朔夜の死闘/3
◆◆◆
夜の九時過ぎ。ようやく動けるようになって帰って行くみんなを見送る。
道場に残ったのは私とミノリの二人。
今日ばかりは一年生の仕事を引き受けて先に帰した。疲れて明日来れなくなってしまうのではたまらないから。で、ミノリは私に付き合ってくれたのだった。
「ありがとね、ミノリ」
「何言ってんの、今日の練習は全部あんたの今までの秘かなたくらみが成功した結果でしょ。本当ならあんたが一番えばっていいんだからさ、これくらいは当然だって」
「ええ、それは私もうれしいの。でもそれとこれは別。だからありがとう」
「いいって。気にしない気にしない。ほら、さっさと鍵返して帰ろう」
カバンを持って促すミノリに従って私もカバンを持って玄関に行く。
外に出れば薄らと星が顔をのぞかせていた。
「うーん、夜まで曇りかー。なーんか嫌になるなー」
「確かにね。今日は朝から曇りだったし、新月だから月も出てないし」
鍵を閉めて道場を施錠する。もう先生たちも帰ってしまったかもしれない。
こんな時間だ、守衛さんに無理を言って職員室に入れてもらおう。
「でも本当、今日の練習は疲れたぁ」
曇天の空を眺めながらミノリがぼやく。確かにそれは私も同感だ。もう筋肉痛が来始めている。
疲労で痛む体をさすりながら教室棟のほうへ向かえば案の定もう真っ暗になっていた。
仕方なく私たちは守衛室に周り理由を話して職員室に入れてもらう。怒られるかと思ったんだけど優しい人でむしろ私たちの体の心配をしてくれた。
なんでもシステムの関係で教室棟の電気を着けられないらしい。その為警備員さんが二人分の懐中電灯を貸してくれた。
本当は警備員の人が返してくれると言ってくれたのだが私のせいなのに仕事を増やすのも忍びない。
一緒についてきてくれるという言葉も辞退して、ミノリと二人で暗い廊下を歩く。
懐中電灯の黄色い光が仄かに廊下を照らし出す。
ポツリと灯る二つの灯火が物寂しく、それによって隅に生じたより強い闇がどこか私たちの心を圧迫する。
「……なんか夜の学校って不気味すぎじゃない?」
辺りを見回しながら小声でミノリが言った。
まるで小声じゃないと誰かに聞こえるんじゃないかと怯えるかのように。
「そうね。確かにこれなら人魂の噂が起きても不思議じゃないわ。隠れるにはもってこいだもの」
「え?」
「何でもないわ」
カツンカツンと私たちの歩く音だけが反響する。
普段は気づかないけれど、こんなにも学校は静かなんだ。
「本当、気味が悪いわ」
非常灯の明かりが薄緑色に辺りを照らす中、私たちは職員室にやってきた。
預かってきた鍵で扉を開けて中に入る。
入ってすぐの壁のところに鍵を掛けておくスペースがある。
「レイコー、さっさと行こうよー」
「はいはい、ちょっと待ってて。すぐに戻すから……」
「? どうしたの?」
私は鍵を壁に掛けた姿勢のまま固まった。
「――――無い」
「……何が?」
「旧館の鍵よ! ほらここ! 旧館の鍵が無くなってるのよ!」
そこは前に佐々木先生が旧館の鍵を持っていたときに空いていたスペース。
旧館の鍵がかけてあるべき場所。
そこが前と同じようにぽっかりと空いていた。
「ど、どうしたのよレイコ、急に大声を出して」
「……思い過ごしであってほしいんだけどな。でも昨日の今日……、あまりにも都合がよすぎる」
「? 何言ってんのよさっきから。わけわかんないって」
「だから杞憂ならいいって話よ。ミノリ、あんたは警備員さんに懐中電灯返して先に帰ってて。いいわね!」
そう告げると私は一気に駆け出した。
旧館の話を聞きまわった後のこれだ。昨日の襲撃と合わせて考えても偶然と取るには余りにも都合がよすぎる。
それに、もし私の憶測が当たってるとするならば、人魂の噂話は人の手によるものなんだから……!
