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妖物語 ~金色夜叉~  作者: 飯綱 華火
18/28

朔夜の死闘/5

 ◆◆◆


「…………?」


 夜の街道を歩いていたミナトは訳もなく背後を振り返った。


「ミナトさん?」

「あ。ううん、何でもない。なんか変な感じがしただけだから」


 そういって再び巡回を開始するために歩き出す。それでも何か一抹の不安が残る。

 さっき振り返ったのには本当に理由はない。敵の気配や殺気を感じたわけでも妖の気配を感じたわけでもない。

 それでも、体が勝手に振り返っていた。


 振り返った先。……確かレイコの通う高校のある方角だったはず。


 そういえば、今日はレイコが遅くなると連絡をしてきたんだっけ……。

 そう思い返して不安がよぎった。なぜならさっき振り返ったのは本当にただなんとなくだったからだ。

 虫の知らせ、という言葉がある。

 根拠のない不安。悪い予感というものをなんとなく感じ取ることだ。

 普通ならば何とも思わないし深刻にも考えなかっただろう。

 ただ、ミナトは普通ではないのだ。

 第六感である霊感が何かを感じ取ったと考えてもおかしくはない。

 そこまで考えて、ミナトは歩みを止めた。否、止めさせられた。


「センパイ……」

「ええ、どうやら当たっちゃったみたいね。ぐずぐずしてる暇はなさそうよ、ソウジくん」


 目の前には金色に輝く一匹の管狐。

 いつの間にそこまで操れるようになったのかと感心しながらも異常事態を悟る。

 それはレイコから届いたSOS。


「いくわよ、ソウジくん! 犬神を先行させなさい!」


 檄を飛ばし、同時に二人は駆け出す。

 ――――無茶だけはしちゃダメだからね、レイコ……!



