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妖物語 ~金色夜叉~  作者: 飯綱 華火
13/28

動き出す影/5

 ◆◆◆


「ちょ、どうしたのよその怪我!?」


 待ち合わせ場所はもう定番と化しつつあるファミレス。一足早くにやってきて席を取っていた私を見て、やってきたミナトさんは開口一番にそんな言葉を口にした。

 彼女にしては珍しい素っ頓狂な声だった。


「別に何でもありません。ちょっとしたスキンシップが度を超えただけです」

「スキンシップって、いったい何をやったのよ。あなたバンソーコーだらけじゃない」

「ですから何でもありません。それよりメニューをどうぞ。お先にコーヒーだけいただいています」


 呆然と私を見下ろしてくる二人にメニューを進めついでに席に着くように促す。

 でもそんなにすごい格好だろうか。まぁ確かにミナトさんのいう通り顔を含めて全身至る所にバンソーコーや包帯を捲いてはいるけれど。


「前から思っていたんだけどさ、キミって自分の事には頓着しないよね」

「そうですか? 私は別に普通のつもりですが」

「そうかもねー。でも駄目よレイコ、女の子なんだからもっと自分を大切にしないと」

「てか何で今日も制服なんだい?」


 もう選び終わったのか高見さんはメニューを置いて代わりに私を見てくる。

 まだメニューにかぶりついているミナトさんはそっちに夢中だ。


「特に意味はないですよ。……そうですね、しいて言うなら高見さんが喜ぶんじゃないかと思いまして」

「な!? そ、そんなわけないじゃないかっ」

「あ、隠しても無駄よー、ソウジくん。女の子っていうのはそういう男の嫌らしいー願望や視線には敏感なんだから。それに、顔を真っ赤にしてちゃ説得力ないしねー」

「なっ!?」


 こういうところには抜け目のない一言に狼狽する高見さんだった。で、ピンポーンとチャイムが鳴る。


「あっ、何で押しちゃうのよソウジくん! 私まだ決めてないのに!」

「なら来る前に決めちゃってください。僕も彼女ももう決めているんですからね」


 頬をふくらますミナトさんを見て少し満足そうな高見さん。どうやらこれが彼にできる精いっぱいの抵抗らしい。

 ……こんど他の方法でも教えてあげようか。

 で、それでも結局今日も高見さんはドリンクバーの使いっぱしりにされるのだった。


 ◆◆◆


 食事を終え、夜の街へと繰り出した。

 昨日は同行させてもらえなかったけど今日はいいらしい。話によれば昨日はあれから何時間か街を探索して終わったという。


「昨日は何ともなかったけど今日もそうとは言い切れないわ。だからもし妖憑きと出くわしたらレイコは私の後ろに隠れていて。まだ管狐の使い方は教えてないしそもそも霊力自体がまだ使えないだろうから」

「? そんなに危険なんですか、その妖憑きは?」

「そうでもないわ、実際のところね。でもそれは私たち退魔師に限った話であって一般人には脅威よ。だからそうなったら私とソウジくんがかたづけるからレイコは隠れていること」

