動き出す影/2
◆◆◆
街の中心地、駅前へとやってきた。
私の住むこの街は他の街と変わらずさして発展しているわけではない。だから必然的に人が多く集まる駅前だけがにぎやかに発展していた。
それとも、駅前が発展したから駅前に人が集まるようになったのか。
とにかくその一角、よく集合場所としてつかわれる噴水前に私はたたずむ。他にも私と同じように待ち合わせだろう人たちが何人か目に着いた。
腕時計に目を向ける。遅れてしまうかとも思っていたけれど、時間にはほんの少しだけ余裕があったようだ。
私は制服姿のまま噴水前に立つ。
そうしてほどなくして二人がやってきた。
「おまたせ、待たせたかな?」
「大丈夫です、私も来たばかりですから」
二人は昨日と同じような私服姿だった。
これから三人で行動するには制服姿の私は少し浮いてしまうかもしれない。
ミナトさんはいかにも大人の女性といった装いでトレンチコート姿が格好良い。
逆に高見さんはダボっとしたアジアンテイストの装いだ。
二人並んだ姿はとてもじゃないがカップルには見えない。精々が姉弟といったところか。
「……? なんですか?」
「あ、い、いやっ、何でもない」
「あれ、もしかしてソウジくん、レイコの制服姿に見とれてた?」
「そ、そんなわけないじゃないですかーっ!」
何やら顔を真っ赤にしてあわてている高見さん。
私は自分の見てくれが良いのは自覚していたし、私の高校の制服はお洒落だと有名だ。特に学年カラーをあしらったチェック柄のスカートとネクタイは女子に人気の一品。そんな効果もあってこれまでこういう場所では幾度となく声をかけられたし、こういう反応も経験済み。
もっとも、ここまで露骨に見惚れられたのは初めてだったけど。
「構いませんが、ほどほどにしてくださいね」
「う……いや、ああ」
「はははっ、ほどほどにねー、ソウジくん」
楽しそうに笑いながら「じゃあ行こうか」と言って歩き出すミナトさん。それに私は付いていく。
後ろからなにやらしょんぼりしながら高見さんがついてくる。
この人のしょんぼりした姿は昨日と今日だけでだいぶ見ている。相当に打たれ弱い人らしい。
「どこへ行くんですか?」
相変わらず高見さんの様子に気を掛けずずんずんと先頭を切って歩くミナトさんの後姿を追いかけて、並ぶようにして歩きながら私はたずねた。
「んー? 今日は体育館よ」
「え?」
「ふふふん」
謎めいた笑みを浮かべどこか楽しそうな顔をしながらもミナトさんはそれ以上何も答えてくれなかった。
後ろを振り返れば高見さんも何も知らないという風に肩をすくめる。
なんというか、ケンをバカ犬というのなら、何も知らされていないのに大人しくついてくるこの人は忠犬だ。
私と高見さんは黙ってミナトさんの後についていくことにした。
◆◆◆
中心地から少し行ったところに市民体育館がある。
そこは名前の通り市の体育館できちんと予約なり貸出願いなりを提出すれば誰でも自由に使える。時間はあらかじめ決まっていて三時間を超える借用はできなくなっている。団体ならそれ以上の時間も可能だけれど、それは十五人以上からと決まっている。
そしてミナトさんが予め予約しておいたというそこは体育館の中でも小さなホールのような場所だった。
「便利になったものねー、体育館の中にこんな小さな体育館があるんだもの」
広い窓が敷かれている壁に寄りかかりながらミナトさんは全体を見渡してそう言った。
狭い、とはいっても三人なら十分すぎる広さがある。
「一応念のためにこの窓には不可視の結界でも張っておこうかな。こっちには護法の印を刻んでっと」
ぺたりと張り付けたのはお札だろうか。
それ以外にも体育館のあちらこちらに細工を施していく様はものすごくあやしい。
そんな彼女をしばらく眺めていると全てやり終えたのか満足そうにうなずいた。
「さて、準備はできたし、始めようか」
「始める?」
「そう、レイコにはこれから私の『力』を伝授してあげる」
「ええぇっ!?」
驚いたのは高見さん。
私にはそう言われてもさっぱりわからなくて疑問符を浮かべていた。
「いちいち大げさすぎよ、ソウジくん。ちょっと黙ってて」
ぴしゃりと言い含められて沈黙する高見さん。ほんと、この人って何なんだろう。
