〇五七 少 女
ザアアアアアアアアアアッ!
スコールのような、蟲どもの急降下が収まった。辺りには大量の切り羽虚が散乱している。
と、順に羽ばたきだした。
見ると全ての蟲の頭の上に、似つかわしくない猫の顔のアイコンが浮いている。
『やった! この切り羽虚たち全員涼子さまの手下です!!』
『遠慮なく、岳臣みたいにこき使ってやって下さい!』
だから、それだと誤解されるから。猫又には後で言って聞かせよう。
岳臣君もあとで労ってあげなきゃ。とにかく今は虚達をなんとかしないと。
「『陣形命令』、衝軛!!」
ヴゥゥゥゥゥゥゥ――――ンンンンンン
巻かれたロープの束が伸びるように、黒いガガンボじみた奇怪な蟲が二列縦隊で順に飛んでいく。
ムシなのに、規律正しいのがかえって不気味だし。
――――ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ン
――――キィィィィ――――ン――――!
羽ばたき音も一致してるのか、マイクのハウリングのような気持ち悪い音が響く。何より、見た目が――――
「なんか、空飛ぶムカデみたいなんだけど……」
あとで夢に見そうな光景。
先端、頭の部分が深海魚みたいに上下に開いてるし。
と、私の視界に並んだ切り羽虚のステータスが表示される。
【種族】:下級虚 集合体
【名称】:蝙蝠馬陸 カロティラ・ディプロポーダ
【特徴】:夜叉姫、妖猫の使役術により合体した切り羽虚。夜叉姫の鬼力を消費して行動を操れる。戦闘力は数に比例するが、その上限はさほど高くない。
名前までついてる……。
――――ブ――――――――ン ン
合体した虚の集合体は、蛇行して飛びながら魔少年ドゥーガルに向かう。
「あはははははっ!
可愛い子猫二人だから正直そんなに期待してなかったけど、そんな芸当もできるんだ!? ほんと飽きさせないね、夜叉姫たちは!!
おいで、僕と戦おう!!」
冗談じゃない。向こうは遊びの延長のつもりなんだろうけど、こっちはただ操ってるだけでもだいぶ鬼力を消費するのに。
「短期決戦でいくわよ!!」
『『はい!!』』
蝙 蝠 馬 陸 で魔少年を囲むように飛ばす。
「はっ!!」
掛け声と共に手をかざすと、群体の虚兵は魔少年の身体にロープのように巻き付いた。小さな身体をギリギリと締めつける。
――――これで、相手が退いてくれれば。
「まさかと思うけど、こんなので倒せると思ってないよね?」
バァァァァァァァアアアアアアン!!
炸裂音と共に、切り羽虚は辺りに飛び散った。
魔少年ドゥーガル・ディクスンは地面に降りる。
「……う……っ」
『『涼子さま!』』
「涼子さん!!」
私は強い脱力感を感じて片膝をついた。
夜叉姫の此岸のモノを使役する彼岸の力、鬼力が尽きたんだ。
夜叉の武器で虚たちを攻撃し続けたけど、空中に浮いているオーブを回収しきれなかった。
「切り羽虚が全滅したのはちょっともったいないけど、所詮あんなものは消耗品の雑魚だしね。
今のはなかなか楽しめたよ、飼い犬に手を噛まれる気分ってあんな気分? まあそうなったら頭から踏みつぶしてやるけどね。
ところで、牛鬼を渡す決心はついた?」
おどけた様子で聞いてくる。
「誰が……わたす、もんですか……!」
「うん、模範解答だよ。それじゃ『ぜひ持って行ってください』って言いたくなるように痛めつけ――――」
――――ガァン!!!
