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妖物語 ~金色夜叉~  作者: 飯綱 華火
12/28

動き出す影/4

 ◇◇◇


 窓から差し込む光で自然と目が覚めた。

 ミナトさんの言う通り体は疲れていたのか、帰るなり私はすぐに眠ってしまった。でもそのおかげか今はすっきりとしている。こういうのは好きだった。軽くて、体を動かしたくなる。


「う、んー……」


 ぐー、と伸びをする。屈伸運動で血が体に行きわたる。

 さて、朝ごはんを食べに行こう。



 朝食を食べ終え部屋に戻ってくる。

 待ち合わせは夜からだし何より今日は休日だからちょっとのんびりとしている。それでも身だしなみは整えなければと鏡を置いてある机の前に座ってメールが届いているのに気がついた。

 どうも昨日の夜に届いていたらしい。気がつかないで寝ていてしまっていたというわけだ。

 いくつかあるメールの中で気を引いたのが二通。ケンとミノリからのものだった。

 開いて見れば内容は二人とも似通っていた。調べてくれたことの中間報告らしい。


 それによると私が二人から最初に聞いた時から新しい目撃者はいないのだとか。

 でも目撃した人は数人だけど本当にいるらしくその人たちの証言は最初にミノリが話してくれたこととほぼ同じ。

 よく目撃されたのが旧校舎の廊下部分で、そこを黄色い光がすぅっと歩くように通り過ぎていったのだとか。ただぼんやりとしていて黄色い光の玉ぐらいしかわからないそうだ。

 まぁそこは人魂だとか幽霊だとかそういったたぐいのものだから仕方ないと思う。とにかくこの目撃証言は大事なものかもしれない。

 とりあえずは明日もう一度話を聞いてから報告するとしよう。


「でも、ちょっと前の私だったらこんな話は信じなかったんだろうなー」


 口に出してぼやく。そのまま筒を一本取りだして手の中でもてあそぶ。


 この二日間で私の生活や常識は一変してしまった。


 あらためてそう考えるとすごいことだ。

 当事者として実際に動いているときは深くは考えなかったけど、こうして落ち着いてみると劇的に変わってしまったのだということがよくわかる。というか、百八十度反転してしまった気分だ。


「でも、気をつけないと」


 そう、私がこういったことにかかわってしまったからにはせめて周りに影響を与えないように気をつけなくちゃいけない。だって、もし私の友達の誰かがあの時の私のような目にあってしまったら私の時のように助けが入る保証なんてないんだから。


「……」


 ミノリにありがとうという返事とともに無茶はしなくていいと念押しの返信を送る。


「あのバカ犬にはメールじゃ意味ないわよね」


 ちらりと時計に目を向けて携帯を置いた。

 またあとで直接電話しよう。今の時間なら絶対寝ているだろうし昨日みたいに起こしてしまってはかわいそうだ。


 ◇◇◇


 お昼になるちょっと前。私は学校の制服に身を包む。

 私の通う学校の制服はハッキリ言ってかなりの人気だ。公立高校であるにも関わらず男女共にかなりオシャレに気合いが入っている。というか、公立なのにブレザーという時点でおかしい。

