〇五八 憑 獣
ショットガンを構えている女の子とは、明らかにプロレスラーと赤ん坊くらい体格差がある。
僕は思わず巨大な虚兵に駆け出していた。
「岳臣君!!」
背中で涼子さんの叫びを受ける。が、構わず女の子に駆け寄った。
体格以前に、僕に勝ち目があるわけがない。
でも、だからって目の前で自分より小さい女の子が、虚神と対峙している。ただ手を拱いて見ているわけにはいかない。
だけど、女の子はスパスを横に向けて僕を制した。思わず立ち止まる。
「大丈夫、これくらいの虚兵なら一人で斃せる。あなたは三滝涼子を守っていて」
女の子は左手をかざした。
掌と手の甲を貫通するように大きな宝珠が顕れた。そのまま文言を唱える。
「妖魅顕現、憑獣慈悲心鳥」
次の瞬間、スパスの表面を覆っていた黒い羽がざわざわと動く。
羽根は暗闇の中でも黒曜石のように黒く輝いていた。
「妖具化・改、妖刃化」
女の子が続けて文言を唱えると、銃身に劇的な変化が訪れた。
銃口の下の部分、マガジンチューブに丸い穴がいくつも空いた細い鉄骨が現われる。
その先には黒光りする手斧の刃が二枚せり出した。
そして、銃口の上部分にも直刃の日本刀のような銃剣が現れた。
鉈くらいもある、厚くて大きい刃は濡れたように黒光りしている。
少女は、三枚の刃がせり出して、ストックを伸ばしたショットガンを薙刀のように構える。
「夜叉姫、八千桜百々香、参る!」
百々香と名乗った少女は、異形のショットガンを振りかぶる。
それと受けて、甲冑武者は巨大な太刀を身体に巻きつけるように構えた。
一気に横薙ぎに払う。
ブ ンッ!
少女はスパスを構えた。振り抜いた大剣に合わせるようにスパスの銃剣を合わせて突き出した。
ギャリ ィィィィィィ……ッ!!
暗闇に火花が飛び散った。少女の頭すれすれを、鉄骨じみた大きな刃が通過する。見ている僕の方が肝を冷やした。
ザシッ!!
振り抜いた銃剣が、鎧武者の太腿を切り裂いた。
――――ッ! グオオオオーーーー!!
大柄な虚兵がうめき声を上げる。
返す刀で少女は跳躍した。グリップとストックを握って上段に振りかぶる。
そのまま、唐竹割りにショットガンを振り下ろす。
ガ ァ――――ン!!
鉈みたいな銃剣が虚兵の胴体に当たるその瞬間、百々香と名乗った女の子は引き金を引いた。大きな炸裂音が響く。
僕は思わず目を閉じて耳をふさいだ。
数秒後、こわごわ目を開けると……。
巨大な虚兵の腹部、胴鎧のほぼ真ん中には……向こうが見えるくらい巨大な穴がぽっかりと開いていた。
その様子に涼子さんも驚いていた。
「う、嘘……。付喪神を妖具化しただけで、虚兵にあんなダメージを与えるなんて……!
……まさか、刃物で斬りつけるのと同時に弾丸を撃ち込んだの!?
そんなことが……!」
「斬術、改。スラッグ・ストライク」
白煙が銃口から噴き出すスパスを構えて、少女はつぶやく。
「……ォ、オオオオオ!」
――――ズズン
身長3m弱程の巨体の虚兵は仰向けに倒れた。まだ死んではいないらしく、ぜいぜいと喘鳴が聞こえる。
少女は警戒を解かず、ショットガンを構えたままだ。
対してのディクスンは、岩浜で割れた石を蹴る。忌々し気に女の子を睨み付けた。
虫の息の虚兵に一瞥をくれながら、声を絞り出す。
「……せっかくの妖魅の宝珠だ、もっと後に投入しようかと思ってたけど、この虚兵は出来立てだし、まだ経験も浅いからね……。
でも、ミタキリョウコならまだしも、こんな小っちゃい女の子に遅れを取るなんて……。
……あっちゃいけない、あっちゃいけないんだよ!!」
激昂したディクソンは、ポケットから緑と白が混じった宝珠を取り出す。
「あれは……!」
涼子さんが六花さんと一緒に戦って契約した妖魅、『鵼』の宝珠だ。
伝承とか書物にあるのは、頭はサル、胴体はタヌキ、四肢はトラ、尻尾はヘビ、鳴き声はトラツグミっていう一種の合成獣の妖怪。
でも兵庫県芦屋の鵼塚にいたのは――――体長2mを越えてて筋骨隆々、雷を操る文字通りの轟獣、怪物だった。
涼子さんと六花さん、二人の夜叉姫が協力してようやく契約にこぎつけた強い妖魅。
でも、契約した直後を狙ってあの魔少年が現れてあの宝珠を奪った。
そのあと、涼子さんたちから追撃されないように、僕を攻撃した……!
