〇六五 看 破
「えーと、じゃあ、牛鬼と濡女、それに取られてた鵼が奪還できたことを祝して、かんぱーーい!」
「「「「「「「「「かんぱーーーーい!!」」」」」」」」」
ごくっ ごくっ ごくっ ごくっ ぷはーーーー
「はーー、お酒っておいしーですねーー」
「おお、いい飲みっぷり。もう一杯いくかい?」
「はい、謹んでお受けします!」
コップ酒を飲み干して上を見上げているのは、一番最年少に見える白蔵主だ。
さっきまでの黄色いワンピースじゃなく、お寺のコスプレ姿みたいな袈裟の格好だ。大きなキツネ耳と太いしっぽもしっかり出している。
最初の宴会を切り上げてから、浜辺に出て濡女、牛鬼。それにドゥーガル率いる虚神軍団との連戦が都合2時間強。
部屋に戻った私たちは、改めて祝勝会をすることになった。
メンバーは私、ねこ妖魅の火車、猫又、五徳猫、それに岳臣君。
それに加えて、六花ときつね妖魅の刑部と白蔵主、最後に百々花ちゃん。
さっきクーラーボックスに入れたのも併せて、料理がテーブルに所狭しと並べられていて、みんな手に手に皿を持って取り分けている。
日本酒の一升瓶、焼酎、ビール、ウイスキーが当然のように大量に並べてあった。
「ちょっと、六花。子供にお酒なんか飲ませて大丈夫なの?」
「ああ、この子ら見た目と実年齢全然違うからさ。一番最年少の五徳猫ちゃんも二百歳超えてるし。
それに白蔵主ちゃんはお坊さんの格好してるけど、還俗したって。妖魅の見た目って、本人の気持ちの持ちようが強く反映されるみたいだし」
「そんなものなの?」
火車は鬼力が足りないとかで、いつも以上に飲み食いしてる。お浴衣の前はだけてるし、足も投げ出して。行儀悪いなあ。
「ああーー、お預けくらった後のお酒は格別ニャーー!
にゃあ六花、料理とつまみはいっぱいあっても魚が足りんニャ、さっきの刺し身は全部食べたし。生の魚ってもうちょっとないかニャ?」
「おう、ある。火車も妖具化して戦ったんだって? お疲れ様」
「うん、やっぱしたまには妖魅として鬼力も使わないと、身体が鈍るニャ」
六花は夜叉の浄眼からクーラーボックスを取り出す。その中身は――――
「なんでマグロの柵とか干物とか、こんなにあるの? それに油揚げとか」
「いや、聞けばねこたち妖具化とかして頑張ってるっていうからさ――、ご褒美にって思って。
途中漁港近くの道の駅に寄って買ってきた。油揚げはきつねたちに。まあ定番だな」
言いながら六花は、何事もなかったように出刃包丁とまな板、それにガスコンロを夜叉の浄眼から取り出す。
「ちょっと待ってよ! 旅館の部屋でそんなに匂いが出そうなもの捌いたり焼いたりしたらーーーー!」
「それも大丈夫、今簡易結界の『蚊帳吊り』展開してるだろ?
少しくらい騒いだり、匂いが出るもの料理しても平気だって。なんだったらキャンプファイヤーやってもばれないし」
六花はそう嘯きながらタンクトップ一丁でマグロを捌きだした。大皿に盛りつけてねこ妖魅に配る。
きつねふたりは、辞書くらい分厚い油揚げや、重箱に詰められた大量のいなり寿司に目を輝かせた。
「おいしーー!」
「ほんと、脂が乗ってます!」
「これは酒が進むニャーー!」
「りっかさま、この油揚げ表面がカリカリでおいしいです!」
「ほんまや、お稲荷さんもわさび入りとかひじきごはんとか、種類がたくさんあっておいしいわあ」
「うん、みんなどんどん食べてくれ」六花が今度は牛肉の塊と七輪と木炭を出した!
手際よく七輪で火を熾して、かたまり肉を薄く切って七輪の上の金網に乗せだす。もくもくと煙が上がった。
その隣では白蔵主が大鍋で何か煮込んでる。完全に屋外気分だ(ある意味妖魅らしいけど)。
「おお、そういえばこの肉を焼く匂い、牛鬼に炎の矢を浴びせた時と同じ匂いニャ。
妖魅も焼いたらおいしくなるのかニャ?」火車がそこはかとなく物騒なことを言い出す。そんなの食べらんないでしょ。
「刑部に白蔵主、油揚げもいいけど、こっちの神戸牛の焼き肉も美味いニャ、みんなで食べて飲んで旅と闘いの疲れを癒やすニャーー」
「こちらもどうぞ! 私の故郷の名物、甲斐の国、山梨のほうとうです!
