〇五六 隷 属
ふと気になって頭に手をやると――――
「なっ、なんでネコ耳なんて生えてるの!!?」
思わず叫ぶ。確かに普段より、顔の筋肉が動くなあ、とは思ってたけど。
柔らかくて薄い、とがった耳がしっかり生えている。自分で触るとくすぐったげにぴこぴこ動く。
――――もーーーー、なんなの!?
顔の横を触ると――――良かった、自前の耳は無くなってない。
どうやら双猫鞭を装備したときだけのオプションみたい。だけど居心地が悪いのに変わりはない。
「あはっ、ははははははははははは!! ほんとに飽きさせないよ、夜叉姫は!!」
ふと上を見ると……ディクスン・ドゥーガルはお腹を抱えて笑ってるし。
いつの間にか海から上がってた岳臣君は、呆然とした顔で私を見ている。
恥ずかしがるよりも先に、恥ずかしまぎれも手伝って、思いっきり睨みつけた。
「なに見てんの!? 見てるヒマがあったらさっさと手伝いなさい!!」
「は、はいっ!!」
岳臣君はアタッシュケースに駆け寄り、サブマシンガンとカロリーゼリーを取り出した。
切り羽虚や舟蟲の兵士、リジーゾティカは夜叉の浄眼、それに武器を持っている私を最優先に襲ってくる。
岳臣君はゼリーを何本も飲みながら、切り羽虚や舟蟲兵に鉛弾を浴びせて数を減らしてくれる。
タタタタタタタン タタタタタタタン タタタタタタタン
ギャオッ! グァッ! グゥッ!
常に私の死角や、優先して倒す相手を察知してくれてる。
普段は頼りないけど、この援護射撃は正直ありがたい。
『……あいつめーーーー、岳臣のくせに生意気なーー。
五徳猫、私たちもやればできるところを見せるわよ』
『は、はいっ!!』
『『涼子さま、私たち専用の斬術、お使いください!!』』
「あなた方二人の斬術? そんなのあった……じゃないや、どんなの!?」
どんな技であれ、数百体はいるだろう虚兵の数を削れるなら大歓迎だ。
『はい、涼子さま、なるべく虚兵を涼子さまの近くに引き寄せてください』
『そうすれば、私たちの斬術で奴らを攻撃しますから。
あっ、岳臣! あなたも聞きなさい!』
右手の鞭になっている猫又が、岳臣くんを呼びつけた。彼はびくっと背中を丸めてこちらを向く。
『聞こえたでしょ!? 私たちが攻撃するから、あんたは一回退避してなさい!!』
「は、はい」
全くもう。相手が誰でも、強く出られると言いなりになるんだから。
『あっ、でもある程度虚兵をまとめてもらった方が、いいかもしれません』
『……それもそうか。岳臣、作戦変更。涼子さまに虚兵が集まるように、牽制攻撃して誘導しなさい!』
「…………はい……」
ほんとにもう。
岳臣君はサブマシンガンを岩浜に撃ち込んで、舟蟲兵を誘導させた。自然に私の周りに虚兵が取り囲む形になった。
『よし、いい形です』
『じゃあ行きますよ、涼子さま!』
ねこ妖魅二人は異口同音に叫んだ。
『『斬術、【猫の恋】!!!』』
私は、掛け声と同時に左足を軸にして横に一回転した。
二本の鞭が横に払われて、舟蟲兵十数体を打ち据えた。
バシッ! バシバシバシバシ!!
