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やしゃ ひめ!  作者: 星村 哲生
「付喪神《つくもがみ》の章」
59/70

〇五七 少 女




    ザアアアアアアアアアアッ!




 スコールのような、蟲どもの急降下が収まった。辺りには大量の切り羽虚(キリバネウツロ)が散乱している。

 と、順に羽ばたきだした。

 見ると全ての蟲の頭の上に、似つかわしくない猫の顔のアイコンが浮いている。


『やった! この切り羽虚(ガガンボ)たち全員涼子さまの手下です!!』


『遠慮なく、岳臣(たけおみ)みたいにこき使ってやって下さい!』


 だから、それだと誤解されるから。猫又には後で言って聞かせよう。

 岳臣君もあとで(ねぎら)ってあげなきゃ。とにかく今は(ウツロ)達をなんとかしないと。


「『陣形命令』、衝軛こうやく!!」


 ヴゥゥゥゥゥゥゥ――――ンンンンンン


 巻かれたロープの束が伸びるように、黒いガガンボじみた奇怪な蟲が二列縦隊で順に飛んでいく。

 ムシなのに、規律正しいのがかえって不気味だし。


 ――――ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ン


   ――――キィィィィ――――ン――――!


 羽ばたき音も一致してるのか、マイクのハウリングのような気持ち悪い音が響く。何より、見た目が――――


「なんか、空飛ぶムカデみたいなんだけど……」


 あとで夢に見そうな光景。

 先端、頭の部分が深海魚みたいに上下に開いてるし。

 と、私の視界に並んだ切り羽虚のステータスが表示される。



【種族】:下級虚 集合体

【名称】:蝙蝠(コウモリ)馬陸(ヤスデ) カロティラ・ディプロポーダ

【特徴】:夜叉姫、妖猫の使役術により合体した切り羽虚。夜叉姫の鬼力を消費して行動を操れる。戦闘力は数に比例するが、その上限はさほど高くない。



 名前までついてる……。


 ――――ブ――――――――ン   ン


 合体した虚の集合体は、蛇行して飛びながら魔少年ドゥーガルに向かう。


「あはははははっ!

 可愛い子猫二人だから正直そんなに期待してなかったけど、そんな芸当もできるんだ!? ほんと飽きさせないね、夜叉姫(キミ)たちは!!

 おいで、僕と戦おう(あそぼう)!!」


 冗談じゃない。向こうは遊びの延長のつもりなんだろうけど、こっちはただ操ってるだけでもだいぶ鬼力を消費するのに。


「短期決戦でいくわよ!!」


『『はい!!』』


  蝙 蝠 (カロティラ・) 馬 陸 (ディプロポーダ)で魔少年を囲むように飛ばす。


「はっ!!」


 掛け声と共に手をかざすと、群体の虚兵は魔少年の身体にロープのように巻き付いた。小さな身体をギリギリと締めつける。


 ――――これで、相手が退()いてくれれば。


「まさかと思うけど、こんなので倒せると思ってないよね?」


 バァァァァァァァアアアアアアン!!


 炸裂音と共に、切り羽虚は辺りに飛び散った。

 魔少年ドゥーガル・ディクスンは地面に降りる。


 「……う……っ」


『『涼子さま!』』


「涼子さん!!」


 私は強い脱力感を感じて片膝をついた。

 夜叉姫の此岸のモノを使役する彼岸の力、鬼力(きりょく)が尽きたんだ。

 夜叉の武器で虚たちを攻撃し続けたけど、空中に浮いているオーブを回収しきれなかった。


「切り羽虚が全滅したのはちょっともったいないけど、所詮あんなものは消耗品の雑魚だしね。

 今のはなかなか楽しめたよ、飼い犬に手を噛まれる気分ってあんな気分? まあそうなったら頭から踏みつぶしてやるけどね。

 ところで、牛鬼を渡す決心はついた?」


 おどけた様子で聞いてくる。


「誰が……わたす、もんですか……!」


「うん、模範解答だよ。それじゃ『ぜひ持って行ってください』って言いたくなるように痛めつけ――――」


 ――――ガァン!!!