「……ええ、わかりました」


 はじめて妖憑きと出くわした時の恐怖を思い出して頷いた。

 確かにあれは私たちには脅威だと思う。


「うん。じゃあレイコ、お願いがあるんだけれどいいかしら」

「ええ。私にできることなら何でもしますけど」

「ありがと。じゃあさっそく街案内を頼めるかしら? 前にも言ったけど私たちはこの街には不慣れだからどうしても表通り的なところしか行けなくて」


 そういえば私が最初にミナトさんたちの協力者になった理由はそれが目的だったんだっけ。


「わかりました。どう行ったところを見て回りますか?」

「そうね。やっぱり人通りの少ないところかな。日中は普通なんだけど夜になると人通りがなくなるようなところとか、知ってる?」

「ええ、もちろん。いくつかありますからしらみつぶしに行きますか?」

「うん。じゃあそうしようか」



 先頭に立って歩き出す。

 とりあえず、頭の中にさっと候補をいくつか挙げて順番を決める。

 二人を伴って駅前へ行くことにする。


「この方向、駅に行くの?」

「はい。あそこは人通りが激しいですが、その分近道的な裏道も多いんです。だからまずはそこへ行こうかと」


 駅前は今は割合栄えていると言っても昔はそうではない。増設や改築の結果栄え出したのだ。

 そのためそれに伴った裏道的な分岐路が自然と形成されていた。


「でも確かに夜の駅って何か不気味よね。この時間帯ならまだいいけど、終電過ぎ以降なんて真っ暗で廃墟みたいだもの」

「確かにそうですね。しかもここは半端に栄えた駅前ですから深夜になっても人がたむろしてはいませんから余計にです」


 相槌を打ちながら薄暗い脇道へと入って行く。

 こういったところは妖怪なんかじゃなくても不審な者たちを呼び集める。

 変質者や通り魔といったどこかネジの外れてしまった人たちだ。何度か学校でも注意喚起がされている。


「ソウジくん、一応霊体レベルで犬神を出しておいて」

「了解です」


 黒い犬が三匹現れる。

 二匹は後ろに、一匹は先頭に立ち三角形をかたどる陣を作る。


「これなら怪しいものが現れても犬神たちが真っ先に見つけ出すからね。もしそうなったら後は僕たちに任せてくれ」

「ええ、お願いします」


 自信の籠った高見さんの声音に頷く。いつもよりたくましく頼りがいがあるように見えるから不思議だ。

 私は先頭を歩く黒犬の隣に着いてさらに歩を進めた。


 ◆◆◆


 それから私たちは二時間ほど街を練り歩いた。

 裏道だけでなく表通りも含め街を一周する。ここまでじっくりと街を歩いたことは今までになく、これほどまでに広かっただろうかと驚いてしまった。

 それでも何にも出くわすことも察知することもなく、ただ今日の終わりを迎えようとしていた。



 それは丑三つ時にはまだ早すぎる時間。

 故に、油断があったのだろう。



「……ソウジくん」


 最初に異変に気がついたのは黒犬だった。

 急に興奮しだし、鼻息が荒くなる。次いで、ミナトさんが小さく声を上げた。


「囲まれたわ」


 短く、硬い声音。それが否応なく緊張を煽る。

 体がこわばり、息が上がる。

 ミナトさん曰く私にも霊感があるという。それも普通よりも高い。

 だからなのだろうか、この息苦しいまでの圧迫感は。


「レイコは私の後ろに隠れていて。ソウジくん、犬神をあと二匹増やして」

「了解、センパイ」


 二人が私を庇うように立ち位置を変える。そこからさらに増えた黒犬が加わった。

 そこはいつかと似た風景。

 街灯がまばらに点在するそこは、あつらえたように誰もおらず、ぽっかりと空いた舞台にはちかちかと点滅する壊れた街灯が、スポットライトの代わりに仄かに照らしていた。

 今だ姿はなく、ただその息使いだけがやかましい。


「感知しました。数はおよそ二十。ただこれは……、妖憑きじゃない」

「どういうこと?」

「人間のにおいがしない。妖です」

「……どういうこと? ここにきて、妖だけ?」


 いぶかしむようにミナトさんは首をひねる。

 それでも微塵も油断など見せない。その姿に、私も腰もとの筒を引き抜いた。


「レイコ、あなたは手を出さなくても大丈夫よ」

「わかっています。でもこれは万が一の時の用心です。今私は足手まといなのは承知しています。だからもしもの時は切り捨ててください。自分の身くらいは何とか守ってみせますから」

