朔夜の死闘/2
◇◇◇
昼休み。私とメグミ、ミノリで仲良くお弁当箱を広げる。
それになぜか加わる二人組。
「大神、お前サンドイッチとおかずだけじゃ腹減るんじゃねぇの?」
「問題ないわ。あなたと違って燃費が良いから。それよりも、どうしてここにいるのかしら?」
「いいじゃないか、大神。食事はみんなでした方が楽しいだろ」
「そ、そうだよレイちゃん」
「ってか諦めなって。もう恒例みたいになってるし」
平然とお弁当を広げるのは言うまでもなくバカ犬と兎塚くんだ。
でもメグミもミノリもフォローするもんだから平気な顔で食事をしている。
「お、その唐揚げ一個くれよ」
ひょいっとお弁当箱から消える唐揚げ。
「何するのよ、ケン! まだ許可してないでしょ」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃないし」
「減ったわわよ、ばかっ」
私はケンを睨むがどこ吹く風とばかりに流される。
……なんかくやしい。というか何で誰も助けてくれないのよ。
「いやー、相変わらずだなと思ってね」
「うむ。いいじゃないか。俺たちに害はなく楽しい。いつも通りだ」
「どんな日常よそれっ」
「ほらレイちゃん、私のおかず一個上げるから」
「うぅ。ありがとぅ、メグミ」
ああ。メグミが女神に見える。
「あ、俺にもくれ」
「ダメ。ぜったいダメ! あんたはおにぎりだけ食べてればいいのよ」
「なんだよそれ、つめてーなぁ。ってかお前も気に言ったんじゃなかったのかよ、俺のおにぎり」
「うっ。き、気に入ったけど……。けど! それとこれとは話が別よ、別っ」
「ははっ。まぁほれ、一個やるよ。これでおあいこな」
笑顔で差し出されたおにぎりを受け取ってしまう。
……ぅう、なんかこれじゃあ買収されてるみたいじゃない。ケンのばか。
「あっははは! レイコが丸めこまれてるしっ」
「うるさいミノリ!」
おなかを抱えるミノリに怒鳴る私。けれどそれを見て今度はさらに他のクラスメイト達も笑いだして、気がつけば教室中が笑いに包まれるのであった。
◇◇◇
昼休が終わり、五時限目の授業が始まった。他のクラスは。
「佐々木先生来ないね」
チャイムが鳴っても先生が来ない。
今日の五限は佐々木先生の数学のはずだ。時間割にもそうなっている。
時間はもう十分ほど経っていて、それでも来ない先生にクラスの何人かがざわめきだす。
といってもあまり人気のない先生だからか、むしろ喜んで談笑している人たちが大半だ。
「ちょっと職員室に行って見てくるわ。もし入れ違いになっちゃったら携帯鳴らして」
「うん。お願いね、レイちゃん」
兎塚君にも言っておこうと席を立つ。
その時、教室の扉が勢い良く開いた。
「ごめんごめん、みんな。遅れちゃった」
やってきたのは岡崎先生。あわてて来たのだろう、薄らと汗をかいていた。
「どうしたんですか、先生? 佐々木先生は?」
「うん、それなんだけどね、今日は急な用事で佐々木先生は帰られました。なので代わりに私が授業をやりまーす。といってもさっき聞いたばっかりでなんにも用意してないんだけどねー」
あははー、と笑って先生は教壇の自分の席に座る。
よほど急いで来たのかそこで一息ついていた。
「うーん。でもこのまま何もしないっていうのはもったいないから今日は自習にします。各自でやってもいいし、グループになってもいいよ。ただし騒がない事! 理数系なら私も見れるから遠慮なく聞いてねー」
じゃあ開始、と先生が告げると各自が思い思いに教科書やノートを広げ出した。
逆らおうとする生徒が一人もいないのが先生の仁徳なんだろうな、なんて思っているとミノリとケンと兎塚くんがやってきた。