 今の時期は冬服であり、またネクタイの着用が義務化されている。

 そのネクタイと女子はスカートに、男子であればズボンにはチェック柄が施されており、その柄の色彩によって学年がわかるようになっている。

 二年である私たちは赤色が目立たない程度のアクセントとして入っている。

 そんな自分の姿を、まじまじと見つめた。


 姿見に映る私の姿はどこからどう見ても女子高生そのもの。

 平均よりも少し高い背丈にセミロングに伸びた黒髪。メドゥーサに例えられる事もある私の瞳はやや釣り目がち。

 スタイルはまぁ、ほどほどと言ったところだろうか。悪くは無いとは思うけれど別に特段優れているわけでもない。

 しいて言えば鍛えているから引き締まっている、と言ったところか。

 胸のサイズで言えば、一番大きなのがメグミでミノリが最下位、私は中間といったところでで大きさはややメグミより。


 ……なぜ私は胸の大きさなんかを分析してるんだろう。

 最後に思考が変な遊びをし、それに苦笑を浮かべる私はどこからどう見ても普通の女子高生。

 でも、もうそうではなくなった。

 スカートの下に隠したホルスターと腰に巻きつけたホルスターを点検する。

 制服でばっちりと隠れたそこには管狐が眠っている。引き抜き、命じればいつでも飛びだす彼らは猟犬だ。そんな物を制服に忍ばせる女子高生なんてきっと私だけだろう。

 こうして改めて自分の姿を見てみると海外映画のエージェントみたいに思えてきて、なんだか柄にもなくテンションが上がってしまう。


「……よし、問題はないみたい」


 しっかりとホルスターを隠せている事を確認する。よほど派手に動きまわらなければ見られる心配もないだろう。

 最後に胸ポケットに一本、ミナトさんから貰った万年筆を差しこんで私は学校へ向かった。



「よう、大神じゃねぇか」


 学校へと向かう道すがら、ケンと出くわした。


「あなた……、何やってるの、こんなところで」

「何って、買い物に決まってんだろ。キョウスケといっしょによ」

「え? 兎塚くんもいるの?」

「なんだ、ナオヤにしか目がいかなかったのか」


 どことなく非難しているような、楽しんでいるかのような声が返ってくる。クイッと眼鏡を上げて兎塚くんが現れた。


「ごめんなさい、気がつかなくて」

「だろうな。ま、俺はそこの本屋にいたのだから当然なんだが」


 気にかける風もなく兎塚くんは言ってくれる。それに心なしか救われる。ケンだと絶対こうはいかない。


「で、お前こそ何やってるんだよ大神?」

「え、ああ」


 ケンが不思議そうにこっちを見てきた。無理もないか、ケンたちは休日だから私服で街にいるけど私は制服なんだから。


「これからちょっと学校に行くところなのよ」

「学校? 何でまた。休みなんだぜ今日は。なのにわざわざ行くとか物好きだなーお前」

「あのね、そこを部活があるからとか考えられないわけ?」

「ん? そうなのか?」

「ま、違うけどね」

「はぁ? なんだよそれ」


 混乱したのかケンが頭を抱える。それがおかしくてつい兎塚くんと笑ってしまった。


「何だよ二人してよー」

「すまんな、ナオヤ。頭を抱えるお前を見てるとついな。で、大神、何か用事か?」

「ええ、まぁそんな所よ」

「ん? あ、もしかしてお前旧校舎に一人で探りいれに行くのか?」

「旧校舎? 例の噂か?」

「違うわよ。それとは別の私用」


 かぶりを振って否定してみせる。ミナトさんたちはもっぱら妖怪調査は夜に行っていた。どうしてかはわからないけど、それに習うなら旧校舎に行くのは夜にすべきなのだ。もっとも、別にいってみるつもりはないけれど。


