〇六六 帰 路
「みなさん乗りました? そろそろ発車するみたいですね」
「うん」「こっちは大丈夫」
「涼子さま六花様、それに百々花さま。全員揃ってます」
「ありがとう」
夕方四時過ぎ、福岡駅に停車してる新幹線の中、白蔵主が全員に声をかける。
見た目は最年少、小学三年生くらいだけど、明るい表情とか声で、早くもねこときつね妖魅達のまとめ役みたいになってる。
どっちかというと、仕切ったり先導するのが好きじゃない私としては大助かりだ。
旅館を出てから新幹線に乗るまで、またお土産屋さんを巡って色々と買い込んだ。
特に留守番してるおじいさまには日本酒とかを多めに。でも年を考えるとそんなにアルコールはダメかな。
携帯電話に連絡したら、何コールかしたらつながる。
「もしもし? あ、おじいさま? 涼子です。なんとか牛鬼と契約できたので、これから帰ります」
【……おお、そうか。おめでとう涼子。
昔からかわいい子には旅をさせよとは言うが……本当は心配していたんじゃ……。
でも儂は信じておったぞ、必ずや強大な妖魅、牛鬼の宝珠を携えて凱旋すると……!】
心持ち声が上ずってる。自分のことみたいに喜んでくれてるんだ。
少しだけ、じーんとした。
「おじいさま……」
【これから虚神達との戦いはさらに激化する。そのためには、強く旧い妖魅たちと――――】
『――――おーい、光ちゃーーん、ビールもう一本開けるぞ――』
『光蔵さーーん。誰と話してんだ? 今いいところだ、音量上げるぞーー!』
【ばっ、龍ちゃん、源さん、今はダメ――――】
「……?」
《――――っ、 はっ、 はぁっ、 ダメ、 もう、 ぅぅん、
ああっ、――――はっ、 はっ、 はっ、 ぁぁぁーーーーん♡》
「……………………」
【――――も、もしもし涼子? うん、あの、今のは――――】
ぷつっ ツ―――― ツ―――― ツ―――― ツ――――
「はあ……」
思わず顔に手を当てる。ある程度予想してたけど、予想は悪い方にばっかり当たる。
――――ったく、あんのエロじじい、孫が出かけてるのをいいことに、友達と酒盛りして、アダルトDVD鑑賞会してる。人の苦労も知らないでーー!
まあいいか、ある意味平和っていうか、日常に戻れそうな気がする。いくらなんでも家に着くころには片付けてるだろうし。
「ちょっと、火車、今からビール? 早すぎない?」
猫又と五徳猫は座席に座っておとなしくしてるけど、視線を下に向けると火車がシートをリクライニングさせてる。
体育座りしてビールの500mlのロング缶。それも釣り竿と鯛が入った魚籠を持った七福神の――――をごくごくと飲んでいる。刑部もワンカップの紐を引っぱった。
傍らには、紙のケースに入ったのがまだ5本もある。道中全部飲むみたい。
「もうーー、せっかくだから大宰府とかに行って。ゆっくりしたかったにゃーー。
やっぱり私はもう少し泊まってくから、お前たちはとっとと帰るニャ」
「そんなわけにいかないでしょ、特に火車は金遣いが荒いんだから」
「ぶにゃーー」
火車は頬を膨らませてそっぽを向く。まあ、一戦終わった後だから大目に見るか。
「大宰府か……私も行ってみたいな……」
百々花ちゃんがぽつりとつぶやいた。
***
牛鬼たちとの契約が終わった晩。
岳臣君との関係を百々花ちゃんに指摘された私は、六花が余分に予約した部屋に、枕を抱えて飛び込んだ。
案の定、二人分の寝具が並べて敷いてあって、暖色系の間接照明が仄明るく部屋を照らしている。
頭を振って並んだ布団を離してから、布団に潜り込んだ。いつの間にか眠っていたらしい。
起きると、いつも通り両サイドを猫又と五徳猫に挟まれていた。
時刻を確認すると4時半。二度寝するのも微妙な感じ。二人を起こさないように布団を抜け丹前を着た。
隣の部屋を覗くと、「なんで岳臣君が真ん中なの!?」思わず小声でツッコむ。
部屋の中央に岳臣君。
その両わきに六花と白蔵主。さらに両端に刑部と百々花ちゃんが横一列に寝具を並べて眠っていた。
白蔵主は掛布団を顔までかぶっているけど大きな三角形の耳がぴょこんと出てる。
――――もう、なんでハーレム状態で寝てるの?