「いっしょにやろー」
「ええ、いいけどねミノリ。何も持ってきてないのはどういう意味かしら? ケンも同じくね」
「いやいや、ここにはレイコも兎塚くんもいるんだから何かしら教わろうかなーと」
「おうよ」
「あんたたちね……」
あきれて溜息をつく。訂正、ここに逆らう気満々の二人がいた。
「まぁいいわ。とりあえずやりましょう。苦手なものを中心にやればいいもの」
「ああ、二人には適当に教えてやればいいだろう。むしろ苦手分野だらけな二人だからな、教える材料には困らない」
机をくっつけてスペースを確保する。他でもいくつかそういうことをやっているところがあって、一応みんなまじめにやるつもりらしい。表面上は。
「そういえばさ、レイコ」
まったく勉強をするつもりがないのか、いきなりミノリが話しかけてきた。
「どうしたの?」
「ほら、あんたに頼まれてたじゃない、調べ物。その報告でもしようかなーってね」
「? どうかしたの?」
「そうなのよ、メグミ。旧館の怖ーい人魂のお話」
「えっ、怖い話なの!?」
「違うわよ、怖くない。でしょ、ミノリ?」
メグミを脅かそうとしたミノリの足を机の下でふんずける。ミノリは一瞬飛び上った後苦笑い気味に頷いた。
「ははは、うそうそ。だからレイコ痛いって足……。まったく、すぐ暴力振るんだから。暴力反対だっての。……でも人魂の話ってのは嘘じゃないよ、メグミ」
「そうね、でももしかしたら嘘かもよ」
「え? なにか掴んだのレイコ?」
「いいえ、ただの憶測。私の勝手な想像だから気にしないで。それよりも、話してくれる?」
一応声を落として話す。自習も授業だからね。
……ちょっと私がふまじめ代表みたいになってるけど今は目をつぶろう。我ながら勝手すぎるけど。
「まぁ話自体は前に言ったのとおんなじだけどね。ただ旧館の人魂を見たって人は本当にいるみたい。サッカー部の三年生とラグビ―部の二年生。サッカー部のほうは上級生だから聞けなかったけどさ、ラグビー部のほうは聞いてきた。そしたら部活帰りに旧館のある北門側の通りで確かに見たって言ってた。それも複数で見たんだって。旧館の廊下の辺りを黄色い光がぼわぁって光りながら通り過ぎってたって言ってた」
「えぇ……」
ミノリの話にメグミが震える。それでも話を聞くために私はメグミの手を握って話の続きを促した。
「普通にみんな見えたって言ってたけどさ、結構怖くない? あんな所に人魂が出るって。確かに出そうだけど。で、見たって言う人はやっぱり他にもいるみたいで感想はみんないっしょ。それと具体的に話しが出始めたのはだいたい二週間くらい前からだって。噂自体はもっと前からあったから実際にはそれより前から目撃されてたとは思うよ」
「そう。……ありがとう」
一度軽く頭で整理してからミノリに礼を言う。
やはりあの時私が感じた異和感は間違いじゃなかったという事だ。
「ケン、あなたはどう? なにかわかった」
兎塚くんといっしょに話を聞いていたケンに聞く。するとケンは頭を振った。
「とくにねぇよ。鷲崎に全部言われちまったからな。俺も似た感じ」
「……本当?」
「本当だって。なんでだよ」
「なんとなくよ。ただあんたが今だけおとなしかったのが気になってね」
言いつつ私はくるくるとペンを回す。
さて、これだけそろえば十分だと思う。
全部私の憶測にすぎないんだし、あとは時間が解決してくれるかもしれない。
「とりあえず助かったわ二人とも。ありがとう。もう調べるのはこれくらいでいいから」
「あれ、そうなの? ってか何で知りたがってたわけ?」
「ちょっとした興味本位よ。でもそれも十分満たされたからね。だからもういいの。もう勉強に戻りましょう」
