〇〇四 異 変
物語が少し動きます。
お昼ご飯食べ終わると眠くなるわね。
少しうつらうつらしてると、いきなり声をかけられた。
担任の宮部先生。妙齢の女性で、教科科目は現代国語。
風の噂では本とゲームが好きで、家では推理小説とかファンタジー、時代小説、現代ものと、色々書いてるみたい。
聞けばお父さんとも交流があるらしいし。
心持ち表情が固い。なんだろう?
「三滝さん、落ち着いて聞いて。今さっきあなたの保護者、おじいさん。折り返し連絡するように電話が来たの」
内心ひやりとする。
まさか、何かあったの? クラスの友達も心配そうだ。
「涼子、どうしたの? なんかあった?」
「う、うん なんでもない」
心持ち速足で校内の休憩所、ピロティに向かった。スマホで電話をかける。
――――――――ツ―――― ツ―――― ツ―――― ツ――――
「不通? だったら」
今度は緑の公衆電話で、自宅据え置き電話にコールする。
【……涼子か?】
「おじいさま!?」
【涼子、落ち着いて聞きなさい。虚が顕れた】
――うつろ?
【前にも話したことがあるはず、妖とは違う『魔』の存在だ。
長く話している時間が惜しい。今から家に戻って夜叉の浄眼を使うのだ。それが奴らと戦う唯一の――――】
がっという音がして。不意におじいさまの声が途切れた。
【盛り上がってるとこ悪いんだけどさあ、今おじいちゃんが言った通り『ヤシャノジョーガン』? これ取りに来てよ。
持ってってあげたいのやまやまだけどさあ、僕はちょっと遠慮しとくかな】
誰? 聞いたことない甲高い男の子の声。
【ああ、電話でだけど自己紹介するね。僕はディクスン。ディクスン・ドゥーガル――――
まあいいや、とにかく待ってるよ】
「おじいさまは!?」
はやる気持ちを抑えて、何とか聞き返した。
【おじいちゃん、お昼寝中みたい。そんなことより早く来てよ、じゃあね】
プツッ ツ―――― ツ―――― ツ―――― ツ――――
私は取るものも取らず校舎を出た。学校には後で連絡を入れればいい。そんなことより今は――
「あれ? 三滝さん?」
岳臣君だ。でも今はちらっと見ただけでそのまま走った。
自転車を立ち漕ぎして国道を戻っていく。こんな時は行き交う車が恨めしい。
急がなきゃって気持ちにさらに拍車がかかる。
自転車を投げ捨てるように置いて、自宅前の石段を一気に駆け上がった。
そこには――――
――――ヴゥゥゥゥゥゥゥンーーーー
――――ヴゥゥゥゥゥゥゥンーーーー
――――ヴゥゥゥゥゥゥゥンーーーー
「なに、あれ!? 蟲!?」
家の周り、そして林には大きな羽虫のようなモノがたくさん飛んでいた。
その見た目は昆虫、それも黒いガガンボに似ていた。
でも普通の昆虫と違うのは大きさ。痩せた犬みたいに大きい。
羽が花の花弁みたいに放射状に生えている。
枚数もあるものは5枚、もしくは7枚。明らかに昆虫じゃない。脚も8本以上で多いものは9~20本もある。
極めつけは頭部、顔だった。口は左右に大きく裂け不揃いなキバが多く生えてギシャギシャ啼いて――――
「なんで目が二つ縦に並んでるの!? まるっきりバケモノじゃない!!」
我を忘れて叫ぶと、声を掛けられた。
「バケモノってひどい言い草だなあ、こんなに可愛いのに」
その子供は場違いな嬉しそうな声で、身振り手振りを交えて話しだす。
「あなたは、今朝学校にいた……」
「うん、いた。会ったよ。そんなことよりおじいさんは? 会わなくていいの?」
「まさか、この蟲たちとか……おじいさまも!?」
「うん、切り羽虚は僕が呼んだ。おじいさんはまだ何もしてないよ、僕はね」
こんな変な子供の説明を聞く間も惜しい。ローファーも脱がず母屋に駆け込んだ。
「おじいさま!」
そこには、見たくもない光景が広がっていた。廊下のあちこちに赤い飛沫が飛び散っている。
「そんな!! 血!? まさか!!」
襖を開けると、奥座敷におじいさまがうつ伏せになっていた。駆け寄って肩を抱く。
――――っ、はあ、はあ……。
おじいさまは肩で荒い息をしていた。道着が赤く染まっている。呼吸はあるといっても安心はできない。
――――バキッ ――――ヴゥゥゥゥゥゥゥン
そこへ障子を破り飛んでいた蟲、切り羽虚が三匹入ってきた。
威嚇するようにぎちぎちと啼いている。
「涼子、虚が来た……戦え……。そこ、の、刀と、浄眼を、とれ……」
「はい!」
床の間の長い刀、太刀を手に取り鍔の紐を外して鞘から抜いた。
竹刀や木刀と勝手が違うのは百も承知だ。正眼に構え手前の一匹に刃先を打ち下ろす。
ギィン!
外見はグロテスクで生き物じみているけど、当たった部分からは金属的な音がした。
と、同時に削れた部分からは鉄錆とも煤ともつかないものが削れて、畳に飛び散る。
辺りには饐えた臭いが立ち込めた。
「なに!? やっぱりこいつら普通の生き物じゃない!」
たじろぐより先に、おじいさまから助言が来る。
「夜叉の浄眼だ。お前自身の力と重ね合わせなければ、それは倒せん……!」
浄眼? そういえば今朝おじいさまに言われたけど、家に置いてったあれか。
黒い羽虫に意識を向けつつ畳を見渡す。箱の中に入っていたのを手に取る。
それは息づいているように微かに動いていた。
「浄眼って言うくらいだから、顔に着けるの?」
水晶部分に目を近づけてみても……何も起こらない!
どうしようかと思っていると、私は不意に今朝おじいさまに言われたことを思い出した。
刀を握っている右手、手の甲には小さいけど、やはり水滴のようなものがはまっている。
私はそこへ夜叉の浄眼を当てるようにかざした。
――――キィィィィィーーーーン
「きゃっ!!!」
浄眼の水晶部分が輝きだした。それと同時に数珠や勾玉が解かれ、甲殻類のような部分が肘から指の付け根までを覆いだす。
「これ……篭手だったんだ」
一瞬にして、最初からあつらえていたように私の右手に装着される。
『夜叉の浄眼』、そう呼ばれる篭手を着けた途端、私の意識は朦朧としてきた。
視界が暗くなり一切の音が聞こえなくなった――――。