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妖物語 ~金色夜叉~  作者: 飯綱 華火
17/28

朔夜の死闘/4


 ◆◆◆



「――――ッ!?」


 突然の声に振りかえった瞬間、目の前が真っ白になる。

 暗闇からいきなり光に曝され、それに瞳が対応しきれずに視界が閉ざされる。

 光を向けられたのだと理解するまでに数秒かかった。


 ――――それでも、咄嗟に右目を瞑っている自分がいた。


「犬養、鷲崎、それに大神か。……ふん、優等生を気取っていても所詮はガキか」


 いつまでも照らされる光から目を庇うように腕を当てて左目で声のする方を睨む。

 今の台詞だけで誰だかが手に取るようにわかった。私の知っている限り、こういう台詞を吐く人は一人しかいない。


「佐々木……!」


 ケンの怒気の籠った声が暗い教室に木霊する。


「犬養。ここは貴様のような餓鬼が来る場所じゃあないぞ」


 ――――コツン。――――コツン。

 靴音がやけに大きく響き渡る。

 相変わらずハッキリしない視界の外で、佐々木先生がゆっくりとこちらに近づいてくるのがわかる。


「いけないなぁ、三人とも」


 ぞくり、とするほどの猫なで声。それに嫌悪感を抱きつつ間合いを測る。

 ゆっくり、二人を誘導するように後ずさる。

 きっと佐々木先生からしたら逃げようとしている様に見えるだろう。


 ――――今この状況で私はひどく落ち着いている。


 だから、どういう状況なのかもよくわかる。

 落ち着いて、間合いをしっかりと見極める。

 ここは元教室。だから、必要なものはそろっている。


「これは、不法侵入と言うんだぞ」

「――――それは、あんたもでしょうが……ッ!」


 気合い一発、一蹴入魂!

 思いっきり蹴り抜いた力が古ぼけた机に命中し、佐々木先生へと飛んでいく。

 目には目をだ。突然の机の奇襲に先生はまともに食らって床に転ぶ。


「こっち!」


 びっくりしているケンとミノリの手を引いて私は教室を飛び出した。



 教室を飛び出していっきに廊下をかけて行く。

 瞑っていた右目を開いて左目を閉じる。

 懐中電灯の光にさらされ続けた左目ではなく、暗順応によってすでに暗闇に慣れていた右目が辺りを正確に捉え映し出す。

 ――――良し、視界良好!


「どうしたのレイコ!? いったい何!?」


 引っ張られて走るミノリが悲鳴のように質問を飛ばす。それにケンも同意の声を上げた。

 まだ目が暗闇に慣れていないのか、二人の足はどこか覚束ない。


「さっき話していたでしょ、旧館の人魂の正体! それが佐々木先生だったのよ!」

「は!? 何だよそれ、意味わかんねーよ!」

「私だって知らないわよ! 本人がそう言ってたでしょ!」


 負けじと怒鳴り返す。それでも走る速度は緩めない。だって、


「じゃ、じゃあ何で逃げてんのよあたしたち。それのほうが意味分かんないって!?」

「考えてみなさい! どうして旧館に人魂が出るようになったの? 誰かが夜にこっそり忍び込んでたからでしょ! 教師なら何で堂々と入らないの? 日中に入らないのは何故? 噂になった時に名乗り出なかったのはどうして? 全部隠れてやらなきゃならない理由があったからでしょう? そんな人が私たちに見つかってただで返すと思うわけ!?」

「で、でもだからって……」

「私は最初悪い人が隠れてるんじゃないかって思ったわ。だから見つかる恐れのある日中じゃなくて夜に旧館内を歩いてるんだってね!」


 言って階段を一気に駆け降りる。

 二人もようやく慣れたのか私に合わせて降りてくる。

 よし、あとは玄関を出るだけ……!