 魔少年の言葉は大きな音、銃声によって遮られた。

 私だけでなく、火車と岳臣君、それにディクスンも音がした方を向く。




 そこには――――小柄な少女が巨大な銃を持って立っていた。




   ***



 僕は思わず息を呑んだ。一般人、それも女の子が人智を超えた戦場に近づいてきている。


「なんだよ? 無粋だなあ。せっかく夜叉姫と交渉して『牛鬼』を譲ってもらおうと思ってたのに。

 まあいいや、そんな大きなの持ってて、こんな場所に来るなんて、ただのお散歩とかじゃないだろ? なにか用?」


 魔少年ディクスン・ドゥーガルが、声をかけた女の子。

  ――――背丈は148cmくらい。

 黒いマントの下に、淡い桜色の前が合わせになっているウインドブレーカー。

 黒のショートパンツに、レガース付きのブーツといったいでたちだった。

 体格とか顔つきだけで言うと中学生。顔立ちが幼いから、ひょっとしたら小学校高学年くらいかもしれない。


 特徴的なのはその顔だ。黒髪をショートボブにしていて、つむじ近くの髪の一房が稲穂みたいに立っている。

 丸顔で顔そのものは日本人形のように端正だけど、その表情は、この世の何にも興味がないように映った。

 少なくとも、感情らしい何かが一切感じられない。


 小柄な体格とは裏腹に、巨大なショットガンを小枝を持つように持っている。

 あれは、スパス。

 映画で殺人マシーンが、警察署を襲撃するのに携行してたのと同じものだ。

 確か実際のはもう生産中止になったけど、見た目がわかりやすいからか、映画とかゲームでよく使われている。


「あなたに用事はない。あるのは三滝涼子、あなた。

 聞きたいことがあるの」


 僕は啞然とする。突然名指しされた涼子さんもだ。

 会ったこともない年下の女の子、しかもこんな状況でものを尋ねる。その真意が量りかねた。

 それを聞いて今まで喜色満面だった魔少年の顔に、不快の色が混じる。


「ミタキリョウコは今僕と話してるんだ。どこの誰だか知らないけど、今の君は招かれざる演者――――」


 ガァン!!


 銃声が、またも子供の姿の虚神の話を(さえぎ)る。


「いえ、彼女に用があるのは私。邪魔するなら――――」


 カシュッ


 小柄な女の子は、ショットガンのポンプを引いた。


「あなたには退()いてもらう」


 言葉と同時に、少女は両手でショットガンを構えた。


 キィ――――ン


 女の子の顔の中央、目の間あたりが光り出す。

 一方の魔少年は、(かわ)す様子もない。大仰に両手をすくめて空中に浮かんでいる。と少年の前に黒い霧が現われた。厚く立ち込めていてまるで壁のようだ。

 少女はそのまま引き金を引く。


 ガァ――――ン!


 静寂が広がった。


「……なに……?」


 と、魔少年が自分の手を見やる。右手に数か所孔が空いて、そこから黒い煤が噴き出している。


「なん……だって……? 此岸(こっち)の武器でこの僕に手傷を……? バカな!!」


「もちろん、これは普通の武器じゃない。

 あなた方、此岸(こちら)でも彼岸(むこう)でもない処から来た虚神を(ほふ)る夜叉の武器」


 よく見ると、スパスの銃身が漆黒に染まり、黒光りする鳥の羽根が何枚も生えていた。

 羽根は、生きているかのようにさわさわと動いている。


「そんな馬鹿な、それは妖魅、それも付喪神(つくもがみ)……!? 銃の付喪神なんて(・・・・・・・・)聞いたこともない(・・・・・・・)……!

 だいたいお前は誰なんだよ?」


 魔少年は右手を抑えて少女に尋ねる。対しての少女は無機質な声色で返した。


「私は……夜叉姫。

 人と(あやかし)、両者に(あだ)なす虚神(ウツロガミ)を狩る者。

 このまま大人しく退()けば良し、さもなくば――――」銃身のポンプを引いた。


「この場で駆逐する」


 ガァン!!


 驚くことに、少女は片手で持ったままショットガンを撃った。

 映画でよくスパスが使われるのは、単に見栄えがいいからで、実際はモデルガンでも相当に重たいはずだ。

 なのにあの女の子は、ハンドガンと同じかそれ以上に軽々と持って撃っている!


「ぐっ!!」


 魔少年ディクソンの肩に着弾した!

 いつでも余裕ぶっている、奇怪な子供が初めてうめき声を上げた。その肩口から黒い煙が出ている。ダメージを負わせたみたいだ。


「君が本物の夜叉姫かどうかなんて、この際関係ない! 僕に手傷を負わせたこと、万死に値するよ。

 この場で……死んでもらう!!」


 魔少年、ディクスンは懐から一幅の掛け軸を取り出す。

 投げるように乱暴に掛け軸を開く。両手を少女にかざした。

 周りに黒煙が吹き上がり、掛け軸の画の中から真っ黒い巨大な甲冑武者が顕れた。


 ズズン!


 自然落下して岩場の浜辺に着地する。


「ゥォォォオオオオーーーー!!!」


 その威容は圧倒的だった。

 ばさばさの髪が肩まで伸びていた。兜の鍬形(くわがた)、装飾部分が二本、生きた肉のように毛が生えて、いびつに蠢いている。

 あれは、『魍魎(もうりょう)』を虚兵(ウツロへい)にしたのか!? 恐ろしく禍々しい外見だ。


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