〇六二 反 撃
海面の上に涼子さん、いや夜叉姫さんが倒れ込んでいる。遠目からでも苦しそうだ。
なんとか泳いででも近づこうと思ったら、百々花さんに止められた。
ウィンドブレーカーの裾を指でつまんで、くいくい引っ張る。
「待って、ええと……岳臣……さん? そのまま行っても助けるどころか、着いたころにはもう戦いは終わってる」
「え……でも、涼子さんが……」
百々花さんは無言でうなずく。
「私の付喪神を使えば、海の上でも移動できる。
でも、私で一人で全部、妖具化して使役するの、無理。
あなたの力が必要、手を貸して」
上目遣いで、言葉を区切りながら提案してきた。
「え? でも妖具化した妖魅を何体も使役なんて……」
と、百々花さんの背中から真っ黒い鳥の妖魅が三羽出てきた。羽根を広げたサイズは1mくらい、結構大きい。
これって慈悲心鳥? 一羽だけじゃないのか。
「できる。慈悲心鳥は九羽で一体の妖魅」
百々花さんの肩に乗った鳥の妖魅は、ばさばさと羽ばたく。
「もともとジュウイチは、カッコウ科の鳥のこと。
托卵の時、卵を落とされた親鳥の恨み、割られた卵の無念が、ジュウイチの姿に投影された妖魅。
同じく、毀れて打ち棄てられた器物に宿って、付喪神になる」
「ジュウイチが九羽……。
十一×九で九十九、付喪神ってこと?」
小柄な女の子は生真面目そうにうなずく。
「九羽全部、一気には無理だけど、二~三羽なら同時並列して憑依、妖具化できる」
百々花さんは左手の巨大な宝珠をかざした。前面が大破したジェットスキーが現れる。
黒い鳥妖魅が潜り込むと、即座に機械の付喪神になった。
全体がハーレー並みに大きいし、マフラーとかが妙にごついし、フロントとかボディーに髑髏のレリーフとか紫色のフレアペイントが施されてる。……百々花さんの趣味……じゃないよな。
いや、デザインとかを気にしてる場合じゃない、涼子さんを助けに行かないと。
「付喪神翔獣鼈甲羽衣。これで私を海に連れてって」
「分かった」
「あと、これ」百々花さんから、ぼろぼろの布の塊を渡される。
「身を守るとき、これをを使って」
ジェットスキーの付喪神に跨ると、微かに呼吸音のような振動が伝わる。
妖魅だからか、エンジンで動いてるわけではないみたいだ。後ろに機銃を持った百々香さんが乗り込む。
アクセルを握り込むとふわりと浮いて走り出した。そのまま沖に向かう。
――――涼子さん!
***
「ふう、ようやく一撃喰らわせた。
でも妖魅を使役して海面に浮いてるっていうことは、まだ意識は残ってるみたいだね。
気絶しないだけでも大したもんだよ、本来なら今の雷撃だけで消し炭になってる」
魔少年、ディクスン・ドゥーガルが私――――今身体の主導権を握っている、彩月に近づいて見降ろしている。
勝利を確認しているのか、ポケットに手を突っ込んだまま、口の端を吊り上げて余裕を見せている。
「さてと、牛鬼の宝珠を僕に頂戴よ。そうしたら今回は見逃してあげる。まだまだ君と、いや君たちとは遊びたいからね」
「……生憎だが、牛鬼は渡せないな」
よろめきながらも私、いや彩月が立ち上がる。
「へえ、あれだけ雷撃喰らってまだ立てるの? ほんと、いくら振り回しても壊れないオモチャってありがたいよ――――」
彩月はふらつきながらも苦無を構える。またテリベスティアに投げつけた。肩口に苦無が刺さったけど、巨大な虚神は痛痒を感じないのか避けることもしない。
がくん
急に膝が砕けた。下半身ががくがくする。
「うん、もっと抵抗してよ。その方が達成感がある」
――――と、遠くから鬼力の流れを感じた。
『岳臣君? それに百々香ちゃんも!』
岳臣君がジェットスキーみたいなのに乗ってる。その後ろには百々花ちゃんが大きな機銃を構えていた。
テリベスティアに狙いを定めている。
「ようやく援軍か、ありがたい」
彩月はそう言うけど、楽観視はできない。
岳臣君は、妖魅バイローンを纏わせた長手甲で力は増してるけど、防御力は一般人とそう変わらない。
まして、この虚神の雷撃を受けたらただじゃ済まないだろう。
『彩月、なにか策でもあるの?』
「とりあえず動きを停めるさ。そのあと百々香が鎧を破壊。その後の立ち合いは、まあ流れで」
……つまり無策ってこと? ああ、動けないのがもどかしい。
***
付喪神の鼈甲羽衣は海を滑るように進む。ジェットスキーなんて乗ったことない僕でも、楽に使いこなせてる。すぐに沖にいた涼子さんたちに近づけた。
「できる限り、付かず離れずで距離を保って。近すぎても遠すぎても三滝涼子……三滝彩月と連携取れない」
「はい!」
付喪神は、僕の意識と連動して動いてくれてるみたいだ。海面をドリフトしつつ距離を保つ。
ガァン! ガァン!