今度はきちんと教科書とノートを広げる。それにミノリは不平を洩らしたがとりあえず無視をしよう。
「レイちゃん」
「ん?」
囁くような声でメグミが呟いた。
「隠し事はダメだよ」
「え……?」
「わかるよ、わたしには。だってレイちゃんわかりやすいんだもん」
「メグミ……」
「でもレイちゃんが隠すってことは何か大切な事なんだよね。でもねレイちゃん、大変になっちゃう前に相談してね。お話くらいは聞けるから」
「……。ええ、わかったわ。でも今回は平気だと思うの。さっきの話でそう思えたから」
「そうなの?」
「ええ。憶測だけど、大丈夫だと思う」
「うん、わかった。……でも、無理しちゃだめだからね」
そこまで言って、メグミは自習を始める。私もそれに習うことにした。
ただ、今の言葉が心に残ったけれど……。
◇◇◇
「それじゃあレイちゃん、また明日ね」
帰りのホームルームが終わり、教室はガヤガヤとした様相を呈す。
学校の終わったこのほんのひと時は帰る人や部活に向かう人などで朝や昼休みのようなにぎやかな雰囲気がある。
そんな中私はミノリとともに武道場に向かう為の準備をする。
「ケン、また明日ね」
「おう」
ケンにも挨拶をする。部活に入っていないケンと兎塚くんは帰宅部だ。仲良く二人いっしょに帰るらしい。
「あ、そうだ兎塚くん、良かったらメグミを途中まで送っていってあげてくれないかしら?」
「ふぇぇっ!? れ、レイチャン!?」
「ん? そうだな。最近は物騒だし、そのほうがいいだろう」
「と、兎塚くんまで!?」
驚きと動揺でメグミが顔を真っ赤にしてあたふたとしている。
私はわかりやすいとメグミは言っていたけれど、メグミの方がわかりやすいと思うんだけどな。
「そこまで動揺されても困るが。ナオヤもいるんだ、男二人が護衛ならばよほどの事がない限り問題は起こらないさ。ナオヤ、おまえも良いな?」
「ん? おう、いいぞ」
あっさりと頷くケンに、まだ動揺を隠しきれないメグミは俯いてしまう。
「それじゃあよろしくね兎塚くん。それとそこのバカ犬が変なことしないかどうか見張って頂戴」
「ふ、相変わらずの心配性だな。だがまあ任せろ。伊達に幼馴染じゃないさ、こいつの手綱は握っている。それに、いざとなったらナオヤを盾にして二人で逃げるさ」
「なんだよ京介、お前まで酷くないか?」
「普段の行いの結果だな。諦めて受け止めておけ」
「ちぇ。まあいや、ほれ、行こうぜ鶴巻」
「え? はっ、わっ、ふぁっ!?」
固まってしまったメグミの腕を取って平然と歩きだすケン。
自然な動作でこういう事ができてしまうのがあのバカ犬のすごいところだ。
まだ動揺しているメグミだけれど、きっとケンが元に戻してくれるだろう。
ただ……、
「じゃあよろしくね、兎塚くん」
「ああ。二人とも部活頑張れよ」
手を振って先に出た二人の後を追う様に兎塚くんは教室を出ていった。
なぜか最後に苦笑を浮かべたのが気になる。
「あらまレイコ、なにやら不機嫌じゃない?」
「不機嫌ってなんでよ? そんなわけないでしょ」
「いやいや、思いっきり不機嫌だから。なになに、そんなにケンがメグミの手を握った事が嫌だった? それとも二人が手をつないじゃった事が嫌だった?」
「――――っ!? な、なにくだらないこと言ってるのよ!」
「あらまほんとにそう思う訳、大神主将?」
「う、うるさいわよばかっ。そういうのを邪推っていうのよ」
突然変な事を言いだしたミノリを睨む。どこ吹く風とばかりに彼女はけらけらと笑う。
「んで、どうしたのさレイコ。急に二人とメグミを一緒に帰らせようだなんて」
