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妖物語 ~金色夜叉~  作者: 飯綱 華火
14/28

朔夜の死闘/1

 ――――けたたましい音で目が覚めた。


 ベッドから腕を伸ばして目覚ましのアラームを止める。

 結局昨夜私は何もしなかった。それでも精神的には疲れていたらしい。体が睡眠を欲している。だから体は布団に入ったまま。でも目は開けたまま。だってそうでもしないと睡魔に負けてしまうから。

 いつものようなすっきりとした目覚めじゃない。気だるさの残る、目覚め。

 それでも体に活を入れて起きることにする。

 カーテンを開ける。

 射し込む光は鉛色。雲の覆った、曇天の朝だった。



 ◇◇◇



 姿見で服装をチェックする。昨日はバンソーコーだらけだったけど傷はもう一つも残っていない。昨日の帰り際にミナトさんが治癒を施してくれたのだ。

 ミナトさん曰く、治療じゃなくて「治癒」。かなり高度な技術らしい。

 さらに言えば力の消費も半端ないらしく、かすり傷だらけだった私の怪我を直すのが精一杯なんだとか。

 それでもあれだけあったかすり傷が全部なくなっているのはありがたいし女の子としても嬉しい。でもここまでしかできないとミナトさんは不満を漏らしていた。

 相手の怪我を骨折や命にかかわる重症でさえ簡単に治せるレベルの人は日本に二、三人いるかどうかで、いたらもうミナトさんにとっては化け物じみてるとしか思えないんだとか。