打撃を加えた、巨大化したフナムシのような兵士たちは、電池が切れたおもちゃのみたいに動きが止まった。
「へえ、なになに? 面白そうだね」
空中に浮いたままの魔少年は、興味津々の様子だ。
数瞬動きが停まっていた、舟蟲兵がブルブル震えだした。
かと思うと、それそれ諸手を上げて吠えだした。
「「「「「「ゥォォォォオオオオオーーーー!!!」」」」」」
「「「「「「グォォォォオオオオオーーーー!!!」」」」」」
一斉に勝ち鬨のように大声を上げた。
と、今双猫鞭で打った虚兵たちが、他の舟蟲兵や切り羽虚を攻撃しだした。実力は全く同じだから同士討ちになる。
ものの一分で30体ほどが相討ちして倒れた。
『どうですか涼子さま!! これが私たちの斬術【猫の恋】です!』
『双猫鞭で打ち据えた敵は、涼子さまの下僕として味方にできます。
まあ、一時的に岳臣が大量に増えると思ってもらえれば間違いないです! さあ、どんどん下僕を増やしてください!』
「えっ」
「…………そうなんだ……」
猫又……あなた、岳臣君を下に見過ぎだから。
私は別に下僕扱いしてないし(優遇してるとも言えないけど……)。まあ今は非常時だ、数を減らすのに専念しよう。
「『『斬術、【猫の恋】!!』』」
三人で掛け声と共に鞭を振るう。舟蟲兵だけでなく、切り羽虚にも打撃を加える。
と、ガガンボにも似た真っ黒い虚兵同士で共食いを始めた。
ガシュッ! バリッバリッ ガキッガキッ ムシャムシャ ゴクン! グワシ!
鉄錆にも似た、虚の破片が辺りに飛び散る……うわあ、グロい。
数を減らせるのはいいんだけど、あんまりスマートじゃないなあ。
「ねえ二人とも、共食いとかじゃなくてなんか命令とかできないの?」
『あっはい、あります』
『斬術のことを夜叉姫様と六花さんに相談したら、こうしたらどうだって進言してもらいました』
「…………」
なんで、当事者の私が蚊帳の外なの? 楽しそうにアイディアを出し合う夜叉姫と六花の姿が目に浮かぶ。
『あっ、でも涼子さまを蔑ろにしたわけじゃないですよ! こう、こっそり作って驚かそうと思って。いま表示させます』
私の視界に、ゲームみたいにウインドウが表示される。
斬術【猫の恋】で攻撃して、使役可能な虚兵の頭上には猫の顔のイラストのアイコンが回転している。
【使役可能虚兵】:舟蟲兵19体
切り羽虚23体
【作戦】 :『個別命令』:『攻撃』『防御』『待機』『巡回』『偵察』『逃亡』『位置交代』
:『小隊命令』:『双攻撃』『前面防御』『集中攻撃』『突撃』『一斉逃走』
:『陣形命令』:『横陣』『魚鱗』『鶴翼』『偃月』『鋒矢』『方円』『長蛇』『衝軛』『雁行』『車掛』
「………………」
なにこれ、案の定だ。
陣形とかは、戦国時代によく使われていたものだから、ある程度わかる。
でも、『小隊命令』は……多分ゲームか何かのアレンジなのかな?
特に夜叉姫は最初の説明の時も、妙に説明文が多いマニュアルを作ってたし。
お父さんが集めていた漫画とか、少し古いゲームが好きで、私と人格を交換してよく六花と遊んでたみたいだ。
まあいいや、乗り掛かった舟だ。
「『小隊命令』、『突撃』!!」
大声で指示を出すと、【猫の恋】で一時的に味方についた十数体の舟蟲兵達は固まった。
同じ種族の虚兵に一気に突っ込んでいく。
ガサササササ! ガサササササ! ガサササササ!
「ギャアア!」「グオオオッ!」「シギャアアッ!」
群をなして一気に突撃する様は、まさにフナムシそのものだ。けど……やっぱりイメージ悪いなあ。
「へえ、夜叉の武器ってのは、ほんとに色んなのがあるなあ。じゃあこれは?」
上空で、成り行きを静観していた魔少年は指を鳴らす。瞬時に墨を空中に溶かし込んだようなのような漆黒の影が顕れた。
それは遠くから見たら蚊柱のようなものなのだろうが、膨大な数の切り羽虚が群れを為している。
ディクスン・ドゥーガルが両手をこちらにかざすと、ガガンボに似た虚兵は大挙して襲ってきた。
『ここが胸突き三寸よ、五徳猫!!!』
『はい! 猫又さん!!!』
「『『斬術【猫の恋】!!!』』」
二条の鞭が意思を持って群がる虚兵達を打ち据えていく。私の周りを球状に鞭の嵐が駆け回った。
切り羽虚が次々と岩浜に落ちてくる。




