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妖物語 ~金色夜叉~  作者: 飯綱 華火
21/28

片鱗 ~秘めし者~/2

 ◆◆◆



 旧館は兎塚くんが言っていた通り見事なまでに封鎖されていた。

 どこから持ちだしてきたのかわからないけど本当に警察が使うテープのようだ。ご丁寧に「KEEP OUT」と書かれたそれを見て、岡崎先生がにこにこしながらこれを張り巡らせている情景が目に浮かんでしまう。これ、ひょっとしてあの人の私物とかじゃないだろうか。

 アレ以来私はここに来てなかったからわからなかったけどそこまで大きな被害が出た、というわけでもなさそうだ。確かに旧館は真ん中あたりから半壊しているけれど被害が広がっているわけでもない。幸いなことに旧館を囲む林が他への被害を防いでくれたようだった。これなら武道館への影響はないだろう。

 一応念のために武道館の周りをぐるっと一周してみる。被害どころか旧館の破片すら見当たらない。

 ……うん、何の心配もないみたい。それでも一応荒巻先生と岡崎先生に確認だけしておいた方が良いかもしれない。

 もうすぐチャイムも鳴るし、ちょうどいいから職員室に寄ってから戻るとしよう。


 そう思い至って、踵を返し、思い出す。


 私はアレ以来ここに来ていなかったけど、ミナトさんとも連絡を取っていなかった。

 ゆっくり休みなさい、という連絡が一度入ったあとはそれっきり。

 私自身その言葉に甘えてしまっていた。

 昨日私から入れたメールにもまだ返事はない。

 けれど師弟関係、協力関係になってから連絡を取り合わなかった日はない。佐々木から情報を引き出すとい言っていたからそれに手間取っているのかもしれないけど、ミナトさんが何も言ってこないというのはどこかおかしい気がする。


 けれど、心のどこかで安心している私もいた。。


 もうこれで終わったのだという根拠の無い安堵感。

 でもよく考えてみればおかしな話しだ。

 だって私は最初に何を考えていた? 

 怪しいと、確固たる確信があるからこそあの旧館を怪しんだのではなかったか。

 それが佐々木を倒したからと安心していた。

 けれど――――。


 ゆっくりと、不安が湧きあがってくる。


 こうして事件現場に改めて立ってみて思い返す。

 なぜ、気がつかなかったんだろうか。

 佐々木を倒したから終わりだと思うその前に、そもそもの根本的な理由に。


 そう、どうしてあの夜、佐々木は旧館にいたのだろうか。



 「KEEP OUT」と書かれたテープをくぐりぬける。

 気がつけば職員室へと向かわずに現場への侵入を果たしていた。

 ここは散々先生たちが調査した場所だ。だから何もないと思ってもいい。

 そのはずなのに、私の足は意志とは裏腹に急いている。

 そうだ、そもそも先生たちが調べるという行為からして根本的におかしいはずだ。旧館の半壊。それは私が起こしたことだけど表向きは突発的な突然の事故となっている。

 老朽化していた旧館だから仕方のない事と、そうなってはいるけれど、それならどうして外部からの介入がなかったのか。普通こういう事は市の管轄だ。きちんと市役所やらなんなりに報告するべき義務があるはずだ。