 ◆◆◆



 ――――ハァハァハァ、

 ――――ハァハァハァ、

 ――――ハァハァハァ、


 息が苦しい。呼吸がひどく乱れている。

 それでも、走る。

 暗い旧校舎の廊下をひた走る。それをミノリとケンが追って来る。

 どこをどう走っているのかもわからない。

 思ったよりも広い旧校舎の中をがむしゃらに走っている。



〝――――〟

〝――――〟



 時折聞こえてくる獣のような咆哮の奇声。それは二人にも聞こえているらしくソレが聞こえるたびにビクリとミノリは体を震わせる。

 それでも悲鳴一つ上げずに二人は必死に私の後をついてきてくれる。


〝――――、――――――ッ!!〟

「――――こっ……のおっ!」


 角を曲がった瞬間に現れた一つ目の妖怪に管狐を叩きこむ。

 至近距離からのゼロ距離発射の衝撃で吹っ飛んでいく妖怪。

 これで四度目の遭遇。

 それでも撃墜し逃げている。今度もすぐにミノリの腕をとって三階へと駆けあがって行く。


「戻りなさい!」


 掛け声に合わせ管狐が戻って来る。

 主に使っているのは腰元のホルスターに入った管狐だ。

 足に取り付けているのはすでに左足の七匹がいなくなっている。右足も二匹ほどなくなっていた。

 だから今の私の戦力は腰元と右足の合わせて十一匹のみ。


「こっちよ!」


 遅れそうになるケンに言ってさらに廊下を曲がる。

 複雑な構造をしているのか横に伸びた大きな二本の廊下がその間に伸びる三本の廊下と繋がって一つの建物を形成していた。

 そのため私たちはさっきから何度もその中を行ったり来たりしている。


 ――――ハァハァハァ、

 ――――ハァハァハァ、

 ――――ハァハァハァ、


 階段を使っての二階と三階の往復。さらにその中を走り回って体力はもう限界に近い。

 一階には降りられずにいるためそれしか取るべき手段がない。

 私に手を引かれているミノリはついて来れるけど一人で走っているケンはそうもいっていられない。

 極度の緊張と不安がさらに私たちの体力を奪っていく。

 幸い完全に適当に走っているせいでまだ不意打ちは食らっていないけど、そろそろ限界だった。


〝――――――――ッ!!〟


 一際大きな咆哮が轟いた。それは、


「……くっ」


 目の前に妖怪が現れる。

 それは二メートルは超えるだろうという巨躯で、天井に頭がついている。

 まるで壁のようにそびえる巨人の妖が、威圧するように見下ろしてくる。


「れ、レイコっ!」

「!? しまった……!」


 後ろの廊下の入り口にも妖怪が現れる。それは巨大な蜘蛛。こちらも道をふさがれる。


「ど、どうしよう……」

「…………」


 じりじりと下がりながら壁際へと寄って行く。これならば背後を突かれる心配はない。

 そうして、私はこの二匹との間合いを測る。


「……ケン」

「おうよ。時間ぐらいは稼ぐぞ」

「ばか。そんな危険なことさせられないわよ。

 ミノリをお願い。私が二匹とも倒すから」

「ばっ、お前それこそ危険だろ!」


 じりじりと威嚇するかのようにゆっくりと二匹が近寄って来る。

 ……そろそろ、限界か。


「大丈夫。勝算ならあるんだから」


 腰元と右足から筒を四本ずつ引き抜く。

 これが一度にもてる最大本数。

 計八匹。八発分の持ち玉。


「――――」


 見極める。ほんの少し、蜘蛛のほうが近い。

 鋭く尖った前足は恐怖を呼び、その関節部分である節はもじゃもじゃと醜悪な毛を茂らせて怖気を抱く。闇の中に真っ赤に浮かぶ複眼に心が竦む。

 でも、そんな事に構っている場合じゃない。


「――――頼んだわよ……ッ!」


 蜘蛛に向かって全ての筒を向ける。


「食らいなさい! 全弾、発射!!」

〝――――ッ!〟


 号令直下、管狐が咆哮を上げる。

 彗星のように走りぬける黄色の閃光。それが全て蜘蛛に牙を剥く。


〝――、――――ッ!〟


 もう一匹の巨大な妖怪がこっちに向かって走って来る。

 それはさっきまでの威嚇の動きとは違い私を殺すためだけの狩りの動き。


「全弾、再装填!」


 それに合わせ私も妖怪に向かって走る。

 姿勢は低く、手を後ろに伸ばし駆けていく。

 目指すはゼロ距離からの全弾射撃。


「ハァァァァア……ッ!」


 吠える。

 それに合わせるように蜘蛛を仕留め終えた管狐が光の尾を引き筒へと戻って行く。


「――――ッ!」

〝――――ッ!〟


 咆哮が重なる。

 私は飛び上り腕を振り上げる妖怪の顔面に筒を合わせ、向かい撃つ!


「――――行けぇっ!!」

〝――――――ッ!!〟


 瞬間、黄色の閃光が視界を覆った。


「………………やった……!?」


 粉塵が舞っていた。

 視界が遮られる数瞬の間。それがひどくもどかしい。

 けれど、晴れ始めたときそこに妖怪の姿は消えていた。


「大神! 大丈夫か!?」


 ケンの声が響く。煙にまぎれて朧気だけど、それでもケンはミノリといっしょにそこにいた。


「大丈夫よ、二人も怪我はない」

「もちろん。あんたのおかげでね」

「すっげぇな、本当に倒しちまった」

「不意が打てたからよ。それよりも、ここは良くないわ。早く移動しましょう……」


 再びミノリの腕をとる。それに二人は頷いた。



 ――――パチパチパチパチ。



 拍手の音が、響いた。


「いや、さすがだ大神。さすがは我が校一の優等生だ」

「――――佐々木……!」


 もうもうと舞う粉塵の中、佐々木が再びその姿を現した。


「もっとも、口は悪くなったか。教師を呼び捨てとは感心しない」

「そうかしら。先生って言葉は教職につく聖職者に使うものよ。なら犯罪者には呼び捨てくらいがちょうどいいんじゃないかしら?」

「相変わらず減らず口を。……まぁいい。とにかく驚いた。私の他に妖を使う者がいたばかりか、打破してくるとはな。だが、ここまでだ」


 佐々木が横に腕を振る。すると、佐々木の周りにいっせいに妖怪が現れた。


「多勢に無勢だ。もう勝ち目はない」

「――――」


 

 ――――カラン……ッ



 筒が、地面に落ちた。


「レイコ?」

「大神?」


 全ての筒を床に落とし、私は二人の手を握る。


「武器を手放すとは、今度は本当に諦めたか」


 佐々木は片腕を上げながらゆっくりと近づいてくる。


「無駄な抵抗はしないことだ。この手を振りおろすだけでこの妖どもが貴様らを襲う」

「そう。それは、嫌ね」

「そうか、なら……」


 ……今私たちがいるのは三本の廊下の一番真ん中。

 場所は三階。

 ……どれも、うまくない。


「ああそうそう佐々木先生、あなたの初動ってちょっと遅いと思うわ。だって手を振り下ろすなんて、私はただ、命じればいいだけなんだもの」

「――――っ!」

「気づくのが遅くてよ?