「ナオヤ、旧校舎がどうかしたのか?」

「ん? おう。キョウスケも知ってるだろ、人魂の噂。何でかしんねぇけど大神が調べてるみたいでさ、それでそう思ったわけ」

「ふむ、そういうことなら俺も手伝うが」

「大丈夫よ。その気持ちだけ受け取っておくわ。それにそこまで詳しく知りたいわけじゃないから」

「あれ、そうなのか?」

「ええ。だからケン、あまり無茶しなくていいわ。ほんの少し調べてくれるだけでいいの」

「……。まぁわかる範囲で調べてるけどよ」

「よかった。ならこれからもそれでお願い」


 ほんの少しだけ安堵する。ケンが深入りしていたらどうしようかと思ったのだ。でもこれなら安心だ。


「大神」

「ん? 何かしら、兎塚くん?」

「ああ。詳しい事情は知らないが。お前も深入りしないほうが身のためだと思うぞ」

「え?」

「……。よくはわからないが、そう思ったからな」

「そう。忠告として有り難く受け取っておくわ」


 一瞬、兎塚くんと視線が交錯する。


「じゃあ私はこれで行くわ」

「おう、またな、大神」


 軽く手を振って二人に背を向ける。

 ほんの少し、最後の言葉が気になった。


 ◇◇◇


「――――出なさい」


 号令直下、神聖な道場に黄色い光が溢れ返る。

 筒を全て捨て、私は管狐を召喚する。


「……」


 好き勝手に浮遊する管狐の群れ。それでも一応私の視界の範囲内にいるのは何かしらの意図があってのものだろう。

 やはり昨夜高見さんが言っていたように、私はまだ彼らに認められていない。

 こうして召喚に応じたのはミナトさんから借り受けているからにほかならない。


「不満があるのはわかっているわ。そりゃあの人の下にいたんだもの。いきなりこんな小娘の下に着くなんて嫌よね」


 首を上げ、浮遊する彼らに向かって話しかける。

 勝手気ままに浮遊しながらも私に注意を払っている、そんな気配を感じる。


「もし気に入らないのならミナトさんのもとに戻りなさい。それは私が許可します。ミナトさんもきっとわかってくれるだろうから。でも――それはこの後の結果次第よ」


 道場内にふさわしいように私は道着に身を包む。同時に身が引き締まるような爽快感。

 カチリ、と私の中のスイッチが入る。

 妖相手に言葉が通じているかはわからない。けれど、昨日のミナトさんの言葉を聞く限り、私がしようとしている事の意味ならば十分に理解しているのだろう。

 ギュッと、右手の竹刀を握り締め、


「さあ、昨日の続きと行きましょう」


 その言葉に、管狐たちがにやりと笑った様な、そんな気がした。


「――――」


 細く深く、息を吸い込む。体中に空気が満ちていき充満する。

 ギアが上がる。

 目を見開き、頭上の敵を睨み見る。

 構える竹刀は正眼。水の構え。

 軽くかかとを上げ、膝を緩く曲げる。

 頭上の敵、その総勢は二十一。



 ――――私を認めないというのなら、いいだろう、全力で以って知らしめる。



「来なさい―――― !」

〝――――ッ!〟


 上がる声はほぼ同時。管狐が一斉に頭上より降りかかる!


「ヤァァアアアッ!」


 裂帛。

 自らに喝を入れ、同時に相手をも威嚇する。

 さらに床を蹴り前方へと跳躍のような大移動。振りかえりざま、その勢いを利用して直前まで私がいた場所に降りかかる管狐に向けて逆胴を叩きこむ!


 ――――ゴウッ


 風を切りほとんどが空を切る。でもその中にも微かな手ごたえを感じ取る。

 一、二匹だけれど確実に仕留めた必殺の感覚。


「――――ッ」


 それでも気を抜いてはいられない。

 私得意の胴がほとんど躱されたということと、まだかなりいる管狐の数に気を抜くことは許されない。


〝――――〟


 頭上で円を描くように管狐が浮遊し旋回し始める。

 ――――危ないっ!


「…………ぁ、っ」


 とっさの判断で横へと飛ぶ。

 だけどそれも間に合わない。逃げ遅れた右足が降りかかる管狐の群れに呑まれ持っていかれる。

 まるで洪水だ。

 本当に根元から持って行かれた気分。それでもまだ大丈夫。まだ動く!


 再度空中に浮遊する管狐。


 左足に体重を乗せ重心を後ろ側へ。

 割合は三対七。間合いは広く、相手を見渡す。

 正眼に構えていた剣線すぅっと下へ。

 新たに対峙するは地の構え。

 剣道五行構えの一つ、下段構え。


「ふふ。そうこなくっちゃね」


 口元に薄く笑みを浮かべる。

 いい高揚感だ。体が緊張と興奮で熱を持つ。

 この感覚は滅多にない。本当に強い人と当たった時、もしくは私自身が戦いに興奮しているときにしか訪れない戦闘への喜悦。


 私は今、ノっている。


 この感覚ならば負けはしないと言い切れる。

 重心を後ろに集めた姿勢はまるで猛禽だ。

 手負いと見せかけて、飛びかかり襲う隙を探る狩りの構え。

 高揚感とともに力を蓄える。

 睨み見る先。

 中空で再び円が描かれていく。


「ヤァァアアアッ―――― !!」


 再度。私は声を張り上げた。


~次回~

第四話 動き出す影/5

12/07(水) 18:00更新

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