〇六四 集 結
「え!? なんで急にそんなこと……」
「急にじゃない、会った時から聞きたいことがある、そう言ったはず。何か言えない事情があるなら力ずくでも聞きだす。
覚悟はいい?」
言いながら、百々花ちゃんは妖魅を操作しだした。
持っていた黒光りする槍つきの機銃から、黒い鳥の妖魅が出てきた。
すぐに依代の方は古びて毀れた銃になる。代わりに左手の大きな宝珠から柄の折れた金槌を出した。
鳥の妖魅が入れ替わりで、毀れた金槌に入った。
折れた柄が伸びる、と同時に頭の部分もみるみる大きくなった。錆びは落ちて柄ごと艶めく銀色になる。正に鉄塊、両手持ちのスレッジハンマーになった。
「妖魅顕現、鏖獣、玄翁改め、『禍槌』」
言うが早いか百々花ちゃんは、私の胴体目がけてハンマーでまっすぐ突いてきた。
私が、というより夜叉の浄眼の防衛機能だろう。右手に抜き身の日本刀が握られていた。脊髄反射反射レベルで、刀の鎬でハンマーを受けて軌道を逸らす。
ギ ィ ン!!
「はっ!」
受け流されるのは織り込み済みらしい。すぐにハイキックを繰り出す。これは左手でガード。
身体全体を捻って体重を乗せて蹴ってきてる。小柄な身体とは思えない衝撃だった。
「ふっ、はあっ!!」
持ってるハンマーも、さすがに夜叉の力で妖具化したものだ。
実際の重量はかなりのものだろうに、遠心力を利用してナイフでも振るように軽々と打ち込んでくる。
まさか、本気で斬りつけたりするわけにもいかない。
でも向こうも本気だ。殺意こそないものの、私の口を割らせるのに手段は選ばないのだけははっきりわかった。
「ほんとに知らないの! お父さんの居場所は私が知りたいくらいよ!」
攻撃をいなしつつ何とか答える。
おそらく中学生くらいの女の子の攻撃は、虚神のそれより遥かに多彩で重い。ハンマーだけじゃなく体術も使いこなしてる。今こうして話すのもぎりぎりだ。
「メールでなくても何か、はがきとか持ち物でも構わない。
少しでも手がかりがあればそれを渡して」言いながらも攻撃の手を休めない。
ガン! キィン! ガシュッ!
「ちょっと、二人とも事情はともかくケンカしないで!」
今まで、はらはらしながら成り行きを見守っていた岳臣君が、間に割って入る。けど、
どむっ
百々花ちゃんは、無表情にハンマーの柄で岳臣君のお腹を突いた。
ぐふっ ――――ざしゅっ
砂浜にゆっくりと前のめりに倒れ込んだ。ぴくりとも動かない。
倒れた岳臣君を一顧だにせず、百々花ちゃんは詰問してくる。
「古いものでいいから手がかりを渡して」
「わかったから、攻撃をやめて!!」
「ちゃんと渡してくれるまで、安心できない」
ゴンッ ドカッ ザシュッ
さすがに、防戦一方だと埒が明かなくなってきた。
妖魅を妖具化まではやり過ぎだけど、太刀の峰を相手に向ける。
手を打ち払ってハンマーを落とすかどうかしないと、攻撃の手を止めてくれそうにない。
私の攻撃意思を察した百々花ちゃんは距離を取った。ハンマーを後ろに構える。
私も腰を低く落として太刀を構える。
「ふっ!」「はあっ」
二人とも踏み込んで一気に距離を詰めた。
ガ ァ ン ギ、 ィ ン
砂浜に閃光が走った。一瞬だけ目を細める。
「――――おいおい、福島からはるばる福岡に来たらケンカ? それも夜叉姫同士で武器持って」
今までの緊迫した感じを打ち消すような、快活な声がする。目の前には長身で黒いコートの女性が立っていた。
「六花!?」
「おう、久しぶり。……じゃないや、一日ぶり。でもまたなんか状況が変わってるねえ」
私と百々花ちゃん、両方の攻撃を夜叉の武器で受け止めていたのは、先輩の夜叉姫だった。