 にもかかわらずそれがなく全てが学校内のみで片づけられている。

 それはおかしい。そんな事があるはずがない。

 なのにどういう事だろう。


 いつの間にか開いていたはずの輪が閉じて、ゆっくりと出口を消されていっている様な不安が過ぎる。


 ならば私の取るべき行動は一つだけ。

 思考する事。

 考えて、考え抜いて、この状況を冷静に分析する。

 そう考えて漸く、思考が回復し始めたらしい。

 ミノリの言う通り確かに今日の、いや、あの戦い以降の私は少しおかしかったのかもしれない。


 ――油断。


 そう、油断だ。初めから妖怪はその気配さえ気付けないほどに恐ろしいのだと、気付けないからこそ恐ろしいのだとわかっていたのに。

 みんなを巻き込まないために私はミナトさんに師事したというのに。

 一番大事なことを失念していた。

 佐々木が捕まったからといって終わったとは限らない。

 犯人が佐々木だとわかったわけではない。

 なにより、こんな身近に、教師という犯人が一人いた時点で私は警戒を強めるべきだったのだ。


「――――」


 何かを、感じ取った。

 根拠もなく私はただ直感だけで瓦礫の中、半壊した旧館の中を進んで行く、その前に。


「――――出なさい」


 腰元のホルスター。あの夜、帰り道に念のためと言われて渡された新しいそれを起動する。

 私の言葉に反応し飛び出すのは六匹の管狐。曇天の空にうっすらと光り輝く彼らを周囲に配置する。

 あの夜を共にくぐり抜け、彼らは頼もしくも心強い、れっきとした私の戦友(パートナー)だ。

 油断していた、と先程思い出したばかりだ。なら、これから先は大袈裟だと思うくらいに警戒をしてしかるべき。

 それで何も無かったのなら、ただその事実を喜ぶべきだ。

 警戒を怠って、後から嘆く事になる。そんな未来だけはもう御免だ。


 そうして四方を見張らせながら、ざくざくと瓦礫を踏みしめる靴音だけが灰色に乾いた空に響く。

 今にも泣き出しそうな曇り空。陽は影もなく、仄かに黒味を帯びた灰色の雲が天を覆い尽くしている。


 佐々木から逃げ回っていた時のことを思い出す。

 外に出る事がかなわず二階と三階を逃げ惑った。一階に降りようとすれば必ず待ち伏せされていたから。

 でもどうしてだろう。

 二階と三階という広い逃げ場を与えるよりも、一階という狭い逃げ場を与えたほうが確実に私たちを捉えやすかったというのに。

 私たちが外に逃げるのを恐れたのだろうか。

 あの時は夢中で気づかなかった。でも今になって思い返せばあそこまでの広さがあったからこそ私は罠を張る事が出来たのだ。

 もしも一階部分という狭いスペースの中でしか逃げられなかったとしたら、あそこまで上手くできたかどうか自信がない。

 そもそも、逃げ切れたかどうかすら危うい。


 ならどうしてか。


 ざくざくと踏み鳴らしながらあてもなく歩いて行く。あの夜はついに通る事のなかった一階部分。

 視点を変える。思考を、発想を。

 どうしてか。その発想。それを佐々木の視点に立ってひっくり返し、盤上を入れ変える。


「……万が一にも一階に来させたくなかったから。いえ、来られて気づかれては困る何かがあったから、が正解か」


 旧館をさ迷う人魂。それは佐々木が旧館内を歩くときに使った懐中電灯の光だろう。

 なら、何故佐々木は噂になるほどに頻繁に旧館内を夜にこっそりと徘徊していたのか。

 それこそが鍵なのか。

 そう、そうだ。「旧館」こそがこの事件の鍵。

 ミナトさんだって言っていたじゃないか。時期の重なった噂は無視できないんだって。

 あの時点で気づくべきだった。私なんかじゃなく、ミナトさんに本格的に調べてもらうべきだったんだ。

 そうすれば私たちはもっと早くに真相にたどりつくことができたんだ。

 そう、きっと鍵となる手掛かりは、この一階部分に隠されている。

 それに、



『そうだ、失踪者は――ここにいる』



 あの時、確かに佐々木はそう言っていた――!


「――――」


 進むべきか、退くべきか。

 一瞬の迷いはけれど、すぐに心を決める。

 そもそも私は素人だ。勘違いしてはいけない。

 あの夜ケンとミノリと一緒に助かったのは奇跡に近い偶然で、少しでも選択を誤っていれば私たちは負けていた。

 その後どうなっていたかは考えるだけでも恐ろしい。

 そして、その選択ミスの結果、本当にあと一歩で危うくなったという事実。

 ならば、私はここでこれ以上進むべきではない。

 これ以上踏み込むべきではないのだ。

 私は素人で、たまたま戦う力を借りただけ。そこを勘違いするべきでない。

 なら、ここから先はミナトさんの判断を仰ぐべき事柄で、私にできる事は、少しでも早く教室に戻ってみんなの傍についている事。

 そう、私は戦うべき手段を得たのではなく、皆を守るべき手段を欲したのだから。

 ならば、少しでもみんなの傍を離れるべきではなかったのだ。


「――――」


 踵を返す。

 展開させた六匹の管狐はそのままに、さらに両手に四本ずつを準備して。

 そうして教室棟に入るまで、私は警戒を緩める事ができ無かった。



 ◇◇◇



「お、レイコおかえりー。どうだった、武道館の様子は?」


 私が戻ると、そんなのんびりとしたミノリの言葉に出迎えられた。

 どうやら私はそれほど長い時間離れていた訳ではなさそうだ。男子がクラスに戻って来たばかりらしく騒がしくそして汗臭い。

 その大本はいうまでもなくひと暴れしてすっきりしたのか爽やかな笑顔で談笑するケンだ。

 でも今はその笑顔に何よりも安堵する。


 ――――また戻ってこれた。


 どうやら旧館の気に当てられたらしい。そんな感想が湧いて、柄にもなく涙がこぼれそうになる。


「レイコ……?」

「……なんでもないわ。ごめんなさい、ちょっとぼうっとしただけだから。それよりも武道館だったわよね、それなら一応無事よ。どうも林が防風林みたくなったようでね、傷一つついていなかったわ」