魔少年の言葉は大きな音、銃声によって遮られた。
私だけでなく、火車と岳臣君、それにディクスンも音がした方を向く。
そこには――――小柄な少女が巨大な銃を持って立っていた。
***
僕は思わず息を呑んだ。一般人、それも女の子が人智を超えた戦場に近づいてきている。
「なんだよ? 無粋だなあ。せっかく夜叉姫と交渉して『牛鬼』を譲ってもらおうと思ってたのに。
まあいいや、そんな大きなの持ってて、こんな場所に来るなんて、ただのお散歩とかじゃないだろ? なにか用?」
魔少年ディクスン・ドゥーガルが、声をかけた女の子。
――――背丈は148cmくらい。
黒いマントの下に、淡い桜色の前が合わせになっているウインドブレーカー。
黒のショートパンツに、レガース付きのブーツといったいでたちだった。
体格とか顔つきだけで言うと中学生。顔立ちが幼いから、ひょっとしたら小学校高学年くらいかもしれない。
特徴的なのはその顔だ。黒髪をショートボブにしていて、つむじ近くの髪の一房が稲穂みたいに立っている。
丸顔で顔そのものは日本人形のように端正だけど、その表情は、この世の何にも興味がないように映った。
少なくとも、感情らしい何かが一切感じられない。
小柄な体格とは裏腹に、巨大なショットガンを小枝を持つように持っている。
あれは、スパス。
映画で殺人マシーンが、警察署を襲撃するのに携行してたのと同じものだ。
確か実際のはもう生産中止になったけど、見た目がわかりやすいからか、映画とかゲームでよく使われている。
「あなたに用事はない。あるのは三滝涼子、あなた。
聞きたいことがあるの」
僕は啞然とする。突然名指しされた涼子さんもだ。
会ったこともない年下の女の子、しかもこんな状況でものを尋ねる。その真意が量りかねた。
それを聞いて今まで喜色満面だった魔少年の顔に、不快の色が混じる。
「ミタキリョウコは今僕と話してるんだ。どこの誰だか知らないけど、今の君は招かれざる演者――――」
ガァン!!
銃声が、またも子供の姿の虚神の話を遮る。
「いえ、彼女に用があるのは私。邪魔するなら――――」
カシュッ
小柄な女の子は、ショットガンのポンプを引いた。
「あなたには退いてもらう」
言葉と同時に、少女は両手でショットガンを構えた。
キィ――――ン
女の子の顔の中央、目の間あたりが光り出す。
一方の魔少年は、躱す様子もない。大仰に両手をすくめて空中に浮かんでいる。と少年の前に黒い霧が現われた。厚く立ち込めていてまるで壁のようだ。
少女はそのまま引き金を引く。
ガァ――――ン!
静寂が広がった。
「……なに……?」
と、魔少年が自分の手を見やる。右手に数か所孔が空いて、そこから黒い煤が噴き出している。
「なん……だって……? 此岸の武器でこの僕に手傷を……? バカな!!」
「もちろん、これは普通の武器じゃない。
あなた方、此岸でも彼岸でもない処から来た虚神を屠る夜叉の武器」
よく見ると、スパスの銃身が漆黒に染まり、黒光りする鳥の羽根が何枚も生えていた。
羽根は、生きているかのようにさわさわと動いている。
「そんな馬鹿な、それは妖魅、それも付喪神……!? 銃の付喪神なんて聞いたこともない……!
だいたいお前は誰なんだよ?」
魔少年は右手を抑えて少女に尋ねる。対しての少女は無機質な声色で返した。
「私は……夜叉姫。
人と妖、両者に仇なす虚神を狩る者。
このまま大人しく退けば良し、さもなくば――――」銃身のポンプを引いた。
「この場で駆逐する」
ガァン!!
驚くことに、少女は片手で持ったままショットガンを撃った。
映画でよくスパスが使われるのは、単に見栄えがいいからで、実際はモデルガンでも相当に重たいはずだ。
なのにあの女の子は、ハンドガンと同じかそれ以上に軽々と持って撃っている!
「ぐっ!!」
魔少年ディクソンの肩に着弾した!
いつでも余裕ぶっている、奇怪な子供が初めてうめき声を上げた。その肩口から黒い煙が出ている。ダメージを負わせたみたいだ。
「君が本物の夜叉姫かどうかなんて、この際関係ない! 僕に手傷を負わせたこと、万死に値するよ。
この場で……死んでもらう!!」
魔少年、ディクスンは懐から一幅の掛け軸を取り出す。
投げるように乱暴に掛け軸を開く。両手を少女にかざした。
周りに黒煙が吹き上がり、掛け軸の画の中から真っ黒い巨大な甲冑武者が顕れた。
ズズン!
自然落下して岩場の浜辺に着地する。
「ゥォォォオオオオーーーー!!!」
その威容は圧倒的だった。
ばさばさの髪が肩まで伸びていた。兜の鍬形、装飾部分が二本、生きた肉のように毛が生えて、いびつに蠢いている。
あれは、『魍魎』を虚兵にしたのか!? 恐ろしく禍々しい外見だ。