「レイコ?」

「大丈夫。彼らは手なずけましたから。だから、敵に集中してください」


 体が震えるけどこの際しょうがない。武者奮いだと解釈しよう。


「……ふふ、頼もしいわね。わかったわレイコ。でもそうならないように努力するから」

「ええ、お願いします」


 ここで余裕を持って切り返せないのが癪だけど、今はこれが精一杯だ。

 だから、私は私でこの状態の最上を尽くすだけ。


「――――来ますっ!」


 高見さんの声とともに、妖の怪が一斉にその姿を現した。


 ◆◆◆


 びゅう、と冷たい風が一陣駆け抜ける。

 そこは戦場から外れたビルの屋上。ビル、といってもさほど高くなく六階建ての小さなもの。

 されど気づかれずに舞台を一望するには絶好の場所といえた。

 そこに佇むは二つの影。


「く。くははははっ」


 嘲笑が、こぼれ出る。一望し笑みを溢すは細長い影。

 まるで針金細工がごとき痩身を揺らし可笑しそうに嗤う。それは嘲りだった。

 望む先。そこでは三人の人影が妖に囲まれている。

 それは一目で窮地に陥っているのだとわかる光景。それに満足しているのか影は尚も嗤い続ける。

 隣に立つは異形の影。

 その出で立ちは和装のもの。まるで武家のごとき様相を呈している。

 されどその影を異形たらしめているのはその装飾ではなく、頭部。

 そう、まるでそれだけが別の物かのように肥大し、異様に突き出した後頭部を持つ。

 それは赤子以上の大きさを有しているだろう。

 まさに、人外の物ではない。

 その二つの影が戦いの行く末を見つめていた。方や嘲り、方や冷徹に。


「いいぞ、いいぞ。殺してしまえ、百鬼夜行よ!」


 嘲笑の叫びが、木霊する。


 ◆◆◆


「センパイ、これは……」

「ええ、百鬼夜行ね」


 周囲に目を配り、二人が呟いた。

 現れた妖怪は皆異形を呈し、その姿形が異なっている。その何とも言えない嫌な気配にあの夜の恐怖を思い出す。

 さらに、その異形の出で立ちがそれをいっそう煽りたててくる。


「何なんですか、これは?」

「百鬼夜行。名前くらいは聞いたことあるんじゃないかしら? 群れをなし、真夜中に列を持って行進する妖の群れの事よ。でも基本はそれしかしない」

「え?」

「百鬼夜行っていうのは列をなして行進するだけなのよ。その時に一か所に膨大な妖力が集中するから居合わせた人は体調を崩したり、なかには急激に当てられたショックで死んでしまう人もいるみたいだけど、本来なら何もしない。それが百鬼夜行なの」

「……だとしたら」

「ふふ。相変わらずするどいね。そういうことよ。

 ――――ソウジくん!」

「はい。――――犬神ッ!」


 

 ――――ォオオオーン……!



 高見さんの号令直後、一斉に黒犬が天に向かって雄叫びを上げる。それは天を割くかのよう

な咆哮。ビリビリと空気が揺らぐ。


「遠吠えは威嚇の手段。犬神の咆哮はそれだけで敵を縛りつける……!」

「数頼りっていう発想は悪くないわ。ただね、私相手に数で挑むのは愚の骨頂。さぁ、撃ち貫きなさい、管狐!」


 ミナトさんのもとから無数の黄色の光が撃ち上がる。

 それは空中で旋回し螺旋を描いた後、怒涛のごとく妖怪目掛けて降り注ぐ。


〝――――ッッ!〟


 猛る咆哮が空を(つんざ)いた。一斉に土煙が上がる。

 もうもうと揺れる煙の中、


「……え?」


 ゆらりと、何か大きな影が揺らめいた。


「ぬりかべ? まさか、妖が他の妖を守るだなんて」


 揺らいだ影は他の妖怪に覆いかぶさる様にして現れた。それが管狐の攻撃を防ぎ、それによって崩れ落ちる。

 しかしそのせいで他の妖怪たちは傷一つ負っていない。

 驚きは一瞬。

 すぐにミナトさんはニヤリと口元を緩ませた。


「これで完璧ね、ソウジくん。百鬼夜行を操る元凶がいるわ」

「ええ、ですが犬神の嗅覚でもまだ捉えられていません。おそらくはぎりぎり間合いの外にいるんでしょう」

「なるほど。……ふん、主人の性格が窺えるわ。臆病で、そのくせ口だけは達者なやつね絶対。きっと根性ひんまがってるんだわ」

「私が探してきましょうか?」

「いいえ、それはやめたほうがいいわ。こういう奴っていうのはね、自分の守りだけはしっかりと固めているものなのよ。ま、だからこそ妖怪を操る、なんてレアな能力を持っているんでしょうけど」


 どうやら推測は当たりらしい。

 百鬼夜行が群れをなすだけで人を襲わない、という前提があるとしたらそれを強引に襲うように命令する者が必ずいなくてはいけない。

 さっきの大きな妖怪が他の妖怪を庇ったところから考えて百鬼夜行を操っている者はその妖怪一匹一匹を操作しているのだろう。


「いい、レイコ。管狐の基本戦闘は放出、つまりは撃ちこみよ。一匹一匹は威力の低いライフル。それを数のごり押しでマシンガンや散弾銃に変える。もしくは策を巡らして一撃で仕留め撃つスナイパー。頭の良いあなたにはぴったりかもしれないわ。だから今はよく見ておきなさい。この先もしも私たちが間に合わない状況で敵に襲われてしまった時のために」