私の太刀を受け止めたのは冷属性の雪蛇刀。
もう一本の槍は……前に見た神獣白澤か。
凄く神々しい馬上槍はスレッジハンマーの振り抜きを易々と止めていた。
「百々花、あんたの話はF課の警部から聞いてる。
事情とかはわかるけど、そんなケンカ腰じゃ聞けるものも聞けないって。それに少年攻撃しちゃダメだろーー。
あーあ、また少年倒れてる。こういう星のもとに生まれついてるのかねえ」
六花は両手に持った妖具化を解いた。私たち二人を置いて岳臣君に近寄る。右腕を持って引き上げた。
ぶらーーん
気絶してるのか顔を伏せてだらんとしてる。
「おーい、少年。涼子の同伴おつかれーー」
ぺち ぺち
顔を手の甲で軽くたたく。
「……ん、六花さん。……どうも」
「どうも。
濡女から牛鬼戦。そんで虚神とか大変だったみたいだな。涼子のサポート役お疲れ様。
よっと」
六花は岳臣君の肩を担ぐ。浜から旅館街に向かった。私たち二人も視線を合わせたあと、武器を収めて後に続いた。
「改めて紹介するよ、この子は八千桜百々香、14歳。
涼子と同じで、つい最近夜叉姫になったばかりだって。
公安庁F課に問い合わせたら、ちょっと訳ありみたいなんだ。涼子の親父さんが解決策を持ってる、っていうか知ってるらしい。
まず、話はあとだ。みんな疲れてるだろ? 旅館に戻って休もう。
せっかくの福岡なんだ。私たちも同じ旅館に泊まるからさ。さっき追加予約したらOKだって。慰労会やろう」
「私たち?」
「ああ、メールした通り、兵庫県は明石で刑部姫、山梨の甲府で白蔵主を眷属にした」
六花が親指で示したところに、ロングヘアーでブラウスとタイトスカートの吊り目の女性。
それに黄色のワンピースを着た女の子がいた。
私たちに近づくと若い女性は視線をそらして、小学3年くらいの子供はぺこりと頭を下げる。
「初めまして涼子さま。それと新しい夜叉姫、百々花さま。私は白蔵主です。でこっちが刑部。二人とも狐妖、きつね妖魅です」
と、そこに火車、猫又、五徳猫、ねこ妖魅が三人来た。白蔵主は利発そうに自己紹介するけど、ほかはほぼ無言。なんか空気が重い。
「……ねえ六花、ねこ妖魅ときつね妖魅って仲良くないんじゃないの?」
「んーー、まあ初対面で緊張してるんだろ。みんなで宴会すれば打ち解けるって。
しかしあれだ、百々花ちゃんも結構血の気が多いねえ。いきなり涼子と戦ってるんだから」
それを聞いた岳臣君がゆるゆると頭を上げた。
「……あれ? でも、六花さんも涼子さんと初めて会った時、『私と戦ってくれる?』って言って夜叉の武器で――――」
岳臣君の声が急に止む。六花に手で頬を挟まれた。
「しょうねーーん、そんな何十年も前の話、今持ち出さなくってもいいんでない? 『罰として……ピヨピヨグチの刑だ!』」
「そんな、ついこないだじゃ……」
「……人間、過去を振り向いてばかりじゃ、生きてはいけんよ?」
首元に雪蛇刀の切っ先をあてがわれた。岳臣君はその凍気で、冗談抜きで身体が竦みあがる。
「私のやつはさ、違うわけよーー。
なんていうの? こう、剣を交えた方がさー、言葉で語り合うよりも多くのことが解るっていうじゃない? まあつまり、命の遣り取りではないわけさーー」
なぜ沖縄風? ごまかしたいのはわかるけど。
「まずはみんな帰りましょう、なんかいろいろあって疲れた……」
ぞろぞろと連れ立って歩く。いつの間にか大所帯になったなあ……。それも女の子ばっかり……。
ファァン ファァン ファァン ファァン ファァン
私たちが砂浜から出たのと同時くらいに、パトカーが数台サイレンを鳴らしながらやって来た。
全員何食わぬ顔で、そそくさと帰ったのは全くの余談になる。