一息に駆けて武道場までやって来る。
武道場の裏手には林に囲まれた旧館が闇の中、不気味に佇んでいる。
「――――ちょっと、待ってってばレイコ……!」
「――――!? シィ……ッ」
「……っ!?」
私を追ってきたのか、やってきたミノリの口をあわてて塞ぐ。
「何やってるのよ!? 帰れって言ったでしょ」
「あんたが急に走り出すからに決まってるでしょ。どうしたのレイコ? 何かあったわけ?」
「もう……っ」
小声で囁き合いながら私は武道場の影に身を隠した。
私に体を拘束されているミノリも必然そんな形になる。
「いい、ミノリ。少しだけ話してあげる。あなたたちに調べてもらった人魂の噂、あれは人間の仕業よ」
「え!?」
「詳しく話している時間はないわ。私はその可能性を確かめるためにあなたたちに調べてもらったってわけ。ここからが重要、よく聞きなさい。さっき鍵をかける場所に空いていたスペースがあったでしょ。あそこには本来旧館の鍵が掛かっているの。でもそれが無かった。もし人魂の噂が人間の仕業だとしたら、これはどういう意味か、わかるでしょ」
「……もしかして、今旧館に誰かいるってわけ……!?」
「そう。しかも夜にこそこそと動き回るしかないような人間がね」
――――ゴクリ。
ミノリの喉が鳴る。事の重要性が理解できたらしい。
「だから帰れって言ったのよ」
「……まって。もしかしてあんた一人で調べに行く気じゃないよね?」
「そこまで無茶じゃないわ。ただ嫌な予感が……――――シィッ!」
あわててミノリの口をふさぐ。
「!? ……!?」
「静かにしてミノリ! 今いたのよ、怪しい人影が!」
「!?」
こっそりと道場の影から旧館を覗く。
ここからだと入り口付近が見える。
そしてさっき私はミノリと話してる途中に覗いて見てしまったのだ。旧館に入って行く人影を。
「……ッ。どういうこと、人影って!?」
「わからないわよ。でも見たの、旧館に入って行く人影を!」
「でも人影って……――――ッ!?」
「どうしたのミノリ!?」
「あ、あれ! レイコあそこ!」
「あ……!」
光が灯っていた。
ミノリが指さした方向。
黄色い光がすぅっと漂っている。
「ひ、ひとだ……っ」
「しぃーっ」
叫び出しそうになるミノリの口をふさぐ。
私たちはその姿勢のまま固まった。
林の奥。旧館の廊下を漂う黄色い光を見詰めたままで。
「…………」
「…………」
しばらく声が出なかった。
私たちは今見た物に目を奪われていた。
わかっていたはずなのに、体が固まって動けない。
そうして固まったまま、
「…………」
「………………帰りなさい、ミノリ」
やっとの思いで、声を出せた。
「――――え?」
「だから帰りなさい。今のを見たでしょ。旧館には誰かいるわ。ここにいたら気づかれるかもしれない。だから帰りなさい」
「帰れって、じゃああんたはどうすんのよ!? 中に行くつもりなんでしょ!?」
「ええ。でも私なら大丈夫だから」
腰に手を当て武装を確認する。
……大丈夫。ちゃんとそろってる。これなら、
「ばか!」
「――――ミノリ?」
「あんたね、何でもそうやって背負い込まないでよね! あたしがいるんだから少しぐらい頼ってくれてもいいでしょ!」
「――――」
――――大変になる前に話してね
メグミに言われた言葉が甦る。
そうか、そうだった。
「……ええ。ごめんなさい、ミノリ。でも本当に危険よ」
「わかってるって。それでもあんたが行くんなら放っておけない。立場が逆ならレイコはあたしと同じ事言ったよ、きっと」
「――――ええ、そうね。じゃあ、助けてくれる?」
「もちろん。こういう時のパートナーはあたしだからね!」
旧館を見る。
何処かえ移動したのか光はもう消えている。
忍び込むとしたら今。
「じゃあ、行くわよ」
「オーケー。いざ出陣っ、ってね」
そうして、私たちは旧館に踏み込んだ。
◆◆◆
小さく開いたままになっている扉をくぐる。
厳重に鍵で閉ざされているはずのそこはやはりというべきか鍵が外されている。
音をたてないようにゆっくりと忍び込む。
まるで墨で塗りつぶしたような暗闇と埃の匂いが出迎えるそこは、まるで時の止まった空間だった。
昼間の明るい時間なら木でできた板張りの空間がよくわかったと思う。
