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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「付喪神《つくもがみ》の章」
62/70

〇六〇 凶 刃


 そこには、黒みがかった紫色の大きな豚がいた。

 下顎(したあご)からは牙が二本突き出し、身体は(こぶ)のような肥大した塊があちこちが突き出している。獲物を見つけて興奮して鳴いていた。

 その醜い豚の右耳は、腐ったように(いびつ)に欠けていた。


「うわっ!! ブタ!? なんでここにいるんだよ!」


「おい、どう見たって特撮とかじゃねえ、現実(マジ)だぞ!?」


「にっ、逃げろ!!」


「そうはいかん」ヴェーレンは伸ばした(てのひら)から白い物体を撃ち出す。


   バシュッ! バシュバシュバシュ   バシュッ!


 「うわあっ!!」


 男たちは急に転んだ。その足元には――――


「なっ! なんだよこれ!?」粘度の高い、帯のようにも見える太い糸がくっついて繋ぎ止められていた。


  ザッ ザァァァァァァァァッ!


 五人の男はなすすべなく両足を捕縛され、天井から逆さ吊りにされた。リーダー格の男が、口角泡を飛ばす。


「ぐっ、(ほど)けねえ! なんだよ! おい下ろせ、おっさん!! 俺を誰だと思ってる!? 法務省の官僚の息子だ!

 他だって大企業の重役の息子とかだぞ!? 今まで揉み消せなかった案件なんてない!! お前らなんか、す――――!」


 バシュッ!


 (わめ)いていた男の口が、白い粘液で塞がれる。

 瞬時に固まり束ねた綱のようになった。男は口を塞がれてそのままもがき続ける。

 他の男達も同様に、口を糸で封じられた。くぐもった声が病室に響く。


「お前たちの身分や来歴なぞ知らん。儂にとって肝要なのはより良い(ウツロ)を造って目的を為すこと。そして」


    ――――ド スッ


 鈍い音が古びた病室に響く。ヴェーレンの拳がカッターシャツごと男の腹にめり込んでいた。


「小僧が暴走していた場合、それを止めることだ。貴様らにかかずらっている間も惜しい。さっさと終わらせるぞ」


 ぐっ   ぐふっ    かはっ      か――――


 男の口元、糸で(ふさ)がれた隙間から、濁った黄色い吐瀉物(としゃぶつ)、胃液がたらたらと流れる。

 気を失ったのか眼は上を向き、身体はびくっ、びくっと痙攣(けいれん)しだした。

 それを見た残り四人の男達はもがくのをやめ、一様に押し黙った。その代わり言い知れぬ恐怖に囚われ、カタカタと震えている。

 那由多は、床に(うずくま)った若い女性二人を片手で一人ずつ担ぐ。そのまま病室の隅に寄せた。

 ガムテープの戒めを薄紙を破くように切り裂く。そのあとひとりごちた。


「ふう、結局自分では何もできない、親の威光に(すが)るだけの哀れな男、か……。

 特に強制はしないけど、これから起こることに関しては……目を閉じて、耳も(ふさ)いでたほうがいいかもね」


 それを聞いた若い女性二人は口を塞いでいるガムテープを取るのも忘れ、目をぎゅっと閉じて両手で耳を塞ぐ。

 那由多は女性二人の前に立った。


 ブゴーーーー!   ブゴーーーー!   ブゴーーーー!


 濁った紫色に染まった片耳の豚は、鼻息荒く男達を見据える。


「ほら、ごはんの時間よ。

 いつも以上に、遠慮なく――――喰い散らかして」


 それを合図に、男達の真下を片耳豚(カタキラウワ)が音もなく駆け抜ける。

 すると、男の一人に恐ろしい変化が起こった。


「……グッ!? グウウウウウウウーーーー――――!!」


 身体から空気が抜けるように細く絞られた。皮膚が立ち枯れの木にも似た色に変色する。

 ものの十秒もかからず、放置した干し肉のような異様な姿になった。周りの男は、再度逃れようともがいた。

 が、死を司る豚の妖魅は躊躇(ためら)いなく、隣に吊るされた男に鼻先を近づける。

 もう一人の身体が、満たされていた空気が抜けるかのように、シュウシュウと音を立て、骨と皮だけになりさばらえた。


 ぼたりと落ちた、(むご)たらしい二人分の死体。それをがつがつと平らげる。

 抵抗しようにも、吊るされた二人の男は恐怖に(おのの)いた。先ほどまでとは打って変わって一人は泣きだし、またもう一人は糸でできた口枷(くちかせ)越しに歯がカチカチ鳴っている。


「もう二体程()にしておくか。

 那由多」


 名前を呼ばれた妖艶な虚神は、真っ赤なスカートのスリットを指で開いた。

 太腿に埋め込まれた、暗く濁った宝珠が覗く。


「妖魅顕現、邪魅(じゃみ)。同じく妖魅顕現、陰摩羅鬼(おんもらき)


 暗がりに、黒煙を吹いたように妖気が立ち込めた。

 その中から一体は(いぬ)や狼に似た、四つ足で灰色の毛におおわれた妖魅。もう一体は人面に近い(かお)を持つ怪鳥が顕れる。


 墓土や洞穴の奥から吹き込むような底冷えのする妖気、死の匂いを(まと)った妖魅を見た男たちは、そのショックで気絶した。口元から白い泡を吹き、小刻みに痙攣(けいれん)する。

