依存から『憑依』の状態になる。
そうして一時的にせよ妖気に酔った妖に身体を乗っ取られるってわけ。今のソウジくんの状態がまさにそれよ」
「じゃあ、さっき突然襲ってきたのも」
「そう、妖の――犬神の仕業よ。ソウジくんに憑く妖怪。もっともこれは暴走状態もしくは酩酊による錯乱状態の様な物だからちょっとだけボコボコにしてあげれば済むわ」
「ぼ、ボコボコって……。だいぶ穏やかじゃないですけど、ひょっとしてミナトさん、怒ってます?」
「べつにー。ただ散々人を心配させたあげくに自分の妖怪酩酊させて襲ってくるような酔っ払いは冷や水浴びせて眼をさまさせないとだなーって思ってるだけよ?」
しれっと笑顔で言ってくるあたりが本気だ。
というかこの人、外見に比べて中身がかなり子供っぽい所あるのを忘れていた。
「は、はは……。かなり高見さんに同情します、私」
「あら、呑気なこと言ってるけどレイコ、大変なのはあなたも同じよ?」
「え?」
「さっきからあちこちで妖の気配が立ち昇ってるわ。これはきっと時限式の召喚術ね。この気配は――餓鬼ってとこか。ざっと見積もって百はいるわね」
「そ、それってつまり……」
「ええ、ソウジくん意外にもぶっ飛ばさないといけない相手が増えたってことよ。ざっと百匹ほどだったけど、今も増え続けてるわね」
「ちょ――っ!?」
しれっとそんな事をのたまうミナトさん。
ヤバい、この人怒りで相当頭に血が上ってるんだろうか?
「正直言ってさ、『憑依』状態になられちゃうと純粋な攻撃力ってソウジくんの方が上になっちゃうのよね」
「…………、そこから先は、嫌な予感しかしないんですけれど」
「だから言ったでしょ。レイコも大変だって。この陣を解除するタイミングで管狐ぶっ放してある程度は削るからさ、ごめんレイコ、自分の身は自分で守って」
「――――」
告げたその表情は真剣で、籠められた言葉は真っ直ぐだった。
「それ、信頼の証と受け止めていいですか?」
「ええ、もちろん。だってあれだけ派手に妖怪と大立ち回りできたんだもの、あなたなら大丈夫だって信じてる」
「あの夜を持ちださないでください!」
私にとっての最大級の緊急事態を例えられても困るのだ。
でも一番困るのは、本当に心の底から信じられているというのがわかってしまうというところ。
まったく、この師匠は可愛い弟子を千尋の谷底どころか万里まで突き落とすつもりらしい。
ああだけど、悔しいけれど思ってしまうのだ。
ここまで信頼されているのなら、それに答えてこそ弟子の本懐なのだ、と。
「――――いつでもどうぞ、ミナト師匠。これでも剣道家の端くれですから、戦闘への切り替えくらいはできます」
「よろしい。――ああ、それからレイコ、これも渡しておくわ」
くるん、と掌を返すと、まるで魔法のように剣が一振り表れた。
「降魔の利剣。見た目はアロハ着た胡散臭い坊主に貰ったんだけどさ、仏教界では現代最高峰である奴だからその効力はお墨付き。あなたを最大限守ってくれるお守りよ。それに剣道家なら、武器として使っても有用ね」
それは両刃の剣だった。
刃渡りはおよそ三十センチ。両手持ちでなく片手剣の様なタイプだ。
普段使っている竹刀と比べれば小太刀と言ったところか。短い分機動性と防御性に優れている。
なるほど、これなら確かにお守りになりそうだ。
「本来私の戦闘スタイルは中遠距離型。でもレイコは私にない剣道の心得があるわ。なら管狐を操る事のできるあなたは遠中近全てに通じる万能戦士。きっと切り抜けられるわ」
「わかりました。私の事は気にせず、ミナトさんは高見さんをお願いします」
「ふふ、本当に頼もしいわ。ええ、了解よ」
右手に剣を、左手に筒を構える私を見てミナトさんは微笑んだ。
正直なところ即席の戦闘スタイルだ。不安がないと言えば嘘になる。
けれど、共に視線をくぐり抜けた戦友と、磨き続けた剣道があれば、私は切り抜けられるという確信がある。
「スリーカウント。それで陣を解くわ」
「いつでもどうぞ、師匠」
――――3
すっと伸びた指先が、無言のカウントを取る。