「――――うん、良し」


 きゅっとネクタイを締めてブレザーを羽織る。

 身だしなみを確認して、私は部屋を出た。



 朝の学校はどことなく暗かった。

 今にも降り出しそうな曇天のせいなのか、雰囲気までもどことなく暗い。そんな中、薄暗い廊下を歩いて教室に向かう。

 どの教室もやっぱりどことなく重苦しい。

 蛍光灯の光を浴びながらも天気のせいで仄暗い教室は、それでもいつものように私たちの教室だけが相変わらずやかましかった。

 と、言うよりも。


「それがよー、ほんとに出るらしいぜ、人魂が!」

「えー、そんなのただの噂だろう、ケン」

「それがそうでもないみたいよ。あたしも調べてみたらさ、本当に見てる人がけっこういんのよ」

「あ、鷲崎さんも調べたんだ。でも本当にいるわけ?」

「マジなんだって。センコーだって見てる奴がいるみたいだぜ」


 バカ+1が騒いでいた。


「へー、面白そうな話ね。私もまぜてくれないかしら」

「あ、レイちゃんおはよう」

「へ? れ、レイコ!?」


 メグミの声で私に気づいたミノリが引きつった笑顔で後ずさった。


「別に取って食べやしないわよ。人の顔を見ていきなり逃げ腰にならなくてもいいのに」

「あ、あはははー。でも怒ってない、レイコ?」

「まぁね。でももとはと言えば私が頼んだことだもの。しょうがないわ」

「うわ。今日のレイコやさしー」

「できればそこで驚かないでほしかったわ」


 肩をすくめて席に着く。

 教室の中心ではまだケンが楽しそうに喋っている。


「で、どうしたのレイコ。いつものあんたなら怒ってるでしょ、バカ騒ぎするな、とか何とか言って」

「ええ。でも今回は別。杞憂っていうかね、別の可能性が出てきたから」

「? どういうこと?」

「取り越し苦労かもって話よ。それよりあのバカ犬、どこまで調べたのかしら」

「あぁ、ケンにも頼んでたんだ、やっぱり」

「やっぱり?」

「だってそうでしょ。あんたいつもケンの事何かと言う割にはしっかりと頼りにしてるもんね」

「え?」

「あれ、自分で気づいてなかったの? あんたいつもケンとメグミの事真っ先に心配して、頼る時は真っ先にケンに頼ってるって」

「だめだよ、ミノリちゃん。レイちゃんって昔からみんなの事しか気にしないから」


 話の輪から外れてきたのかメグミがこっちにやってきた。でもどういうこと? 私がどうのって。


「あ、やっぱり昔からなわけ?」

「うん、そうだよ。昔っからレイちゃんみんなの事は良くわかるのに自分の事はわからないんだよ。ね、レイちゃん」

「え、えっと。……ごめんメグミ。何言われてるかわかんないや」

「本当だ。レイコってここまで自分に鈍感だったんだ」

「……。なんかバカにされてる?」

「してないしてない。いやー、筋金入りのお人好しなんだなーってね」

「そこが良いところなんだけどね」


 微笑んでいるメグミに、頷くミノリ。なんだかいっきに置いてかれた気分だ。


「あの、メグミ?」

「うん。レイちゃんはやさしいねってこと。でもね、レイちゃん。自分に素直にならないとそのうち損しちゃうよ。後悔しちゃう。だから、できたらもっと素直になってね」

「あー、それってレイコには一生無理じゃない?」

「……やっぱバカにしてるでしょ、ミノリ?」

「だからしてないってばー」


 何故かおかしそうに笑ってるミノリと微笑むメグミに私はさらに首をかしげる。教室では相変わらずケンが楽しそうに話していた。



 ◇◇◇



 コンコンコンコン。

 ノックを四回。この間読んだ本によるとノックの回数には意味があって、ノック四回は礼儀が必要な場や相手に対して使うんだとか。

 そんなわけで私は社会科準備室と呼ばれる社会系専門の先生方のいる部屋を叩く。すぐに「どうぞ」という声がかかり私は中に入った。


「失礼します。二年の大神ですが、荒巻先生は……」

「おや、大神さん。どうしたんですか?」


 みなまで言う必要はなかった。入ってきた私を見て荒巻先生が座っていた腰を上げる。ちょうどいい事に、準備室は荒巻先生だけだった。


「次の授業は確かあなたのクラスでしたね。呼びに来てくれたんですか?」

「いえ、先生にちょっと質問があって」

「そうですか。なら受け付けましょう」


 椅子を進めてくれる先生の好意に甘えて私は腰を下ろす。先生は向かい合う形で自分の椅子に座った。


「授業前ですし、勉強の質問、というわけではなさそうですね」


 私の考えがわかるのか、先生はにこやかに笑うと的確に私の意図を言い当てた。


「ええ。時間も短いですから単刀直入に聞きます。先生は旧校舎の管理をしていますよね。あの建物が使われなくなってからどれくらいが経っていますか?」

「旧校舎、ですか。それは今ある噂話と関係があるんですか?」

「ええ、関係があると言えばあります。それよりも、」

「そうでしたね。質問に質問を返すのは良くない。期間的にはもう二十年くらいでしょうか。昔、まだこの学校が今よりも小さかったころの校舎ですからね。当時の教材や資料がかなりあって残していたらいつの間にか物置のような場所になってしまいましてね、気づいたら今もああして残ってしまったんですよ」

「それで今も管理していると。先生はいつごろから管理を?」

「だいたい十年くらい前からです。その時に一度取り壊しの話が出たんですが、すでに二十年が過ぎていましたから逆に思い出がたまってしまいまして。旧校舎を知っている昔の生徒たちも懐かしいからと、そういうわけで残すことになったんです。それからですね、私が管理するようになったのは」

「でも先生だけが出入りしているわけじゃないんですよね?」

「そうです。あなたたちの担任の岡崎先生には建物の様子を見てもらっていますし、そもそも職員室の壁に鍵がかかっています。前に犬養くんには無理だと言いましたが入ろうと思えば誰でも入れるんですよ。尤も、これはあまり知られていませんが」