「へぇそうなんだ。あれ、じゃあひょっとして――」

「いいえ、それでもしばらくは休みにするわ。あれだけ大掛かりに規制線張られてるんだもの、私たちが練習しても迷惑なだけだと思うわ」


 言葉を紡いで、辺りを見回す。

 男子が戻ってきているのは確認済みだ。なら後は、全員いるかどうか。

 さっと視線を走らせ周囲を確認。――――よし、みんないる。


「ねぇレイコ、あんたほんとに大丈夫?」

「――――え?」

「いやだってさ、なんか戻ってきてからのレイコ、なんか恐いよ?」

「…………」


 自覚が足りていなかった。

 どうやら私は今、そうとうあの場の邪気にあてられてしまっていたようだ。


「ごめんミノリ。ちょっとね、ちょっとだけ、どうかしてたみたい」

「どうかしてたって……。それ、あたしに話せることなの?」

「もしくは誰か相談相手がいるかどうか、だな」


 ミノリの真剣な瞳を向けられて、それに間髪入れずに兎塚くんまでやってきた。


「大神、お前に自覚があるかどうかは知らないが、お前の調子が悪いとクラス全体に影響する。クラス委員長という立場だからじゃない、大神麗子という個人としてお前は俺たちの中心だ。みんなをお前が支える様に、俺たち全員、お前を支えるぞ?」

「…………驚いたな、まさか兎塚くんからそんな熱い言葉をもらえるなんてね」

「ふん、俺だって恥ずかしいさ。でも、言っておかなくちゃいけない事だと思ったからな。本来ならナオヤの仕事だが、こういう事を言葉で示すのは俺が適任だろう」


 冗談めかす様にニヤリと笑う兎塚くん。まったく、この男はこういう台詞が似合うから性質が悪い。

 彼の後ろでは心配そうに私を見守ってくれるメグミとケンの姿もあって。


「大丈夫、ありがとうみんな。うん、実を言うとちょっと困ってるっていうか大変なんだけどね。でも、ちゃんと相談相手はいるし、私一人で無茶な事をするつもりはこれっぽちもないから」

「ならいいけどさ。でもほんと、あたしら何でも相談に乗るし、力になるからね」

「ええ、知ってるわ。あなた達が助けてくれる人だってことはね」


 例え忘れてしまっても、私は覚えているんだから。


「そ、ならいいや。ならちゃっちゃか終わらせて帰ろうよレイコ。つか弥生ちゃん、なんか遅くない?」

「そういえばそうね。んー、もうちょっと待ってこなかったら私が呼んで来ようか――」

「ごめんごめんみんな! おそくなっちゃたよー」


 ガラッと勢い良く扉があいて、ちょうどよく岡崎先生が飛び込んでくる。よほどあわてていたのか、うっすらとその額には汗が滲んでいて。


「いえ、大丈夫です先生。むしろ、タイミングが良いくらいで」

「あれ、そうなの? ならいっか。はーいじゃあ終礼始めるよー」


 パンパンと明るく手を叩いて号令をかけていく先生。それに従う様に、私たちはそれぞれの席に戻る。


「あ、そういえばレイコ。さっきはあんたが恐かったから聞けなかったけどさ、その困りごとってやつが片付いたらしっかりとケンとの事、聞かせてもらうかんね」


 不意打ちの様のこっそりと耳元で囁かれる。

 そのままミノリは私の返事を聞きもせずにさっさと席へと戻ってしまう。


「えぇ、もちろんよミノリ。そのときはちゃんと、惚気話を聞かせてあげるわ」


 誓う様に、私はそんな言葉を呟いた。



 ◇◇◇



 いつものように注意事項だけを告げて終礼は滞りなく終わりを迎えた。

 風邪をひかない様にという注意喚起はもはやお決まりの定型詩だ。特に風邪がはびこる時期ではなく、病欠の生徒も久留米市一帯ではうちの学校に集中しているという話しだ。

 日常化した台詞はどうしても私たちの頭からは右から左へと流れて消えていく。

 体育館の点検による封鎖と旧館の崩落事故で大多数の部活が休みになり、放課後を迎えた教室はどこか明るさを増している。部活組は思いもよらぬ休日を得て個々それぞれ思い思いの放課後に向かって行くようだ。