あの子供に対してより、何もできない自分自身に対して悔しさが込み上げてくる。
でも今突っ込んで行けば、返り討ちに遭うのは確実。
背中越しに涼子さんを見る。いつも気丈にしている彼女が、今は顔色が悪くてうずくまっている。
彼岸のモノを使役する鬼力が、圧倒的に不足しているのが傍目にも解った。
僕が今装備しているバイローンの長手甲と違って、何か食べて回復できるようなものじゃない。
今の僕にできることは……できても涼子さんの盾になることくらいだ。これが本望、なんて言えるほど自己犠牲に酔いたくもないけど。
「妖魅を素体にした虚兵。
これにさらに妖魅、それも轟獣鵼の力を上乗せしたら、どうなるだろうね? 僕には見当もつかないよ」
胴体の孔にぽろっと落とすように、鵼の宝珠が入れられる。
その後の変化は劇的だった。みるみるうちに中の肉が盛り上がり、孔を塞ぐ。
ビキッ! ビキビキビキビキビキ!
と、巨体が孔に吸い込まれるように引き絞られる。身長2,8m程の巨体が、2mくらいにまで縮んだ。
その姿は、元の雷獣鵼に酷似していた。
ただ、全身が真っ黒で西洋甲冑を纏っているようだ。長い黒髪が顔どころか上半身まで覆うように伸びている。
おまけに、魍魎と同じ毛の生えた肉の角も健在だ。
「雷獣、鵼。そして虚の合成獣。
名前は……雷帝の獣で……テリベスティアがいいな。うん決定。
よし、テリベスティア! ミタキリョウコ、そして牛鬼の前の前菜を味わってくれ!
露払いが済んだら、メインディッシュは僕がもらう!!」
黒ずくめの子供――――
欲しいおもちゃは何でも買ってもらえる。そう信じて疑わないような子供が、嬉しそうな声を上げて手をかざした。
真っ黒い妖魅と虚が混在した獣が涼子さんや僕、百々香……さんの前に立ちはだかる。
「――――グロロロロロロ……!!!」
百々香さんはそれでも動じない。持っていた武器、スパスから真っ黒い鳥が抜け出た。
大きくて姿はカッコウみたいな妖魅だ。
あれが――――慈悲心鳥か。
おそらく、だけど、涼子さんの御滝水虎や、六花さんの氷獣雪野槌と同じく、来歴こそ浅いけど強力な妖魅なんだろう。
その鳥型の妖魅、慈悲心鳥が軽く羽ばたく。
と、百々香さんの両手の掌が丸く光る。そこには――――壊れたライフルが出現した。
あれって錆びきってるけど、バレットM82A2!?
たしか、全身鎧の真っ黒い狂戦士が騎士王に向けて撃ってたのと同じだ。
と、黒い鳥の妖魅が銃身に潜り込んだ。
内側から逆再生したように、壊れた銃が新品同様の元の姿に戻る。
同時に全体が黒く染まって、あちこちから黒い羽が生える。普段霊感とか全くない僕でもはっきりわかる。黒い霧、妖気を纏いだした。
付喪神は、打ち棄てられた器物に念が籠って妖怪になったもの。
あの妖魅、慈悲心鳥は憑りついた器物を半強制的に付喪神に変えるらしい。
「妖魅、筒獣『雷火蜻蜓』、妖具化!!」
さっきのスパスよりも大きく重い機銃。僕よりも小柄で華奢な少女は、苦も無く銃口を虚神に向ける。
ガァン!!
機銃掃射されても、合成された虚兵は難なく躱す。海上に逃げた。
海面すれすれに浮かんでこちら――――百々香さんや涼子さんを威嚇している!
「君みたいな不意に割って入ったのに時間を取るわけにいかない。テリベスティア、さっさと片付けろ!!」
百々香さんは巨大な銃を持って虚兵に狙いを定める。
ガァン! ガァン! ガァン!
おそらく付喪神になった時の特殊能力なんだろう、まっすぐしか飛ばないはずの銃弾が虚兵に向かって追尾している。
おまけに弾道がかなりの距離を海面に対して平行になって飛んでいる。原理は分からないけど、弾道を操作できるみたいだ。
でも百々花さんの身体は、機銃を撃つたびに反動で上体が大きく後ろに傾く。
虚兵の方は、前に見た鵼さながらに獣じみた動きで銃弾を躱す。
「ははっ、君の妖魅付喪神は遠距離専門だろ?
この虚兵は近距離はもちろん、中距離遠距離全部が得意だ。遠慮なく押し切らせてもらうよ!!」
ディクスン・ドゥーガルは虚兵と共に、海上を滑るように飛びながら嬉しそうに叫んだ。
「そうはいかないな。百々香と言ったか、私が加勢する」
僕が振り向くと、涼子さんは立っていた。その表情はさっきまでの憔悴しきっていたのとは全く違っていた。
表情が楽しげ、というより好戦的だ。普段人前でしているのを見たことがない、全身ストレッチをしている。僕の方を向いて微笑む、というより口の端を吊り上げて宣言した。
「小童、いや岳臣。涼子の護衛ご苦労、久しぶりの現世、存分に暴れさせてもらうぞ」
僕は呆気に取られる。そんな『涼子さん』に対して、魔少年ドゥーガルはさらに声を荒げた。
「誰が来ようと関係ない! 僕の実力はまだまだこんなものじゃないんだ!
那由多よりも、ヴェーレンよりも上なんだよ!
君たちを斃して、それを証明してやる!!!」