 ――――暴れなさい、管狐!」

「な――――っ!?」


 それは縦横無尽。

 床に落ちた筒から飛び出した管狐が、落ちたままめちゃくちゃに向いていた筒の向きのまま出鱈目に飛び回った。


「う、うわぁぁあ!?」

「え――きゃぁぁあ!?」


 ケンとミノリも悲鳴を上げる。それでもつないだ私の手はしっかりと繋がれたままで。


「気をつけて二人とも。これから、落ちるから」


 暴れまわる管狐の暴走が、廊下の床をぶち抜いた。


「「――――――――っ!!??」」


 二人の声にならない悲鳴が上がる。

 それは階下に吸い込まれていき、そのまま私たちはこの場を脱出した。



 ◆◆◆



 もうもうと粉塵が舞う。

 古く老朽化した旧校舎は管狐の暴打で三階部分から崩れ落ちた。

 闇夜に染まった暗夜の中、霧のように煙りが立ち込める。


「……隠れたか」


 崩れ壊れた木材を踏みしめながら佐々木が一人、瓦礫の中を歩く。

 どうやら私たちに逃げられた可能性を考えたようだけどにそれも捨て去ったらしい。

 確かにあの状況ならばそれも可能だったけど残念ながらそれだけの体力もう残っていなかった。


「――出ろ」


 静かに闇夜に声を投げかけられる。それは私たちに対してのものではなく、


〝――――〟


 闇が揺らいだ。

 揺らいだ先、現れたのは異形の影。

 和装を身にまとい、頭部はまるで丸まった赤子のように肥大している。

 それはまさに妖と呼ぶにふさわしい異形。それを引き連れ、佐々木は平然と歩いていく。

 その様子を見ながら、私は必死になって息を潜めていた。

 ほんのわずかな隙間から佐々木たちの姿を覗く。

 妖が現れた瞬間私はそのあまりにもの異形に声をあげそうになった。それを必死にこらえ、敵を見つめる。


「…………」


 心配そうに見てくる二人。でも私は何も答えず、静かに目を閉じた。

 ……確信はない。それでも、おそらくはあの妖怪が佐々木の切り札だ。

 だとするなら、計算通り。

 手元に武器はない。先ほどの崩落を引き起こす際に管狐は全て使っている。筒は何処かの瓦礫の下だろう。

 もはや私の手元には何も残っていない。

 そう、きっと佐々木もそう思っているはずで、だからこそ、私は息を潜め、待つ。


 ――――――――。


 光が、射し込めた。

 舞い散る粉塵を吹き飛ばすかのように風が巻き起こる。

 そうして、雲が動いた。


「――――く、」


 射し込める金色の光。

 それは遥か頭上から降りかかる。


「く、くかかかかかかかかかかかかかかかかか――――っ!! 見つけた! 見つけたぞ大神麗子ォッ!」


 佐々木の嘲笑が響き渡る。

 射し込む光ははるか頭上から。

 まるでスポットライトのように丸く私の姿を照らし出す。


「くかかかかかかかかっ! 運のない奴だ! よもや月の光で場所が割れようとはなぁ!」

「―――――」


 嘲笑と嘲りを顔面にはりつけ可笑しそうに嗤う佐々木の顔がそこにある。

 けれど、私の身体はピクリとも動かず、ぎりっ、と噛みしめた歯が鳴った。


「は、ははははははははは! いいぞ、いいぞいいぞいいぞ! そうだ。その顔が見たかった。その悔しがるお前の顔が見たかった! は、はははははははははは!!」


 響く嘲笑。

 答える余裕もなく、私はただ黙って二人を背で庇いながら佐々木を睨みつける。


「レイコ……」


 震えるミノリの手。それを安心させるために握る。

 でも、


「レイコ、あんた……」


 私の手もまた震えていた。

 過剰行使(キャパオーバー)