いつの間にかM82の銃口の先には鋭い槍の穂先が生えている。近接戦闘もできるのか?
頭の上に、刃物がついた銃があるから内心少しひやひやする。
「撃つから、姿勢を低くして」
――――ガァン!
百々香さんが対物狙撃銃を撃ちこむけど、虚兵も魔少年も難なく避けている。
射程距離は2000mくらいだけど、かなり近づかないと当たらない。それくらいあの虚兵は素早い。
確かM82の装弾数は最大で11発。速射が利かないから確実に当ててもらうためには慎重に移動しないと。
海上に浮いてる魔少年が僕たちに気づいた。嬉しそうに声を上げる。
「ははっ、誰かと思えば、いつだか胸に大穴開けてやったやつか。そういえばさっきから視界にちらちらとは入ってたね。
どうやったか知らないけど復活したんだ? いいよ、おいでよ。遊んだあと、また壊してやるから」
僕は思わず歯嚙みする。前回は不意を衝かれて完全に涼子さんたちの足を引っ張ってしまった。
挽回して鵼を取り戻すためにも、ここはなんとかしないと。
***
ガァン!
百々花ちゃんはさっきより大きな機銃を持って虚神を銃撃している。でも獣みたいな虚兵は、予め撃つのが分かってたみたいに躱している。
岳臣君たちが乗っているジェットスキーが私たちのすぐそば、濡女の鬼力が及ぶ海面に来た。
「ふん、いい加減ちょろちょろ煩いよ、人間の分際で。お前はもう一度……退場だ!!」
虚神テリベスティアは、雷撃を岳臣君に撃ち込んだ。
「うわあっ!!」
バァン! バシッ バシッ バシッ
ジェットスキ―が岳臣君ごと、水切りみたいに海面をバウンドした。200mほど跳んで、沈んだ! 百々花ちゃんは一瞬早く跳躍して躱した。
『――――岳臣君! 彩月、岳臣君を!!』
「まだだ、斬術は発動してない。それに、岳臣はまだ生きてる。助けに行くのは後でいい!」
「テリベスティア、とどめだ」
黒い虚兵は額の前に雷球を出現させた。黒い球はどんどん大きくなる!
「じゃあね、ミタキリョウコ!!」
「私は涼子じゃない、彩月だ」
彩月は両腕を胸の前で交差させる。両手には苦無を何十本も持っている。目の前の雷球は直径3mにもなっていた。
次の瞬間、一際巨大な雷球が撃ち出された。
「はっ!!」
カウンターで雷球に苦無を全部打ち込む!!
と、苦無に結ばれている紐に雷が避雷した。
紐は全部、海面につながっている。
紐のついた部分から、水でできた薙刀が同心円状に15本出現した。テリベスティアを取り囲むように屹立する。
黒い虚兵と魔少年の頭上に、十数本の薙刀が一気に振り下ろされる。
そうか、この技はカウンター専用なのか。
「斬術、竜葵!!」
「くっ、くそおっ!!」
ディクスン・ドゥーガルが声を荒げる。と同時に雷が爆ぜた。薙刀の何本かが吹き飛ばされる。
「百々香、今だ!!」
彩月の掛け声と共に、百々花ちゃんがテリベスティアに突っ込む。懐に潜り込んで、マズルの先の槍の穂先を胸につきたてる。その後引鉄を引いた!
ガ ァン!!!
体長2m強の虚神の身体が大きくのけぞった。胸からは煙が噴き上げ、鎧が剥がれ落ちていた。肉体が剥き出しになっている。
「ははっ、なかなかの連携だね。でもチェックメイトには一歩及ばずだ。
僕がこいつにオーブと虚霧を補充してやれば、こんなキズ―――」
ドォン!
私たちとドゥーガルの間、海中から巨大なジェットスキーが飛び出した。辺りに水飛沫が舞う。
「おい! ディクスン、ディクスン・ドゥーガル!!」すぐ近くで声がした。
「これは、鵼の時のお返しだ!!」
不意に目の前の風景が歪む。ドゥーガルの前にいきなり腕が突き出た。手甲がついた手が振りかぶる。
ガン!
「ぐうっ!]
頬を殴りつけられた魔少年は、ガードもできず後ろに飛ばされる。
「涼子さん、百々花さん!!」よく知った声が響いた。
『――――岳臣君!?』