「いいレイコ。あなたにはこれから私たちの手伝いをしてもらうわ。でもね、それは危険の中に身を入れるのと同義よ。だからせめて最悪の事態になった時に自分を守れるように自衛の手段として私の力を授けるわ」
いい? と目で問いかけてくるミナトさんに私は頷きを返す。
「よろしい。じゃあこれからレイコは私の弟子ね。うん、なんか弟分よりいいわね、こういうのって」
「……それって僕が嫌だって意味ですか?」
「そうよ。……なぁんてね、うそ。ってもう、すぐに落ち込まないのソウジくん。ほら、なんか弟子ってかわいいじゃない? ――じゃ、早速始めようか」
「はい、ミナト師匠」
「え? はははっ、いいわよ今まで通りで。一応師弟ってだけだから」
ちょっぴり恥ずかしそうにしながらミナトさんは笑った。形から入ろうとも思ったんだけど、どうやらいいようだ。
「はい。じゃあよろしくお願いします、ミナトさん」
「よろしい」
笑みを浮かべて、ミナトさんは掌を中空にかざす。
それを握り軽く振って開いた次の瞬間、一本の筒がその手に握られていた。
「別に手品じゃないわよ。これが私の力。いわゆる『管憑き』って呼ばれるものなの」
「くだつき……ですか?」
「そうよ、昨日私たちが妖怪と戦う退魔師であることは説明したわね。その時に私の武器になるのがこの筒、というより中に入っているものよ。実際に見せたほうがいいわね。ほら、出てきなさい」
筒を握って呼びかけた瞬間、筒の中から何かが飛び出した。
それはゆっくりと浮遊するようにミナトさんの周りを飛んでいる。
「これは……?」
目で追いかけながら尋ねる。
黄色く光るソレは筒ほどの大きさで小さく、見たこともない。生物かすら怪しい。
見た目は狐、だろうか。
体長三十センチほどの小さな生物の上半身はきっと狐だ。
けれど下半身はまるで幽霊のようになくなっていて先端に向かうほど細く伸びている。
「……ふーん。もしかしてとは思ったけど、まさか当たりだったとはね。
いい、レイコ。これはね、『管狐』といって妖怪なのよ」
「えっ!?」
「ふふ、驚くのも無理ないわ。でも安心しなさい、害はないから。そもそも妖怪だからといって全てに害があるわけじゃない。むしろ少ないくらいよ。じゃなきゃ人間なんてとっくに滅んでるでしょうし」
なにやら危ないことを言っているけどなんだか納得できた。
確かに妖怪が人間をはるかに超える力を持っていて全ての妖怪が人間にとっての害となるのならとっくの昔に滅んでいるか、もしくは対策のためにすべての人類が妖怪を認知しているだろう。
「私たちが妖怪と戦うためには大きく分けて二つの手段があるの。一つは自分自身の力で戦う方法。ほとんどがこっちよ。で、私は珍しいタイプになるんだけど、妖怪を使役する方法。ま、ゲームっぽく言えば私が妖怪を召喚して妖怪と戦わせるってわけ。これなら訓練しだいで自分の身くらいはすぐにでも守れるようになるわ」
ゲームはしないからよくわからなけど言いたいことはわかる。ようは調教師だ。ミナトさんは私にあの狐を操れと言っているのだ。
でもなんだろう、ミナトさんはあの狐を操って戦うというけれど強そうに見えない。
そもそも妖自体まともに見た事が無いのだけれど、私が知っているものといえばあの夜に出くわした餓鬼という妖に取り憑かれた人間だ。実際の妖ではないにしろかなりの恐怖を覚えたのは事実だ。
それがこの狐もどきのような妖からはまったく感じられない。というよりも、
「……かわいいかも」
「あ、やっぱりレイコもそう思う?」
「え……あ、いや」
――――やだ、声に出てた!?
「隠さなくてもいいんじゃない? 私だってそう思うしさ。で、はいこれ」
「え……?」
渡されるがままに受け取ってしまう。
まるで手品のように掌からぼろぼろと零れ出たそれは筒の束。
……二十本以上あるんじゃないだろうか。
「ミナトさん、いくらなんでも多くないですか?」
「そんなことないわよ。ソウジくんは気づかなかったかもしれないけど、レイコはかなり優秀よ」
「え?」
「ふふ。いい、ソウジくん。私はね、管狐にこれっぽっちも霊力を込めてないの。だから今の管狐は幽霊とおんなじってわけ」
「マジですか!?」
何やら高見さんが驚いているようだけどどうしたんだろう。
私は二人の話についていけない。
……というか、この筒多くないかな?