――――2
右手の剣を強く握る。けれど身体の力はなるべく抜いてリラックス。
――――1
まるで仮面を被るかのように、私の何かが反転する。
「ウォォォォォン!!」
金色の結界が開かれる。
待ちわびた様に上がる雄叫びに、四方八方で響く悲鳴。
晴れた結界が金色の弾丸と成り周囲全てに撒き散らされる。
そこは一瞬にして阿鼻叫喚。
宵闇の体育館は、絶叫渦巻く戦場へと変貌を遂げる。
「――――」
すっすっ、と素早く視線を走らせ状況確認。
咽返るほどに立ち込める妖気はアドレナリンの影響だろうか、ここにきて何の影響もなく私は立つ。
周囲には餓鬼の群れ。
まるで子供の様な背格好の怪物がうじゃうじゃと私たちを取り囲む。
ミナトさんは吼える高見さんと一対一。
周囲を囲む餓鬼をモノともせずに高見さんとの戦闘に集中をしている様子で、
対する高見さんは普段からは考えられない形相で牙をむきフーフーと鼻息荒く威嚇する。
それが、私の周囲で起こっている出来事。
そしてその確認までにざっと三秒。
そして、
「フッ――」
飛び掛かって来た餓鬼を抜き胴の要領で横一文字に切り捨てる。
その、目の前。
真一文字に斬り抜けた餓鬼の先に立つ、もう一匹。
その姿を目にした瞬間、私はなんの躊躇もなく返す刀で袈裟に切り払う――逆胴打ち。
斬り払われた二匹の餓鬼はまるで溶けるように、霧と成って消えていく。
あとに残るのは断末魔。
この戦闘で約二秒。
合計五秒。
時間にして僅か数秒。
けれど私の人生でもっとも意味合いの濃い、その数秒は、やはり掛け足で駆け抜ける。
「レイコ――!」
「大丈夫です、私の事は任せてください!」
師匠の叫びに叫びを持って返す。
それは周りで響く劈くほどの狂騒があるが故。私自身は驚くほど冷静で。
だから、その異常さに気がつかないでいた。
◆◆◆
威嚇するかのように左手に握った筒を前方へと向け発射。
踊るように飛び出す管狐は四匹。筒を左足のホルスターへと収納し、腰元からさらに四本を引き抜き起動。現れた管狐を背後へと待機させる。
「――――ふっ、しっ!」
防御を張る私の行動を隙と捉えたか、二匹の餓鬼が飛び込んでくる、それをまず逆胴に薙ぎ、返す刀で逆袈裟にもう一匹を斬って捨てた。
僅かな呼気、動作は流す様に一連に繋げ僅か一秒の間で屠る。
さらに、牽制で打ち出した管狐四匹がそれぞれに二匹ずつを貫いて私の元へと帰ってくる。
これで都合十匹。
僅か数秒での戦果としては破格だけれど、見渡す限りに湧いて出ている餓鬼の群れを見れば埃を払った程度の成果。
でも、
「やるじゃない、レイコ!」
高見さんと対峙しているはずのミナトさんがそんな賛辞を投げてきた。
けれど私自身どうかと思うくらいに身体が動く、順応する。
固くならず、むしろ滑らかに、視界は敵を捉え続け思考は最善手を即座に導く。
それはまるで、遥か昔から身体に刻みつけてきたかのような反応、反射で。
「ミナトさん、私は、大丈夫です!」
そう強く、言葉を返す事ができた。
「ええ、でも油断は禁物よ。まだまだ湧いてくるわ!」
ミナトさんの放つ管狐が金色に舞い、体育館のあちこちで金色の流線が掛ける。
その度に湧きおこる阿鼻叫喚。
管狐によって討たれた餓鬼は悲鳴と共に床へと没し、紫紺の煙を立ち昇らせる。
そして、しばらくするとそこからさらなる餓鬼が湧いて出る。
「ミナトさん、なんか切りがない様な気がするんですが!」
「ええ、そう――ねッ!」
ズガガンッ! と一際大きな音を立てて管狐が餓鬼ではなく高見さんに撃ちこまれる。
その衝撃は凄まじく、大の字で高見さんが壁へと吹き飛んでいく。
「ミナトさん!?」
「大丈夫大丈夫、彼ああ見えて結構頑丈だから。その辺はよーく仕込んであるしさ、手加減はまちがっちゃいないわよ」
「…………」
何故頑丈に仕込まれているのかは突っ込まないでおこうと心底思った。
だって手加減って言いつつもあれ、ギリギリを攻めてるに違いないと思えてしまうから。