 新たに出現した二体の妖魅は、一人ずつ男たちの生命を吸い取り、塵に還す。


「頃合いや、良し」


 ヴェーレンは懐から、捩子(ねじ)くれた黒い小振りなナイフを三本出す。


(ウツロ)を生み出す黒珊瑚(くろさんご)を削り出して作り上げた刃、黒刃(こくじん)。ヒトの魂を喰らった妖魅を虚の刃に変えよ。

 『虚刃化』(グラディティオー)!!」


 虚神の幹部が妖魅に黒刃を投げつける。今度は三体の妖魅、片耳豚(カタキラウワ)、邪魅、陰摩羅鬼の身体が引き絞られるように細くなった。


    カラン カララン


 三振りの刃物がリノリウムの床に落ちる。

 ヴェーレンは拾い上げた刀の一本、全長五〇cm程の脇差(わきざし)(さや)から抜く。

 品定めするように眺めた。(さや)だけでなく刀身が紫色に艶めくそれは、暗闇の中でさらに禍々(まがまが)しく映えた。


「ふむ、出来はまずまずか。試し斬りに一人、というのは(いささ)か少なかったか?」


 ヴェーレンは那由多の後ろ、二人の女性を見やる。女性の姿の虚神幹部は、頭を抱えて縮こまっている女達の前に立っていた。


「性能は一本試せば済むんじゃない? この子たちは警察――――公安F課に連絡させる役目があるから、生かしたまま帰すわよ」


「……そちらは任せよう、ではこいつで試させてもらうか」


 紫色の刃を手に取る。視線を少し上げた。

 逆さ吊りにされたリーダー格の優男――――

 ヴェーレンは鋭い鉤爪で、カッターシャツのボタンをぷつぷつと切り落とす。細く白い腹が露わになった。

 今までの残忍な仕打ちとは違い、幼子を寝かしつける時のように、努めて優しく男の腹を慰撫(いぶ)する。

 その(おぞ)ましい感触に、男は再び意識を取り戻した。薄ら寒い病室の中でなお、冷や汗が止めどなくたらたらと流れ続ける。

 長い腕、鋭い鉤爪に似合わない繊細さで、殊更(ことさら)(いつく)しむように撫で続ける。

 虚神の幹部は、男に対して子守唄でも歌うかのように、静かな口調で言葉を繋げた。


「お前たちがここで数多(あまた)女子(おなご)を慰み物、いや喰い物にしてきたのであろう?

 このまま生き続ければ、飽きるまでそれを続けた筈。それを咎めようとも、死して償えとも思わんし、言うことも無い。

 我らは(もと)より、度し難き衆生(しゅじょう)を赦し救う為に動いているわけではないからな。

 これからは、生と死の狭間で苦しみながら、罪という腐った泥、錆びた鉄屑の中で更に罪を塗り重ね」


 ヴェーレンは言葉を一旦区切る。




「害悪と厄災を撒き散らせ」


 逆手(さかて)に持った脇差しを男の腹に深々と突き刺した。




「「「――――――――――――!!!」」」



 男と若い女性達、三人の声なき悲鳴が病室に響いた。

 刺された男の生と死、魂と罪業が煮え(たぎ)り、そして分解される。

 男の身体は、瞬時に数個のオレンジ色の(オーブ)、そして鉄錆にも似た不浄な気体虚霧(ウツロギリ)に変貌した。


 カシャン


 男が持っていた大型のスマートフォンが床に落ちる。

 ヴェーレンは、胴体から伸びた二本の腕に宝珠を(たずさ)えていた。強く念じると(オーブ)と虚霧はそれぞれ別の宝珠に吸い込まれる。

 その後、再度脇差しを(あらた)めた。


「ふむ、急拵(きゅうごしら)えの割りには斬れ味はまずまずか。那由多、儂は小僧を抑えに行く。後は任せた」


「ええ」


 細長い手を伸ばし、スマートフォンを手に取った。


「ソルム・スピナー」


 文言を唱えて画面に幾条にも糸を伸ばす。画面が鈍く光るのと同時に、画面から部屋を覆い尽くさんばかりの糸が伸びる。

 ヴェーレンの身体が糸に包まれるのと同時に、糸と一緒に徐々に虚神の首魁は吸い込まれていく。最後はスマートフォンだけが残った。

 那由多は小さく息を吐き、若い女性二人に声をかけた。


「もう済んだわ。さあ、帰りなさい。できれば警察、それも公安庁F課の倉持安吾か清楽(きよら)秋子とかに連絡入れてもらえると助かるわね。ま、無理にとは言わないけど」


 二人とも耳に両手を当てたまま、その場を動こうともしない。


「世話が焼けるわね」


 那由多は一人を小脇に抱え、もう一人を肩から担ぐ。そのまま埃の積もった廊下を抜け、裏口へ向かう。


「ほら、ここでいいでしょ。今さら言うことじゃないけど、悪い男には気をつけることね」


 二人は夜の外気に晒されしばらく動けなかったが、それでもなんとか重い腰を上げた。

 お互いを支え合うように、よろよろと車道へ向かった。


「ふう、どうしても女の子に手をかけさせるのは気が引けるわね。

 それにしても、今見逃しても更なる地獄を見ることになるかも。

 今ここで殺されたとしても生き延びても、『三大御霊』が揃った時……」




 那由多は空を見上げる。曇天(どんてん)模様の空は、病室内での惨事同様、濁った重油のように、重く(くら)かった。

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