でも今は真っ暗で何もわからない。
わかるのはここがちょっとの振動でもギィギィと音がするくらいに古くて不気味だってことと、埃がたまりすぎているってことくらい。
「ミノリ、ちょっとの間目を瞑っていて」
「え? 何かわかったの?」
「そうじゃないわ、こう真っ暗だと何も見えないもの。だから目を閉じて少しでも早く暗闇に慣れましょう」
「う、うん。でもこんなところで目を閉じるのってなんか怖いな……」
ミノリにしては珍しく弱気な発言が飛び出した。それに私はミノリの右手を握る。
「レイコ?」
「メグミがよくこうすると落ち着くのよ。だからそうしたんだけど、嫌なら離すから」
「ううん、このままでお願い。……はは、本当に落ち着くかも」
軽く頷いてぎゅっと手を握る。そうすればミノリも握り返してくる。それを私はかわいいな、なんて思う。
反対の手を腰に持っていく。ホルスターに収まった筒の確かな感触。
大丈夫。何があっても反撃できる。
「それじゃあ、行きましょうか」
目を開く。そうすれば瞳は暗順応を始めたようで、薄ぼんやりと周りが見える。
私たちがいるのはちょうど玄関だ。昔の下駄箱だと思われるところに私たちは立っていた。
そこを通り過ぎて私たちは廊下に出る。すぐ目の前には横にまっすぐ伸びた廊下と階段が現れて、さて、どっちへ行こう。
「どうする、ミノリ?」
「あの光は上のほうから見えたよね? なら普通は上の階にいるんじゃない?」
「……そうよね。なら上に行ってみましょう」
「恐いけどね。でも、ついて行くよ」
「ありがと」
私たちは手をつないだまま板張りの階段を上がって行く。
ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、
ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、
床が軋みを上げる。よほど老朽化が進んでいるのか、歩くたびに音が鳴る。
それに震え上がるミノリと寄り添うようにして二階へと向かう。
でもこの音で気づかれる心配はないだろう。
少しの隙間風でもうるさいくらいに響くのだ、軋む建物がまるで鳴き声のようにぎぃぎぃと響いている。
そうして、二階へと降り立った。
荒巻先生に聞いた通り構造自体は私たちの学校と何ら変わらない。長く伸びる廊下に沿って教室が続いている。
教室は廊下に沿って大きく窓が取り付けられていて中がよく見えるようになっていた。
昔の生徒は良く悪さをするとバケツを持って廊下に立たされていた、なんて聞いたことがあったけどもしここでそれをさせられたら屈辱的だろう。さぞ効果があったに違いない。
うめき声を上げる廊下をゆっくりと進んでいく。
廊下側の窓には埃がずっしりと溜まっていて窓全体を覆っていてまるで曇り硝子のようだ。
夜ということもあって外の様子はぼんやりとしか見えないからあの時点で万が一にも私たちに気付かれた可能性はなさそうだ。
窓の外、遠くに灯る外灯の燐光がぼぅっと瞬いている。
お互い何もしゃべらない。
恐怖と緊張のせいで私たちは自然と会話を控えている。
そのまま奥の見えない暗い廊下をゆっくりと進んで行き――――
「――――きゃっ」
「――――おわっ」
曲がり角で、盛大にぶつかった。
「な、何!?」
「な、なんだぁ!?」
素っ頓狂な声が重なる。
私と誰かはぶつかった勢いのまま廊下に倒れ、そのままお互いを見つめあった。
「………………………………ケン?」
それは見間違うべくもなくバカ犬だった。
「げ。何やってんだよお前ら……」
「ちょっと来なさいっ!!」
叫んでいた。まだ見ぬ誰かに見つかるかもしれない危険性とか、それによって起こりえる状況とか、その他一切考えることなく叫んでいた。
言ってしまえば、頭に血が上ったのだ。
「こっち!」
私はケンの腕をつかむとそのまま近くの教室の中まで引っ張って行った。
手をつないだままのミノリもわけがわからなそうに私に引きずられていく。
「あんたねぇ、何やってるのよこんな所で!?」
「お、お前こそ何やってるんだよ?」
「質問に質問で返さない。何やってんのよ?」
「…………た、探険だよ」
――――ブチッ
このとき私は確かに血管の切れる音を聞いた。