ひとしきり笑ってから急に真面目な声音に戻るミノリ。
急に元に戻るなばか、これ以上怒れないじゃないか。
「特に理由はないわ。そうね、しいていうなら物騒だからってとこ。人魂の噂話しはきっと大丈夫だろうけれど、それでも実際に人が行方不明になっている現状に変わりないもの」
「あ、そういやそうだった。なーんか身近な出来事に感じられないから実感わかないんだよねー」
「事件なんてそんな物よ。大抵がまさか自分がっていう羽目になるんだもの。私はメグミにそんな目にあって欲しくないだけよ。もちろんミノリ、あなたにもね」
「うわ、なんかやさしいレイコって気味わるー」
「そう、ならさっそくこの後でその言葉を後悔すると良いわ」
「え、ちょっまって! うそうそ、嘘だってばレイコー!」
何やら喚くミノリを置いて、私は武道館に向かう事にした。
◇◇◇
冬に迫ったこの季節の日暮れは早い。あとひと月もたてば師走を迎える。
慌ただしい様に過ぎる時間、部活が始まった時には薄暗くなっていたし、気づいたらもう真っ暗だった。でも今日は遅くなりすぎたと思う。
「みんな、やる気があるのはいいんだけどね、それでも今日は張り切りすぎよ」
私らしくなく、道場の床に座り込んで愚痴をこぼす。肩で息をしていた呼吸もだいぶ落ち着いてきた。
まぁ、悪いのは私なんだけど、周りではみんな同じような有様だ。
中にはまだ倒れたままの部員もいて起きあがってこない有様だ。。
「愚痴をこぼすなんてレイコらしくないぞー」
「そういうミノリこそ声に張りがなくなってるわよ」
「まぁねー……。だって今日の厳しすぎだって」
「それを望んだのはあんたたちでしょうが……」
「あたしじゃなくってあいつらだってば……」
ミノリと二人でぐったりしながら話す。
今日武道場に入ったらみんながもう道着に着替えて私を待っていた。なんかすごいやる気だなーなんて思っていたら部員の一人が「大神主将、もっと厳しい練習でお願いします」なんて言ってきたのだ。
で、びっくりしてる私とミノリを余所に他の子たちも口々にお願いしますなんて言いだして、理由を聞いたらどうも土曜日の練習でみんな目覚めてしまったらしい。
頑張れば報われる。結果は必ず出るんだってわかったんだとか。
しかも私の練習ならそれが出る物だって実感してしまったものだからなら強くなるにはもっと厳しい練習だ、という結論に達したのだとか。
で、なら私も望むところだと、もう少し地力がついたら実行しようと温めていた練習(厳しめ)を実行してみたらこうなった。
うーん、どうも張り切りすぎたみたいだ。
でも、いつまでもこうしていたら逆効果になってしまう。
「ほらみんな休憩終わり。円になりなさい」
「うぇー、まだやんのレイコー?」
「違うわよ。いくらなんでもそこまで鬼じゃないわ。ほら、いいからさっさと円になって。ストレッチをするから」
「ストレッチ?」
「そうよ。充分以上に筋肉を酷使したからね。きちんと柔軟してほぐしておかないと今日の練習が意味なくなっちゃうもの。それに明日以降にも響くしね。だからストレッチをするわよ」
きちんと理詰めで説明をする。そうすればみんなちゃんとわかってくれて円になった。
私はその中心に座ってみんなに指示をする。とにかくじっくりやろう。帰る時間が遅くなるけど今日ばかりは大目に見てもらわないと。
でもこんなことも悪くない。
だって私たちは確実に強くなっている。県下では強くても関東ではまだそこそこ。団体戦全国出場なんて夢のまた夢だ。
でも、それが少しづつ形を成してきている。
そんな充足感が、今の私たちには確かにあった。
~次回~
朔夜の死闘/3
12/10(土)18:00更新