「ふぅー。どうやら永続的なトラップの様ね。餓鬼は斃れても斃れても妖気となってこの体育館に還元される。それを基にまた餓鬼が生み出される、そういう仕掛けか。まぁ斃す度に妖気はちょっとずつ削れてるからいずれは倒しきれるだろうけど、きっとその前に私たちの体力が切れるのが先ね」
「え、それってかなりまずくないですか?」
「本当、結構追い詰められちゃったかも。簡易結界かと思って油断したけど意外と強力みたい。参ったな」
背中あわせになる様にして私とミナトさんは周囲を囲む餓鬼を睨む。
瞬間、上空に待機していた管狐が一斉に牙を剥く。
「五月雨の陣」
淡々と呟く声はまるで参ったと思っているとは到底考えられない冷淡なもの。
けれど、すぐに「ちっ」という舌打ちが響く。
「本当、嫌になるなぁ。ここまで餓鬼を使役してくるってことは黒幕はきっと『鬼』に由来があるのか鬼その物のかってところね」
斃した矢先に紫紺の霧が立ち上り、さらなる餓鬼が現れる。
確かにミナトさんの言う通り、先程倒した数に比べればその数は減っている。けれど、誤差にもに等しい僅かな数だ。
「なにか方法はありますか?」
「『鬼やらい』ができれば一番良いんだけどさ、そう世の中上手くないし。あとは浄化で妖気ごと消し去るくらいね」
「えっと、それは可能、という事ですか?」
「いーえ、無理よ。だって私は坊主じゃないし。徳だってないし、というかそういう方面はからっきしなのよ。どっちかというと殴って蹴って撃ち抜いてっていう武闘派退魔師なのです」
もはや開ききった様な言葉。いっそ清々しいまでのその言葉に、私はぐっと剣を握る。
師匠が武闘派ならば弟子の私がその後を引き継ぐのは仕方がないというものだ。
「ならミナト師匠、プランBで行きましょう」
「へぇ」
興味深げな眼差しで先を促される。その表情は、面白い、と笑みを浮かべていた。
「私が彼らを相手します。なのでなるべく早くミナトさんは高見さんを無力化してください。それでここから脱出します」
「なるほどね。確かに一番堅実なやり方ね。餓鬼を野放しにする事になるけどそれは後から考えましょう。まずは我が身可愛さ安全第一ってね」
「……なんだかそう言われると私が卑怯に思えてくるんですが」
「どうして? 戦場における勝利の第一条件は生き残る事、よ。まず自分を生かさないと他人を護るなんて到底できないわ。だからレイコの考えは正しいの。胸を張りなさい」
ミナトさんが一掃した鬼たちがまた復活し周囲を取り囲む。
軽口の掛け合いでもミナトさんに油断は欠片もない。
上空に浮遊する管狐が私たちに近づこうとする餓鬼を撃ち抜いていく。
「でもね、レイコ」
識者のタクトのように指差す先に管狐の流星が落ちる。
「あなただけが敵を引き受けるというのは無謀よ」
金色に尾を引く管狐の群れはまるで流星群。容赦なく撃ち落とされるきら星が次々に復活した餓鬼を撃ち払っていく。
「なら、早く高見さんを取り戻してきて下さい」
「レイコ……」
「自分で言うのも変なんですけど、今私、ノッてるみたいなんです。なんだか餓鬼相手じゃ負けないような気がして」
ギャッギャッと喚きながら走り寄ってく餓鬼の群れ。それを特に苦労することなく一息で薙ぎ払う。
まるで吸い込まれるようにスッと斬撃が走り霧散して行く餓鬼たち。
「レイコ、あなた……」
「ね。だから、平気です。任せてください、私に」
きっとこの時の私は笑みを浮かべていたと思う。
『鬼』では私には敵わないという確信にも似た感情。
それは自信という名の微笑み。
「本当、あなたには驚かされてばかりよレイコ」
「そんなことないです。だって私の方がその何倍も驚いてますから」
一度だけ、お互いにクスッと笑いあって背を向ける。
「それだけ軽口が叩けるのなら十分ね。私の背中、預けるわ」
「はい、お任せください」
請け負って、降魔の利剣を強く握る。そして、
「――――行け!」
左手で抜き放ったホルスターから管狐を解き放つ。
金色の流線を描き管狐が牙を剥く。
その背を追う様にして、私は鬼目掛けて駆けだした。
~次回~
第七話 片鱗 ~秘めし者~/6
12/28(水)18:00更新