 そんなクラスメイトを眺めながら、私はこれからの予定を思案する。

 まずは、ミナトさんと連絡を取ることが第一だ。

 そしてなによりも、みんなをこの学校から外に出す事が肝心で。


「なぁ大神、このあとなんだけどよ、ちょっとだけいいか?」


 と。なんだか変な表情を浮かべたケンがやってきた。

 気まずそうな表情と言えばいいのだろうか。もしくは、何か言いづらそうというか、そんな様子。


「えぇ、いいけど。どうしたのよケン。言い方ひどいけど、変な顔してるわよ」

「うるせぇよ。自分でもわかってるっつの」

「あら、なら大丈夫そうね。自覚していて変顔なんて面白いけれど」


 私の言葉に苦い顔をするだけで言い返してこないケン。

 なんだろう、本当に様子が変だけれど大丈夫なんだろうか。

 ミノリではないが、ケンがこの調子では私の調子まで狂ってしまう。


「あれレイコ、なんか用事あるの?」


 帰り支度を終えたミノリがやってくる。その隣には温かそうな上着に身を包んだメグミもいて。


「ええ、ごめんなさい。実はちょっとやる事が残っていてね。だからミノリ、悪いけど今日も先に帰っててくれないかしら」

「まぁそれはいいけど……。ねぇ、ひょっとしてケンもいっしょの用事とか?」


 ニヤリ、とあくどい笑みを浮かべる。視線を向けられたケンはさっと顔を逸らす。

 ったく、これじゃあ何かあると言っているようなものじゃないかバカ犬。


「大方今日の宿題の事だろう? 盛大な悲鳴を上げていたからな、さっそく握り飯の礼にと泣きついたか」

「あら――。察しがいいわね、さすがは兎塚くん」


 趣味の良いマフラーを捲いた彼が助け船のように言葉をかけてくる。

 ほんと、どこまでも察しの良い男だ。でもありがたくそれに乗らせてもらう。


「借りは返す主義だからね、私。自分から言い出したのに借りっぱなしは気分悪いでしょ? なんだったらミノリにもみっちり教えてあげようか? せっかく部活を休みにしたんだもの、身体の代わりに頭を酷使するっていうのも悪くないと思うわよ」