 前に佐々木先生に聞いたことを確認して一度私は言葉を置く。

 やっぱり佐々木先生の言うことは本当だったようだ。

 なら、ここから先は私の憶測だ。


「旧校舎の構造は今の校舎と同じですか?」

「基本的には。でもそれはやはり昔と今との差はありますよ。でも、基本は同じです」

「なら、……これはバカげた質問なんですが、地下室のような場所ってありますか? 人が隠れられそうな場所とか」

「地下室、ですか?」


 面白そうに荒巻先生は笑う。それがちょっと恥ずかしいけど、とにかくそういう不審な場所がなければいいんだ。

 自分でもバカバカしいと思いながらも先生を見る。


「今までの質問のこれに関係があるんですね。……さて、もしあると、私が言ったらどうします?」

「え……?」

「…………。冗談です。ただどうしてか気になりまして。でもそんなところはありませんよ。あるのは教室だけです」

「そう、ですか」


 ……やっぱり思いすごしか。

 でも、だとしたらアレにはどう説明を、



 キーン、コーン、カーン、コーン……



 チャイムが鳴る。これは四時間目の始業チャイム。


「おや、鳴ってしまいましたね。質問は終わりですか? それなら授業に行きましょう」

「え。あ、はい。ありがとうございました」


 あわてて椅子から立ってお礼を言う。それに先生は軽く微笑んだだけだった。


「すみませんがこれを持ってもらえますか? 授業で使おうと思いますので」

「はい、わかりました」


 先生から大きな地図を受け取る。それは昔の日本の地図だろうか。それを持って私は先生といっしょに教室に向かう。


「あ、そうだ先生。最後に一つだけいいでしょうか?」

「なんですか?」

「はい。……旧校舎の鍵は職員室にあるものだけなんですか?」

「……いいえ。私が一つ予備として預かっています。なにぶん古いものですからね」


 そう言って先生は教室に入っていった。それに続いて私も教室に入った。



 荒巻先生の版書の音が静かに教室内に木霊する。普段ならば書きながらしゃべる先生はしかし、今日は黙って黒板に文字を刻む。

 これは先生に何かあったのではなく、むしろ原因は私たちの方だろう。

 版書を終えた荒巻先生が私たちに向き直る。


「いやはや、今日は久しぶりに面白い体験をしていますよ。教員生活も長いですしこの年だ、正直生徒たちが私の授業で眠ってしまってもそれを残念に思いはすれどももう気にしなくなっていた。それがまさか、全員が起きているから逆に授業に集中できなくなってしまうとは、面白い体験です」


 にこやかに微笑んで見せる先生に苦笑が漏れる。思わず私は兎塚くんと視線を交わし肩を竦める。

 そう、普段ならば真っ先に眠っているはずのケンでさえ最初から目を覚ましじっと授業に耳を傾けノートを取っていた。


「何でしょうね、本来ならば喜ばしい出来事のはずですが、皆さんの興味が日本史の授業に無い事がわかっているだけに素直になれない私がいます」


 そうでしょう、とでもいう様に微笑まれ、何人かの生徒が視線を逸らす。

 やっぱりだ。普段どおりじゃない授業は変な注目と期待の視線を浴びているからにほかならないのだろう。


「若い先生ならば、それこそ佐々木先生あたりならば激昂して注意でもするでしょうか。授業にだけ集中しろ、とね。でもまぁ歳をとれば自然と寛容になるものです。それに、昔の出来事から学びとるのも立派な歴史の勉強ですしね」


 ゆっくりと教卓の椅子を引いて腰かける。組んだ両手に顎を載せる仕草はこの間と同じ。

 それにみんなの興味がぐっと引きつけられる。


「さて、この間『鬼』について少し話しましたが、皆さんが聞きたがっているのはそういうたぐいの歴史でしょう? なら一つ、似たような話しをしましょう。皆さんは『動物憑き』という言葉を御存じですか?」


 それは、どこかで聞いたような言葉だった。


「この間の話しは妖怪が実は人間であった、というお話です。疎まれ、退治されるために妖怪という化け物にされた人間の話し。けれど今回は少し違う。妖怪に取り憑かれた、という理由で迫害された人たちの話しです。


 今でもそうですが、人は自分たちとは違う者を恐れます。

 また特異な存在を疎い迫害する。特に日本ではその特性が強く、それぞれの個性よりも他と同化する協調性の方が尊重される傾向にある。

 それ故に皆と違うから、という理由だけで村八分にされる、なんて事もあるのです」

「せんせー、言ってる事がわかんねぇよ」

「おっと、それはすみません。そうですね、ならばこのクラスに例えてみましょうか。

 このクラスには飛びぬけて頭の良い生徒が二人います。

 兎塚くんと大神さんです。

 皆さんには失礼な言い方をしますが、この二人は知力という点に置いて皆さんを遥かに凌駕している。

 それはこの間の佐々木先生に対する一件から良くご存知ですよね?」

「――――っ!?」

「せ、先生それは……!」

「別にあの件を問い正しているのではないですよ」


 ざわつくクラスに対しおっとりと肩手を上げて制する荒巻先生。

 でもあの言い方では私たちが何をしたかを知っているという事だ。


「誉められたやり方ではありませんが、経緯を聞く限りでは非は佐々木先生にあります。それは誰が見ても明らかでしょう。それに、ここだけの話しにしてほしいのですが、私自身も佐々木先生の横柄な態度は好きではないんです」