「で、こっちが姫路は兵庫県名物の明石焼きや。これはドブみたいなソースやのうて、雅にだし醤油でいただくもんやで」
白蔵主がたっぷり野菜が入った煮込みうどん、刑部がだし醤油で食べるたこ焼きまで出してきた。。
「……あなた方……福岡でわざわざ食べることないでしょ」
蚊帳吊りの効果で、旅館の和室は実際の部屋よりかなり広い。天井は5mもある。どういう機能になってるのか、排気もできてるみたい。
おまけに妖魅の特殊能力で、時間の流れもかなりゆっくりみたいだ。おかげで、ねこきつね入り混じっての大宴会はだいぶ盛り上がる。
御滝水虎の通常時の顕現体、みこ、それにみとらに生肉をあげると、ふたりとも角切りをぱくぱく食べてる。よかった、今夜はがんばったね。鎌鼬三匹も天ぷらとか食べてる。
えっと……これは……鵼? 確かに、胴体が子狸、手足にトラの縞模様があって、しっぽが蛇の顔になってる。
でも顔はニホンザルじゃなくてキツネザルみたいなのが、鳥の照り焼きを両手で持って食べてる。私と目が合うと会釈した。
おかえりなさい。
お肉の皿を持って百々花ちゃんの隣に座った。
そういえば、岳臣君は? いた。浴衣に着替えては、いる。
けど、女子(?)だけの宴会に入りづらいのか、平テーブルの端っこで、切れ子の明太子と一緒に、旅館で出されたお櫃のご飯を握った塩むすびを食べている。私は彼にそっと近づいた。
「岳臣君、改めてお疲れ様。もう、戦って疲れてるでしょ。もっと豪勢なの食べればいいのに」
「いや、とにかくおなか減ったんで。でもよかったです。
いつだか僕が『牛鬼がいい』とか言い出したから、責任っていうかちょっと考えちゃって。
結果的にだけど濡女と、奴らに取られた鵼まで帰って来たから……」
言いながら、岳臣君は百々花ちゃんの方を見た。浴衣には着替えないで、薄いピンク色のスゥェット姿だ。
両手で塩むすびを持って、ちびちび食べている。上目遣いで私を見てきた。
「ああ、彩月も言ってたけど、鵼はあなたが持ってていいから。他の妖魅の宝珠も必要に応じて貸すし。
逆に、鵼も必要があったら私や六花に貸してくれるかな」
百々花ちゃんは、塩むすびを口に当ててこくこくとうなずく。
「さつき、って夜叉姫さんのことですか?」
「うん、さっき身体の主導権を貸した時そう名乗ってた。でも苗字は三滝って言ってたし」
「それじゃあ、夜叉姫、いや彩月さんって、涼子さんのご先祖様とかですか?」
「どうなんだろ? 濡女には久しぶりとか言ってたから、何百年も前から存在してたのは確かだし」
私は無意識に右手の甲にある水滴みたいな水晶を見る。いつも通り蒼いままだ。
――――彩月、彩月? 起きてる?
『……すー、すー、すー、すー』心の裡で声をかけても返事がない。今は完全に眠ってるみたいね。
「――――こさん、涼子さん?」
「ん?」
意識が現実に戻る。意識を自分の内側に集中させると、外界の声とかが聞こえなくなる。ぼーーっとしてると思われたみたい。
「なんでもない、大丈夫――――」
そういえば……! 岳臣君の顔を見て、思い出したことがあった。
あの時は何の気なしにOKしたけど、よく考えたら結構軽率だったんじゃ――――!
「涼子さん? 顔が……また夜叉姫さんに替わってお酒飲まされたんですか?」
心配されるくらい顔が真っ赤になってる。「違う、そうじゃない」慌てて否定する。
出先だろうが何だろうが、私は絶対羽目を外してお酒飲むわけにはいかないから。
百々花ちゃんが視線をこっちに向けてる。私と岳臣君を交互に見た。
「――――二人は付き合ってるの?」
次の瞬間、それまで騒がしかった場が、しんと静まった。全員の視線が私に集まる。
「え? ああ百々花ちゃん? 私と岳臣君はそんなんじゃなくて……。
そう、あの友達は友達なんだけど、なんていうか……」
不意に百々花ちゃんが手を伸ばしてきた。反射的に手を握り返す。
百々花ちゃんが今度は岳臣君をじっと見る。彼は固まったままだ。
「だいじょうぶ、片思いじゃなくて、ちゃんと気持ちは通じてる。
でも、ちゃんと付き合うにはもうひと押しみたい」
「――――!?」
「そうなんですか? 涼子さま?」
「いつの間にそんなことに……!」周りのみんな、特に猫又と五徳猫が騒ぎ出す。
「はあ……男かーー、ええなあ」
「きゃーー! 夜叉姫とその従者との禁断の恋! 燃えますねーー!」
二人だけじゃなく、刑部まで煽ってくる。白蔵主は顔に両手を当てて立ち上がった。だから岳臣君は従者じゃないから。
すぐに、ねこ妖魅ときつね妖魅に詰め寄られた。
「……違う。そうじゃなくて!
そんなことよりも、今、百々花ちゃんが……」
六花が手をぱんぱんと叩く。
「はいそこ、話をそらさない。まあ、あれだ、私ら邪魔しないから。
二人 おふとぅん並べて休んで。いつもなら無理でも、出先ならこう、気が大きくなるとかあるだろ?」
「なにバカなこと! 岳臣君、あなたもちゃんと……!」
すー、すー、すー。
見ると、当の岳臣君は塩むすびを握りしめて寝こけていた。この状況でなんで寝てるの? 釈明してよ!!
「こんなこともあろうかと、部屋はもう一つ先んじて予約しといた。
いい 夜を!!」
六花は親指を立てて白い歯をのぞかせる。
き らーーーーん
「ダメです! 涼子さまがその気でもぜったい阻止しますから!」
「涼子さまは私たちのものです!!」
「ええんちゃう? 私たちの時代なんか、逢引きなんてしょっちゅうやったし」
「だーーかーーらーー!!! ちーーがーーうーーーーっ!!!!!」
私のこの時の叫びは、蚊帳吊りの結界を破って、深夜の旅館全体に響き渡った、らしい。