「や、遠慮しまっす大神主将! あたしはさっさか帰りますのでお気になさらずどうぞ!」


 笑みを投げ返すとサッと敬礼してメグミの後ろに隠れる副主将。ほんと、こういう動きは無駄に素早いんだから。


「じゃあ先に帰るねレイちゃん。あんまり頑張り過ぎちゃダメだよ?」

「ええわかってる。ありがとねメグミ。それと、――――この後で二人で食べるから」


 最後の台詞だけ耳元でこっそりと、囁くように付け加える。それにメグミは嬉しそうに微笑みだけを浮かべてうな頷いた。


「じゃあな大神、また明日」

「ええ。あ、そうそう兎塚くん、良かったら――」

「ああ、わかってる。ちょうどのタイミングだしな。鷲崎に鶴巻さん、一緒に帰ろう」

「おっけー。つーか今さらだけどどうしてあたしだけ呼び捨てなわけ?」

「どうしてもなにもないだろう。鷲崎を『鷲崎さん』と呼ぶことほど気味の悪い事もない」

「うっわ、それ暴言! 兎塚、あんたそれひどすぎ!」

「日頃の行いだな。お前の扱いはこれくらいで丁度いい」

「ひっど! ねぇメグミひどくないこの男!?」

「あ、あはは……。わたしはミノリちゃんの味方だからね」

「メグミーっ、やっぱあんたは天使だわー!」


 ――――そんな、とてもひどいバカ騒ぎをしながら三人が賑やかに帰っていくのを見送った。。

 気がつけば残っているのは私とケンの二人きり。

 いつの間にか、クラスから人が消えていて。

 昨日と同じ環境で、違うのは曇天に濁った空模様。なのに、そんな空もどこか和らいだように見えて。


「で、どうしたのよケン。さっきからずっと黙りっぱなしなんて、あなたらしくないわよ?」


 メグミからもらったお菓子を持って、立ったまま窓の外を眺めるケンの隣に腰かけた。


「俺だってわかってるっていったろ?」

「ええ、聞いたわ。でも、その理由を聞いていないもの」


 立ったままのケンに指で私の隣を示す。無言のアピールにケンは降参したように腰を下ろす。

 すこし、私と彼との距離が縮まって。


「お前さ、なんか俺たちに隠してる事、あるだろ」

「…………」

「いや、別にそれを言えっていう訳じゃねぇよ。さっきだって、なんか大変だって言ってたわけだし。それに、相談相手もいるって言ってたしよ」

「あ……」


 まったく予想していなかった言葉に何を言うべきかで思わず言葉が止まる。

 みんなをこれ以上巻き込むつもりがない事は確かなんだけど、その為にケンにものすごい勘違いをさせてしまった事に気がついて。


「あ、あのねケン。相談相手っていうのは別に変な意味じゃ――」

「だから、そんな事を気にしてるんじゃねぇんだって」


 どこか怒った風な口調で言葉を遮られた。


「俺だってわかってるつもりだっての。何か俺らにできる事があるならお前は言ってくるし、頼ってくれるだろうってことはさ。京介じゃねぇから上手く言えねぇけど、なんつーか、それくらいは信じてもらってるって、そう思ってる」

「――――当たり前じゃない。何言ってるのよばか。信じてないわけ、ないでしょうが」

「わかってるよ。でも、さ。わかってるけど、ちゃんと言っておかないとダメなんじゃねぇかって、そう思ったから。お前が何抱えてるか知らねぇし、力になれるかもわかんねぇけど、それでもよ」


 ぽりぽりと、恥ずかしそうに頬を掻く。それでも視線を逸らすことなく真っ直ぐに見詰めてきてくれて。


「京介の言う通りだな、ほんと。言葉で言うのは俺には向いてねェや」

「それも知ってるわよ。だから代わりに、こうして態度で示してくれてるんでしょ?」


 不器用に、それでも彼なりの言葉を選んで。こうして隣にいてくれるのは、言葉で言えないメッセージ。


“いつだって傍にいる”


 そう思ったのは私の都合の良い思い込みではないだろう。


「ほんとばかね。あなたの気持ちは、ちゃんと伝わってるわよ」

「うるせぇよ。俺だってガラじゃねぇって思ってるし」


 照れくさいのか余計に口調がぶっきらぼうになって。ついそんな様子を可愛らしいと思ってしまう。

 だから、つい軽口が突いて出て。


「それで、それを伝えるためにわざわざ残ってくれたの?」

「わざわざじゃねぇよ。俺には大事なことだって、そう思ったんだよ。それだけだ」

「――――」


 思わず、彼の顔をじっと見つめた。


「――――ねぇナオヤ。あなた今それだけだって言ったけど、その言葉、すっごく嬉しい言葉よ」

「……俺には恥ずかしい言葉だけどな」

「知ってる。だってあなた、顔赤くなってるもの」

「ほっとけ」


 拗ねたようにそっぽ向く。その様子がまるで小さな子供の様に思えて可愛らしい。

 ――――ああ、こんな時くらい素直になろう。

 どうやら私は、こんなにも不器用な彼の事が大好きみたいなんだから


「ねぇ、ちゃんと私の方を見なさいよ。嬉しいって、そういったでしょ」

「だから、俺は恥ずかしいっての」

「それでも、ちゃんと見て欲しい時ってものがあるのよ、女の子にはね」


 微笑んでそう告げれば、ナオヤは諦めたように顔を向けた。


「うん、それでよろしい。ほら、これならちゃんと、メグミのお菓子だって味わえるんだから」


 綺麗にラッピングされた袋を出す。シュルっと紐を解けば仄かに甘い匂いが広がって。


「なんだよ、鶴巻が作ってきたやつ隠してたのかよ?」

「違うわよばか。メグミがね、わざわざ私たち二人にってこっそりくれたの。今日作って来たのだって、本当は私たち二人の為らしいわよ? お昼のはこれを渡す為のメグミなりのカモフラージュみたいよ」

「……あー、それってさ」

「ええ、メグミにはお見通しだったみたい。ほんと幼馴染の力って不思議よね、私自身が気づいていなかったのに、きっと前からわかってたんでしょね、私があなたの事が好きだってこと。それと、昨日それを伝えようって決めたことも、ぜーんぶ」