 筋肉が痙攣し、もはや身体は言う事を聞きそうにない。

 あとちょっと、あと少しだけでもいう事を聞いてくれるのなら、佐々木を倒す事ができるのに……


「完全に終わりだなぁ、大神ィ。校舎を破壊したところまでは良かった。あれにはさすがに肝を冷やしたさ。だが、最後の最後で運に見放されるとはなぁ」

「――――」


 言葉を発するのさえもどかしい。そんな余裕が在るのなら、すぐにでもこの男を倒せるのに。

 いう事を聞かない身体はもう、ただ睨み続けることしかできそうにない。

 なら、最後の一滴を振り絞ってでも、この男をここに留め続ける。

 そうすれば、きっと……


「……大神。お前と鷲崎の二人なら、逃げられるよな」

「――――け、ん?」

「ほう、何をするつもりだ犬養」


 いぶかしむ様な佐々木を前に、まるで私たちをを庇うようにケンは前に出る。


「はっ。俺はバカだからさ。やることは一つしかないんだよ」

「――――っ。やめてケン! あんた、がっ、そんなこと、しなくて、も……っ!」

「へっ。大丈夫だよ、大神。ちゃんと、時間は稼ぐからよ……!」


 止める隙もなかった。

 引き留めようと手を伸ばした時にはケンはもう駆けていた。

 時間は稼ぐ。

 それはつまり自分が助かることなど考えていないということ。

 ただただ私たちのためだけの特攻。


 ケンが吼える。


 闇夜に響く絶叫と、振り上げた拳。

 対峙する佐々木は可笑しくてしょうがないという様にその貌を愉悦に歪めて。

 走り寄るケンを迎え撃つように、妖怪たちが一斉に襲いかかる――――


「だめぇぇぇぇぇぇぇぇええええ――――っ!!!」


 

「うん。よく頑張ったぞレイコ。あとは任せなさい」



 ――――ゥォオオン……!