「……簡潔に、理由を述べなさい」
高温の炎は赤ではなく青くなる物だ。激昂した私の血は臨界に至り冷徹になったらしい。
声は凍りつき、見据える瞳が鋭くなるのを自覚する。
今の私なら視線一つで相手を石にした挙句に粉々砕く自信すらある。
「う……」
「…………」
「あー、しゃべっちゃった方が賢明だと思うよー、ケン」
ミノリが小声で忠告をする。それにケンは少し青ざめた顔で頷いてから口を開いた。
「……お前にさ、うそ、ついたんだよ」
「どんな?」
「ここの話、鷲崎とおんなじだって言ったろ。でもさ、俺、他に見たって奴知ってたんだ。柔道部の主将の猫田って奴、大神も知ってるだろ?」
「ええ、知ってるわ。隣で練習してるんだもの」
もっとも私はそれ以上に個人的に知ってはいたけれど。
そこまでは口にしないことにした。何でか知らないけど勝手に向こうが絡んでくるのだ。
「そいつに聞いたんだ。そしたら他とは違う事を言ってた。あいつは部活終わりに武道場側から見たらしい」
「? でもそれだけでどうしてここに来たの?」
「武道場からのほうが北門沿いよりも旧館に近いだろ、それに猫田は目が良いって自慢してたし。だからじゃねぇかと思うんだけどさ、あいつは人魂といっしょに人影も見たんだって言ってたんだよ」
「「……!?」」
思わずミノリといっしょに息を呑む。
人影を見た? それって、
「見たのは人魂といっしょだって言ってた。人魂の光の奥に人影みたいのが映ってたんだってよ。だからさ、確かめに来たんだ。もしかしたら誰かの仕業じゃねぇかと思ったからよ。それになんかしばらくしてから人の泣き声みたいなのも聞いたっていうしよ。なんか、誰かいそうじゃねぇか」
「で、興味を刺激されたってこと?」
「いや、そうじゃねぇよ。なんつーか、なんか気になったんだよ、大神がこんな噂に興味持つのは変だって思ったし。それにお前なら本当のこと話せば一人で調べにいっちまうだろ。でももしマジで変な奴とかがここに隠れていたらって思ってさ」
「……だから、あなた一人で?」
「ああ。けっこう気使ったんだぜ。お前らの部活終わる時間見計らったりしてよ。なのにいつまでも終わらねぇから遅くなっちまった」
そこでケンは言葉を切った。最後の台詞は何処か照れ隠しのようでもあったけど。
私はケンの顔をじっと見つめる。
ケンは嘘をついていない。
ケンがウソをつけばすぐにわかるんだ。あの時どうも様子が変だったのは話を意図的に隠していたからだろう。
ケンは私とは違う。平気な顔をしてウソをつけるほど卑怯者なんかじゃないし歪んだ性格をしていない。だからこれが真実なんだってわかる。
それに、今の話でよりいっそう私の憶測が真実に近づいた。
さっき人影を見たときから確信はあったけど。それはケンだと思う。
でもまだ不確かで、それでも判断材料はそろってきた。
「信じるわ、ケン。あなたはウソは言わない。それと――ありがと」
「え?」
「心配、してくれたんでしょ、私の事」
「あ、ああ。まぁ、そうだけどよ」
照れたようにそっぽ向くケン。もう、こんなところで視線を逸らすなばか。私だって恥ずかしいんだから。
「おやおや~、なーに二人で照れちゃってんの?」
「ち、ちがうわよ!」
「ち、ちげぇよ!」
思わず声が重なった。それにミノリがニヤリと笑う。くそぅ、なんか悔しい。
「ったく、変な事言わないでよねミノリ。っていうか、そういう状況じゃないでしょ」
「まぁねー。でもさぁなーんか良い空気だったから、ねぇ?」
「うっさい。もう、真面目に戻りなさいミノリ」
「はいはーい」
ひらひらと手を上げるミノリ。まったく、さっきまでの緊張感はどこにいったんだか。
咳払い一つで気持ちを切り替える。
一度、二人の顔をしっかりと見つめ、口火を切る。
「じゃあ今度は私の番。今のケンの話でより確実性を持ったから話すわ、ここに私が来た理由を。だからミノリもよく聞いて」
――――疑いを持ったというならそう、私は初めからこの話に疑問を持っていた。
明らかにできすぎた人魂話し。
だからだろう、どうしてもこれが本物だとは思えなかったのだ。