「いや、鶴巻ならそれも不思議じゃないけどさ。それよりよ、お前が気づいてなかったってなんだよ」

「う、うるさいわね。だってしょうがないじゃない、私があなたへの気持ちを自覚したのって昨日なのよ? それまでは無自覚だったし。でもほら、自覚したら抑えられないっていうか、わかっちゃったらケリ付けないと納まらないっていうか」

「いやお前さ、真っ向勝負すぎじゃねぇのそれ……」

「ふんっ、それが私の性格なんだからいいじゃない。正面から正々堂々戦う方がスッキリするでしょ?」

「戦うってお前な……」


 呆れた様な微苦笑。でもそれが嫌じゃないと思うあたり重症なんだろう。

 とういか、こんな私の姿はきっと他の誰にも見せられない。


「ほら、そんな事より食べましょうよお菓子。せっかくメグミが作ってきてくれたんだもの。お祝い、なんだって」


 真っ向勝負が私の性格ならば、親友の好意を無下にしたくないというのも同じだ。

 さっそくと伸ばした指を、けれど意外にも大きな掌で遮られる。

 優しく、包み込むようにして握られた手。


「お祝いっつーならよ、その、まだ早いだろ」

「なによ急に。それに、早いってどういう事?」

「俺がちゃんと返事していない」


 生真面目で、真摯に、そんな言葉が返された。


「ちゃんと、俺もお前に言わないと。俺は昨日、言葉にして答えてないから」

「…………そういえば、そうだったわね。私、自分の気持ちを伝えただけで満足してたから」


 なんだかもう答えを聞けた気がしていたのだ。

 あの時の、私の言葉だけで、彼とは気持ちが通じ合った。そういう確信があった。

 それが間違いじゃないってことは、きっと正しい事で。

 でも、彼が――ナオヤがハッキリと言葉にしてくれるというのなら、これほど嬉しい事は無い。

 握られた手。その指をそっと絡めて。

 真っ直ぐな瞳を、ゆっくりと受け止める。


「――――俺も、おまえが好きだ。つーか、惚れてる。おまえ以上に惚れてる奴なんかいないってくらい、一番、大事だって思ってる」


 言葉にして告げられる。

 その喜びを、今ハッキリと私は知った。


「ええ、私もよ。私もね、あなたの事が一番大切」


 触れ合った肩と肩。それをそっと近づけて、ゆっくりと頭を持たれかける。

 甘えるような、女の子みたいなポーズで恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しくて気持ちが良い。

 ナオヤも無言で私を受け入れてくれて。


「じゃあ、今度こそお祝い、食べてもいいのかしら?」

「おう、ちゃんと祝われないとだもんな」


 サクッと音を立ててお菓子を齧る。口の中で甘く優しく広がるそれは幸せの味だろうか。


「ねぇ、ナオヤ。これで私たち、恋人同士って事でいいのかな?」

「あー、まぁ、そうじゃねぇか。つか、恥ずかしいな」

「言ってるこっちの方が恥ずかしいわよ。……でさ、恋人同士なら、名前で呼ぶべきじゃないかしら?」

「うっ……」

「ちょっと。うっ、ってなによ、うって。私だけ名前で呼ぶのって不公平じゃない」

「いやだってお前さ、それ恥ずかしいってレベルじゃねぇぞ」

「なによ、男のくせに意気地無し」


 ジトッとした目で睨む。ムッとしたようにナオヤは私を見てきて。


「…………」

「…………」


 ナオヤの表情が気まずそうに変わる。ふん、バカ犬め、睨み合いで私に勝てると思うなよ。


「…………わかったよ」

「ふーん、何がわかったのかしらね、ナオヤ?」


 これ見よがしに言ってみる。

 うん、なんか今さら気づいてしまったけど、私ってナオヤをからかうのが好きみたい。


「だから、名前で呼ぶっつの! …………レイコ。これでいいだろ!?」

「はいよくできました。じゃあみんなの前でもそう呼んでよね?」


 とどめの台詞にナオヤは諦めたように頷いた。

 どうやら恋人同士になっても私たちの関係はこんな感じらしい。

 でもこの感じがすごく心地良いと感じている自分がいて、それをナオヤも悪くないと思っているのがわかる、そんな通じあえたような関係になれたことが嬉しかった。


~次回~

第七話 片鱗 ~秘めし者~/3

12/25(日)18:00更新

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