 ないしょですよ、とわざと口元に指を当たる仕草をする。

 それに私たちはそろって安堵の息をもらす。


「さて、話しを戻します。兎塚くんと大神さんは頭が良い。それもちょっとのレベルではないくらいに。

 でもだからと言って二人が他のみんなと比べて何か違うのか、と言われれば答えは否です。

 なにも違いなんてありません。

 教師をやりこめる程の優秀さを持つというだけなのです。その証拠に二人は皆さんととても仲がいい。二人の事が大っ嫌いだ、なんて思っている人はいないでしょう?」


 ぐるりと見回す様に言葉を投げかける先生。突然の言葉に私と兎塚くんはどうしていいかわからず、けれどみんな当然のように先生の言葉に頷いていた。

 それだけで、なんだか泣きたくなるほど嬉しかった。


「すばらしい。とてもいい事です。でもね、このクラスのような状況が必ずしも起こるとは限らないんです。

 逆に、その優秀さ故に仲間外れにされる事もある。

 過ぎた優秀さが時に反感と畏怖を呼んでしまうのです。自分たちとはどこか違う、とね。

 その行き過ぎた結果が『動物憑き』と呼ばれる者たちです。なぜそう呼ばれるかには諸説ありますが、有名なのは『狐憑き』や『犬神憑き』といったものでしょう」

「…………!」


 ハッキリと聞き覚えのある言葉がした。



 ――――僕たちは退魔師の中でも異端の存在なんだよ



 そういえば、高見さんはそんな事を言っていたっけ。


「例えば急に犬のように吠えたり、夜に行動するようになったりといった奇妙な行動を取る人を動物憑きと称したりもします。

 これは狂犬病などに罹患した人たちの事で、当時はそういう病気だとは知らずにそう呼んだという説もあります。ちなみに西洋では狂犬病の罹患者を『吸血鬼』と呼んだそうです。夜行性になり、嗅覚が鋭敏になったために強い刺激に反応する様がそんな伝説の生物を連想させたのでしょう。

 私はこの説であって欲しいと願っていますが、そうでなく自分たちと違うという理由で動物憑きというレッテルを押し付けて迫害する、という事も歴史上にあるようです。

 しかも悪い事にそういう『憑き物』にされた人間が出るとその人だけでなく家族全てがその対象としてみなされます。その為例えばなんの関係のない子供にさえもその家は動物憑きの家系だからという理由だけで迫害し、村などの共同体での立場を悪くしたり、結婚といった重大な出来事にまで影響を及ぼしたと言います。

 それも、これは昔の話しではなく、今でも実際にある話しなんですよ。結婚する筈であった相手の家系が動物憑きだとわかって取り止める、といったケースがね」


 何ということだろうか。もしこの話が本当ならば、二人はもしかしたら過去にそういった迫害を経験しているのかもしれない事になる。

 でも、今の二人からは微塵もそんな事は感じられなくて。


「ここで大切なのはそういった事実があるという事を知ることです。

 それを知った上で、皆さんはそういう人間にならないようにしてください。個々それぞれに特徴があり個性がある。それは当たり前の事です。

 みんな違って当たり前。

 だって皆さん一人一人がそれぞれ自我を持つ個なのですからね。私は今のこのクラスの在りようはすごく好きですよ。だからどうか、このままの皆さんでいてください」


 締めの言葉と共にチャイムが鳴る。

 張りつめていた空気が溶けるような、そんな解放感がクラスを満たす。

 なんだろう、先生の話しは重くて辛いものなのに、それでも今日のように聞きたいと思う何かがある。

 きっと、それをこの間の授業で感じたからこそみんなも聞こうと思ったのだろう。

 まさに教訓と呼ぶに相応しい話しだった。


~次回~

朔夜の死闘/2

12/09(金)18:00更新

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