 犬の遠吠えが、鳴り響いた。

 黒い影が走る。それは漆黒の突風と化して襲い掛かる。


「な、あ――――ッ!?」


 佐々木めがけて黒犬が飛び掛かる。三匹の大型の黒犬が容赦なく飛び掛かった。


「レイコちゃん!」


 高見さんが駆け付ける。ミナトさんの元には助け出されてケンがいて、


「ごめんね、レイコ。遅くなっちゃった。でも、彼も無事だから。あとは安心して任せていいから」

「けん……、よかった……」

「お、おい! 大神!」 

「レイコ!?」


 膝から崩れるようにして倒れ込んだ。

 力が抜けたというよりは、電池が切れた機械の様。

 ふわっと、ミナトさんの胸の中に抱きとめられた。


「大丈夫、心配ないわ。ただ疲れきっているだけだから。悪いんだけどキミ、レイコをお願いね」

「あ、ああ。でも本当か!? 本当に大神は大丈夫なのか!?」

「ええもちろん。それは保障するわ。大事な弟子だもの。嘘は言わない」


 柔らかな微笑。ミナトさんのその笑みは本当に安心できて。

 ケンに身体を預けられ、私はそのまま彼に抱きとめられる形で支えられる。


「レイコにも言ったけどあとは私たちに任せなさい。もう恐い時間はお終いだから」


 ミナトさんの睨む先。ほうほうの体で犬神から逃げ伸びた佐々木があちこちに血をにじませながら立っていた。


「――、――――、……」


 それでも立ち上がっただけ。肩で激しく息をつく佐々木にはもうほとんどい力は残っていない。


「どうする? このままおとなしく降参するなら手荒なことはしないでおいてあげるけど」


 ふらつく佐々木にミナトさんは最後通牒のように言葉を投げかける。

 しかし、それを拒否するかのように佐々木が手を横に振った。


「……なんだ、なんだ? いったい、…………何なんだお前らわァ――――っ!」


 いっせいに現れた妖怪はその数は十を超え、けれどそれに憶した風もなくミナトさんは泰然と佇んで。


「感心するわ、どこにこれだけの余力があったんだか。でも、最後通牒は終わり。ここから先は――殲滅よ」

「――――犬神」


 二人の間の空気が揺らぐ。

 天を覆う金色の軍勢は夜空をを黄金色に染め上げ。

 墨絵のような犬の魔獣が地で雄叫ぶ。


「さあ、始めるわよ」



 ◆◆◆



 ――――勝敗はほぼ一瞬で決した。

 それは蹂躙に等しかった。

 佐々木の呼びだした妖はあまりにも弱々しく、二人の前には逃げる時間さえ稼げなかった。

 そうして。佐々木は腰を抜かしたままだらしなく地べたに倒れ、ミナトを見上げる。

 それを見下ろすかのように視線をやるミナト。

 この二人の様相は蛇と蛙。怯えた佐々木はまさに蛇に睨まれた蛙だった。


「…………」


 見下ろすミナトの瞳はどこまでも冷たい。その豹変ぶりはレイコが見たら驚くことだろう。


「センパイ、後は僕がやりますよ」

「――――いえ、いいわ。ソウジくんは三人のところに行ってあげて。とくにレイコは疲労が激しいから」

「了解です」


 三人のもとへ走って行くソウジのは目をやらず、ミナトはあくまでも佐々木を見つめる。


「……私、今ちょっと頭にきてるのよ。レイコをあんな目に合わせたあなたもそうだけど、防ぐ事が出来なかった自分に対してね」

「……お、お前さえっ、お前さえ来なければっ!」

「あら、それは違うわよ」


 噛み合わない会話。

 激昂する佐々木を、ミナトは切り捨て、すっとその指が天を指す。

 其の先に在るのは今も煌々と輝く偽造の円環。


「な、に……?」

「気づいてなかったみたいね。……いいわ、教えてあげる。今日は新月なの。だから、月は出てないのよ」

「……なん、だと? なら、ならアレはっ!? あの月は何なんだっ!?」

「アレは管狐よ。レイコが創り上げた管狐による満月。あなたを誘い出すためのね」

「ウソだ!」

「いいえ、嘘じゃない。だって、アレのおかげで私たちはここに来れたんだもの。

 最後に教えてあげる。アレには二つの意味があった。一つは私たちに居場所を知らせるための目印。もう一つは、あなたを倒すための罠よ。

 あなたはレイコを追い詰めた。

 でもそれはあの子の計算のうちよ。あなたを油断させるためのね。

 だってそうじゃなきゃわざわざ自分を照らし出す必要なんてないもの。だからレイコはあなたが自分の間合いに入って来る時を窺っていた。でもそれはあの少年がレイコたちを助けるために結果的に邪魔してしまことになったけど、それ以前に肝心のレイコがもう管狐を操れるほど力が残っていなかったみたいだから、しょうがないわね」

「ウソ、だ……」


 まるでそうであってほしいと言うように、佐々木は震える口で言葉にする。

 しかしそれをミナトは否定する。口元には薄っすらと笑みを浮かべて。


「残念ながら本当よ。でも、レイコならきっとこう言うでしょうね。


『別に私は何もしてないわ。ただ、あなたが低能だっただけよ』


 ――――ってね。」

「――――っ!」


 悔しさのあまり何かを言おうとして、けれど佐々木は口ごもる。

 有無を言わせぬ絶対の殺意が佐々木を包み込む。


「あなたの事なんて本当、どうでもいいのよ。だってもうあなた、レイコに倒されてるんだもの。だからこれは単なる後始末。必要なのはあなたの持っている情報だけ。それも後でゆっくりと聞きだしてあげるわ。今は――レイコに裁かれなさい」



 ――――パチン……ッ



 指鳴りがする。

 佐々木は何かを言いかけて、けれどそれも間に合わない。

 月が堕ちる。

 それは金色の槌。悪を断ずる、審判の鉄槌が降り注いだ。



 ◆◆◆



「――――終わったわ」


 軽い、いつもの調子でミナトさんが戻って来る。

 高見さんが私の治療をしてくれてまだそんなにたってもいない。

 戻ってきたミナトさんに何事かうなずいて今度は高見さんが駆けて行った。


「大丈夫だった? もう何も心配はいらないわ。脅威は去ったから」


 やさしく微笑む顔に安堵する。ミナトさんの瞳が、ケンとミノリを捉える。


「ごめんなさいね、怖い思いをさせて。でももう大丈夫だから、」



 ――――『眠りなさい。全てを忘れて』――――



 大気が言葉によって振動する。全ての抵抗を通り抜けて直接届けられる言霊。


「――――ちょっ!? 二人とも!」


 崩れるように二人が倒れる。私はあわててそれを支えミナトさんを見た。


「ごめんごめん、言っておけばよかったね。でも本当にこれでもう安心よ。二人とも明日には全て忘れてるから」

「……え?」

「前にあなたにかけたでしょ、それと同じ。二人には怖い思いをさせちゃったし、やっぱりこういうことは知らないほうがいいのよ。知らなければ巻き込まれる危険性が減るからね」