「正解だ大神。ただでは逃がさない」

「「「―――――ッ!!??」」」


 駆け降りた先、待ち構えるように佐々木先生が平然と立っていた。


「ど、どうして……?」

「お前らしくないな、大神。柄にもなく弱気な声じゃないか」

「――――ッ。お、おかしいじゃない! 私たちのほうが早かった。なのにどうしてここにいられるの!? そんなのありえない!」

「さてな、そんなことは知らないな。ところで大神、面白い話をしていたじゃないか、続きはないのか?」


 からかうように、いたぶるかのように先生は問いかけてくる。

 それは授業中では一度も向けられなかった弱い者をいたぶる時の先生独特の威圧感。


「…………。え、ええいいわ。なら先生聞きたいのなら、特別に講義をしてあげてもよろしいですよ?」

「レイコ……?」

「大神……?」


 二人が背後で驚きと疑問の入り混じった声を上げる。

 私は精一杯に笑みを浮かべ、先生を睨み見る。

 それに先生は愉しそうに口元をゆがめた。


「なら、拝聴しようじゃないか」


 余裕の表情、今、先生にとって私は取るに足りない一生徒。完全に格下扱いだ。

 なら勝手に見くびっていればいい。私が誰だかを思い知らせてやる。


「私は初め噂の原因が人じゃないかと思ったときから悪い人、つまり犯罪者が潜んでるんじゃないかと思っていました。もしくは連続失踪事件の被害者が」

「…………」


 先生は黙っている。一瞬表情が変わった気もしたけれど暗闇でよく見えない。

 でもそれでもいい。私は後ろ手で二人に階段を上がるよう指示を出す。


「ここなら滅多に見つかることもありませんし、何よりも校舎内です。警察組織が滅多に立ち入れる場所じゃない。でもいくらなんでも連続失踪の被害者がいる、なんていうのは突飛過ぎます。それでも犯罪者が潜んでいるというのは十分にあり得る。もしくは佐々木先生、あなたが隠し匿っているという可能性ならね」


 もちろんそれも突飛な発想だ。

 そもそも私は連続失踪の話をミナトさんから聞いた時にここまで連想したのだ。

 それはただの思いつきだしミナトさんから話を聞かなければ思いつきもしなかったと思う。

 それでもあり得ない話ではない。


「ただ別に誰かを疑っていたわけじゃない。ただ、連続失踪の被害者じゃなく、加害者がいる可能性もありますよね? 何せ今久留米町では不可解な事件が起きていますから」

「…………」

「と、いったところで全ては憶測です。ただ――、先生が何かやましいところがあるのは真実ですよね?」

「…………」

「だって、先生がただ何か用事でここに入っていたのならそう言えたはず。ましてや昼間に鍵を使って堂々と中に入ることもできた。なのに先生はそれをしなかった。こんな夜中にしか入れなかった。もしくは……先生、土曜日に私と会った時、咄嗟にここに来た事隠しましたよね? それってやっぱり言えない理由があったからなんじゃないですか?」

「…………」

「黙秘も結構ですが、時にそれは不利になりますよ」

「大神、貴様あの時からすでに勘ぐっていたな」

「さぁ、どうでしょう」


 さらに口元を吊り上げる。

 憶するな、笑え。

 視線がぶつかる。

 その背後で二人が私から少しずつ遠ざかって行く気配を感じる。

 もう、潮時だ。


「……ふん。さすがは優等生。考えることが違う。ああ、認めよう。全部、正解だ。その通りだ、失踪者は――ここにいる」

「……え?」


 ニヤリとした笑みが見えた。

 でも、気づいた時にはもう遅い。

 一瞬の思考の空白。

 気づけば先生が目の前にいて、


「油断し――――っ!?」


 階段から先生が転倒する。

 何かが先生の顔にぶつかって先生は階下に転がった。


「レイコっ! 早く!」


 手を引かれる。

 先に上に行ったはずのミノリが私の腕を引っ張って、


「はっ、もう一発食らってろ!」


 ケンが立ち上がりかけた先生に向かって二つ目の懐中電灯を投げつけていた。


「走れ!」


 それが合図。

 ケンの声とともに私たちはまた階段を駆け上がった。


「ケン、逃げ道とかあんの?」

「知るかよ! ただとにかく逃げるしかねぇだろ!」


 先頭を切ってケンが走って行く。それに続くようにしてミノリ、私と駆けて行く。

 ケンの言う通りだ、とにかく逃げるしかない。

 どうやってあの時追いついたのかはわからないけど外に通じる一階は先生が塞いでいるはず。

 ミノリが言うように逃げ道なんてものがあればいいんだけど、そんなものはない。

 だからとにかく逃げないと――――


「待って!」


 私は足を止めて後ろを振り返った。

 そこには誰もいない。

 むしろ追いかけてくる気配すらなかった。


「なんだよ? 逃げなきゃやばいんじゃねぇのかよ!?」

「そうよ。でも我武者羅に逃げて逃げられるとも思えない。さっき先生はどうして追いつけたの? ううん、先回りができたの? もしかしたら私たちの知らない道があるのかもしれない」