反射的に岳臣君を起こそうとして、はっと気づく。
岳臣君が、自分からこの配置でおとなしく寝るわけがない。寝てる間に確実に六花が首謀したんだ。
時間が時間だから全員熟睡してる。忍び足で岳臣君の枕元に近づく。几帳面な性格のせいか、過ぎるくらい寝相がいい。
――――もしかして。
気になって耳を鼻先に近づける。
すーー、すーー、すーー、
ふう、ちゃんと息してる。いつだかもそうか。でも岳臣君は一回あの子供、ディクスン・ドゥーガルから胸に穴を開けられてる。
神獣白澤に治癒してもらったし、火車に魂を連れ戻してもらったけど、ついてこさせたのは私自分だし、何かあったら私の責任だ。いつも気をつけて見てないと。
……まあ、寝顔はけっこう――――
――――じーーーー。
視線を感じた。顔を向けると――――白蔵主が顔を少しだけ出して、興味津々で私を見てる!
きら きら きら き らーーーーん
顔の周りに星がきらめいてる。そんな目を輝かせるようなことじゃないから。
『……あ、あの、白蔵主? これは違うの……』
小声で否定すると、きつね妖魅はこくこくとうなずく。
『はい、わかります。このことは皆さんにはないしょですね』
人差し指を口に当てる。あーー、もう……。
***
「涼子さま? どうしました?」
我に返る。旅館でのやり取りを思い出して、ぼーっとしてた。
プルルルルルルルルルルルルル
発車か、長い二日間だったな。色々あったけど来てよかった。
時刻は夕方4時を過ぎてる。これからもっと日が長くなるからか、外はまだ明るい。
百々花ちゃんは、日中ずっと岳臣君にべったりだった。
といっても異性として見てるんじゃなく、ちょっと年が離れた兄妹みたいだった。
シャツの裾を、百々花ちゃんが持って歩いてるのは可愛かったかも。
私は百々花ちゃんの隣にいる六花を手招きする。二人連れ立って自由席の車両に移った。人が近くにいない座席に座る。
「六花、知ってる範囲でいいから、百々花ちゃんが夜叉姫になった経緯を教えて」
「ああ、あの子は自分で望んでじゃなくて、半ばなし崩しに夜叉姫になったんだ。
……百々花ちゃんは、そんなにいいとこの子供じゃないらしいんだ。
両親が早くに離婚してさ。母親に引き取られたんだけど、酒浸りで、旦那の慰謝料を生活費に充てて暮らしてたらしい。それでも、なんとかつましくやってたらしいんだ。
それでも今年の春先、涼子が夜叉姫になってすぐくらいかな、
交通事故に巻き込まれて、一度は視力を喪ったらしい。その時、涼子のお父さん、三滝渓介さんに視力を取り戻してもらったらしいんだ」
「お父さんが? どうやって?」
お父さんはれっきとした民俗学者だ。医師免許なんて持ってない。
「夜叉の浄眼、もっと言えば核になる浄眼珠だよ。どうやって手に入れたとかまでは分からないけど、涼子のお父さんは持ってた。
で、百々花ちゃんに埋め込んだ。埋め込まれる前に聞かれたらしい。
『視力は戻るけど、いままでとは比べものにならないくらい嫌なものを見たり聴いたりして、つらい経験をするかもしれない。それでも構わないか』
って。夜叉姫として虚と戦うことを義務付けられるのも、その時説明されたらしい。
でも百々花ちゃんは『はい。』って答えた。
で、晴れて夜叉姫になったはいいんだけど――――」
「あの、触った相手の思考を読める能力がついた」
私の推論に六花がうなずく。昨晩は突然すっぱ抜かれたので驚いたけど、改めて考えると――――
「それだけじゃない、直接触れなくても自分に向けられてる思考、感情がオープンチャンネルのラジオみたいに流れ込んで来るらしいんだ。
そっちの方は、ある程度コントロールできるようになったらしいけど。それでも気を抜くと……」
それで普段から無表情なんだ。
「感受性が豊かな年頃の子には、時として酷な能力ね」
「ああ、親父さん、渓介さんにはこう言われたらしいんだ。
『自分自身の能力で困ったことが起きたら僕の娘、涼子を通じて僕に連絡入れてほしい。
ひとまず僕に連絡くれれば、解決のきっかけにはなると思う』」