「そいうことよソウジくん。さてレイコ、これから管狐の使い方を教えるわ。まず試しに管狐を出してみて」
「え?」
「出ろって声に出すか念じるかすれば出てくるから、やってみて」
「は、はい」
とりあえずよくわからないけど私は渡された筒全てを持つ。そうして、眼を閉じた。
出ろ、と念じただけで本当に出るのかどうかはちょっと怪しい。
それでも私にはやり方なんてわからないんだから言われたとおりにやってみるしかない。
まずは出るかどうかを怪しんでいる自分そのものを消し去っていく。
疑いは禁物だ。
私はミナトさんの弟子。
ならば師を信じてその通りにするべきだ。
――集中する。
意識は筒に。
それ以外はすべてカットし、
「――――『出てきなさい』――――」
零れた言葉は、力と成って溢れ出た。
「――――ぁっ」
内側から何かがあふれ出す。
それは私の意志には関係なく引っ張られていく。
得体のしれない何か。それが私の中からあふれ出す。
でも不思議と怖さはなく、そう、これは何かを生み出すような感覚。
私の中からあふれる何かが、外に出て違う何かへと形を成していく――――
目を開けた時、目の前には二十を超える管狐が浮遊していた。
呆然と、私はその群れを見詰めた。
筒の中は全て空になっていて、気がつけば床に落としていた。
その中にいた管狐たちは勝手気ままに浮遊している。
その群れが体から発する黄色い光によって体育館の中は明るさに満ちていた。
「…………予想外、というより私はレイコを舐めてたみたいね。まさか全部召喚できるなんて思ってもみなかったわ」
誰に言うでもなくミナトさんは呟くように言った。それに私は首をかしげる。
「どうしてです? 私にもできるから渡したんじゃなかったんですか?」
「うーん、確かにレイコならできるかもしれないとまでは思ったんだけどね、でもよくて一、二匹かなーって思ってたのよ。だからほら、ソウジくんなんてもう絶句してるわよ」
言われて見れば、高見さんはこれ見よがしに口を開けて驚愕していた。
開いた口が塞がらないっていうのはこういうことを言うのだろうか。
「とにかく驚いたわ。才能がある、なんてもんじゃないわね。本当はゆっくり教えようとも思ったんだけどこの分ならその必要もないみたい。とりあえずレイコ、この管狐たちを筒に戻してくれる? それから色々教えてあげるから」
「わかりました。今度は戻れって念じればいいんですよね?」
「ええそうよ。でも気をつけてね。出すことより戻すことのほうが難しいから」
頷いて筒を拾い上げる。全てを束ねて持ち、また目を閉じる。
――――戻りなさい。
「………………あれ?」
何も、起きない。
今度は何も感じず、目を開ければ目の前には平然とした様子で管狐たちが浮遊している。
むしろ私の事などお構いなしに勝手気ままに漂っているという感じ。
どうしてかわからず首をかしげながらもう一度念じてみる。
――――戻りなさい。
「…………」
それでも結果は変わらず、ふわふわと管狐は浮遊している。
「あの……ミナトさん?」
「うーん、やっぱりこれ以上は無理か」
なんて、なぜか平然と言って納得された。
「どういうことですか?」
「あはは、やらせといて悪いんだけどこれって本当は『霊力』っていう力の使い方ができないと無理なのよ。でも知らないで出すことはできたからもしかしたらできるかなーって思ったんだけど、無理だったみたいね」
「……最初からそう言ってください」
じゃないとなんだかすごく悔しいじゃないか、ばか。
「あれ、いじけちゃった? ごめんごめん、でもしょうがないって。ほら、私がやるから筒貸して」
「お断りします」
「え?」
「だから、お断りします。大丈夫です、一人でやってみせますから」
「あー……ひょっとしてムキになっちゃった?」
「なってませんっ!」
憤然として言い返す。誰がこれくらいでムキになんかなるもんか。
そうとも、こんなのちっともムキなってなどいない。
ただちょっと、なんだかすごく悔しいだけなんだから。
「――――」
ふわふわと漂っている管狐を凝視する。手に抱えた筒に意識を二割。それ以外は全て管狐に向ける。
――――戻れ。
――――戻れ。
――――戻れ。
――――戻れ。
念じて、念じて、念じて、
もうこれでもかって言うくらい念じこむ。
というか、
――――戻りなさい、こんちくしょー……!
〝――――〟
ぴくり、と管狐が動きを止めた。
今まで好き勝手に浮遊していた管狐が一斉に一つの意志で統率されたかのように動きを変える。
「……うそ、まさか操れちゃった?」
ミナトさんが驚きの声を上げる。
高見さんはもうはや表現できない表情を浮かべていて、
「……」
私は管狐を凝視する。
ここでまだ気を抜いちゃいけない。
だってまだ動きはゆっくりで肝心の筒の中に戻っていない。
だからもう一度、
――――戻りなさい……!
全てを込めて、念じ……
「……へ? ――――っ、きゃぁぁぁ……!?」
目の前に広がったのは黄色の軍勢だった。
「……レイコ!?」
「ぅえ!? だ、大丈夫か!?」
二人の声も間に合わない。
何が起きたのかも確認する暇もなく私は黄色の濁流に飲み込まれた。
~次回~
第四話 動き出す影/3
12/05(月) 18:00更新