「どういうこと?」

「よくはわからないわ。ただ先生がここに精通していることは確かよ。何度もここに忍び込んでるんだもの。それに比べて私たちはここを知らない。なら闇雲に逃げても先回りされるだけ」


 私は近くにあった教室に入る。

 そこは四十人は入れるだろうというほどの広さを持つ教室。

 さっきの教室と同じように、机や椅子は当時のまま残っている。


「ここに隠れましょう」

「な!? 隠れるって、そんなのすぐに見つかるだろ!」

「そうね。そうかもしれない。でも、それならそれで返り討ちにすればいい」


 掃除用具入れを開く。ここにもご丁寧に当時のまま清掃道具が入っていた。

 その中からモップを二本とって柄の部分だけを取り外し、一本をミノリに渡す。


「考えてもみて、先生は人間よ。化け物じゃない。なら三人いれば返り討ちにできるでしょう? なんてたって私とミノリは現役の剣道部員なんだから」


 手にしたモップの柄は即席の竹刀だ。

 軽く振れば、ブンッ、と鋭く空気を斬る。

 本来ならばこんな使い方絶対にしてはいけない。

 けれど、私たちが磨いてきた技術は自分と大切な人を守る、その為の力でもあるはずだ。


「そ、そうだよねっ。はは、安心していいよケン。あんたは私たちが守ってあげるからさ! なんてたってこっちには最強の主将様がついてるんだから!」


 急に元気になったミノリを見てケンも笑う。私たちは教室に入ってしっかりと扉を閉めた。

 こうすれば、いつ入ってきても大丈夫。さっきのような不覚は取らない。


「…………」

「…………」

「…………」


 動かない。私たちは固まったようにじっと扉を見据えて身構える。


「…………」

「…………」

「…………」


 緊張でモップの柄を握った掌が濡れる。

 それでも開く気配のない扉。

 それどころか廊下を歩く音さえ聞こえない。

 冬間近だというのに、真夏のように蒸し暑い。

 冷や汗が、背筋を伝う。


「…………」

「…………」

「…………」


 

「無駄だ」


 

「「「――――ッ!!??」」」


 一斉に振り返った。

 その先、私のすぐ隣に佐々木がにやにやと嫌な笑みを貼り付けて立っていた。

 ――――どうして?


「う、ウソだろ……」

「なんで、だってドアは開いてない……」


 大慌てで距離を取る私たち。

 思考は完全に停止して、ただただ恐怖だけが包み込む。

 でも、

 でも、前に確か――


「だから、無駄だと言っただろう。これだからクズどもは。私の前では何をしても無駄なんだよ」


 ――――そうだ。これはあの夜と……


「大神、さっきの講義はよかったぞ。実に的を射ていた。まったくもって呆れるくらい優秀だよ」


 世界が停止する。意識は残ったまま、ただ思考のみが逆行する。

 巻き戻す。時間を跳躍し思考(わたし)は始まりの夜に遡る。


 夜の恐怖。何をしても意味がない。どんなにあがいても逃げ切れない。そう、ソレはどんなに走ったところで常に傍にいた。まるで常識の規格外。通常には測れないソレ。故に正論は潰される。そんな物には意味がない。だから無理だった。あの夜は失敗した。


 でも今は違う。

 そう、私は対抗する術を知っている。

 そうだ、常識では通用しないというのなら、そんな余計なものは捨ててしまえ――――



 ――――からん……っ



 手に持っていた柄が落下した。

 さびれた旧校舎の中で、いやに大きな音が木霊する。


「諦めたか。さすが、優等生は理解が早い。そうだ、もう助からない」

「れ、レイコ……」


 ミノリが怯えた声でしがみついてくる。ケンは悔しそうに佐々木を睨む。

 そう。私は理解が早い。

 だから、理解した。


「さて、ここで最後に一つ講義をしてやろう。大神、お前は私が誰かを隠していると疑ったな? だがそれは間違いだ。隠しているんじゃない。隠れているのさ、こいつらがな……!」


 