「暗示、ですか?」

「そう。レイコには効かなかったけど二人にはちゃんとかかったから、明日には今日の事は忘れてる」

「忘れてる……」


 二人の顔はとても穏やかだった。

 ミナトさんの言う通り二人には私の所為で恐い目に合わせてしまった。

 忘れられるというなら、このほうがいいのかもしれない。



 ――――ちゃんと、時間は稼ぐからよ。



「そっか……」


 ちょっと寂しい気がする。でも、私はしっかりと覚えている。

 もう本人でさえ忘れてしまった事だけど、ケンがあんなにもカッコいいってことは、


「うん、でも大丈夫。ちゃんと私が覚えているから……」

「どうしたの? 顔、赤いけど。ってか、何か言った?」

「――――っ!? な、何でもありません!」

「そう? でも無理しちゃだめよ、あなたが一番疲労してるんだから。変だと思ったらすぐに言うのよ」

「わ、わかってますっ。 ……そ、それよりもっ、だ、大丈夫なんですか?」

「? なにが?」

「ふ、二人の事です。今日の記憶を消してしまったんですよね? なら二人の記憶に混乱が生じるんじゃないんですか?」

「ああ、そのこと。なら安心していいわよ。ちゃーんと、細工はしといたから」


 ……なにか、嫌な予感がした。


「二人に何をしたんですか」

「む。そんなに睨まなくても大丈夫よ。それに消したのはさっきの出来事だけだから」

「…………」

「もうー、信用ないなぁ。レイコの言う通り一日分の記憶を消したら混乱しちゃうからね。だからさっきの記憶だけを消して代わりに別の記憶をすりこんどいたのよ。これなら何の問題もないでしょ」


 安心安心、と笑顔で頷くミナトさん。でもなぜか安心できないでいる私がいて。


「それ、本当ですよね?」

「本当だって。あ、でも上手く口裏合わせといてね。一応誤解が生じないようにレイコといっしょにいたって事にしてあるから」

「私といっしょに、ですか?」

「そうよー。それならあながち嘘でもないし。違う人といっしょだとか家族といっしょだったとかじゃないから他とのずれも生じないでしょ」

「なるほど」


 納得した。というかミナトさんは二人のために色々と考えておいてくれたんだ。確かにこれなら誤解も混乱も生まれない。


「あ、あの。ありがとうございます。……それと、さっきは疑ってしまって、」

「うん? 気にしない気にしない。私はただレイコのためを思ってしただけだからね。お礼なんていらないよ」


 さわやかに笑うミナトさんがすごくかっこよかった。……うん、私もこういう人になりたいな。


「センパイ!」


 走って高見さんがやって来る。


「ん。御苦労さま、ソウジくん。どう? 首尾よくいった?」

「はい。しっかりと閉じ込めておきました」

「……閉じ込める? もしかして佐々木先生をですか?」

「そうよ。別に殺したわけじゃないからね。後できっちりと御祓いをしてもらうっていうのもあるけど、情報源だから色々聞くことがあるのよ」

「あ……」

「そういうこと。だから明日からしばらく先生はお休みって形でいなくなるからよろしく」


 ミナトさんはそれ以上何もいわない。

 佐々木先生はもう学校に戻ってくることはないだろう。

 でもそこから先を考えることはやめにした。


「じゃあ、今日はもう帰ろうか」


 ぐぅー、っと伸びをしてミナトさんが言った。

 旧校舎は私が暴れたせいで崩壊しているし、確かにそろそろ撤退した方がよさそうだ。


「もう脅威はないかもしれない。でもこれで終わったとは限らない。だから今日も送って行くわ、レイコ」

「はい。ありがとうございます」


 瓦礫と化した旧校舎を後にする。

 ミナトさんの言う通りこれで終わったわけじゃないかもしれない。

 それでも、一つの区切りがついたと思いたい。

 できる事ならこれ以上何も起きないでほしい。

 それが一番いいのだから。

 でも、それでもまだ終わらないというのなら。

 願わくば、これ以上の悲劇が起きませんように――――。



                                    第五話 朔夜の死闘/了


~次回~

第六話 茜色の告白

12/13(火)18:00更新

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