「私が疑問を感じたのは些細な違いなのよ。旧校舎に現れる黄色い人魂。でもおかしいと思わない? いろんな本や映像物では人魂や幽霊は青白く描かれる。それがどうしてか旧校舎の人魂は黄色だった」
ミナトさんは言った。伝承は真実を伝えていると。
なら、人魂は青白く光っていなければならない。
なのに、旧校舎のは違っていた。全ての目撃者が人魂は黄色い光だったと証言している。
それは私とミノリもこの目で確認した。
「たったそれだけじゃ疑う方がどうかしてると思われるかもね。でも私はだからこそ疑問を持ったのよ。それであなたたちに情報を集めてもらった。もし私の考えている通りだとしたらこれは人為的なものになるわ。おそらく噂になってしまったのは偶然でしょうけどね」
「でもさ、どうしてそれだけで人の仕業ってことになんのよ? ちょっと考えすぎじゃない?」
「ええそうね。でも考えてもみて。もし仮にここに人が出入りしていたとしましょう。そうしたらここで動き回るのに欲しくなるものがないかしら?」
「……欲しいもの?」
「懐中電灯だろ」
「あ、なるほど」
ケンの答えにミノリが納得したとばかりに手を打った。
「そう、懐中電灯よ。こうも暗いんだもの、明かりの一つもほしいって思うのが人間の心理でしょ」
「でもさ、それがどうして人魂になんのよ?」
「わからない? 懐中電灯の光の色は何色かしら?」
「……あ」
「そう、黄色よ。そして目撃した人の話だと目撃されているのは全て廊下付近。そしてすぅっとまるで進むように漂っているのだとか。でもそれは『ように』なんかじゃない。実際に進んでいたのよ、懐中電灯を持った誰かがね」
「……」
「……」
驚いているのか、二人は目をパチクリさせながら私を見ている。さらに、私は続ける。
「でもそれだけなら普通は懐中電灯だって気づくと思うわ。でもそうならなかった。それはもしかしたらその誰かが外部に気づかれないために光が極力外に零れないようにしていたのかもしれない。布を被せたりしてね。でも一つだけはっきりしている事があるわ」
私は教室の窓に近づいて行く。二人も釣られてついてきて、私は無言で二人に窓ガラスを指差した。
そこには廊下の窓と同じように埃がびっしりと積もっていて、まるで曇りガラスのように外の景色をぼかしている。
「この埃。中からみても埃の所為で外の景色がぼやけるわ。なら外から見える光にも同じことが言えるんじゃないかしら? つまりぼうっと光って見えた光はこの埃の所為で光が分散されて伝わっていたからなのよ。光が分散すればぼやけて見えるし通常よりも大きくも見える。つまりこの人魂騒動は老朽化した建物が造り出した偶然の産物ってわけ」
憶測は声に出すことで真実味を帯びた。二人は何も言わない。ただ驚いている。
「…………すげぇな」
ぽつりと、ケンが呟いた。
「もしかして話を聞いた時からそこまで考えてたのかよ?」
「ええ、疑い出した時からこの憶測はあったわ。でもあまりにも突飛だから情報がほしかったの。そしたらあなたたちが憶測を裏付けるだけの情報を持ってきてくれたでしょ。ケンの言う猫田くんが見たっていう人影も誰かが懐中電灯を持っていたからだって考えると納得できるもの。だから人魂の奥、というか後ろに人影があったんでしょうね」
「あ、そっか。なるほどな」
「…………ちょっと待ってよレイコ」
ケンが納得顔で頷くのとは反対に、ミノリが青ざめた顔で言った。
「あんたの話が本当ならさ、さっき私たちが見たのもその『誰か』の懐中電灯の光なんだよね?」
「ええ、でもそれはケンのよ。ケン、あんた懐中電灯持ってんでしょ?」
「へ? 持ってねぇぞ、俺」
きょとん、とした顔でケンは言う。
むしろ私のほうがそうなった。
「え? だってさっき私の質問に答えたじゃない」
「いやさ、俺もここに来るまでは欲しいなって思ってたんだよ。だから持ってこようと思ってたんだけどよ、忘れちまったんだ」
「…………」
一瞬、思考が停止する。
……そうだ、私はもとからそのために来た。
ここには『誰か』がいる。
だからこそそれを確かめるためにここに来たのに。
背中を、ひんやりと冷たいものが一筋流れ落ちた。
「じゃああの光は誰の……」
「――――私のだ」
声とともに、目の前がパッと明るく照らされた。
~次回~
朔夜の死闘/4
12/11(日)18:00更新