 空気が揺らぐ。漂ってくる濃密な気配はあの夜と同じ。

 息がつまりそうなほどに粘着質な空気でみたされる。



「………………」

「………………」


 二人が目を見開いて後ずさった。

 もはや言葉にもならない。悲鳴の出る恐怖なんて生温い。本物は圧倒的なまでの威圧感と恐怖で体の全てを拘束する。

 ミナトさんは言った。百鬼夜行に出会うとそれだけでショック死する者もいると。

 それも今ならば頷ける。ここまで濃密で圧倒的な恐怖に出会ったら、それだけで心臓が止まりかねない。

 それは蠢く異形。

 その姿は目を背けたくなるほどの醜悪さ。

 夜に蔓延るこの世の理を外れた人外の輩が佐々木の周りに集う。

 彼らを前に平静を保ち、あまつさえ従えているかのように横柄に立つこの男もまた、きっと法の埒外。

 だから、


「く。くはははははははははははははははははははははははははははははははははっ! いるんだよ、こいつらが、妖怪どもがな!」


 狂った様な奇声の悲鳴が響いていく。

 それだけで校舎がぎぃぎぃと悲鳴を上げた。


「どうだどうだどうだっ。驚いたか! 恐いか! はっ、はははははははははっ! いるんだよ、この世には妖怪がなっ!」



「――――――――知ってるわ」



 右手に握った筒を向けた。左手は次の為に腰元に備える。


「――――あ?」


 さっきの私と同じ。何を言われたのか理解できなくて、どうして私がここまで冷静なのか理解できなくて佐々木の思考が止まる。

 それはほんの一瞬の、けれど致命的な隙。


「――――行きなさい」


 金色の閃光が(ほとばし)った。


「――――――っ!?」


 佐々木の体が弾かれたように大きく飛んでいく。

 それは窓ガラスを突き破り階下へと落下する。

 ――――それでも、助かっているだろうという予感はあった。


「――――」


 空になった筒を腰元のホルスターに収め、準備していた左手に握ったもう三本を引き抜く。

 そのまま私は周りの妖怪に向け撃ち放つ!


「行け――ッ!」

〝――――ッ!?〟


 妖怪たちの驚いたような奇声が轟く。

 それもそのはずだ。佐々木を撃ってから五秒と経過していない。これは自分でも驚くべき早技。

 それでもこのチャンスをものにするためには驚いてなんかいられない。


「こっち! 二人とも行くよ!」


 管狐の襲撃によってぽっかりと開いた逃げ道。

 そこへ向かってミノリの手をとり教室を駆け出す。

 ケンも驚いたまま、でもしっかりとついてくる。


「全弾、戻りなさい!」


 ホルスターに筒を戻し命令する。そうすれば管狐たちは金色の線を描いてそれぞれの筒へと帰って行く。

 それを確認し、私はさらに足元から一つ引き抜いた。


「お願い、ミナトさんを連れてきて」


 通じるかわからない言葉を管狐に込めて一匹を闇夜に放つ。

 こうなってしまってはもう私の手には負えない。ミナトさんしか、これを解決できる人はいないんだ。


「れ、レイコ! 今の何!?」

「……管狐。今は詳しく説明できないけど、この状況を突破する唯一の武器よ」

「は? なんなのよ、それって。意味分かんないってば!?」

「鷲崎! 今はいいじゃねぇかよそんなこと! お前言ってたろ、最強の主将様がついてるって。大神を信じろよ」

「け、ケン……。オーケー。あんたに言われちゃしょうがないよ、ケン。よくわかんないけどさ、勝算はあんでしょ、レイコ?」

「もちろん、っていいたいけどね。そんな大それたものないわ。でもね、」


 いったん言葉を区切る。そしてケンの顔を見つめた。

「ありがとね、ケン。信じてくれて。すごく、うれしい。ミノリも、ありがとう。あなたたちの事は私が必ず守るから」

「気にすんなって」

「あったりまえでしょ!」


 二人の笑顔に笑い返す。すごく、勇気づけられた。

 そう、私は今、一人じゃない。

 だから今度は私の番。

 あの時ミナトさんが助けてくれたように、今度は私が二人を助けるんだ。

 だから時間を稼ぐ。それが今の私がするべきこと。

 ミナトさんが来てくれるまでほんの少しでも長く時間を稼ぐことが今の私のするべき事なんだ。


 さあ、反撃開始だ。


~次回~

朔夜の死闘/5

12/12(月)18:00更新

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