「――――はい!」


 すぅ、とおもむろにミナトさんが片腕を上げる。


「半分は任せるわ、ソウジくん」

「了解です、センパイ」


 高見さんに背を向け、正面の敵と対峙する。

 それでも敵は十数匹。

 先ほどよりも増えたのか、その嫌な気配を増している。

 それを気にした風もなく片腕を上げ見据えるミナトさんの背に、一つ、また一つと黄色の光が灯っていく。

 それはまるで指揮官のよう。管狐の軍隊がその采が振られるのを今か今かと待ちわびる。


「――――配置完了。照準、配数、威力分配良し」


 見据えたまま呟いていく。それに妖怪は動かない。否、動けない。

 それはまるで蛇に睨まれた蛙。

 動かなければ、逃げなければとわかっているのに、恐怖で縛りつけられている。

 管狐の軍隊がその隊列を整え、己が牙を研ぎ澄ます。

 つぅ、と背中を冷たいものが流れ落ちた。

 冷や汗をかいている。ただ傍にいるだけなのに私までも殺気にあてられる。


「――――行け」


 厳かに、采が振られた。



 シン、と夜気が静まりかえる。

 瞬いた黄色の閃光。粉塵の薄れとともに視界と場が開けてくる。


 まさに一撃。


 容赦のない圧倒的な量の奔流によって妖怪の群れは呑まれて消えた。

 一拍遅れる形で高見さんが近づいてくる。


「こっちも終わりました。やっぱり雑魚でしたね」

「そうね。なんか試されているようで釈然としないけど、これで一つだけはっきりしたわね」

「そうですね。今の百鬼夜行の様子からして操られていたことは間違いないみたいですし、間違いなく今襲撃をかけてきた者は僕たちの敵で、首謀者です」


 こくり、と微かに首肯してミナトさんは考えるように腕を組んだ。


「どうしたんです、センパイ?」

「……ううん、ソウジくんの推測は正しいと思うの。それには私も同意見だし。でも何か釈然としないのよ。不可解な点が多いし、なんていうか、ひっかかるのよね」


 うーん、とうなるミナトさんと同じく腕を組んで考え出す高見さん。

 マネをするようでちょっと釈然としないけど私も同じようにして考える。


 敵の正体。

 人をさらう理由。

 私たちの事が知られた原因。


 思いつく限りを頭に浮かべてみれば、まだ私たちは何にもわかっていないんだと改めて認識してしまった。

 こちらは遅々として進まないのにどうして敵にだけはこっちの行動がばれたんだろう。

 何故かそれがひどく気にかかる。


「ま、今はわからないことをこれ以上気にしても仕方ないわね。それよりも今日は帰りましょう」

「ミナトさん?」

「うん? 不安かな? でもこれ以上ここで考えていても仕方ないわ。だから帰ろう。ぐずぐずしてもしもう一度襲撃されたら面倒だもの」

「……はい。じゃあまた明日、ということですね」

「そういうこと」


 帰ろうか、とミナトさんが歩き出す。それに私たちは従う。


「あ、そうそうレイコ。噂話とかそういうの、何かわかったことあった?」

「え、ええ。そうですね。前にいった通りの事がほとんどです。ただ、私がその噂を聞いた日、つまり月曜日からは目撃者はいないみたいです」

「そう。……うん、ありがとう」

「あの、一つ聞きたいんですが、幽霊や人魂ってどんな姿をしているんですか?」

「うーん、……そうね、大体似たり寄ったりなんだけど基本的にみんな薄いわね。ぼやけている感じ。呆としていて輪郭がはっきりとしていないの。それでその場に留まっているかふわふわと辺りを漂っている、と言ったところね。ただ昔話や伝承に出てくるものは大体真実だから幽霊も人魂も薄い青色をしているの。……参考になったかな?」

「……ええ。……ありがとうございます」


 お礼を言って素早く脳をフルに回転させる。

 おかしい。

 今おかしな証言を聞いた。

 もしこれが間違いではないのだとしたら……。

 頭をフル稼働させる。

 私の勘違いなのか、この事件への突破口なのか。

 とにかくまだ情報が足りなすぎて考えたくても考えられない。

 だから今日はミナトさんのいう通りここまでにしよう。

 もしかしたら明日二人が何か掴んでくるかもしれない。

 そうじゃなくても明日話をまとめて報告をしよう。

 一人胸の内で呟いて、こくんと頷いた。

 今日は心配だからという二人が家まで送ってくれることになった。

 いつも黒犬と帰る道すがら、三人で取りとめのない会話を交わしながらゆっくりと家路をたどった。

 空には月と星。

 薄く細い三日月は、明日が朔の日だと告げていた。



                                    第四話 動き出す影/了


~次回~

第五話 朔夜の死闘/1

12/08(木) 18:00更新

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